この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 「給養」は、給食に関する業務を行うパート
- 調理業務
- 護衛艦は給食実施機関のひとつ。陸上の基地では基地の管理部隊が基地内の部隊に対して給食を提供するが、護衛艦では艦内で乗員が調理を行い給食を提供する。
- 給養員は艦内での調理作業や4術校での教務を通じて、技術を磨く。
- 味付けは調理する給養員のさじ加減によるところが大きく、特に給養員長が異動すると「艦の味」は全く違うものになる。
- 護衛艦は伝統的に外交機能を有しており、海外派遣時に賓客の接待をする際、給養員の腕の良さは極めて重要になる。
- 調理以外の業務
- 検食の保存。食中毒発生時に検証を行うため、材料や料理のサンプルを取り冷凍保存する。
- 食品の在庫管理。材料の請求や受け取りの手続きを実施する。
- 刃物の管理。毎日必ず刃物を使う希有なパート。
- 艦外への給食依頼。他の地域に出張に行く隊員について、出張先の給食実施機関に食数追加を依頼し、予算の付け替え手続きを行う。
- 他の乗員とは異なる生活リズムを持つ。
- 朝は3~4時頃から仕込みを始め、他の乗員が訓練している日中も調理に従事していることが多い。
- 充足率の低いパート。
- 激務である事もさることながら、一時期、経理員や補給員の不足を補うために給養員の養成人数の割合を減らしたため、上級~中級海曹の人数が足りていない。
- 調理業務
某日1200 護衛艦「ひとなみ」士官室
いやぁ、今日のカレー、なかなか美味しいですね~
ええ、海上自衛隊では金曜の昼にカレーライスを食べるのが帝国海軍以来の伝統なんです。やっぱり代表的なメニューだから力も入るってモノです。
本当はそこまで歴史は深くないって話だけどね……。もともと土曜で、金曜昼になったのも実は結構最近だとか。
……ところで、すごい今更なんですけど、未来、普通に艦内で食事してて大丈夫なんですか?
ええ、大丈夫。部外者喫食の手続きは取ってますから。料金も後で水雷長から徴収するので。
なるほど、それなら安心――って!ボクが払うんですか!?
ありがとうございます!!
それはそうと、今日のカレーはいつもと違うな。作ったの、員長か?
いえ、これは辻2曹の仕事ですね……。員長はもっと動物系で、バターの旨味を活かす人です。このカレーは野菜の旨味が主体で、ほのかにフルーティな香りがあります。少し淡泊に思えるかもしれませんが、よく味わえば底知れない深みがある。新宿の名店、モーモーカレーの流れを汲む味付けです。
お前は給養員の名前覚える前に電測員の名前覚えろよ……。
あれ?護衛艦って艦ごとの味があるって聞いてたんですけど……。同じ艦の中でも味って変わるものなんですか?
ええ、確かに「艦の味」というものはあります。でも、結局作るのは給養員ですから。
……そういえば、まだ給養のパート紹介をしてませんでしたね。せっかくですから説明しておきましょう。
艦の味より人の味。
「給養」は給食に関する業務を行うパートです。
とは言っても調理だけが仕事ではありません。それ以外の仕事も結構あるのです。
調理業務
自前での給食は必要不可欠
まず調理から。
自衛隊で給食を提供できるのは、給食実施機関に指定された機関や部隊だけです。衛生面のこともありますけど、何より給食は給与の一環として提供されるものですから。お金が絡む以上、気軽に運営して良いものではないんです。
陸上にある基地だと、基地の管理部隊(基地業務隊など)が食堂を運営していて、他の部隊で給食を受ける資格のある隊員がその食堂で給食を受けることになります。その点対照的に、護衛艦は全艦が給食実施機関に指定されていて、艦内でその艦の乗員が調理を行って給食を実施しています。
中で調理できないと出港した時にご飯が食べられないですもんね。
艦艇の中でも、ミサイル艇は艦内での給食が出来ないので、出港時は弁当やレトルト食品、冷凍食品を積んでいきます。
ミサイル艇はせいぜい2、3日くらいしか航海できないと言われますが、燃料や真水だけでなく、食事の観点からもこのくらいが限界と言えます。
逆に言うと2、3日くらいはレトルト食品しか食べないこともあるんですね……
気が滅入るでしょう?ただでさえストレスのかかる航海ですから、しっかりした食事が出来るのは本当に大切なんです。
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「艦の味」と「人の味」
給養員になる人って、別にもともと料理人だった人というわけではないんですよね?
ええ。前職でそういう経験があれば要員区分を決めるときに考慮されるかもしれませんが、給養員のほとんどは入隊してから初めて料理する人たちばかりですよ。
気になるのは味付けですが……、素人ばかり集めて大丈夫なんですか?
ええ。はじめの頃は野菜の皮むきや食材のカットが中心で、先輩隊員がきちんと教えますから。味付けのような全体の仕上がりに特に影響するところは上級海曹の仕事で、若い人には仕事に慣れてから少しずつやらせるようにしてます。
それに、舞鶴には海上自衛隊第4術科学校という補給科関係の学校があって、給養員はキャリア形成の過程で艦を下りて学校で教育を受けることもできます。
才能がものを言う仕事ではありますが、よほど味覚に問題がある人でもない限り、きちんと調理できる人にはなれます。
なるほど、上の人が管理しているから「艦ごとの味」というのが出るんですね。
よく「艦で継承される伝統の味」という話が出ますが、私は信憑性を疑ってます。というのも、味付けについて特に決定権を持っているのは給養員長だからですね。
他の上級海曹もそれぞれの調味法を持ってはいますが、あくまで給養員長の指導の範囲でやります。なので、給養員長が交代すると味付けやメニューが全く違うものになるのはよくあることです。
「艦の味」……ではなく「給養員長の味」ってことですか……。
うんうん。前いた艦であったんだけど、地元の店に艦のカレーとしてレシピ提供した直後に給養員長が交代して、そのカレーは一切出なくなったんだ。
で、さらに艦長も交代した後で、その店に赴いて認定式をしないといけなくなったんだけど、艦長も給養員長も、一度も食べたことのない味を前に「うむ、これは間違いなくうちの艦の味……!」と認定して帰ってきたという……。
き、聞きたくなかった……。
一応補足しておくと、艦の味が生まれる余地が全くないわけではありません。それは乗員の嗜好があるからですね。給養は定期的に乗員の嗜好調査をして、メニュー選びや味付けに反映しています。人が代わっても、前の人の方が良かったという意見が強ければ、その方向へ修正されるわけです。
なるほど~
ちなみに、今日のカレーが違うというのは?
……それは単にうちの員長が面倒くさがりだからです。「毎日同じ味だと飽きるから、バラついてる方がいい」と言って、下の味付けにほとんど口出ししないんです。
いやぁ、いいじゃないですか。おかげで日々多彩な食事を楽しめるわけです。
船務士のように大らかな乗員ばかりなら良かったんですがね……、乗員からはあんまり評判よくないです。
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外交の道具にもなる!?
しかし、こう……。言ってはアレですが、所詮は集団給食じゃないですか。
もちろん美味しい方が良いのは間違いないんですが、大事なのはきちんと食事が提供されることであって、出されたモノにいちいち文句を言うのはどうなんだろうかと思います。
個人的には同感だけど、護衛艦の場合、そうとも言い切れないのが難しいところね……。
どうしてです?
海軍の艦艇には外交的な機能があるからよ。
軍艦は外国の港に入港する場合でも沿岸国の管轄権が及ばない、つまり警察などが立ち入るのを拒むことができるの。この点は大使館と同じだけの権利を持っていて、伝統的に軍艦は国家意思の象徴として親善目的にも威圧目的にも使われてきたのよ。
つまり、入港した先で賓客の接遇をすることがある、ということね。
なるほど。マズい食事でも乗員が我慢すれば良いだろう、と技術を磨かずにいると、そういうVIP対応の時に困るんですね。
全くだ。かく言う私も遠洋航海で散々な接遇にあったことがあってな。国名は出さないでおいてやるが、入港歓迎行事が軍の手配不足でグダり、そのあと交流行事に行くための軍のバスも約束の時間に来ない。
何よりもひどかったのが食事。実習幹部には昼食会が始まってから配膳が始まったんだが、一向に進まず私のところに配膳されたのは昼食会の終了5分前ときた。慌ててかき込んだが、肉も野菜も明らかに加熱不足でほとんど味付けされていない。その日の夕方は腹痛を訴える実習幹部が続出し、その中には私も加わっていた。ということがあってな……。
あの時ばかりは、私が海幕長になった暁には、こんな劣等民族必ずや滅ぼしてやると誓ったのだ。
そ、それは大変でしたね……。
それは、そもそも「きちんと提供」されていないのでは……。
それはかなり極端な例だけど、根は同じことね。
軍人であれ、背広を着た外交官であれ、その国を代表して親善のために訪問してきているお客さん相手に適当なことをするのは「あなたの国の事はどうでもいいと思っています」という意思表示になるの。
それに、そういう失敗できないはずの場面で失敗するということは、軍内部の指揮統制の乱れを示唆することにもなるわ。レセプションひとつ満足に遂行できないような軍が、部隊を間違いなく動かせるとは思えないからね。
そういうことが積み重なると、相手国だけでなく周辺国にも誤ったメッセージを与えることになるわ。状況によっては紛争の引き金にすらなりかねないの。「今、A国と紛争になっても、その友好国のB国は最近A国と距離を置いているようだし、軍もそれほど精強でないようだから、助けに介入してくることはないだろう」なんて具合にね。
そういうことです。
まぁ、なんにせよ相手をいい気分にさせておいて損はないですからね。旨い食事は歓待の基礎になります。
海外派遣艦艇、特に練習艦「かしま」などがそうですが、寄港先でのレセプションをやるために腕利きの給養員をヘッドハンティングして連れて行くこともよくありますよ。
ご飯ひとつでここまで話が大きくなるんですねぇ……
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調理以外の業務
そういえば、はじめに調理以外の業務もあるって言ってましたけど、何があるんですか?
給食を行うために必要なのは、なにも調理だけではありません。
検食の保存
これは自衛隊に限らず、民間の飲食店でも行っているんですが、食中毒が発生した場合に原因究明に役立てるため、材料や完成品からサンプルを採取して冷凍保存しています。これを検食の保存といいます。
毎食やっているんですか?
ええ、毎食です。まぁ、慣れればそれほど難しい仕事ではありません。
食中毒対策ということで言えば、検食簿の作成も給養員の仕事です。
給食を提供する前に、副長や当直士官といった検食官、加熱不足や異臭が無いかを確認してもらって配食をしています。
小学校の校長先生も同じような検食をやってますね。
ええ、その結果を記載するのが検食簿です。その日のメニューや材料が列挙されていて、毎晩当直士官のもとに給養員が持ってきてサインしてもらってます。
……そうか、アレって食中毒のために書いてるんですね。
……ええ。実はそうなんですよ。
よく味の寸評を書く紙だと誤解している当直士官がいるんですが、あれは規則で定められているれっきとした文書です。
給養員の励みになりますから感想は書いていただいて構わないんですが、あくまで本質は調理が適切に行われているのかを検することです。
知らなかった……。
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食品の在庫管理
当たり前かもしれませんが、料理は材料がないと作れません。
造修補給所を通じて食品の請求手続きをするのも給養員の仕事です。
店に行って買いに行くわけではないんですね。
ええ、規則上も食材を直接買い付けるのは海外派遣のときくらいで、補給部隊を経由するのが原則です。
それから、艦に実際に積み込むときは、業者が岸壁までは持ってきてくれますが、そこから先、冷蔵庫や倉庫への搭載は乗員総員で行います。
考えてみれば、代金の支払いも簡単にはできないですものね。
糧食の中でも、特に日持ちしないのが生鮮食品、海上自衛隊では生糧品と呼びます。葉物野菜なんかはその代表格で、搭載したその日からどんどん悪くなって、食べられる場所が目減りしていきます。
なので、在庫管理は調理計画とも結びついて、とても重要になるんです。
そういや、1年目に乗った艦の給養員長が酷かったんだ。冷蔵庫を覗いてその日その日の気分でメニューを決めるんだけど、そんなに発想が豊かじゃないから1週間ちょっとでメニューが一巡するしさ……。
で、その員長がいなくなった後でわかったのが、冷蔵庫の手前のモノばっかり出入りしてて、奥の方で腐った肉や野菜が山積みになってたんだ……。
万死に値しますね……。
うちの員長は味付け以外は手を抜かないので、そういうのに比べるとマシなのかもしれません。
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刃物の管理
細かいところですが、刃物の管理も忘れてはいけません。
包丁を研いだり……とかですか?
道具の手入れも確かに重要ですが、今言っているのはもっと根本的な問題……、武器になり得る刃物を艦内で野放しにしておく訳にはいかない、ということです。
……確かに。でも、艦内には銃もあるんじゃないですか?包丁を持ち出されたらそんなに大変なんですか?
おい、コイツなんかヤバいこと言い始めたぞ。
銃で止めようとしても、うちの先任伍長あたりなら、包丁一本で乗員全員を制圧できそうだよね……。
確かにそうかもしれないけど、話がややこしくなるから余計なこと言わないでくれ。
銃は艦内にあるけど、別に皆が常時携帯しているわけでもない。それに、撃てば止められるかもしれないが、そもそも包丁の数を数えてきちんと鍵を掛けておけばそんなことにならないだろ。
なるほど~
刃物を使うのはなにも調理員だけではありません。運用員や潜水員も刃物を使うことはよくあります。とは言え、調理員ほど頻繁に刃物を使う隊員がいないのもまた事実です。
刃物管理を本当に厳重にやろうとすると、彼らの仕事が立ち行かなくなりますから、給養員がギリギリ許容できるぐらいに厳しくやっているのです。
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給食依頼
給養員といえば……、講習にいったりする時の給食依頼って給養員にやってもらいますよね?
給食依頼?
ええ。本来、艦内で給食を受けるべき乗員ですが、講習や会議など、出張のために艦を離れる場合、基地や他の艦の食堂で給食を受けてもらうことがあります。
そのために行う手続きを給食依頼と言います。
そうか、食べる権利があるからって、何の調整もしていないよその食堂で食べたら、不正になってしまうんでしたね。
はい。それに、事前の準備なしで食べる人が増えると、料理の数も足りなくなりますし。
なんといっても重要になるのは、糧食費ですね。各給食実施機関が持っている予算は事前に決められていますから、本来とは違う人が食べに来るなら、予算を付け替えないといずれ糧食費が足りなくなってしまうわけです。
そういう手続きがあって、初めて他の食堂で食べられるようになるんですね。
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他の乗員とは異なる生活リズム
給養員の特色として外せないのが、他の乗員とは異なる生活リズムを刻んでいることです。
寝起きする時間が違うってことですか?
有り体に言えばそういうことです。
一番分かりやすいのは朝食の準備ですね。通常の乗員は当直員を除けば総員起床の6時に起床しますが、その直後から朝食を提供しなければならないので、給養員はもっと早い時間から調理を開始しないといけません。
どのぐらいかかるんですか?
何人が朝食を食べるか、何人で作業するか、どれだけ凝ったメニューにするかによっていくらでも変わってきますが……。
だいたい朝の4時くらいには作業を始めています。
え~、そんなに早いんですか……。
午前中の課業時間も昼食の準備があります。防火訓練や戦闘訓練をしているとき、給養員も最初は救護員などの配置につくのですが、初動対応が終わると訓練から外して調理をやらせることになります。
うーん、それで訓練は大丈夫なんですか?
実際の動きと違うじゃないか、と言われればそのとおりなんですが、実際の動きを追求すると、その日は調理できず缶詰や乾パンしか出せなくなりますので……。そういう訓練をすることもありますが、毎日そんなことをやったら乗員が保ちません。
うっ、確かに……。
なので、別の機会を設けて訓練したり、訓練から外す給養員を日によって変えたりして練度を維持することになります。
そうなると、確かに他の乗員と同じような生活リズムではなくなるんですね……。
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低充足率……。
それから、給養のもう一つの特徴は充足率が芳しくないことです……。
……あの、一つ聞きたいんですけど。
逆に人が余ってるパートってあるんですか?先パイからも聞いてますけど、どこに行っても人が足りない足りないって……。
少なくとも護衛艦には人を余らせているパートは無いですね。
ただ、その中でも給養は特に充足率が低いって話です。
それは……やっぱり、仕事が大変だからですか?
激務だから途中で辞めてしまう、というのは確かにあります。
ただ、それとは違う問題もありまして……。
要するに、海上自衛隊が人材養成を誤った結果、というのもあります。
?
補給科には他に経理員や補給員がいるでしょう?
彼らは彼らで激務で人手不足なんです。そこで、ある一時期、海上自衛隊は経理員や補給員を増強しようとしたんです。
あっ、なんか分かりました。
ええ。経補要員の海士のうち、経理や補給に行く割合を増やしたんですね。どこのパートに行っても4分隊の海士は結局調理をすることになるから、調理の人手はそこまで減らないだろうと思ったのでしょう。
ところが、給養員の数が減ったことは当初の予想を上回るデメリットをもたらしたんですね。プロフェッショナリティの欠落です。給養員でない隊員が行う調理なんて、どこまでいっても片手間でやることに過ぎませんから、質の低下という形になって表れました。
それに、給養員の仕事が調理だけでないのはさっき説明したとおりです。結局そういう仕事は調理員しか出来ないですからね。
やっぱり……。
確かに、経理員も補給員も人手不足に喘いでいたわけですから、その時はそうせざるを得なかったのかもしれません。しかし、その対策をごく一時期に行った結果、今の上級海曹の人的基盤が損なわれることになったんです。
うーん。難しいですね。何が正解なのか……。
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色々と大変なことはありますけど、給養は成果物が非常に分かりやすく形になりますし、全乗員の期待と注目を集める仕事です。他のパートに比べても達成感のある仕事だと思いますよ。
こんなに美味しいカレーを作れるなら、そりゃあ感謝もされますね。
そうでしょう?そういうわけで補給長、次はエスニックが得意な人を連れてきてください。
そんな都合良く来るわけがないでしょう……。
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