この記事では、海上自衛隊の幹部候補生の業務について、次の内容を説明します。
- 幹部候補生の悩みのほとんどは時間がないこと。
- いわゆる「課業時間」は8時から17時で普通の自衛官とそう変わらないが、この時間は教務と訓練にしか使えない。
- 「命令受領」や書類提出、生活指導などのため、教官室へ出頭しなければいけないことが日常茶飯事だが、そのためには朝・昼・夕の「休憩時間」を使わないといけない。
- 部屋の整理整頓や制服の整備など、やらないといけないことが多い。
- 随時、使える時間を圧迫するイベントが挿入される。
- 敷地が広大で、移動に時間が掛かる。
- 主要な役員になると、学生内の諸調整をやらないといけなるなる。
- 「時間がない」は意図的に用意された環境。
- 時間が無い中で上手く生きていくためには事前準備、周囲との協力、優先順位の判断が不可欠。これらは全て幹部に必要な資質。
時間が無い……っ!
それにしても先パイ。辛い辛いとは言いますが、幹部候補生は何が辛いんですか?
これはもう、圧倒的に時間!時間の無さこそが候補生を苦しめるんだ。
教務と訓練にしか使えない課業時間
まず、自衛官にも一応勤務時間という概念はあるんだ。
まさか、そんなことを偉そうに言われる日が来るとは……
部隊によって若干の違いはあるけど、だいたい8時に課業開始、12~13時が昼休みで、17時に課業終了というのが普通の流れだよ。
で、幹部候補生にも、一応そういう概念はあるんだ。
上の表だと「国旗掲揚・定時点検」「教務」「別課」とありますね。
そう。
定時点検というのは、全員が庁舎前に整列して、異状が無いことを確認すること。
教務は、講堂で座学を受けたり、体育をしたり、だね。
別課とは……?
その日によってやることは全く違うね。「教務」では教育の基準で決められている教育を決められた時間だけやらないといけないんだけど、「別課」はある程度自由が効いて、短艇の訓練をしたり、運動部の部活動みたいなことをしたりするんだ。「訓練」と言い換えてもいいかな?
なるほど。じゃあ、8時から17時の間に教育を受けたり、訓練をしたりするわけですね。
逆に言うとね、その時間は教務と訓練にしか使えないってことなんだ。
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候補生に降りかかる試練①:教官の呼び出し
候補生にとって一番キツいのは、やっぱり教官の呼び出しだねぇ……。
先生に呼ばれるだけで、そんなに辛いんですか?
――ハッ、ひょっとして、行った先で殴られたりするんです?
いや、今の時代、殴られるようなことは無いから安心して良いよ。
それに、呼び出しと言っても別に怒られに行くとは限らないよ。教務や訓練の準備について事前に指示を受けに行く「命令受領」とか、書類の提出とか、色んな理由で教官のところに行かないといけないんだ。生活指導を受けるために呼ばれる場合もあるけど。
で、呼び出しとは言っても、放送で呼ばれたりするわけじゃなくて、教官室前の黒板に「遠見 ●●教官まで」みたいな書き込みが加わるだけなんだよね。だから、まず黒板を見に行かないと、呼ばれてることにすら気付けない。
そんなの放送入れるなり、携帯電話で呼ぶなりすればいいのに……
情報は自分で収集しないと手に入らない。これも教育だからね。
そのために、他の候補生と協力して情報収集をする必要があるんだ。
で、教官に呼ばれたからっていつでも行ける訳ではなくって、教官室には入室して良い時間が決められているんだ。具体的には、朝・昼・夕の「休憩時間」は入室できる。仮に教務が早めに終わってフリーな時間が出来ても、課業時間は入室できないんだ。
あー、なるほど。課業時間は教務を受けてるはずだろ、ということですね。
そういうこと。だから、朝・昼・夕の食事と教官呼び出しにいつ対応するかが、常に天秤に乗っかるワケ。夕方だとここに入浴も加わるね。
教官のところに行かないとどうなるんです?
呼び出された趣旨にもよるんだけど、基本的に候補生の不利益になる事が起きるよ。1、2日くらいならスルーされるけど、何日もすると呼び出し表示に「💢」や「いつになったら来るんだ!?」みたいなコメントが付記されるようになる。
遅まきながら出頭すると、お説教を受ける時間も長くなるし、出頭が遅くなった原因と再発防止策を書面にまとめて提出するように求められることも……。あとは、他の候補生が連帯責任を負わされたりね。本人にはそういうのを求めない代わりに、他の候補生に指導を命じてレポートを書かせたりとか。
うわぁ……
教官室に入って良いことはあんまり無いよ。教官室内での一挙手一投足に指導が入るから、気分も良くないし、時間も奪われる。まぁ、だからほとんどの候補生は教官室に入らないといけないことを避けるんだ。
話を聞く限り、まぁそうですね。
本当は、敬礼のやり方とか、申告内容とかでいちいち指導されるようなフェーズはさっさと終わらせて、息をするように教官室でスムーズに動ければ良いんだけどね。ボクは鈍くさいから、最後まであんまり上手く動けなかったなぁ。
そういうのが出来るようになると、なんかいいことあるんですか?
成績が上がる。コレに尽きるね。単純に教官の心証がよくなるってのもあるし、そういうところで尻込みしない人は、重要な役割を任せてもらえるようになるから、その成果も成績に加わるんだ。
そういうつまらないところでつまずかないのが大事なんですね。
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候補生に降りかかる試練②:台風と服装容儀点検
もうひとつ時間を無くしてくれるのが、台風と制服。
台風……?
居室の整理整頓やベッドの美観維持がよろしくないと、教官が部屋を荒らすんだ。モノが散らかってる様をみて「台風が通過した」って言うんだね。
お、おう……
この台風被害を受けた後は、速やかに復旧しないといけない。ただでさえ時間が無い中で、乱された毛布やシーツを綺麗に整えて、ロッカーの中身を元に戻すんだ。手慣れてくると5分も掛からずに復旧できるようになるけどね。
どういう自慢ですか、それ……。
ちなみに、この時貴重品を鍵の掛からないところに放置しようものなら、教官が没しゅ――いや、盗まれないよう保護して、その候補生を呼び出すんだ。
なるほど、そこでまた時間がなくなるワケですね。
そのとおり。
加えて、候補生が日々やらないといけないのが、制服の整備。
シワが残らないようにアイロンがけしたり、ピカピカになるまで靴磨きしたりね。朝の定時点検や週末の外出前には服装容儀点検という制服の状態チェックを受けるんだけど、これも状態が悪いと教官に指導されるし、酷いとやっぱり呼び出しを受ける。
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候補生に降りかかる試練③:臨時に組まれる時間圧迫イベント
まだまだあるよ。学校側から臨時にわざと時間を圧迫するイベントを挿入されるんだ。
時間を圧迫する……?
代表的なのが行進訓練。らっぱの音に合わせて、グラウンドをひたすら行進し続けるんだ。やるだけで10分くらい、集合にかかる時間を考えれば20分くらいは必要だし、終わった後に食堂や教官室に行く時間は無いから、使える時間をとんでもなく奪われる。
あとは、総短艇。別に時間を奪うために開催されてるわけでは無いと思うけどね。
総短艇は抜き打ちで行われるカッター競技なんだけど、終わって後片付けを終える頃には間違いなく休み時間に食い込んでる。夕方の休み時間で教官室に行って、食堂行ってその足で売店に走って、急げば風呂も間に合う、なんて思ってたら、別課の時間に総短艇が開催されて、食事と風呂だけで休み時間はおしまい、なんてこともよくある。
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候補生に降りかかる試練④:広大すぎる敷地
そして、とにかく土地が広い。
学生館からプールまでは800mの道のり。歩いて行けば片道10分はかかるよ。売店のある厚生棟も400m。半分くらいの時間が必要。
プールの脱衣かごに時計を忘れてきちゃったことがあって、泣く泣く夕食を諦めて取りに走ったことがあるなぁ……。
売店も、商品買う時間含めると走って移動しても15分か20分くらいは必要になりますね。
そう。他にも、教材の貸出を必要とする実習の後なんかはキツいね。実習場に行く前に貸出を受けに行かないと行けないし、終わったら返却にいかないといけない。
移動時間は普段そこまで気にしないので、あらためて言われるとバカに出来ないモノですね……
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候補生に降りかかる試練⑤:役員業務
まだまだ!あとは役員業務。
これは、学校の学級委員みたいなもので、前・中・後期にそれぞれ教官から指定されるんだ。候補生たちのまとめ役になる学生長・学生次長とか、諸費用の徴収をやる厚生係とか、小銃の整備を管理する武器係とか、被服の管理をする被服係とか。
なんとなく分かりました。これも呼び出しを受けるんですね。
もちろん。呼び出しも受ける。ただ、それだけじゃなくて、学生同士の話し合いもさせられる。
話し合いですか?
そう。例えば、公共区画の使い方とか。前に言った、シャワー室は掃除が大変だから使わないようにしよう、なんてのはそれにあたるね。他にも学生に貸与されたモノを返納するとき、何月何日までに集積して数を数えて、何月何日に何人の作業員を動員して返却に行こうとか。
なるほど、それは教官と候補生1人のあいだでは勝手に決められないですものね。
ただ、この調整をする時間もやっぱりない。だから、休み時間になんとかやるし、自習時間にこっそり調整することもある。試験の前とかは迷惑がられるけどね。
みんなのためにやることですけど、そういうのって、他の人からしてみたら他人事ですよね……
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時間の圧迫は指揮官を育てるため。
それにしても、なんでそんなに時間を圧迫するんですか?
それはやっぱり、タイムマネジメントは指揮官に不可欠な資質だからだよ。
どれほど優れた人も、失った時間を取り返すことは出来ません。
米軍では、作戦を立てる際に絶対に考慮しなければならない作戦上の要素として、Time(時間)、 Space(空間)、Force(兵力)の3要素を挙げています。この3つは必ずトレードオフの関係にあり、決して両立することはありません。
時間が無い中でうまく業務をやろうと思ったら、事前の準備をしっかりして、周囲と協力して、優先順位を判断する必要があるんだ。幹部候補生学校はそれを鍛える場所でもあるし、そういう制約を課されたときに上手く対応出来る人間と出来ない人間を選別する場所でもある。
確かに、そういうことをするのが指揮官の務めですね。
候補生の成績って、かなりの部分がペーパーテストで決まるんだけど、その割に勉強をバリバリやってる人がトップに行くわけじゃないんだ。結局見ていると、タイムマネジメントをしっかりできる人が成績上位者に並んでいる。その点で、時間の圧迫は決して悪くないやり方だと思うよ。
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