この記事は、読者の皆さまに自衛隊の未来について考える機会を提供するため、世間に向けて声を上げることの出来ない自衛官の思いを取り上げます。
なお、情報提供者の特定を防止するため、内容を脚色しております。ご了承ください。
この記事では、2024年4~7月に問題となった、海上自衛隊の特定秘密漏えい事案について、次の内容を説明します。
第1回
- 特定秘密とは
- 我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの
- 次の分野について指定することが出来る。
- 防衛
- 外交
- 特定有害活動(スパイ行為)
- テロリズム
- 制度誕生の経緯
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 省庁間での秘密情報交換に支障があった。
- 秘匿性の高い情報の漏えい防止が難しかった。
- 特に重要な秘密情報を漏えいしても、通常の秘密情報の場合と刑事罰が同じだった。
- 所管省庁が特に秘密情報として保護していなければ、刑事罰は与えられなかった。
- 秘密指定が妥当であるか検証する仕組みが不十分で、秘密指定の濫用を招く恐れがあった。
- 2013年12月に特定秘密保護法が制定され、2014年12月に同法施行となった。
- それまで「防衛秘密」とされていた秘密情報は、「特定秘密」に変更された。
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 特定秘密制度の特徴
- 漏えいの厳罰化
- 10年以下の懲役
- 他の秘密情報との関係
- かつての「防衛秘密」を置換し、「省秘」「特別防衛秘密」とは併存する。
- 米国の秘密保護制度における「SECRET」「TOP SECRET」に相当する。
- 行政機関ごとの指定
- 省庁単位で特定秘密を指定するため、防衛省の特定秘密は防衛大臣が指定する。
- 管理者(隊司令や自衛艦艦長)の判断で指定できる省秘とは、手続きが根本的に異なる。
- 適性評価
- 特定秘密を取り扱うためには、漏えいの恐れがないかどうかの評価(適性評価)を定期的に受ける必要がある。
- 家族構成や犯罪歴などについて調査が行われる。
- 特定秘密を取り扱う配置に就くには、「適格性」「適性評価」の両方を取得する必要がある。
- 適性評価を受けただけでは取り扱いできない。特定秘密取扱職員として取り扱っても良い特定秘密の指定を受けなければ、取り扱うことが出来ない。
- 秘密指定濫用の防止
- 国会への報告義務
- 特定秘密の指定状況や適性評価の実施状況は、年1回、国会に設置される情報監視審査会へ報告するとともに、公表する義務がある。
- 情報監視審査会は、調査の必要を認める場合、特定秘密の内容等について提出を求めることが出来る。
- 指定期間の制限
- 指定期間は最大5年間
- 必要があれば合計30年まで延長できるが、1度に延長できるのは5年間までで、延長を繰り返さなければならない。
- 30年を超えて指定しなければならない場合、内閣の承認を得なければならない。
- その場合でも、一部の例外を除き、60年を超えては延長できない。
- 国会への報告義務
- 漏えいの厳罰化
第2回
- 漏えい事案の概要
- 海自艦艇内で、特定秘密の取り扱いを認められていない隊員が特定秘密を知りうる状態にあった事案
- ほとんどの事案は、適性評価を受けていない隊員がCIC内で、特定秘密を取り扱わない業務に従事していたもの。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- 実際に特定秘密の流出が確認できなくても、相手が知りうる状態を作っただけで「漏えい」になる。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- その他、適性評価を受けていない隊員が特定秘密を取り扱ったケース、適性評価を受けてはいたが特定秘密関係職員に指定されていなかったケースも散見された。
- 問題点
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 元は省秘や一般公開された情報でも、集積したり分析したりすると特定秘密になる。
- 情報の特性として、完全な線引きは不可能
- 特定秘密が含まれた資料から、特定秘密でない情報を抽出して伝達するのが困難
- 情報共有を尊ぶ組織風土
- 部隊の置かれている状況や指揮官の意図を、末端まで理解出来ていなければ減点される練度評価
- 複雑な規則と理解不足
- 特定秘密制度が成立した後も、各省庁の様々な秘密制度は残存し、規則が複雑化
- 複雑さ故に制度への理解が不足しており、適切な管理が出来ていない。
- 高官の責任感の欠如
- 一部のOBや将官は、現場に責任転嫁し自身の責任を否定
- 秘密保全と装備品のミスマッチ
- 情報システムは「特定秘密」を取り扱える「クローズ系」と、「注意」まで扱える「オープン系」に大別
- 省秘の情報を取り扱うためには、特定秘密にアクセス出来てしまうクローズ系を使用せざるを得ない。
- 艦艇部隊にはオープン系端末がほとんど支給されておらず、一般的な事務作業もクローズ系端末で実施せざるを得ない。
- 艦艇によっては、装備されている情報共有ツールのせいで、秘密情報が拡散するおそれ。
- 適性評価態勢と制度運用のミスマッチ
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 適性評価対象者が膨大になり、担当部署をパンクさせる事態に。
- 初任海士の部隊実習
- 入隊から、適性評価の結果通知には最低1年以上を要する。
- 護衛艦隊はCIC内での初任海士部隊実習を要求
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 意見
- 規則違反していた現場が処分されるのは当然
- 現場がそのような動きをせざるを得ない状況に追い込んだ者は、責任をとるべき
令和6年6月中旬 「ひとなみ」士官室
船務科の秘密図書は、今説明したとおりだ。
暗号は次の船務長が来るまで、オルタネートの通信士にやらせろ。キミは手を出すな。
分かりました。
すみません、通信士の時に講習に出ていれば……。
気にするな。次は第2分隊長の引き継ぎだが……。
さすがに疲れたな。ちと一服するか。
ん?何やってるんですか?
ん……。もう話してもいいか。
すまんが、私は近日中に船務長をクビになる。後任は決まっていない。だから、後任が来るまで、梶が兼ねて船務長になる。
えっ、
特定秘密漏えい事案とは
ここ最近、特定秘密の問題で騒がれているのは知ってるな?
ええ。「いなづま」事案でしたか……。
そう、この事案を受けて、特定秘密の取扱いについて再調査が行われた。その結果、出るわ出るわ……。
特定秘密の取扱いが認められていない隊員が、特定秘密を知りうる状態に置かれていた事が多数判明したわけだ。ちなみに、うちもバレたぞ。
えっ、うちで!?
適性評価持ってないのに特定秘密に触れた隊員なんていました?
それがな、いるんだよ。
去年入隊した初任海士が。奴らはまだ適性評価が下りてないからな。
えぇ……、いや、確かに電測の初任海士はCIC内で勤務してましたけど。
でも、レーダプロッティングとか、他の雑用ばかりで、特定秘密を取り扱わせてはいないじゃないですか。
それがな、残念ながら任務行動中に適性評価未了の隊員をCIC内で勤務させたら、それは漏えいなんだとさ。
ディスプレイの向きを工夫して見えないようにしたりしてたんだがな、それでも同じ空間に存在したら、閲覧できていないことは証明できないんだと。
それから、艦橋にクローズ系端末を設置していただろう?
クローズ系端末があれば、特定秘密にアクセス出来てしまうから、あれもダメなんだと。
第23 条 漏えい罪
特定秘密の保護に関する法律【逐条解説】(平成26年12月9日 内閣官房)
第二十三条 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。
(中略)
2 内容
⑴ ⑵ 省略
⑶ 第1項
ア・イ 省略
ウ 「漏らした」
MDA 秘密保護法(注:日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法)に規定する「漏らす」と同義であり、特定秘密たる情報を口頭、電話、放送等により告知し、若しくは文書、図画、電信等によって伝達し、又は特定秘密たる情報を含む文書、図画、物件を交付することであり、相手方をして了知させることを必要とせず、知り得る状態に置いたことをもって足りる(「防衛秘密保護法解説」46 頁)。
そんなぁ……。
今回問題になった「漏えい」の定義。よく考えてみれば、相手が知ったかどうかなど、確かめようが無いので、「知ったことが確定しない限り罰しない」なんて法律を作っても仕方がないのです。とは言え、法律の解釈に関する文書まで、いちいち現場に読み込めというのは現実的ではありません。海幕や護衛艦隊が正しく教育を施すべきだったのでしょう。
7月に海幕長に就任した齋藤聡氏は、記者会見の場で「漏えいの定義について認識が無かった」と述べました。これほどの高官が本当に知らなかったのだとしたら、それこそ大問題です。が、自らの体面を犠牲にしてもこのように発言したのは、「自分すら知らなかったのだから、現場はなお知らなかったのだろう」として、現場レベルの問題に矮小化せず、海上自衛隊全体の問題として改善に取り組むを示したのだと思われます。勤務方針「誠実」を掲げた齋藤海幕長の下、改革が進むことを祈念します。
ちなみに、艦艇部隊では、この知りうる状態に置いた事案が35件、実際に取り扱わせた事案が3件生起してるそうな。
他にも、適性評価を実施してたが、特定秘密取扱職員指定簿に記載すること無く取り扱わせたケースも2件報告されてるらしい。
これは一応事実認定された件だけで、調査中のケースはさらに多いだろう。
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で、ウチもご多分に漏れず、そこにひっかかったわけだ。
特定秘密の漏えいだからな。処分は免れんだろう。
特に注目されたケース
特に注目されている3件は「わかさ」「せとぎり」「あけぼの」のケース。
「わかさ」「せとぎり」の場合、適性評価実施済の隊員が十分に確保出来ていない状態で任務行動に従事せざるを得ず、未実施の隊員に特定秘密を取り扱わせていたものだ。
1分隊なんて、射管員や水測員が足りないって言うと、甲板補職は「射撃員や魚雷員はどうせ給弾室や管制室でぼーっとしてるだけなんだから、そいつらを射管や水測のワッチに立たせれば良いだろう」なんて言うんですよ!
でも、それに従って適性評価のない隊員を使ったら事故だったってことですよね……。
「あけぼの」のケースは、海賊対処行動中に、付近に弾道ミサイルが飛んできた、まさしく緊急事態の話だ。
それまで漏えいだと言われても……。
防衛省発表によれば、「わかさ」や「せとぎり」は一定の悪質性が認められ、関係者が停職6日になるなどしましたが、「あけぼの」は緊急避難の性質が認められたのか、艦長のみ戒告となったようです。
ひどい話です。どうしてこんなことに……。
それはな……。
……オマエがバカ正直に調査に回答したからだろうが!!
ですが、調査は調査ですし。
起きた事象は同じでもな!答え方によって罰せられ方が変わるんだよ!
そもそも私はオマエに何と言った!?私がオマエに一度でも仕事をしてくれと頼んだか!?
だいたいオマエは乗艦以来何をした!?海幕防衛部長に直電話する!僚艦に国際VHFで話しかける!秘文書を風で飛ばす!それでも2等海尉か!?だからオマエには仕事を任せられんのだ!
頼む!頼むよ!もう、士官室にもCICにも入らないでくれ!
士官寝室で寝てていいから!頼む!
船務長。お気持ちは分かりますが、それまでです。
それ以上は……というか、もう既に、十分パワハラです……。
知るか!コイツに痛みを感じる器官はない!
いえ、舌があります。
それに、……今一番傷ついているのは、仕事が増えてしまった警衛士官です。
ハハ、ハハハ……また事案が起きちゃった……。これで何件目だろ……。今度は何年待ちかな……。
供述調書と答申書と……。目撃者が多すぎるな……何人か消さないと……。
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問題点
ハッ……!?あれ……事案は?
大丈夫ですよー、パワハラなんて起きてませんからー
なんだ、いつもの妄想か……。
そうだよな、いつだって我が身一番の船務長が、保全事故を起こした挙げ句、その隠蔽に失敗してキレ散らかすなんて、そんなことあるわけが……。
いや、保全事故は起きてるんだよな、これが。
(゚Д゚)
特定秘密と省秘の区別が不明確
……そもそも、なんですけど。
漏えいした特定秘密って何なんですか?
動態情報だろうな……。任務中、COPがLSDに表示されるだろ。
COP(Common Operational Picture)
共通作戦状況図。彼我の戦力、配置、動静など分析し、図示することで、指揮官の意思決定をサポートする。
同様の概念としてCTP(Common Tactical Picture)が存在する。ほぼリアルタイムで更新されるCTPはその時々の交戦状態を図示するが、COPは中期的視点での意思決定をサポートするため即時性が低い。
LSD(Large Screen Display)
CDSの構成要素であり、CICの指揮官席前方に設置される大型ディスプレイ。LSDの表示内容を最適に保つために専用のオペレータが配置され、COP等の情報を投影することで指揮官の意思決定をサポートする。
えっ、COPって特定秘密なんですか?
てっきり、情報部隊から提供される情報だけだとばかり……。
どうも、そうらしいぞ。
じゃあ……、任務行動中に探知した目標の位置情報も、特定秘密?
航泊日誌には省秘として記録してるし、探知記録も全部「秘」で報告してるじゃないですか。
そこなんだよな。
我々は、うっかり情報の本質というヤツに触れているのかもしれんぞ。哲学者になれるかもしれん。
特定秘密たる動態情報とて、もとを正せば艦艇や航空機が足を運んで集めてきたレーダー探知の情報だ。
あるいは、電波情報、音響情報と言われるものも、その元になった、空間に輻射された電場や音場自体に意味はあるか?
そう、その一つ一つにはさして価値はない。集積して、分析したからこそ価値が生まれるのだ。
もともと「秘」だろうが「なし」だろうが、情報を集積して分析すると、見えてくるものがある。それが特定秘密になる。しかし、ここで問題が生まれる。
なあ、水雷長よ。
キミの前にある男がいる。上から「その男にカレーライスを提供してはならない」と命令された場合、何をしたら命令違反になる?
えっ……?
いや、そりゃあカレーライスを提供したら、ダメなんでしょう?
では、その男が白米を持ってるとき、レトルトカレーを提供するのは?
……ダメじゃないですか?
多分、その命令の真意は、カレーライスを手に入れさせないようにしろってことですよね?
では、その男にジャガイモや人参、カレールーを提供する行為は?
あるいは、材料だけは揃えている男に、調理設備を貸す行為はどうなる?材料の保有の有無が分からなかったら、どうなる?水すら与えてはいけないのか?
えぇ……、
特定秘密とて同じだ。あとは公知の関数ひとつ与えてやれば特定秘密を出力できる、そんなデータは特定秘密でないと言えるのか。ひとつでダメなら2つは?3つならよいのか?
つまりだ。何が特定秘密で、何が省秘かなんて、明確に線引きは出来ないのだよ。
そうなったとき、特定秘密を入力されたキミは、何を出力する?
突然キミが艦を北に向かわせたら、それは北に捜索対象の位置情報を得ていることを強く示唆するのではないか?それは特定秘密の漏えいでないと、心の底から主張できるのか?
……。
真面目な話な。JIANGKAI-IIの位置情報を手に入れたとき、1時間後に北10NMを通過する可能性が高いとなったら、キミは艦橋にその分析結果を伝達してJIANGKAI-IIのシルエットを見逃さないよう、見張りを強化するのではないか?だが、艦橋で見張りをしている航海員や運用員は適性評価など受けていないぞ?
つまり、特定秘密の資料から、特定秘密でない情報を抽出して他人に伝達するのは困難なんだ。
その解決は、現場に丸投げじゃないですか……!
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情報共有を尊ぶ組織風土
そもそもですよ!そういう情報を共有しろって教えてきたのは、海上自衛隊じゃないですか!
全くだな……。
機関士をやってた時だってそうでしたよ……!
ARTで戦闘訓練中に艦内令達が入ると、FTGから「どうして機関科員に状況を伝達しないんだ」って指導されるんです。機関科員が知っても仕方ない内容なのに。
秘文書に書いてある用語が令達されたときだって、「用語だけでは理解出来ないから、機関士はかみ砕いて機関科員に伝達せよ」って指導されるんですよ?
Need to Knowとは、何なのかという話だな。
RFTでもARTでも、部隊の置かれている状況や指揮官の意図を、末端の海士相手に質問して、答えられなかったら減点。規定の点数を取れなければ、司令官様に直々に現状報告、そして怒鳴られ、再報告を命ぜられる。
その結果がこのざま。省秘でも特定秘密でも、極力共有する組織が出来るのさ。
複雑な規則と理解不足
ま、しかしだ。いくら不平を言ったところで始まらん。キミ達はこうならんように規則をしっかり勉強したまえ。
それから、船務幹部・航海幹部にはなるなよ?見ての通り、シッポ切り要員だ。
でも、船務長……。規則だって何回も読んでるんですけど、複雑すぎて覚えきれないんですよ。特定秘密とか、特定防衛秘密とか、特別秘密とか。
ああ、キミは……そうだな、保全業務をやらん配置に行っておけ。
機関幹部とかいいぞ。
しかし、特定秘密に特別防衛秘密に特定特別防衛秘密に……。なんでこんなに乱立してしまうのか。おまけに今度は先進武器システムに関する保全が増えるんですよね?
特定秘密を作るときに、保全の規則を一本化できれば良かったんだろうが、アメリカとの調整が必要な特別防衛秘密はどうにもならん。
省秘は特定秘密の一区分に出来れば、これほど揉めることも無かっただろうな。
省秘や特防なら「管理者」は艦長や司令を指すが、特定秘密の「管理者」は海幕長。
省秘や特防でいう「保全責任者」は、特定秘密の「保全業務責任者」。その他にも似たようなワードが多すぎて、正直私もよくわからん。だから保全業務に携わるときは、必ず根拠文書を片手にやらんと事故るのだ。
でも、そんな事に気をとられているうちに、まさか「漏えい」の定義が根本から違ってたなんて……。
ま、そういうことだ。
気を遣わないといけない事が多すぎるから、肝心の所を見落とすのさ。
高官の責任感の欠如
お話し中すみませんが、船務長。群の通信幕僚からお電話です。
なんだ?
いや、さっきの臨時会議で以後の方針が示されたから、ちょっと情報共有しておこうと思ってね。
今日のアレか。だが出席者は、群司令と司令だけではなかったか?
そうなんだけど、うちは群司令がお前達も聞いておけって聞かせてくれたんだ。
保全で揉めてるときにその有様か。保全意識の高さが窺えるな。
まあいい。で、なんだ?
処分の方針がほぼ決まったよ。あの程度の調査で事実認定するのか?とは思うんだが、名前が挙がった艦の船務長はやっぱり降ろされるみたいだ。
それ見たことか。こういう時、バカ正直に答えるヤツだけ痛い目に遭うんだ。一度でも「不適切な状況であった可能性があります」なんて報告しようものなら、実際には問題が無くとも、「本当に問題が無かったこと」を証明できない限りクロにされる。
同期でも、何人かそれでやられてるヤツがいるようだな。
このような大問題が生じたとき、調査や処分は適時性を求められるもの。とは言え、これほどの規模で起きれば、事実関係の確認を行うだけでも相当な時間を要します。
しかし、現場から聞こえてくるのは「後になって報告されると困るので、完全に疑いが拭えないならひとまず報告してくれ」と上級司令部から説得されたので、仕方なく報告したら、ただちに懲戒処分の手続きがスタートしてしまい、取り消そうとしても「一度報告した以上、今更潔白だったとは言えない」と押し切られ処分が確定してしまったという、悲痛な声でした。
潜水艦救難艦における潜水手当の不正受給も、「悪意を保って行われた不正」と「不正でないことを証明できなかったためにクロ扱いされてしまったケース」が稚拙な事実調査により一体化してしまった、という話が報道されています。
1時間の訓練計画に対し、1時間10分実施した場合も、50分実施した場合も、数字を丸めて1時間と記録するような行為は当たり前に行われる慣習ですが、それを不正扱いされたケース。
訓練の実施命令や記録が100%保存されていなかったために、後の調査で不正扱いされたケース。
このような不具合が会計監査で指摘を受け、手当を回収される、という話は枚挙に暇がありませんが、処分まで受けるとなれば、話は別です。
このような「正直者がバカを見る」現実は、上下の信頼関係を瓦解させます。「心得ている」一部の者は「完全にクロ」と確定しない限り、決して上には報告しないと固く誓っており、問題の改善を妨げる要因となっています。
ま、そんなことはどうでもいい。
結局、ヤツは責任をとるのか?
いや、それなんだが、もう大激怒で。
艦隊からこれほどの保全事故を出したのは言語道断だって、終始お怒りだったよ。
……ま、そんなところだろう。分かってたさ。
「艦隊にも問題があったが、規則は規則だ。すまないが処分を受けてくれ。」なんて殊勝な発言、今更ヤツがするわけがない。
艦隊始まって以来の大量処分を出しておいて、自分はご栄転か。良いご身分だな。
……一度しか言わないぞ。力になれず、申し訳ない。
黙れ。そしてもう電話は不要だ。
キミまで適格性を失ったら、誰が私の後釜になる?
悪いが、「ひとなみ」はゴメンだ。私にも将来があるからな。
じゃあな。
……通信士。一つ頼みがある。
なんでしょうか。言っておきますが、私、他人のためには手を汚しませんよ。
何を要求されると思っているんだ……。
それはそうと、私はキミの望みを知っているぞ。私に協力したら、それを叶える手助けをしてやろう。
む。詳しく聞きましょう……。
あとは……船務士!
あれ?船務士はどうした?
それが……ついさっき上陸しました。ディナーの予約をしているからって。
通信士。ゴメン、やっぱ手を汚してもらおうかな。
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令和6年7月某日 「ひとなみ」士官室
さて、そろそろ処分が明らかになる頃だが……。
酒井海幕長は、引責辞任されるそうですね。
もともと8月に引退という話は出ていたからな。とは言え、定期人事を待つこと無く、事実上のクビか。
でも、ここのところ起きている問題なんて、酒井さんの時に起きた問題じゃないですよ。
それでも、誰かが責任をとらなきゃならんのだ。
もっと言えば、あのオヤジだってもう10年以上将官をやっている。今更組織の膿を知らんなんて、口が裂けても言えんだろ。
だが……残念ではあるな。
近年稀に見る、良識ある将官だった。この2年でどれだけ組織改革が進んだことか。
許せないのはOBです……!ここぞとばかりに「海上自衛隊何してるんだ!」って言いふらしてるんですよ!
ああ、いつものあいつらか。
放っておけ。どうせ奴らには何も出来ん。
それにしても、あんまりですよ!
だって、特定秘密の問題なんて、明らかになったのは過去1年分くらいかもしれませんけど、そもそも制度が出来たときからの問題じゃないですか!
そうだな。全くそのとおりだ。
即応おじさんは、イージス秘密漏えい事案に「しらね」火災に、「あたご」衝突事故に、海上自衛隊が一番やらかしてた頃のSF司令官だったんだよな。ま、特定秘密保護法が出来る前に隠居したからとやかくは言わんが。
問題はもう一方だ。
イージス秘密漏えい事案が起きた時の海幕情報課長だったし、尖閣諸島のビデオ流出が起きてたときには海幕指揮通信情報部長をやってたし、特定秘密保護法が出来た時点では現役の海将だったな。あいつは。
イージス秘密漏えい事案
2007年1月、某海曹の妻(中国籍)が出入国管理法違反で取り調べを受けた際、押収された可搬記憶媒体からイージスシステムに関する秘密情報が発見された事案。
当該隊員は当該情報にアクセスしうる状態に無かったが、交友のあった幹部自衛官が私的に当該情報を共有していたことが判明し、日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法制定以来、同法違反による初の逮捕者を出す事になった。
当該事案の余波は凄まじく、米国においても秘密保全態勢の見直しが行われ、留学者に対する情報提供が厳格化されたほか、「あたご」型システムの国内教育化が阻害され、後のイージス要員不足を招くことになった。
海上幕僚監部 指揮通信情報部
海上幕僚監部の一部門。指揮通信課と情報課からなる。
指揮通信課は、通信機材、情報システム等の装備体系や規則を整備したり、電波使用計画を立案したりする。また、情報保証班を擁し、サイバーセキュリティに関する業務に一義的な責任を負う。
情報課は、情報の収集や配布に関する計画を立案したり、情報保全に関する業務を実施したりする。省秘、特定秘密、特別防衛秘密などの漏えい防止に一義的な責任を負う。
特定秘密がどうでもいいとは言わん。
だが、イージス事案は……それより遥かに、大切なものを奪ったんだ。
他にも色々いるが、こう言っちゃなんだが、メディア露出の多いOBに碌なのはいないんだ、これが。
テレビに出てるOBなんてそんなものだ。
だいたい、BMDに関する基礎教育を受けたことも無ければ、BMD関係員を指揮下に収めたこともないくせに、テレビでは指揮官でございますってBMDを語っているからな。嗤えるぞ。
そんなことしてる暇がありゃ、裏金問題の釈明でもしたらどうだろうかね。
キミにも尊敬できる将官が全くいなかったわけではないだろ?その人はワイドショーにバンバン出てるか?
そうですね……。退職後は見たことがありません。メーカーの顧問をされているそうですが。
本来、まともな人にほど情報発信をしてもらいたいところなんだが。
いずれにせよ、そういう組織を作ってきた分際で、現役に責任転嫁できる面の皮の厚さには驚かされる。
だが……。変に現役を庇って正当化するよりはマシかもしれん。ほんまもんのヤバいヤツは、問題が明らかになると自分にも累が及ぶかもしれないと考えて、組織改革を阻止しようとするからな。
でも、納得いきません!
そういう我が社を体現する先輩方が積み上げてきたものを、酒井良は全部背負って辞めるのだよ。納得いかないなら、その犠牲をムダにしないことだな。
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秘密保全と装備品のミスマッチ
ずっと気になってたんですけど。
特定秘密は限られた人しかアクセス出来ないって言いますけど、クローズ系端末を使えば、特定秘密なんて簡単にアクセス出来てしまうじゃないですか。
オープン系・クローズ系
ネットワーク及び情報システムの系統名。かつては「業務支援系」「作戦支援系」と呼ばれていた。
防衛省全体の通信ネットワークは防衛情報通信基盤(DII: Defense Information Infrastructure)と呼ばれ、これに連接する形で、海上自衛隊の通信ネットワークである海上自衛隊情報通信基盤(MSII: MSDF Information Infrastructure)が存在する。DII・MSIIのいずれもオープン系・クローズ系に分かれており、使用する物理的な回線自体を分けることで、伝達される情報が異なる系統で伝達されないようになっている。
オープン系は「注意」以下の取扱区分の情報を伝達できるが、「秘」以上の情報を取り扱うことは出来ない。クローズ系は省秘・特定秘密の情報を取り扱うことが出来る。(ただし、特別防衛秘密を取り扱うことは出来ない。)
同様の思想は米国にも存在し、UNCLASSIFIED情報を取り扱うNIPR(Non-secure Internet Protocol Router)と、秘密情報を取り扱うSIPR(Secure Internet Protocol Router)に分かれている。
それも、また問題だな。
ほとんどの隊員は省秘にだけアクセス出来ればいいのに、省秘にはアクセス出来るが特定秘密にはアクセス出来ない情報システムが用意されていない。つまり、パソコンで省秘にアクセスしたければ、適性評価を取得するしかないということだ。
だが、これもさっき言ったとおりだ。
そもそも省秘と特定秘密の切り分けすら出来ないのに、特定秘密にアクセスしてはいけないシステムなど作ったら、保全事故に繋がるやもしれん。
いえ、そもそものことを言えば、艦艇にオープン系端末がほとんど用意されていないのが問題じゃないですか。
省秘ですら要らないんですよ。オープン系がないせいで、分隊人事や陸上部隊とのやり取りすら出来なくて困ってるのに。
ま、そうだな……。特定秘密まで扱える端末なんて言っちゃいるが、それで何作ってるかと言えば、当直割に、人事評価記録に、安全第1報。ほとんどの業務にクローズ系は要らんのよな。無きゃ無いで困るんだが。
今気付いた。JSWAN艦って、パソコンの画面を共有出来るじゃないですか。あれでクローズ系の画面を共有したら、事故になり得る……のか?
JSWAN(Japan Ship Wide Area Network)
艦艇内に張り巡らされたネットワーク。米海軍のFODMS/GEDMSに相当する。
情報システム端末に留まらず、武器、機関、航海計器など、あらゆるコンピュータを連接することにより、ノートパソコンから、外部ネットワークへの接続、武器ステータス・艦位・監視カメラ映像などの閲覧、ストレージによるファイル共有、サイボウズOfficeのようなグループウェアによる情報共有などが出来るようになった。
従来の艦艇では、ごく一部の者にのみMSIIクローズ系/オープン系端末が貸与され、その他の者にはスタンドアロン端末しか与えられていなかった。こうしたネットワーク機能はJSWANを装備した「ひゅうが」型護衛艦以降の特権であったが、近年はJMACS(本来は電報処理用システム)の能力向上により、従来艦艇においても部分的にネットワーク機能を有するようになった。
「あたご」型以降のイージスにも似たような機能があるぞ。接続したクローズ系の画面をコンソールから閲覧できるから、後ろでサムライが起案した報告文を哨戒長や艦長がチェックするのに使える。
へぇ、そんな機能があるんですか。
ああ。ただ、システムの仕様上、CICの外からでも見られるところができてしまう。
ディスプレイをそういうシステムに出力した状態で、その端末に情報部隊からメッセージが届いたりして、急に特定秘密が表示されてしまったら……。
実際に誰かが目にしなくても漏えいだって言うなら、それだって、いや下手をすると特定秘密が表示されてすらいなくても、漏えいにされるかもしれません。
でも、そうしたら、一体何のためにそんなシステムを導入したんだって話になりますよ。
装備品のつくりを考えるときは、保全のことにまで気が回っていないんだろうな。ましてやイージスに至っては、そもそも日本の保全規則など全く知らないところで設計されている。
しかし、与えられた機能を意図されたとおりに使うと保全事故というのも、なかなか酷い話だ。
再発防止策とやらも、電子錠で保全区画を施錠するだのなんだのと言っているが、クローズ系端末を設置していたら漏えいだと言うのであれば、士官室や士官寝室にクローズ系端末を設置していること自体が漏えいということになるんだが、そこまで考えてものを言っているのか?というのは疑問に感じるところだ。
もうひとつ言えば……。適性評価未実施の隊員が、安全保障上重要なイベントに出くわしてしまったら、どうするんだろうな。
仮に警戒監視中に相手艦から砲撃されたとして、艦橋で記録していた映像は、公開されるまで特定秘密に指定されるのだろう。その光景を目の当たりにしてしまった艦橋勤務員は、事象が発生した瞬間から特定秘密の内容を「知り得る状態に」置かれたことになるのだが。
そのあたりまで考えて、規則を作っているのだろうかね?
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適性評価態勢と制度運用のミスマッチ
パンクする適性評価担当部署
あの……ずっと疑問だったんですけど、そんなに特定秘密のことで揉めるなら、全乗員に適性評価すればいいんじゃないですか?
適格性はそうしてるが、適性評価はそんなに単純にはいかないんだ。
そうなんですか?適格性も、適性評価も、質問票の内容はほぼ同じなんだから、まとめてやってしまえばいいのに。
適性評価の場合、質問票だなんだと提出する前に、そもそも適性評価を実施すること自体について、お伺いを立てないといけない。
(名簿の提出)
第7条 特定秘密管理者は、自らが特定秘密の保護に関する業務を管理する機関等の本省職員に特定秘密の取扱いの業務を行わせるため適性評価を実施する必要があると認めるときは、当該本省職員の氏名、生年月日、所属する部署、官職名、法第12条第1項各号のうち該当する号(同項第3号に該当する場合には該当すると認める理由を含む。)その他評価対象者の選定に当たって参考となる事項を記載し、又は記録した別記第1号様式の名簿( 以下「候補者名簿」という。) を作成し、適性評価実施責任者に対し提出するものとする。(後略)
2~3 省略(名簿の承認)
特定秘密の取扱いに関する適性評価の実施に関する訓令(防衛省訓令第65号。26.12.10)
第8条 前条第1項及び第3項の規定に基づき候補者名簿の提出を受けた適性評価実施責任者は、当該候補者名簿に登載された本省職員について、法第12条第1項各号のいずれかに該当するものとして適性評価を実施する必要があると認めるときは、当該本省職員の適性評価を実施することについて、防衛大臣に申請し、その承認を得なければならない。
2 省略
適格性と適性評価は、提出する質問票が非常に似通っているから混同されがちだが、実際には実施しているセクションも違えば、踏んでいるプロセスも異なるんだ。おそらく、適性評価の方が適格性より厳格な調査を実施しているか、途中に入るチェックの回数が多いんだろう。
そして、適性評価の手続きを担当している海幕情報保全室に、評価を急ぐよう催促したこともあるが、ムダだった。
適性評価しなければならない人数があまりにも多すぎて、処理が追いついていない……、つまりパンク状態になっているんだ。
そんなことになってたんですか。
そもそも、本来、特定秘密を取り扱う隊員は極めて限定されるはずなんだ。情報部隊だって、司令部だって、初任海士なんかいないだろ?
区画だって「作戦室」やら「情報区画」やらがあって、適性評価を持っていない隊員はその外で仕事出来る。特定秘密を実際には取り扱わないが、一応適性評価を受けておかないといけない……なんて隊員、他にはいないんだ。
そういう発想の下に適性評価の制度が作られたにも拘わらず、海上自衛隊、特に艦艇部隊は乗員の大半に適性評価を実施しようとしている。そりゃ、パンクもするな。
初任海士が適性評価を受けるまで……
そういうわけで、適性評価にはとんでもない時間が掛かる。
適格性なら入隊と同時に申請を開始して、初任海士部隊実習の頃には適格性が付与される。
だが、適性評価の場合、そもそも候補者名簿として受け付けてもらえるのが、適格性が付与されてから。候補者名簿提出から防衛大臣の承認を得て告知書が届くまでにも数ヶ月を要する。結局、入隊してから適性評価の結果通知が行われるまでには1年程度の時間を要するんだ。
ふぇー、そんなに掛かるんですか……。
そんな状態で、艦艇に初任海士を送り込んできてるんだから、総監部にだって責任があるでしょう?
よく考えてみろ。総監部は別にそいつをCICで働かせろなんて、一言も命令はしてないぞ。「ひとなみ」部隊実習を命ずる、とか、「ひとなみ」乗組を命ずる、しか命じてないだろ。
いや、でも。補職係からは射管員で、とか電測員でって指定されるじゃないですか!
それは経歴管理上の便宜を図ってるに過ぎん。
そいつを砲雷科や船務科に配置したのは艦長の個命だ。現実的には補職係の方が分隊長よりも圧倒的な影響力を有しているのだろうが、補職された隊員をどう勤務させるかについて、総監部は責任を負わないのだよ。
そんなぁ……。
じゃあ、適性評価の下りてない隊員をたくさん押しつけられて、その責任は全部艦が負うって言うんですか?
ま、早い話がそういうことよ。
だが……。ひとつ、戦える材料があるとすれば、初任海士部隊実習の実施標準だな……。
部隊実習……あっ!
気付いたかな?護衛艦隊例規の中で、電測員予定の初任海士は、CIC内で機器操作や整備法のトレーニングを受けなければならないことが定められている。
つまり、護衛艦隊は文書の形で、初任海士をCIC内で勤務させるように要求しているってことですよね!
ま、EFの言い分は「それは標準に過ぎないから、部隊の実情に合わせて適宜変更すべきだった」「CIC内で特定秘密を取り扱っていない時に実施すべきだった」あたりだろう。
でも、最近は部隊実習期間がまるまる任務行動になってる艦だって、珍しくないじゃないですか。任務行動中に特定秘密をCICから排除するなんて、絶対無理ですよ。
そもそも、電測員なんてCICの中でOJTしなかったら居場所は無いからな。別に艦橋や事務室で遊ばせておいてもいいが、適性評価を待っていたら、任期制隊員の任期の1/3は、業務と全く関係ないことに費やすことになるな。
ま、艦で実情に合わせてやらないことにすると、やるべき事をやっていないと言ってガン詰めするのが我が艦隊だからな。
一番の問題点は、そういう問題について上に相談することを許さない、あるいは問題を報告すると罪人のように改善への懲役を科される組織風土だと思うぞ。
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誰が責任を負うべき?
ま、あれこれ問題を言ったところで、どうにもならん。
かく言う私自身、身を削ってまでこの組織をなんとかしてやろうとは思わん。そうやって改革を怠ってきたことのツケを、今自分が払わされるというだけだ。
……そんなの、やっぱりおかしいですよ!
船務長自身は何にもやってないじゃないですか!
何もやらなかったから、罰せられるんだよ。
でも、海幕や艦隊にだって、相当問題があるじゃないですか……!
ばーか。あのな、上がどうであれ、ここは保全事故が起きた現場なんだよ。そうせざるを得ない環境だったから、そうしましたってのは、言い訳にならんのだ。現場が責任を負うのは当然!
ましてや、私はそこに一義的な責任を追う立場だ。私はあのアホどもと違って、金線をただ飾りとは思ってないのだよ。
なら、ボクだって……!ボクだってCICに初任海士がいるって分かってて、哨戒長として立直してましたよ!船務長だけが責任負わなくても!
やめろ遠見!船務長の気持ちも考えろ。
でも……。
……この件で責任を負うのは、私と船務長だけだ。他の者はこれ以上関わるな。……頼む。
しかし、船務長……。すまない。私がもっと強く止めていれば。
艦長こそ、すみませんね。わたしゃ序列最下段なんで、正直どうでもいいんですよ。
いや……。私とて、もう終わった身だ。気にするな。
艦長……。首席幕僚からお電話です。
分かった……。今行く。
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さて、停職何日かな!誰か賭けるやつはいるか?いないのか?
おい、警衛士官。艦内賭博やろうとしてる奴がいるんだから止めろよ。
……艦には他に選択肢が無かったです……!
現場ばかり責められて、そんな状況を作った人は罰せられないと、おかしいですよ……!
あんまりそうやって他人を恨まないことだ。人生つまらなくなるぞ?
だが……。ありがとうな。
船務長……。
漏えいは漏えいだが、部外には流出していないから、起訴までいくことは無かろう。適格性が復活するまでは、総監部の総務課あたりで悠々自適にやらせてもらうさ。
ま、適格性を無くしてしまったから、もうサイバー防衛隊には行けないだろうなぁ……。
……船務長!待て!
……我々は!無罪放免だ……!
……は?
事実関係を確認した結果、実のところ、我々はCICで特定秘密を取り扱ってなかったんだ!
上級司令部が、「さすがに『ひとなみ』に特定秘密を渡すのはマズい」と、サニタイズしたデータしか渡していなかったそうだ!
……ということは、特定秘密の漏えいは起きていない……?
ああ。保全事故は起きていない!
……た、助かった……?
……フフフ、ハハハハハ!!
素晴らしい!これぞ天の采配だ!
良かったですね!船務長!
喜ぶことか!!
それだけ本艦の悪評が広まってるってことだろうが!
だが、今回ばかりは、悪評に感謝だ。
……あ!いかん!
通信士!CANCEL!! CANCEL!! CANCEL!!
えー。あと発動させるだけなんですけど。
構わん!それより、これ以上話が拗れると面倒だ!
一体、何をやらせようとしてたんですか……。
気にするな!私は赦そう。だが世間が赦すかな!
ま、呉でもせいぜいがんばれよ!!パワハラに気をつけろよ!!
えぇ……。
この記事では、2024年4~7月に問題となった、海上自衛隊の特定秘密漏えい事案について、次の内容を説明します。
第1回
- 特定秘密とは
- 我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの
- 次の分野について指定することが出来る。
- 防衛
- 外交
- 特定有害活動(スパイ行為)
- テロリズム
- 制度誕生の経緯
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 省庁間での秘密情報交換に支障があった。
- 秘匿性の高い情報の漏えい防止が難しかった。
- 特に重要な秘密情報を漏えいしても、通常の秘密情報の場合と刑事罰が同じだった。
- 所管省庁が特に秘密情報として保護していなければ、刑事罰は与えられなかった。
- 秘密指定が妥当であるか検証する仕組みが不十分で、秘密指定の濫用を招く恐れがあった。
- 2013年12月に特定秘密保護法が制定され、2014年12月に同法施行となった。
- それまで「防衛秘密」とされていた秘密情報は、「特定秘密」に変更された。
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 特定秘密制度の特徴
- 漏えいの厳罰化
- 10年以下の懲役
- 他の秘密情報との関係
- かつての「防衛秘密」を置換し、「省秘」「特別防衛秘密」とは併存する。
- 米国の秘密保護制度における「SECRET」「TOP SECRET」に相当する。
- 行政機関ごとの指定
- 省庁単位で特定秘密を指定するため、防衛省の特定秘密は防衛大臣が指定する。
- 管理者(隊司令や自衛艦艦長)の判断で指定できる省秘とは、手続きが根本的に異なる。
- 適性評価
- 特定秘密を取り扱うためには、漏えいの恐れがないかどうかの評価(適性評価)を定期的に受ける必要がある。
- 家族構成や犯罪歴などについて調査が行われる。
- 特定秘密を取り扱う配置に就くには、「適格性」「適性評価」の両方を取得する必要がある。
- 適性評価を受けただけでは取り扱いできない。特定秘密取扱職員として取り扱っても良い特定秘密の指定を受けなければ、取り扱うことが出来ない。
- 秘密指定濫用の防止
- 国会への報告義務
- 特定秘密の指定状況や適性評価の実施状況は、年1回、国会に設置される情報監視審査会へ報告するとともに、公表する義務がある。
- 情報監視審査会は、調査の必要を認める場合、特定秘密の内容等について提出を求めることが出来る。
- 指定期間の制限
- 指定期間は最大5年間
- 必要があれば合計30年まで延長できるが、1度に延長できるのは5年間までで、延長を繰り返さなければならない。
- 30年を超えて指定しなければならない場合、内閣の承認を得なければならない。
- その場合でも、一部の例外を除き、60年を超えては延長できない。
- 国会への報告義務
- 漏えいの厳罰化
第2回
- 漏えい事案の概要
- 海自艦艇内で、特定秘密の取り扱いを認められていない隊員が特定秘密を知りうる状態にあった事案
- ほとんどの事案は、適性評価を受けていない隊員がCIC内で、特定秘密を取り扱わない業務に従事していたもの。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- 実際に特定秘密の流出が確認できなくても、相手が知りうる状態を作っただけで「漏えい」になる。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- その他、適性評価を受けていない隊員が特定秘密を取り扱ったケース、適性評価を受けてはいたが特定秘密関係職員に指定されていなかったケースも散見された。
- 問題点
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 元は省秘や一般公開された情報でも、集積したり分析したりすると特定秘密になる。
- 情報の特性として、完全な線引きは不可能
- 特定秘密が含まれた資料から、特定秘密でない情報を抽出して伝達するのが困難
- 情報共有を尊ぶ組織風土
- 部隊の置かれている状況や指揮官の意図を、末端まで理解出来ていなければ減点される練度評価
- 複雑な規則と理解不足
- 特定秘密制度が成立した後も、各省庁の様々な秘密制度は残存し、規則が複雑化
- 複雑さ故に制度への理解が不足しており、適切な管理が出来ていない。
- 高官の責任感の欠如
- 一部のOBや将官は、現場に責任転嫁し自身の責任を否定
- 秘密保全と装備品のミスマッチ
- 情報システムは「特定秘密」を取り扱える「クローズ系」と、「注意」まで扱える「オープン系」に大別
- 省秘の情報を取り扱うためには、特定秘密にアクセス出来てしまうクローズ系を使用せざるを得ない。
- 艦艇部隊にはオープン系端末がほとんど支給されておらず、一般的な事務作業もクローズ系端末で実施せざるを得ない。
- 艦艇によっては、装備されている情報共有ツールのせいで、秘密情報が拡散するおそれ。
- 適性評価態勢と制度運用のミスマッチ
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 適性評価対象者が膨大になり、担当部署をパンクさせる事態に。
- 初任海士の部隊実習
- 入隊から、適性評価の結果通知には最低1年以上を要する。
- 護衛艦隊はCIC内での初任海士部隊実習を要求
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 意見
- 規則違反していた現場が処分されるのは当然
- 現場がそのような動きをせざるを得ない状況に追い込んだ者は、責任をとるべき
コメント
コメント一覧 (2件)
いつも楽しく拝見させてもらってます。大変勉強になっております。
質問なのですが、
船務長が「船務幹部・航海幹部にはなるなよ?見ての通り、シッポ切り要員だ。」
と言っているのですが、話の流れから保全業務を主にやる船務幹部がシッポ切り要因だと言うのは分かるのですが、航海幹部もなのでしょうか?
ご感想ありがとうございます!
何故かというと、責任を取るのは、その人の特技職ではなく役職、もっと言うと「保全責任者」等の指定により決まるものだからです。
したがって、砲雷科が所掌する秘密情報(主に特別防衛秘密)の漏えいがあった場合には、砲雷長が責任を取ることになります。(秘密保全は船務科だけの仕事ではないので!)
本件の場合、ほとんどの部隊で、船務科に関する保全事故が発生したため、船務長が責任を取らされたようです。
では船務幹部と航海幹部について。これは役職名ではなく、経歴管理等のために用いられる「特技職」のことです。
海上自衛隊には「航海幹部」「船務幹部」の特技職が用意されています。ところが、幹部中級課程の教育内容は大きく異なるものの、その後の補職はほとんど変わりません。(航海幹部がしばしば「専門教育を受けてない船務幹部だ」と自嘲する理由です。)
そのため、航海幹部は、ごく一部のみ1術校航海科教官など航海独特の配置につくこともありますが、基本的には護衛艦船務長のような船務幹部と同じ道を辿ります。
逆に言うと、射撃幹部・水雷幹部・機関幹部など、他の特技職になれば船務長になることはまずありません。(船務長不在の間、一時的に兼任になる事はありますが……。)
最後に、シッポ切りという表現について。
本件については、別に船務長だけが悪かった訳でもなく、他にやりようも無かったのですが、重く罰せられたのはほとんどが船務長だったそうです。
彼ら自身が責任を免れないのは言うまでもありませんが「たまたま船務幹部・航海幹部になったというだけで、自分たちだけ罰せられるのか」と、かなりの不満が集まっているようです。どうやら、事実確認のやり方がかなり拙速で強引だったため「上は船務長にだけ責任を取らせ、生き残りを図ろうとしている」と感じた方が多かったようですね。公平を期すために述べておくと、当初処罰される方向で話が進んでいたものの、最後の最後に無実が明らかになり処罰を回避した船務長も多少はいたようなので、事実確認が全てデタラメだったというわけではない……という点はご認識下さい。
他にも質問があれば、お寄せ下さい。
引き続きのご愛読、よろしくお願いします!