統合運用が変わる。「常設統合司令部」の創設 その2 ―令和6年度概算要求を読んで―

この記事では、令和6年度概算要求を踏まえ、常設統合司令部(仮称)の創設について、2回に分けて次の内容を説明します。

第1回

  • 統合運用とは、異なる軍種の部隊を連携させる部隊運用のこと。
    • 陸・海・空の各軍種は、空間認識、時間感覚、指揮官の裁量範囲などで独立した文化を有しており、部隊間の調整が難航しがち。
  • 自衛隊は統合運用を行っているが、円滑な統合作戦の遂行には至っていない。
    • 現状、自衛隊は統合幕僚監部を通じて統合運用体制を構築している。
      • 統幕は防衛大臣による部隊への命令を実質的に発令する機関
      • ただし、自ら作戦を立案して各部隊に直接命令を出すような存在ではない
      • したがって、実際の作戦の立案や指揮は自衛艦隊司令官や陸上総隊司令官など、防衛大臣の直下にある部隊指揮官に委ねられ、各軍種は独立して作戦を行う。
    • これによる軍種間の問題を解決するため、臨時に統合任務部隊(JTF)を編成することがある。
      • その場合、統合任務部隊指揮官(C-JTF)は他の自衛隊部隊に命令を与えることができる。
      • ただし、「作戦の同期をとる」ためにC-JTFを筆頭に異軍種司令部間の調整を行う性質が強く、異軍種の作戦に大きく干渉しないのが通例である。
    • JTF司令部の幕僚は、自身の所属する部隊の幕僚活動も行う必要があるため統合作戦全体の監督に専念することはできない。
    • JTF司令部の幕僚はほとんど同じ軍種の者で占められるため、異軍種の作戦構想に対する理解が不足しがちになる。また、JTF司令部に派遣される連絡幹部も、派遣元の部隊の作戦指揮に決定権を持たないため、調整に時間を要する。
    • このような体制では、島嶼防衛のような、軍種の垣根を超えて円滑・綿密な調整が必要になる作戦を指揮するのは困難である。

第2回

  • 統合司令部は市ヶ谷に設置される。
    • 政治に近いところで指揮をすることで、政治と作戦の乖離を防ぎやすい
      • 政治家の納得しない作戦は実行されないので、政治とのすりあわせは重要
  • 常設統合司令部の創設により、統合作戦の指揮が容易になる。
    • 常設されることで、平時から有事へのシームレスな移行が可能になる。
    • 指揮官も幕僚も、統合作戦全体の指揮に専念できるようになる。
    • 陸海空全ての軍種の幕僚が一堂に会して幕僚活動し、統合司令部で下された決定は各部隊へ強制力を持つので、円滑で綿密な軍種間調整が可能になる。
  • 懸案事項
    • 統合司令部が人数の多い陸自文化に呑まれるのは必至。海自・空自の運用思想が本当に守られるかは不透明。
    • 作戦立案者が政治サイドと話しやすくなる分、作戦指揮が現場の部隊から遠ざかることになり、軍事的合理性の無い作戦立案が行われる可能性。
    • 結局、どう組織を変えても、重要なのは統合作戦を貫徹する意志
水雷長 遠見1尉

前回に引き続き、統合司令部がどういう組織なのか、何をもたらすのかを考えてみよう。

目次

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設置場所は市ヶ谷

水雷長 遠見1尉

概算要求の中で統合司令部は市ヶ谷に設置されるとあるね。

常設統合司令部創設の説明。
令和6年度概算要求の概要から引用。
通信士 与那覇3尉

噂ではありますが、海自空自が市ヶ谷を考えていたところ、陸自が朝霞への設置を主張したので揉めたという話も聞きましたね。それに対抗する形で海自が市ヶ谷案から横須賀案へ乗り換えたとかなんとか。

陸自の朝霞設置論に対抗して、海自が船越設置論で対抗したという話。
小耳に挟んだ話では、海自自慢の海上作戦センターは広いとは言っても「海自にしては」であって、広さで言うなら横田の航空総隊司令部が圧倒的だとかなんとか。そりゃあ、滑走路の近くには広大な土地がありますからね……。

水雷長 遠見1尉

不毛だ……まぁ、でもなんとなく分かるね。

水雷長 遠見1尉

市ヶ谷には統幕も、内局も、防衛大臣もいるから、作戦立案と政治の間で乖離を起こしにくい利点があるね。軍事的には合理的な作戦でも、政治家が納得しなかったらゴーサインは出ないし、途中で止められてしまう可能性もあるからね。政治サイドとしっかり摺り合わせできるのはいいんじゃないかな?

通信士 与那覇3尉

加えて、市ヶ谷にはプレスセンターが既にあって、統合司令部からの報道発表をしやすいのも良いですね。船越の自衛艦隊司令部にはそういう施設がないので、どうやって記者を基地内で受け入れるかを検討するところから始めないといけません。

水雷長 遠見1尉

そうだね。広報は情報作戦の根幹になる部分だから、統合司令官や司令部の報道官がカメラの前に出て、作戦の正当性を発信していくことも考えなくてはいけないだろうね。


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統合作戦の指揮を容易にする常設統合司令部

常設化によりシームレス化される作戦指揮

水雷長 遠見1尉

まず、わざわざ「常設」って書いてあるのが結構大事だと思うんだよね。組織名には普通常設なんて書かないじゃない?

通信士 与那覇3尉

他にあるのは、常設仲裁裁判所くらいですかね

水雷長 遠見1尉

現行制度だとJTFは防衛出動や災害派遣のような大きな命令が出て初めて編成されるんだけど、常設ってことは平時から常に統合作戦を指揮するってことだよね

砲術士 嶋村3尉

平時から統合作戦ですか?

水雷長 遠見1尉

戦争はある時急に起きるものではないからね。自分の国として、戦争状態だと宣言することは出来るけど、戦争状態になる以前が全くなんの問題も無い、平時である国は存在しないんだ。

航海長 梶1尉

戦争になる前から、自衛隊は抑止のために演習をやったりするからな。防衛出動の下令前と下令後で、全体の作戦を考える人間が変わると方針がブレるから、平時から作戦を立てる存在は重要なんだ。

水雷長 遠見1尉

日頃から命令を出していれば、どうやって部隊を動かすのかにも習熟できるしね。お互い、上下関係になかった組織同士をいきなりくっつけるより、効率的に動けるようになるよ。


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統合作戦の指揮に専念できる

水雷長 遠見1尉

前回の話の裏返しだけど、JTFと違って、統合作戦の指揮をするためだけの司令部だから、統合作戦全体の指揮に専念できるのは大きいよね。

航海長 梶1尉

そうだな。特に海自はマンパワーが少ないから、SF司令部をやりながらJTF司令部を回すのは大変だろうし。

決定権のある者同士の話し合い

航海長 梶1尉

それより、やっぱりコレだよ。
統合司令部にいる幕僚は、それなりに決定権のある奴のはず。
調整で合意にこぎ着けたけど後になって「やっぱりダメでした」なんて言われて計画がおシャカになる、なんてことも少なくなるさ。

水雷長 遠見1尉

そうだね。陸海空、全ての軍種の幕僚が集まって幕僚活動するわけだから、知識不足というのは起きにくいしね。
それに、統合司令部の中で決まった方針は、命令として各部隊に強制力を持つから、異軍種の幕僚同士が話し合って決めることには大きな意味が生まれるね。


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とは言え……

砲雷長兼副長 轟3佐

……お前らな。珍しく真面目な話をしてるから黙って聞いてたがな。

砲術士 嶋村3尉

ふ、副長……

砲雷長兼副長 轟3佐

統合司令部なんて、そんなにバラ色の構想じゃねーぞ?

陸自に呑まれる?

砲雷長兼副長 轟3佐

まず、統合司令部に限った話じゃないが、陸海空が会する場所は基本的に陸自のものだ。「陸海空、お互いに尊重しましょう」なんて幼稚園みたいなことは誰も言わねぇ。防大にしても、地本にしても、どこもかしこも陸自式の組織運営が行われる。

航海長 梶1尉

そうなんですよねぇ……そこが不安なんすよ。

砲雷長兼副長 轟3佐

あいつらはとにかく人数が多い。将官ポストも異様に多い。
海自じゃ海将になるのは地方総監か艦隊司令官くらいだろ?あいつらは方面総監だけじゃなく、師団長で陸将だぞ?

通信士 与那覇3尉

実際、将官の人事発令を見ると、7,8割くらいは陸自の発令ですからね……

砲雷長兼副長 轟3佐

階級と職責のバランスはさておいてだ。実際問題、陸海空が一堂に会すれば、その場にいる人間の7割くらいは間違いなく陸自になる。そうなれば、業務の進め方はもう間違いなく陸自式になる

水雷長 遠見1尉

組織文化は業態から生まれてくるものですから、陸自の文化で海空の業務をやるのは、あんまり良い結果が見えないってのはありますね。


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現場から遠ざかれば……

砲雷長兼副長 轟3佐

それとだ。さっき、政治サイドとの距離が近づくから良いと言ってたな?決して間違いじゃないが、手放しで喜んでもいられないぞ。

通信士 与那覇3尉

……これまで、朝霞や横須賀で、政治家の目の届かないところで作戦会議をしてられましたが、これからはそうじゃなくなりますからね。

砲雷長兼副長 轟3佐

お前は、もうちょっと言い方を考えろよ……。だが。まぁ、そういうこった。
有限の時間の中で作戦立てるって時に、政治家に面会を求められる機会が増える。部隊の意見を聞く時間が減る。本当にそれでいいのか?
司令官も、その幕僚も、大臣や内局にどうやって説明するかばかり考えて、肝心の作戦がおざなりにならんか?

水雷長 遠見1尉

うーん。さすがにそれは考えすぎなのでは……?

航海長 梶1尉

いや、だが全体の作戦立案をする司令部が一つ上の階層に行って、現場から遠ざかるのは事実だ。
作戦は政治の方向性と合致しないといけないが、政治の方向性と軍事的合理性がうまく噛み合わないと、軍事的合理性のない方向にどんどん引っ張られるっていうのは確かにリスクではある……。

水雷長 遠見1尉

それは……しょうがないよ。
政治家の意思は国民の意思だよ?そこで不利益が生まれるとしても、そういう方向に引っ張るような政治家を選んだ国民の責任だよ。

砲雷長兼副長 轟3佐

おめでたい頭してて何よりだ。正論かもしれんが、それで死んだ部下に、その家族に、まともな作戦が出来なかったのは国民の責任だからしょうがないですねって言うのか?お前は?

通信士 与那覇3尉

そんなの、ここで話していてもそれこそ仕方がないことでしょう?
どうであれ、もう創設は決まったんです。

航海長 梶1尉

まぁ……そうだな。


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大事なのはそこにいる人間の意志

航海長 梶1尉

仕組みは間違いなく大事なんだが、やっぱりどこまでいっても大事なのは、そこにいる人間の意志だよ。

通信士 与那覇3尉

そうですね。結局、主導権争いに終始して足を引っ張り合うのか、効率的な部隊運用を実現するのかは、どれだけ統合作戦の目的の貫徹に邁進できるかで決まります。自衛隊がどちらに進むのかは、統合司令部が創設されればおのずと見えてくることになるでしょう。


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まとめ

水雷長 遠見1尉

うん。それじゃあ……まとめようか。
前回は統合運用の問題点について話をしたね。

通信士 与那覇3尉

ええ。統幕やJTFを通じた現行の統合運用体制は、円滑で綿密な調整が難しく、各自衛隊の指揮官がある程度独立して作戦指揮しなければならないため、統合作戦の指揮が困難という問題がある、という話でした。

砲術士 嶋村3尉

すごい、こんなに短くまとめられるんだねぇ。

通信士 与那覇3尉

茶化さない。
今日の話は、統合司令部がどうなるのか、何をもたらすのかの話。

航海長 梶1尉

市ヶ谷に設置することで政治サイドとのすり合わせが容易になるって話と、常設されることで平時から有事までシームレスに対応できるって話をしたな。
あとは、JTFと違って統合作戦全体の指揮に専念できるのと、司令部で決まったことが指揮下の部隊に強制力を持つようになるから調整が円滑になるって話だったな。

通信士 与那覇3尉

あとは副長の懸念の話です。
陸自に呑まれて海空の文化が損なわれるんじゃないかという話と、政治サイドに近づく分、作戦が現場から乖離するんじゃないかという話。

航海長 梶1尉

まぁ、それもこれも、中にいる人間がどれだけ統合作戦を貫徹しようとするか次第だな。


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通信士 与那覇3尉

……水雷長は、早く機嫌を直してください。

水雷長 遠見1尉

わかってる。でも、やっぱり納得はできないよ。

航海長 梶1尉

まったく、変なところで意固地な奴だよな、お前は。

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