この記事では、海上自衛隊の既に廃止された採用制度について、2回に分けて次の内容を説明します。
第1回
- 海上自衛隊生徒(通称:生徒)
- 中学卒業後の若者を集め、高校の授業を行いながら自衛隊の教育訓練を実施していた制度
- 主に、水測や通信のような耳の良さを求められる職域において優秀な隊員を養成するために設置された。
- 4年制であり、「3等海士」の階級からスタートし学年と共に昇任、卒業時には3曹になった。
- 4年制だったが、3年生を修了すると高校卒業資格を得ることが出来た。
- 幹部になる者も多く、A幹B幹C幹のいずれにも生徒出身者が期に数名程度はいる。
- 先輩後輩の上下関係が強固で、時として階級を逆転させるほどの力関係を生むこともある。
- 18歳未満の戦闘員を擁することが国際条約に抵触したため、2007年入隊分をもって廃止された。
- 陸自では、高等工科学校の生徒を「自衛官でない」ことにすることで存続させた。
- 防衛力整備計画内で高等工科学校を陸海空共同・男女共学の学校にすることが示されたため、近い将来海自生徒が復活するとも言える。
- 中学卒業後の若者を集め、高校の授業を行いながら自衛隊の教育訓練を実施していた制度
第2回
- 一般曹候補学生(通称:曹候)
- 一般的な職域に配員される非任期制隊員の採用制度では最も古いもの。
- 任期制隊員では優秀な隊員が3曹に昇任する前に退職してしまうため、曹の人材不足を解消すべく導入された。
- 2士で入隊し、約2年間の教育を受けると自動的に3曹に昇任する。
- 当時は任期制隊員しかおらず、10年経っても3曹になれない隊員が当たり前にいた中、ほぼ部隊経験ゼロで3曹になった曹候は、イジメの格好の標的となった。
- 「曹士の幹部候補生」とも言うべき彼らは大半が優秀な隊員で、今もパート長やB幹・C幹として活躍している者が多い。
- 2007年入隊分をもって廃止され、一般曹候補生制度へ移行した。
- 曹候補士(通称:補士)
- 曹候制度では解決出来ない、海士の人材不足を解消すべく導入された。
- 待遇は現行の一般曹候補生と大きく変わらないが、3曹昇任が確約されていた。
- 昇任試験に落ち続けても、入隊7年後には絶対に昇任できた。
- 昇任確約は年々隊員の質を落とすことになり、制度末期には成績の悪い曹候補士を罷免する方針へシフトした。
- 2007年入隊分をもって廃止され、一般曹候補生制度へ移行した。
水雷長、ずっと気になってたんですけど、時々入隊期別に「曹候」とか「補士」って書いてる人いるじゃないですか?これって何ですか?
昔そういう採用制度があったんだ。それじゃあ、今回は廃止された採用制度について話そうか。
海上自衛隊生徒
海上自衛隊生徒、通称「生徒」はかつて存在した「海上自衛官の高校生」だよ。
聞いたことがあります。江田島の少年術科学校ってやつですね!
そう。1術校の奥の方、現在警備科が使っている建物は、かつて中学を卒業した若者たちを集めて自衛隊の教育訓練を施していた、1術校生徒部だったんだ。
陸海空にそれぞれ生徒制度がありましたけど、今は陸だけが残ってますね~
広告
水測・通信のスペシャリスト養成機関
どうしてそんなに若い子を集めてたんですか?
技術の習得に時間が掛かる、あるいは若くて柔軟なうちに技術を教え込む必要があると思われていた分野があったからなんだ。
具体的には水測と通信。ソーナーは今でこそ目で見れば分かるように作られているけど、OQS-3とか、昭和時代のソーナーは本当に耳が頼りだったからね。通信も、モールス信号の送受信が必須だった時代があったから、これまた耳が命だったんだ。
昔の戦争映画みたいですね!
そういうわけで、時々違う職域を育てることもあったけど、基本的には水測員と通信員を育てる機関として存在したんだ。
そうか、うちの水測員長の入隊期別のところには生徒って書いてありましたね。
通信員長も生徒出身じゃなかったかな?
最終期の人もまだまだ30代前半。向こう10年以上は生徒出身者が水測員長や電測員長をやる時代が続きそうだね。
広告
幻の3等海士
特徴的なのが階級。
生徒は入隊と同時に「3等海士」という階級の自衛官になったんだ。階級章は2士と同じくV字の線1本に桜が無いもの。
そうでした。昔は3士がいたんですよね。
生徒制度自体は4年制になっていて、学年が上がるにつれて昇任を重ねて、最終的に卒業するときには3曹になっていたんだ。
そうだったんですか。高校だから3年でおしまいだとばかり!
かつては4年間経たないとダメだったらしいんだけど、途中からは3年生を修了した時点で高校卒業資格がもらえたんだ。書類上は、通信制高校である広島西高校を卒業していたことになっている。
広告
幹部にもいる生徒出身者
生徒は卒業後、部隊で働くのが前提ではあるんだけど、中にはそのまま防大に進学してA幹になる人もいたんだ。
そうですね。うちの学年にも、陸自生徒の出身者がいましたよ。以前は海自生徒も入ってきてたと聞いてます。
そうだね。防大58期くらいまでは海自生徒出身者が年に何人か入校してたようだね。それ以降はひょっとしたら既に部隊で働いている人が行ったのかもしれないけど、ボクは聞いたことがないなぁ。
58期というと、平成22年(2010年)入校の人ですね。そうか、それ以降は生徒が廃止されたから、高卒資格を得るなり受験するって人がいなくなっちゃったんですね。
そういうこと。あとはB幹・C幹だね。
生徒はかなり昇任が早かったから、若いうちから曹長になった人も多く、その分C幹を輩出したんだ。30代後半にして既に先任伍長を経験した通信員が幹部予定者課程にやって来た、なんて話も聞いたことがあるよ。
そんなに若いと、B幹なのかC幹なのか分かりませんね!
そういうわけで、A・B・Cを問わず、幹部を見ると大体どの期にも生徒出身者が何人か混ざっているんだ。
広告
壮絶。生徒の掟は規則より重い。
生徒制度は色んなエピソードに富んでいるんだけど、一番はやっぱりコレかな。先輩後輩の上下関係。
おぉ~
ハッキリ言うけど、小原台の比では無い。
あはは……水雷長、よくイジりますけど防大だってそこまで滅茶苦茶なところじゃないですからね?
まともだったら人体に着火したりせんだろ……
生徒は在学中の上下関係もかなりキツいものだったと言うんだけど、その上下関係は卒業後も続くんだ。
陸自生徒と違って人数もそんなに多くなかった(年70名程度)から、上下3期くらいはみんな顔見知りだったというのも大きいね。
生徒出身者間では名簿が交換されていて、何期の誰がどこで何の仕事をしているのか把握しているし、転出先の周辺に先輩がいる場合は挨拶回りもする。
そうですね。防大だと人数も多いので、そこまですることはあんまりありません。一部の部活がそういうことしてたかも。
困ったことに、時として階級より先輩後輩関係の方が優先されることすらある。3佐と曹長が道でぶつかったとき、当初曹長側が恐縮していたんだけど、お互いに生徒出身だと分かると、今度は期別が下の3佐が平謝りし始めた……なんて話もよくある。
まぁ……そういうこともあるかもしれませんね。
もちろん、上級者が発した命令を覆させた、とかそういう酷い話は聞いたことがない。彼らとて階級による上下関係が優先されるという認識は当然にある。
ただ、先輩後輩関係によるプレッシャーが必ずそこにはあるんだね。
このプレッシャー、一応良いところもあって、生徒出身者は技術に優れた海曹と見てほぼ間違いない。生徒出身だというプライドもあるし、やっぱり先輩後輩の目があるからスキルを磨くことを止めるわけにはいかなかったんだと思う。
それで、色んな艦でパート長として配置されているんですね。
広告
生徒と風紀
ここからは本当に負の側面。
生徒は非常に閉鎖的な社会で、先輩後輩間の暴力行為も日常的だったと言われている。それを言い出すと他の部隊も、生徒制度が健在だった当時は、暴力が日常だったと言えるけど……。
生徒の風紀問題も度々問題視されていた。
内部での未成年飲酒・喫煙は日常的にあったし、なんだったら酒屋をやっている生徒の親が、生徒の宴会にビールを何ケースも差し入れしてたなんて話も、生徒出身者から聞いたことがある。
そ、それは大変ですね……。
監督する教官も生徒出身者で、内部で起きていることを伝統だと黙認してしまうから、非生徒出身者を教官にしたこともある。
でも蓋を開けてみたら、教官が生徒社会に踏み込んでいけず却って野放しになったから、やっぱり生徒出身者を教官に戻した、なんて話もある。
防大指導官でも時々言われますね。1課程の指導官だと自浄作用が働かないからって2課程の指導官を入れるんですけど、結局「防大のことは分からないから」って言って何もしないうちに任期を終えて出て行ってしまうんです。
まぁ、やっぱりそうだよね。ボクの同期でも防大指導官になったのが何人かいるけど、2課程はやっぱりどうやったら良いのか分からなくて苦戦してるみたい。
結局、生徒制度は廃止されてしまうんだけど、末期の頃は特に規律の乱れが酷かったと言うし、生徒出身OBも廃止に文句を言うばかりでむしろ顰蹙を買うばかりだったというね。
広告
生徒制度の終焉と復活
海自生徒の廃止
生徒制度は元々高コストだったというのもあるんだけど、何より国際条約への抵触が疑われて、2007年入隊分をもって廃止になったんだ。
国際条約ですか?
要は、少年兵の禁止に関するものだね。
第3条
武力紛争における児童の関与に関する児童の権利に関する条約の選択議定書
締約国は、児童の権利に関する条約第三十八条に定める原則を考慮し及び同条約に基づき十八歳未満の者は特別な保護を受ける権利を有することを認識して、自国の軍隊に志願する者の採用についての最低年齢を同条3に定める年齢より年単位で引き上げる。
第38条
児童の権利に関する条約
1 締約国は、武力紛争において自国に適用される国際人道法の規定で児童に関係を有するものを尊重し及びこれらの規定の尊重を確保することを約束する。
2 締約国は、15歳未満の者が敵対行為に直接参加しないことを確保するためのすべての実行可能な措置をとる。
3 締約国は、15歳未満の者を自国の軍隊に採用することを差し控えるものとし、また、15歳以上18歳未満の者の中から採用するに当たっては、最年長者を優先させるよう努める。
4 締約国は、武力紛争において文民を保護するための国際人道法に基づく自国の義務に従い、武力紛争の影響を受ける児童の保護及び養護を確保するためのすべての実行可能な措置をとる。
この条約、ぱっと見は15歳以上は禁止とまでは言ってないんじゃない?って風にも読めるんだけど、やっぱり18歳未満の子を戦争に参加させうる環境に置くこと自体がダメなんじゃないかという話になった。
確かに、よく考えてみたら少年兵と言われてもおかしくはないんですね。
こうして海自・空自の生徒制度は廃止された。上層部も生徒制度にはあまり良い感情を抱いていなかったみたいで、存続させようとはしなかったみたいだね。
広告
陸自生徒の存続と陸海空共同化
でも、陸自は生徒を「自衛官ではない自衛隊員」ということにして、存続させることにしたんだ。
防大生と同じような扱いですね。自衛隊員だけど自衛官じゃないって。
陸自生徒は海自生徒に比べると人数も多くて、職域も幅が広いんだ。
ただ、最近はサイバー戦の人材を育てることに活路を見出しているみたいだね。
確かに、サイバー戦はこれから人を増やすって言ってますし、ここで育てるのがいいのかもしれませんね。
若いうちからコンピューターを触り続けた人の方が絶対強いしね。
ボクが感心しているのは、物理層の教育もしっかりやってること。Ethernetケーブルをその場で自作するような訓練がテレビに映って、Twitterでは笑いものになってたんだけど、ボクはとても重要なことだと思う。
どうしてですか?そんな時間があったらパソコンを触らせた方が良いような気もするんですが。
民間のシステムエンジニアだったらそれでも良いと思う。
でも、彼らは将来サイバー戦を戦うんだ。サイバー戦ってのは、なにもエアコンの効いた部屋からキーボード一つで相手を動けなくするようなものだけじゃない。むしろ、ケーブルを切断したり、無線の妨害をかけたり、相手の施設のLANポートに自軍の機器をこっそり接続して不正なパケットを流したり、そういう泥臭いことの方が遥かに大事になってくる。
なるほど、相手に破壊されてしまった設備を速やかに直すこともサイバー戦なんですね。
そういうこと。民間でもそういう低級の部分を十分に理解している人は高級の部分でも強いと聞くしね。
陸海空の中で一番ネットワーク化の遅れていた陸自が、そこに力を入れ始めたのは歓迎すべきことだと思う。
そして、そんな陸自の高等工科学校だけど、令和4年末に出た防衛力整備計画の中で、陸海空の共同化と男女共学化が謳われたんだ。
Ⅹ 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化
防衛力整備計画
1 人的基盤の強化
(1)~(4)省略
(5) 人材の育成
より高度な領域横断作戦における統合運用に資する人材確保のため、統合幕僚学校や各自衛隊の幹部学校等における統合教育を強化する。各自衛隊、防衛大学校及び防衛研究所においては、部隊の中核となり得る優秀な人材の確保・輩出のため、サイバー領域等を含む教育・研究の内容及び体制を強化する。また、陸上自衛隊高等工科学校については各自衛隊の共同化及び男女共学化を実施する。
あれ……ということは?
海上自衛隊にも生徒が復活するということだね。
「領域横断作戦における統合運用に資する人材確保のため」としているから、宇宙・電磁波・サイバー関係の人材を養成することになりそう。
今後どうなっていくか乞うご期待、ですね!
このページには防衛省をはじめとする、日本政府・官公庁のWebサイト、SNSアカウント等から転載されたコンテンツが含まれます。
転載にあたっては、「リンク、著作権等について(首相官邸)」「防衛省・自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」「海上自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」等に示される各省庁の利用規約を遵守しています。
コメント