この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 「衛生」は乗員の健康管理を行うパート。
- 艦長は乗員の健康管理に責任を有しており、怪我や病気から乗員を守るのは艦として重要な仕事となる。
- 負傷・急病への対応
- 護衛艦には医務室があり、簡易な手術を行える設備を保有している。
- 衛生員は准看護師などの免許と医学的な知識技能を有しており、限定的な医療行為を行う事が出来る。
- 「船舶に乗り組む衛生管理者」の資格認定を受けているため、艦内で注射や縫合などを行う事が出来る。
- 負傷者・急病人が発生した場合、病院の医官から通信による指示(オンラインMC)を受けた衛生員が、薬剤の投与などの処置を行う。
- 緊急時、一部の衛生員(第一線救護衛生員)は、胸腔穿刺や抗生剤の投与など、救急救命行為を行う事が出来る。
- 潜水訓練・弾薬搭載など、事故のリスクが高い作業をするときは、緊急対応のため現場で待機する。
- 日常の健康管理・衛生隊との調整役
- 衛生員は乗員の健康状態に関する書類(身体歴)を管理しており、健康維持に関する指導を行う。
- 衛生隊で実施される定期健康診断について、衛生隊との調整を行い、当日は現地で補佐する。
- 自衛官診療証の発行や更新について、衛生隊との調整を行う。
- 極めて専門的知識を求められるパート。
- 医官不在の状況にあって、患者の状態を医官に的確に伝え、指示を誤りなく遂行するには医学的知識が不可欠。
- 衛生員はそのキャリアの多くを衛生隊や自衛隊病院で過ごし、その間に准看護師や救急救命士といった免許を取得する。
- 一刻を争う状況でも的確な処置を出来なければならないため、ストレスへの強い耐性も求められる。
護衛艦「ひとなみ」医務室前
この部屋はなんです?赤い十字マークがありますけど、艦内に病院があるんですか?
はい、ここが4分隊で最後に紹介する衛生員の職場、医務室です。
お医者さん、ではないけれど。
健康管理は自己責任……にあらず!
「衛生」は乗員の健康管理を行うパートです。
へぇ~、そんなことまでやるんですか。至れり尽くせりですね。
ええ。乗員の健康管理の責任は艦長にありますから。
(乗員の健康管理)
自衛艦乗員服務規則(海幕人第10346号。25.12.2別冊)
第92条 艦長は、医務衛生のことを監督し、乗員の健康管理に注意し、不健康の疑いのある者は、速やかに衛生長(又はこれに代わる者)の診療を受けさせ、特に感染症の予防に関し、遺漏のないよう努めなければならない。
本当だ。でも、健康管理なんて自己責任じゃないんですか?
ところが、そうも言っていられないんですよね。いざ部隊が任務に就こうとした時に、艦内で急病人が発生したらどうするか。たった一人のために、任務を取りやめて港に帰ることになるかもしれないわけです。
それに、伝染病が広がりでもしたら、まともに艦を動かせなくなるかもしれない。
ですから、切実な問題として、乗員の健康は乗員自身のものではありません。艦は乗員を怪我や病気から守るための方策を講じなければならないんです。
確かに……。
というわけで、医務・衛生について中心的な役割を果たすパート、それが衛生なのです。
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負傷・急病への対応
衛生員の一番分かりやすい仕事は、やっぱり負傷者や急病人への対応ですね。
ドアの隙間から見えてるんですけど、手術台みたいなものが見えますね。
ええ。さすがに病院並みとは言いませんが、簡単な手術くらいならできるような設備は備えています。
おお~、じゃあ、急に盲腸とかで倒れてもなんとかなるんですか。
いえ、そういうわけには……。衛生員はあくまで衛生員。医師ではないので、設備があってもすぐに手術が出来るわけではありません。
あら、そうなんですか。じゃあ、どうしてこんな設備が?
海外派遣の時は医師免許を持っている医官が乗艦してくるので、使う事もあるんです。
全ての護衛艦に乗せておくほど医官の人数は余裕がありませんし、仮に乗れたとしても普通の病院と違ってめったに病人や怪我人は出ませんから、仕事がなくて医師としての能力が鈍っていきます。
なので、医官は必要なときだけ乗ってくるようにしています。
衛生員は准看護師などの免許を持っており、ある程度の医学的な知識・技能を持っています。普段の病人・怪我人への対応は彼らがやることになっています。
あれ、でも准看護師って医師がいないと医療行為が出来ないんじゃないですか?
それが、艦の場合はちょっと違うんですね。
「船舶に乗り組む衛生管理者」という資格がありまして、准看護師の免許保有者は資格の認定を受けることが出来ます。この資格を持っている人は、緊急時には医師の助言を受けて投薬や縫合のような医療行為をすることが出来るんです。
へえ~、そうなんですね。
実際、そういった負傷者や急病人が発生した場合、陸上にある自衛隊病院などと連絡を取って、医官に診断や指示をしてもらいます。これをオンラインMCと言います。
衛生員はオンラインMCに基づいて、薬剤の投与などの医療行為をするんです。
さらに言うと、全員ではありませんが、一部の衛生員はさらに踏み込んだことが出来ます。具体的には、准看護師に加えて救急救命士の免許を持っている衛生員は、第一線救護衛生員というポジションを得て、有事の際、負傷した隊員に対して胸腔穿刺や抗生剤の投与などを緊急救命行為として行う事が出来るんです。
(定義)
緊急救命行為に関する訓令(防衛省訓令第60号。28.10.7)
第2条 この訓令において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1)緊急救命行為 自衛隊の任務遂行中の隊員(自衛隊法(昭和29年法律第165号)第2条第5項に規定する隊員をいう。以下同じ。)が、銃器、爆発物その他の武器により負傷し、その症状が著しく悪化するおそれがあり、又は生命が危険な状態にある場合であって、当該隊員を病院その他の医療機関に緊急に搬送すること等が困難である場合に、負傷した現場付近において診療の補助として行う行為をいう。
(2)第一線救護衛生員 准看護師(保健師助産師看護師法(昭和23年法律第203号)第6条に規定する准看護師をいう。)の免許を有し、かつ、救急救命士(救急救命士法(平成3年法律第36号)第2条第2項に規定する救急救命士をいう。)の免許を有する隊員のうち、第4条に規定する協議会が認定した訓練課程を修了したものをいう。
(緊急救命行為)
第3条 第一線救護衛生員は、緊急救命行為として、救急救命士法第2条第1項に規定する救急救命処置として行う行為のほか、次に掲げる行為を行うものとする。この場合において、次条に規定する協議会が策定した実施要領に従ってこれを行わなければならない。
(1)気道閉塞の兆候にある場合に行う輪状甲状靱帯切開・穿刺
(2)緊張性気胸の兆候にある場合に行う胸腔穿刺
(3)出血性ショックの兆候にある場合に行う静脈路又は骨髄路からの輸液
(4)疼痛がある場合に行う鎮痛剤の投与
(5)感染症の発生のおそれがある場合に行う抗生剤の投与
気道を確保するために切開するって「医師じゃないとできないから、救急車の中では出来なくて救急救命士の人が苦悩している」ってよく聞くやつですよね。
ええ。もちろん、そこまでやるケースというはほぼありません。
ただ、潜水訓練や弾薬搭載のような、リスキーな訓練や作業をやるときには、衛生員はいつでも対応出来るように、現場付近でスタンバイしています。実際、熱中症で倒れたり、重量物に指を挟まれて潰れたり、ということはそれなりにありますので……。
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日常の健康管理・衛生隊との調整役
衛生員のもう一つの役割は、日常における乗員の健康管理です。
先述の通り、艦長には(=艦には)乗員の健康を維持する責任があり、あまりに不健康な乗員は艦から降ろさないといけません。一番代表的なのが虫歯ですね。
虫歯……ですか?
ええ、虫歯くらいで?と思うかもしれませんが、虫歯が進行すると耐えがたい苦痛をもたらし業務どころではなくなります。それでも放置すると骨を腐らせたり、菌が血流に乗って全身に回り、脳や心臓に致命的なダメージを与えたりします。しかも、一度出来てしまった虫歯は自然治癒しないので、歯科医による治療が不可欠なんです。
恐ろしい……。
というわけで、そういった不健康な状態の乗員は、まず海外派遣のような長期行動をする艦艇から降りてもらいます。さらに悪化した人は「海上勤務不適」の状態になって、あらゆる水上艦艇で働けなくなるのです。
海外に行ってしまったらなかなか治療も出来ないですもんね。
そうならないために、健康維持に関する指導をするのも衛生員の仕事のです。医務室では乗員の入隊以来の健康診断結果などを綴った「身体歴」というファイルを保管しています。これを見て、日頃の生活態度を見て、状態の芳しくない乗員には運動をさせたり、受診するように促したりしています。
ありがたい限りですね。健康診断もあるんですか?
ええ。健康診断自体は民間の企業でもよくやってはいますけどね。
自衛官も年イチで健康診断を受けますし、海外派遣前のような重要なタイミングでも臨時の健康診断を受けることがあります。
その調整をするのも衛生員の仕事ですね。
調整……ですか?
基地のあるところには大体、衛生隊という部隊があって、医官や衛生員を抱えています。定期健康診断はこの衛生隊でやるんですが、あちこちの部隊が代わる代わる健康診断の予約を入れるので、日程の調整なんかをやるんですね。
あらら、そんなに大変なんですか。
まあ、部隊の状態によりますね。忙しい部隊だと先の見通しが立たなくて、直前にならないと予約できなかったりしますし。
それより、衛生員は健康診断の当日、現地で診断の補佐(人の誘導など)をやります。こっちの方が結構大変ですね。乗員が時間どおりに来なかったりして!
ギクッ
衛生隊の態勢によっては、採血の作業員に艦の衛生員が加わることもあります。艦に乗っているとなかなかそうした機会も無いので、練度を維持するためにも結構重要です。
本当に准看護師なんだなぁ……。
衛生隊との調整と言えば、自衛官診療証の手続きを行うのも衛生員です。
自衛官診療証というのは、要するに自衛官向けの健康保険証ですね。民間の病院で受診するときに必要になるんですが、これを発行するのがその地域の衛生隊なので、異動してきた人の診療証を更新したりします。
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極めて専門的知識を求められるパート
「衛生」の特徴は極めて専門的な知識を求められるパートだということです。
免許持ってるくらいですもんね。でも、実際に治療するときはお医者さんが全部指示をしてくれるんでしょう?そこまでレベルの高い人は要るんですか?
それが、必要なんです。
と言うのも、遠く離れた医官に電話で現状を伝えるとなると、症状を的確に言えないと、医官も正確な診断をすることが出来ないからですね。加えて、医官から指示を受けたときも、それを迅速に、しかも誤りなく実行するにはやっぱり医学的な知識が必要です。
あー、なるほど……。
そこで、衛生員はそのキャリアの多くを衛生隊や自衛隊病院で過ごします。その間に准看護師や救急救命士といった免許を取得します。中には、診療放射線技師とか歯科技工士のような免許を取る人もいますよ。
艦に来ている人は、既に出来るように訓練された人なんですね。
もちろんです。何しろ艦にはせいぜい2人くらいしか衛生員がいません。救護員を担当する他の4分隊員に指導しなければいけませんから、上の人指導してもらおうなんて考えてはいけないんです。
技術を磨くのは、どちらかと言えば病院や衛生隊で勤務しているときです。こうしたところで働いている時に行われる訓練は結構キツいものがありますね。
?
私も受けたことはないんですが、怪我人への手当をやる訓練では、毎回毎回怪我の状況も違うし、教官から次々と怒号のような指示が飛んでくるそうですね。
実際の現場も一刻を争うような状況ですから、頭が真っ白になるような状態でも、的確に処置が出来ないといけないんです。
なるほど~
というわけで、ストレスへの耐性も大事なパートですね。
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医療関係の勉強が出来るなんて、就職先としてはなかなかお得なポジションじゃないかと思ったんですが、話を聞くとそれだけで考えるべきではないんですね。
もちろん大変な仕事ではあります。でも、衛生員がいるからこそ、皆は安心して訓練や作業にあたれています。そのやりがいは悪いものではありませんよ。
確かにそうかもしれませんね。ありがとうございました。
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