護衛艦パート紹介シリーズ:運用員

洋上補給作業に従事する甲板作業員。海上自衛隊Facebookアカウントから引用。

この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。

  • 「運用」は運用作業船体整備において中核となるパート。
    • 「運用作業」とは、索具を使った艦の係留・曳航・洋上移送や、錨を使った投錨・揚錨といった作業。
      • 運用作業自体は砲雷科の他のパートも行うが、運用員はそれを専業にしている点で異なる。大きな作業は運用員が他パートの作業員に指示を出して行う。
    • 船体の錆の除去や塗装なども主導する立場にあり、各分隊甲板海曹を指導する。
      • 艦が修理に入るときは運用員が輝く。
    • 火災・浸水発生時は、応急工作員と並んで防火・防水作業を主導する。
    • 経験・勘に頼るところの多い仕事。
      • 運用作業にマニュアルはあるが断定的な書き方を避けており、最終的には「運用の妙技」なるものに頼ることになる。
        • 運用の世界に最適解は無いため。運用作業の是非はその時の天候や索具のコンディション、作業員の練度などに大きく左右され、定量的基準を示すのが困難
      • 定量的基準を好む幹部とは相容れないもので、放任されるか、示すことの難しい定量的基準を求められて苦しむことが多い。
      • 心理適性などの基準が緩く「誰にでもできる仕事」だと思われがちであるが、実際は筋力や度胸、観察眼などが求められる難しい仕事。
    • 出港中、若手は他の砲雷科員と同様艦橋ワッチに立つ。中堅~上級海曹になると、後部見張りとして艦尾方向から近づく船舶の警戒にあたる。
    • 運用員長は伝統的に「掌帆長」と呼ばれ、敬意を払われる。
      • 特に荒天時、掌帆長が優秀か否かは艦の命運を左右する。
目次

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船舶業界最古の仕事……?

水雷士 鳴海2尉

はいはい!それではここからの案内は甲板士官たる水雷士がしますね!

水雷長 遠見1尉

お、水雷士いいところに。射撃や射管の案内はしたから、これから運用や水測の紹介をしようと思ってたんだ。補足はボクがするから大まかな案内はやってもらってもいい?

水雷士 鳴海2尉

お任せあれ!

募集対象者 京井 未来

え、ひょっとして……先パイの部下の方ですか……?

水雷士 鳴海2尉

ええ、ワタクシB幹でして、幹部に任官して3年目。水雷長の手足として日々駆けずり回っています!

募集対象者 京井 未来

うわぁ……。それはそれは……。何というか……。

水雷長 遠見1尉

水雷士は非常に優秀でね、ボクより遥かに仕事が出来るからとても助かっているんだ。

水雷士 鳴海2尉

お褒めにあずかり光栄です。では時間も限られてますから、早速案内、さしあたっては「運用」の解説といきましょう。
運用は運用作業船体整備の中核になるパートです。

募集対象者 京井 未来

運用作業?

水雷士 鳴海2尉

そうですよね?部外者の方が聞いたら「運用作業ってなんのこっちゃ」って思いますよね?ご安心を!説明しますので。


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運用作業≒甲板作業

水雷士 鳴海2尉

運用作業というのは、正確にイコールではありませんが、甲板上で行う作業のことだと思ってもらって、だいたい間違いありません。
具体的には、出入港時のロープワークとか、投錨・揚錨作業なんかですね。複雑なのになると、曳航とか洋上移送なんてのも出てきます。

募集対象者 京井 未来

なんでそれを運用と言うんですかね……?

水雷長 遠見1尉

由来は定かでないね。索具の取り回しなんかをするから「運用」なのかな……?
ちなみに、艦の中で「運用」と言えば、ほぼ間違いなくパートの運用か運用作業のことを言うんだけど、海上自衛隊の中で「運用」といった場合「いつ、どこに、どの部隊を振り向けるか」の「部隊運用」を指す事もあるから注意が必要だね。海幕の「運用支援課」なんかはそのパターン。

募集対象者 京井 未来

なるほど……
そういえば以前テレビで見たんですけど、護衛艦が出港するときって甲板に沢山の作業員が出てますよね?あれはみんな運用員なんですか?

水雷士 鳴海2尉

いえ、運用作業は砲雷科の他のパートの隊員も行います。出入港時ともなると、砲雷科の隊員はほとんどが上甲板で作業するのが普通です。ただ運用員が違うのは、運用作業に専業していることですね。

募集対象者 京井 未来

運用員だけが運用作業をするわけではない……けれど、業務の比重が大きいってことですか?

水雷士 鳴海2尉

ですです。
運用員は運用作業をするときのリーダーです。他のパートから派出された甲板作業員に指図して索を引っ張らせるのが運用員なんです。
小規模な作業なら運用員抜きで担当パートがやることもありますけど、大きな作業になると必ず運用員が必要になりますよ。


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造船所は運用員のお立ち台

水雷士 鳴海2尉

もうひとつ、運用員の大事な仕事は船体整備です!
まぁ、早い話が船体を錆びさせないようにすることですね。

募集対象者 京井 未来

言われてみれば当たり前ですが、船体って錆びるんですね……。

水雷士 鳴海2尉

えぇ、そりゃーもう鋼で出来てますからね!
塗装で保護はしてるんですが、作業で固いものが当たるとすぐハゲて、下地が出てきます。そうなればあっという間に赤錆だらけです!

募集対象者 京井 未来

それをどうやって防ぐんですか?

水雷士 鳴海2尉

作業するときに養生するとか、傷ついたところにはすぐにペンキを塗って酸化しないようにするとかですね。
でも、それでも錆の進行は遅らせるだけで無くすことは出来ませんから、一番は造船所での修理ですね。
造船所に行くと、普段は使えないような工具が使えるようになるので、そこで錆を削るんですよ。これを錆打ちと言います。

募集対象者 京井 未来

ん?造船所でのメンテナンスって、造船所の工員がやるんじゃないんですか……?

水雷士 鳴海2尉

ええ、工員さんもやってくれます。でも、装備品の積み替えとかがメインで、船体の錆打ちはだいたい乗員がやりますね。これは2分隊でも3分隊でも同じです。

募集対象者 京井 未来

えぇ……

水雷士 鳴海2尉

いいですか!その時こそが運用員の輝くときですよ!各分隊の甲板海曹が作業を計画しますが、運用員以外が作る船体整備計画なんて穴だらけですからね!
いつまでにどこを削るのか、いつ塗装するのか、雨が降ったらどうするのか、そういうところを監督してやるのが運用員の役割なのです!

水雷士 鳴海2尉

……ちなみに、業者が行う作業だって業者任せにしているとロクなことにはなりませんから、やっぱり運用員が現状を把握しますし、先方に艦からの要望を伝えたりします。

京井 未来

ということは運用員は造船所に入っても休めないんでは……?


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防火・防水のリーダー

水雷士 鳴海2尉

運用員にはもう一つ重要な役割があります。それは応急班のチームリーダーになる事です!
応急班というのは、戦闘時火災・浸水発生時に配置されて、現場で対応するダメージコントロールチームのことです。

募集対象者 京井 未来

消火器で火を消したりするんですか?

水雷士 鳴海2尉

消火器ではとても間に合わないんで、消防が使っているようなノズル付ホースで海水を霧状にぶちまけます!
こういう作業も、ただぶちまけるだけなら2等海士でも出来ますが、有効に作業をしようと思ったら、専門的な知見を持った隊員が指揮してやらないといけません。そこで活躍するのが運用員と機関科の応急工作員です

募集対象者 京井 未来

なるほど、そういう人たちが指揮をすることで火を消したり、水を止めたり出来るんですね。


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運用の妙技……?

募集対象者 京井 未来

しかし、そういう知識ってどうやって身につけるんですか?学校で教えてくれるんですか?

水雷士 鳴海2尉

まぁ、ガッコでも多少は教えてくれますが……あくまで入口に過ぎません。大事なところはほぼ口伝と経験と勘!これですよ!

募集対象者 京井 未来

えぇ……

水雷士 鳴海2尉

一応「運用作業教範」とか「洋上補給作業教範」なんてマニュアルも用意はされてるんですよ。ただ、あれを読むだけで運用作業が出来るなら運用員は要りません!

水雷長 遠見1尉

……というか、網羅出来てるようで、致命的に説明が足りてないよね。運用系の教範。用具の使用目的の説明も足りてないし、「●●することがあるので注意する。」みたいな記載はあるけど、じゃあ具体的にどうしたらいいのか書いてないし。だいたいの部分で「運用の妙技をいかんなく発揮し……」っていう言葉で片付けてて、ボクはあんまり好きじゃないな。

水雷士 鳴海2尉

まあ、気持ちは分かります。でも、仕方ないんです。
運用に最適解はないですからね。

募集対象者 京井 未来

きちんとしたマニュアルを作れないんですか?

水雷士 鳴海2尉

ええ。運用作業のなにが難しいって、その時の天候とか、索具のコンディションとか、作業員の練度に大きく左右されるんです。
運用作業が失敗するときというのは、索が引っ張られすぎて破断するとか、弛んで変な場所に引っかかってしまうとか、重量物が人や船体に突っ込んで破壊するとか、まぁ色々あるんですが、どれ一つとして同じ状況で起きた事故は無いんですよね。
索が引っ張られたとき、繰り出した方がいい場合もあれば、繰り出すと却って危険なことになるので堪えた方がいい場合もあります。斧やナイフで切った方がいい場合もあれば、それをやると索がはじけ飛んで近くにいる人間が粉砕されることもあります。一概にこういう状況ならこうした方が良いと示すことは出来ないんです。

水雷士 鳴海2尉

上の人たちは定量的基準を示すのが好きなんですよね。
「風速が●●kt以下なら作業を決行する」なんて計画書に書くのが大好きですし、作業員が「この波ではちょっと難しいです」って言うと「去年実施した作業では波高●mで成功したじゃないか」なんて言い返したりする。
でも、運用ではそういう定量的基準を示すのは困難なんですよ。

水雷長 遠見1尉

そうだね。
正確に言うと、考慮すべきパラメータの種類が多すぎる。でも人はその中の1つか2つのパラメータを指標にして考えたがるから上手く行かないんだ。

水雷士 鳴海2尉

ええ。なので、幹部は「よくわからんから運用員に判断を任せる」っていって丸投げすることが多いです。まぁ、それはそれで良いと思います。そのためのスペシャリストですしね。
困った人は、そこで諦めずに何が何でも数値化、フローチャート化しようとします。そうなると困るのは運用員ですね~。示せないものを示さないといけなくなるので。

水雷長 遠見1尉

うぅ……。ボクも気をつけます……。


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誰にでも出来る仕事?

水雷長 遠見1尉

運用員の良いところは間口が広いことだね。
配置は入隊時に行う心理適性検査が大きく影響するんだけど、射管や電測に比べると運用は許容する隊員の幅が広いんだ。

水雷士 鳴海2尉

というより、適性の要求が無いんじゃないか、とすら思えますね。
私も運用の適性に「×」が付いている人は見たことがありません。
だから、よく運用員達は「他のパートにいけないから運用になった」って自嘲するんですよ。

募集対象者 京井 未来

実際、そんな誰にでも出来る仕事なんですか?
話を聞いている感じ、結構難しそうに聞こえますけど……。

水雷士 鳴海2尉

ええ。私も「誰でも出来る仕事」だとは思えません。重量物を扱うから他のパート以上に筋力が要りますし、揺れる上甲板で波を被りながら作業するので度胸が必要です。このあたり無いと、運用員以前に砲雷科員は結構キツいですよ。
あと、観察眼ですね。索や錨鎖にいつもと違うところはないか、作業中に聞こえてくる音はなんかおかしくないか、そういうところに気がついて、機転を利かせられるひとでないと、運用員として大成しません。
ハッキリ言って海上自衛隊の中では「難しい仕事」の部類ですよ、コレは。


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艦橋ワッチと後部見張り

募集対象者 京井 未来

出港中、運用員は何をしてるんですか?

水雷士 鳴海2尉

若いうちは艦橋ワッチ、っていうのは他の砲雷科員と変わらないです。
他のパートと違うのは、偉くなっても見張りが続くってことですね。艦によって違うんですが、艦尾付近で後ろがよく見える区画に陣取って、後部見張りをやります。追い越し船や艦尾スレスレを通過していく横切り船の状況を報告して、航海指揮官の操艦を助けます。

水雷長 遠見1尉

レーダーの取付位置のせいで、後ろはレーダーの映りがよくないことが多いから、後部見張りからの報告は結構重要なんだ。


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帆は無いけど掌帆長

水雷士 鳴海2尉

ここから余談ですけどね、運用員長のこと、他の人たちはなんて呼ぶと思います?

募集対象者 京井 未来

え?運用員長じゃないんですか?

水雷士 鳴海2尉

これがね、「掌帆長しょうはんちょう」って言うんですよ。帆を司る人ですよ?

募集対象者 京井 未来

帆って、帆船のですか?

水雷士 鳴海2尉

ええ、帆船のです。これはもう海上自衛隊が大好きな「伝統の継承」ってやつです。きっと、帝国海軍どころか、江戸時代の船のころから、そういう仕事があったんでしょうね。
公式な文書にこそそういう名前は載せませんが、敬意を持って言うんですよ。掌帆長って。

募集対象者 京井 未来

ふうん。大変な仕事だとは思うんですけど、そこまで言われるものなんですか?

水雷長 遠見1尉

それはやっぱり、運用員がいなければ艦は出港することすらままならないからだよ。それに、掌帆長がいたおかげで助かるのって、大体艦がピンチの時だからね。
特に荒天の時。岸壁で嵐をやり過ごさないといけない時だって、計算上は大丈夫ってことになっていても、本当に大丈夫なのかは運用がしっかり係留索を強化してくれるからだし、海面が荒れてる中洋上補給できるのも、本当にヤバい時には掌帆長が警告してくれるという安心感があってのこと。大砲やミサイルみたいに目立つものはないけれど、運用がいるからこそ他の人たちは仕事が出来ているんだ。

運用員の逸話はググるとたくさん出てきますが、私も以前耳に挟んだ話を一つ。
その艦が洋上で荒天をやり過ごしてみると、マストのてっぺんがへし折れていました。折れているのにどういうわけか落ちてこないでそのままぶら下がっている先端部。とは言え、いつ落ちてくるか分からない。
そんな時、掌帆長と運用員次席は自ら折れたマストに登り、ワイヤーで徹底的に固めて、落ちてこないようにしたのです。その作業の甲斐あって、先端部が落下することなく造船所への移動に成功。艦は死傷者を出すことも無く、新たな機器破損をすることもなく、短期間での修理を実現出来たのです。
運用員と言えど、マストに登ることはそうそうありません。様々な不安を抱えながらも、豊富な経験と高い技術に裏打ちされた自信があったからこそ、彼らは艦を救うことが出来たのでしょう。

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