この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 「電測」は情報収集や作図などを行い、指揮官の意思決定を支援するパート
- 「電測」という言葉自体は「電波による測的」つまりレーダーを意味する。
- 電測員はCICでレーダー機器の操作を行い、プロッティングを行うが、それは電測員の業務の一面に過ぎない。
- 電測員の真の使命は敵の能力や動態に関する知見やロジックに基づく予測を活かして、指揮官の意思決定を支援すること。
- 米海軍では電測員のことを「OS(Operation Specialist)」と呼ぶ。
- 射程距離や移動速度から、敵の所在や攻撃行動には必ず物理的な制約が伴う。これらのロジックを既知の目標情報と擦り合わせることで、敵の存在圏や被攻撃のリスクを推定し、自艦が作戦目標を達成するために行うべき行動を助言するのが電測員の役割。
- 電波を中心としたインテリジェンスを担当する観点から、電子戦も担当する。
- 電波情報を収集することで、目標の方位を推定したり、目標の行動を予測したりする。
- レーダーなどへの妨害を受けた際に、送信信号や信号処理の手法を切り替えて機能を維持する。
- 敵のミサイルなどに電子妨害を行ったり、チャフを発射したりして被弾を防ぐ。
- 近年では、電子戦は専門化が進んでいるため、専業の電子戦員を配置している艦もある。
- 電測は護衛艦の中でも特異なパート。
- インテリジェンスを武器にするため、他のパートに比べ所掌機器は少ない。
- 機器整備が少ないため、入港後の上陸は早い傾向にある。
- 上級の電測員は幹部より頭の良さや知識を求められる。
- 幹部でもごく一部の者しかアクセスを認められない秘密でも、電測員長や次席はアクセスを認められることがある。
- 対空戦・対潜戦・対水上戦・電子戦、どの戦闘(と訓練)についても、電測員には必ず業務負担が生じる。
- 訓練や任務行動の際は、電測員の業務時間が長くなる傾向にある。
- 電測員は本来大所帯なパートだが、業務負担の重さから艦を降りてしまう者が少なくなく、充足率の低さに苦しんでいる。
- 非常に目立つパートであり、特別昇給や勤勉手当の成績率などで高い評価を受けやすい。
- インテリジェンスを武器にするため、他のパートに比べ所掌機器は少ない。
- 運航安全においても重要なパート。
- レーダーやGPSに基づく艦位測定や、他船舶のレーダープロッティングを行い、航海指揮官に操艦の助言を行う。
- 艦橋の当直員は時として一方向のみを注視してしまうことがあり、特に夜間は灯火管制により機器操作や作図・計算に制約が生じるため、艦橋から離れた位置から行われる電測員のアドバイスは、事故防止のため重要。
- 「電測」という言葉自体は「電波による測的」つまりレーダーを意味する。
さて、ここからはどうしたものか……。CICに入れるわけにはいかないしなぁ。
――やぁ。なにかお困りかね?
あ、船務長。砲雷科と航海科の紹介が終わったんで、これから船務科を案内しようと思ってたんですよ。ただ、CICにしても1電にしても立ち入らせるわけにはいかないんで、どうしたものかと。
ああ、大丈夫大丈夫。どうせ現物見ても分からんだろ。
士官室で説明するから、任せてくれたまへ。
えっ、いいんですか?てっきり船務士がやるものだと……。
良い良い。あいつに任せるとメシの話をしておしまいだからさ。
よろしくお願いします。
電測員とはレーダー員……に非ず
さて、今から紹介するパートは「電測」だよ……。
「でんそく」って言うのはどういう意味ですか?
「電測」とは「電波による測的」、つまりレーダーのことだ。
じゃあ、レーダーを見る人ってことですか?
いや……。
確かにレーダーも使う。海士や初級海曹の仕事はレーダー機器を操作して、プロッティングをすることだ。が、それは業務の本質ではない。
?
そうだね。「電測」を一言で言い表すなら、情報収集や作図などを行い、指揮官の意思決定を支援するパート……いいね?
えっと……いいね?と言われましても……。
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電測員は「Operation Specialist」
ううむ。なかなか話が通じんな……。
――そう。米海軍の話が分かりやすいかもしれんな。
海自では元々レーダー操作員が今の電測員の業務をやるようになったから「電測員」なんて呼ばれ方をしているが、米海軍では同様のパートを「OS(Operation Specialist)」と呼ぶ。
Operation Specialist……。
キミが艦を率いて戦闘をするとしよう。
付近では、半日前に友軍が潜水艦を探知したは良いものの失探してしまい、今も再探知できていない。また、これまで軍港にいた敵の主力艦艇が、昨日出港してどこかへ行ってしまったのが確認されている。さらに、敵本土にある飛行場には爆撃機が配備されている。
さて、今この瞬間、キミの艦は攻撃を受ける恐れがあるかな?
うーん。今の設問からすると、潜水艦とか艦艇とか爆撃機が自分の艦に攻撃を出来るかって話ですよね?
……いや、それって敵のスピードとか、最後の探知位置とか、射程距離が分からないことには分からないですよ?
上出来だ。まさしく、そういった情報がないことには今自分の艦が危険な状態なのかどうかすら分からん。
かといって、その情報を指揮官たる身で探しに行くのも面倒だ……。
考えてもみたまえ、汗を流したくなくて幹部になったというのに、なんで自分であくせく情報を取りに行かないといけないのか……。そこで我が耳目と脳の代わりとなって情報をまとめるのが電測員の使命というわけだ。
えっと……、すごい言い方に語弊があるんだけどね?
指揮官は指揮官で色々考えないといけないことがあるし、とっさの時には号令も掛けないといけないから、自分で足を動かして情報を取りに行ったり、情報を整理している余裕はないんだ。
だから、今自分が敵の攻撃圏にあるかどうか、とかそういうレベルの情報整理は電測員に任せて、それを踏まえて何をするかを意思決定するのが指揮官の仕事ということなの。
補足ご苦労。
ここで電測員に求められるのは、敵の能力や動態に関する知見……そしてロジックだ。1時間前に300キロ離れた軍港で目撃された艦艇が、目の前に現れることはあり得ないし、射程距離100キロのミサイルが300キロ先から撃ち込まれることもあり得ない。それは何人も覆すことの出来ない物理的制約だ。
ミサイル艇やLCACのような例外を除けば、艦艇が30ノットを超えるスピードで航行することは極めて困難。ということは、最終探知位置から半径30マイル/時間の円を作図すれば、これが敵の存在可能圏ということになるし、その外側に敵の射程距離分伸ばした円を作図すれば、攻撃可能圏ということになる。
では、射程距離100キロのミサイルを持った敵艦艇が1時間前に150キロ先で探知されていた場合……、これは結構厄介だ。1時間の間に敵が攻撃を決心して突っ込んできていたなら、27ノットで射程圏内に入ることが出来る。この艦艇からの被攻撃の可能性は否定できないな?
確かに……。
この「被攻撃の恐れ」というヤツは、漠然とした不安などではない。既知の情報とロジックに基づく予測から導かれた、厳然たるリスクだ。
……となれば、この敵から離れる、やられる前に攻撃する、戦闘配置に移行して隔壁を閉鎖する、迎撃のための射界を確保する、選択肢は多彩だ。これを選ぶのが指揮官の役割というわけだよ。
その意思決定に必要な情報を提供するのが電測員なんですね?
そのとおり。
加えて言うなら、指揮官の選択は作戦目標の達成に資するものでなければならない。当然、指揮官はそこを理解した上で判断するものだが、指揮官になる幹部が全員聡明というわけでもない……残念ながらね。
そこで、作戦目標を達成する上で、何が必要なのかも整理してアドバイスする。それも電測員の役割だね。
そこまでいくと……指揮官の意味はあります?
もちろん。指揮官は責任をとるからな。
電測員のアドバイスは重要だが、それを聞き入れるかは指揮官の判断だ。判断に誤りがあれば、罰せられるのは指揮官だよ。生きて帰ってくればの話だが。
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電子戦も担当
電測員は電子戦も担当しているんですよね。
そのとおりだ。ソーナーを除けば、艦に入ってくる敵の情報など、電波を介するものがほとんどだからな。電子戦用の機材を操作するのも電測員の役割となる。電子戦で行うことを大きく分けると3つ。
一つ目は情報収集だ。ESM(Electronic warfare Support Measures)というものがある。これは電波を受信し解析する機材、あるいは機能のことだ。ソーナーではアクティブソーナーとパッシブソーナーの話があったと思うが、レーダーがアクティブソーナーなら、ESMはパッシブソーナーだ。
敵の輻射した電波を拾って、方位を測定したり、受信状況から敵の行動を予測したりする。
行動を予測って、どうやってやるんです?
なに、簡単な話だ。いわゆる「ロックオン」というヤツだよ。
一般的な捜索用レーダーなら単純な回転走査をしているから、数秒に一回、規則的な受信が発生する。が、敵がこちらを発見して精密な追尾をしようとすれば、走査する範囲を狭めるから受信間隔が不規則なものとなり、FCSあるいはミサイルのシーカー波ともなれば、ほぼ間断なく電波を受信し続けることになる。
この場合は受信間隔の話だが、他にも使用する周波数や占有する帯域幅によって、何のレーダーをこちらに向けているのかも推定できる。
そうすれば、敵がこちらを捜索しているのか、すでに発見して追尾しているのか、もう攻撃行動に移っているのかを推定することが出来る、と言うわけだ。
なるほど。電波を受信するだけでそういうことも分かるんですね。
それだけではないぞ。
二つ目はこちらの電波利用を維持すること。単に攻撃してもミサイルを迎撃されてしまうから、敵はこちらのレーダー使用の妨害を試みるな?いわゆる「ジャミング」というヤツだ。
そんな中でレーダーの能力を維持しようと思ったら、選択肢は限られてくる。要は、周波数を変えるとか、信号処理の方法を切り替えるとかだな。妨害の状況に応じて、どれが最適かは変わってくるから、そこを判断して上手く妨害から逃れるのもオペレーターの技術次第だ。
そして三つ目は、逆に妨害することだ。
敵のミサイルに電子妨害を仕掛けたり、チャフを発射したりして、被弾を防ぐ。
ちなみに、最近は電子戦の専門化が進んできたので、専業の電子戦員を設けている艦も登場したと聞くね。
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特異なパート
船務長、思うに、電測って艦内でかなり特異なパートなんじゃないでしょうか?
ふむ。確かに様々な点で他のパート、特に砲雷科の連中とは違うところがあるな。
まずは所掌機器の少なさだ。
電測はレーダー、態勢作図装置、コンソールと様々な機器を操作する立場にあるが、そのほとんどが他パートの担当機器。つまり整備業務が少ないということだ。
整備機器が少ないと、どうなるんですか?
知らんのか
?
入港後、すぐ上陸できる
おぉ~。
まったく、いい気なもんじゃないか。
船務長は入港しても、艦長に曳船の使い方がどうのと小言を言われ、副長に覇気がないだの小言を言われ、群の幕僚に今回の訓練では艦のインテンションが少なかっただの小言を言われ、上陸前にパソコンを開いてみれば週末だというのに週明け朝イチまでに提出お願いします!みたいなクソメールに出くわすというのに……。
せ、船務長……そのあたりはまだ教えなくても……!
そうかね?こういう下世話な話、皆好きだろう?
……まあいい。それから、インテリ揃いなのも電測員の特徴だ。これは単に学歴が高い低いの話ではない。入隊時の適性検査でストレス・疲労下で計算能力が顕著に落ちるような個体は適性無しとなるから、頭脳労働に向いていない人間は電測員になれない。結果的に高学歴な人間が集まってくるというのはあるが。
その中で員長クラスになるような上級海曹ともなると、やはり大したもので幹部に劣らない頭脳を持っている。むしろ頭の良さや知識量では幹部よりも要求される。
それは、なかなか大変そうですね。
とはいえ、知識が多いというのも当然ではある。
艦の種類や付与される任務にもよるが、電測員長や次席クラスにもなると、他の隊員が知らないような秘密にもアクセス出来るようになる。
幹部でさえ艦長や私は知ることが許されても、間抜けな船務士や砲術士には開示されない、そんな情報にだってアクセスを許されるのが上級の電測員というものだ。それだけインプットが多いのだから、知識量が多くあってもらわなければ困るというものだよ。
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業務負担の重さ
電測員で問題になるのは業務負担の重さというヤツだ。
なにしろ、対空戦・対水上戦・対潜戦・電子戦……どれをとっても電測員が関わらない戦闘など無い。訓練にせよ本番にせよ、電測員は配置に就かないといけない。他のパートなら一日の1/3をワッチにあてればよいところ、電測は1/2以上働かなければならないこともザラだ。特に訓練や任務行動になると、そうやって業務時間が長くなる傾向にある。
そうか、上陸が早いとは言ってましたけど、航海中の労働時間はむしろ長いんですね……。
電測というのは本来艦内でもきっての大所帯なパートだ。
ところが、この業務負担――単に時間が長いのもそうだが、業務が常に流動的で、流れ作業に移行できないのも辛いところだな。それに耐えかねて艦を降りてしまう隊員も少なくない。そのため、護衛艦隊でも有数の低充足率パートになってしまっている。充足率が下がれば当然一人あたりの業務は増えるわけだから、余計に苦しくなる。かと言って、適性は無視できないから急な増員も出来ない……というジレンマに陥っている。
なかなか苦しいですね。電測員になるメリットは無いんですか?
さっき言った上陸の早さや秘密へのアクセスもメリットではあるが……。一番はやはり人事評価だろうな。仕事に貴賤はないだなんだと綺麗事を並べたところで、電測員の業務負担が重いのも、任務への貢献度が高いのも、誰もが理解しているところだ。そうなれば、電測員への人事評価は押し並べて高くなるし、表彰もされやすくなる。
まぁ、それだけで満足できるヤツなどいないだろうから付け加えれば、特別昇給や勤勉手当の成績率。こういうカネになるところで電測員は非常に高い評価がつきやすい。指揮官の近くで働いていることもあって、覚えはめでたいから、電測員の誰にAを、Bをと言ったとき、否定する指揮官はまずいないのもメリットだな。
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運航安全にも貢献
ボクが推したいのは運航安全への貢献ですね。
そうだな。それも重要な仕事だ。
電測員がレーダーを操作していることはさっき述べた通りだ。
彼らは航海中、レーダーで陸岸までの方位距離を測定したり、GPSを使ったりして艦位を測定している。それに、レーダープロッティングといって、他船舶の探知状況を継続的に作図することで、衝突の恐れがあるか、避けるなら針路を何度に転じなければならないのかを算出している。そうやって、航海指揮官に操艦のアドバイスをするのも電測員の仕事だ。
艦橋でも同じようなことをしているんじゃないんですか?
もちろんしている。だが、艦橋から離れた場所でやっているというのも重要な意味を持つ。
人間は状況が悪くなってくると声が大きくなって、あちこちで大声を出す人間が出てくる。「喧噪」というヤツだ。艦橋にいるとその喧噪に呑まれて誰もが一方向にしか注意を払わないようなことにもなる。
それに、夜間は灯火管制があるから、艦橋で色々やるのは難しいですね……。明るい光が目に入ると目の暗順応が損なわれて他の船が見えなくなるから、夜の艦橋は真っ暗にしているんだ。だからレーダー画面も照度は最低にしていて文字が見えるか見えないか、ぐらいだし、手元で作図や計算するのにも難儀してしまう……。
そういうわけで、艦橋から離れたCICにいるというのは大きいんだ。
客観的な視点からアドバイスをできる電測員は、運航安全において重要な位置を占めているんだよ。
なるほど~。
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