この記事では、2024年4~7月に問題となった、海上自衛隊の特定秘密漏えい事案について、次の内容を説明します。
第1回
- 特定秘密とは
- 我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの
- 次の分野について指定することが出来る。
- 防衛
- 外交
- 特定有害活動(スパイ行為)
- テロリズム
- 制度誕生の経緯
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 省庁間での秘密情報交換に支障があった。
- 秘匿性の高い情報の漏えい防止が難しかった。
- 特に重要な秘密情報を漏えいしても、通常の秘密情報の場合と刑事罰が同じだった。
- 所管省庁が特に秘密情報として保護していなければ、刑事罰は与えられなかった。
- 秘密指定が妥当であるか検証する仕組みが不十分で、秘密指定の濫用を招く恐れがあった。
- 2013年12月に特定秘密保護法が制定され、2014年12月に同法施行となった。
- それまで「防衛秘密」とされていた秘密情報は、「特定秘密」に変更された。
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 特定秘密制度の特徴
- 漏えいの厳罰化
- 10年以下の懲役
- 他の秘密情報との関係
- かつての「防衛秘密」を置換し、「省秘」「特別防衛秘密」とは併存する。
- 米国の秘密保護制度における「SECRET」「TOP SECRET」に相当する。
- 行政機関ごとの指定
- 省庁単位で特定秘密を指定するため、防衛省の特定秘密は防衛大臣が指定する。
- 管理者(隊司令や自衛艦艦長)の判断で指定できる省秘とは、手続きが根本的に異なる。
- 適性評価
- 特定秘密を取り扱うためには、漏えいの恐れがないかどうかの評価(適性評価)を定期的に受ける必要がある。
- 家族構成や犯罪歴などについて調査が行われる。
- 特定秘密を取り扱う配置に就くには、「適格性」「適性評価」の両方を取得する必要がある。
- 適性評価を受けただけでは取り扱いできない。特定秘密取扱職員として取り扱っても良い特定秘密の指定を受けなければ、取り扱うことが出来ない。
- 秘密指定濫用の防止
- 国会への報告義務
- 特定秘密の指定状況や適性評価の実施状況は、年1回、国会に設置される情報監視審査会へ報告するとともに、公表する義務がある。
- 情報監視審査会は、調査の必要を認める場合、特定秘密の内容等について提出を求めることが出来る。
- 指定期間の制限
- 指定期間は最大5年間
- 必要があれば合計30年まで延長できるが、1度に延長できるのは5年間までで、延長を繰り返さなければならない。
- 30年を超えて指定しなければならない場合、内閣の承認を得なければならない。
- その場合でも、一部の例外を除き、60年を超えては延長できない。
- 国会への報告義務
- 漏えいの厳罰化
第2回
- 漏えい事案の概要
- 海自艦艇内で、特定秘密の取り扱いを認められていない隊員が特定秘密を知りうる状態にあった事案
- ほとんどの事案は、適性評価を受けていない隊員がCIC内で、特定秘密を取り扱わない業務に従事していたもの。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- 実際に特定秘密の流出が確認できなくても、相手が知りうる状態を作っただけで「漏えい」になる。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- その他、適性評価を受けていない隊員が特定秘密を取り扱ったケース、適性評価を受けてはいたが特定秘密関係職員に指定されていなかったケースも散見された。
- 問題点
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 元は省秘や一般公開された情報でも、集積したり分析したりすると特定秘密になる。
- 情報の特性として、完全な線引きは不可能
- 特定秘密が含まれた資料から、特定秘密でない情報を抽出して伝達するのが困難
- 情報共有を尊ぶ組織風土
- 部隊の置かれている状況や指揮官の意図を、末端まで理解出来ていなければ減点される練度評価
- 複雑な規則と理解不足
- 特定秘密制度が成立した後も、各省庁の様々な秘密制度は残存し、規則が複雑化
- 複雑さ故に制度への理解が不足しており、適切な管理が出来ていない。
- 高官の責任感の欠如
- 一部のOBや将官は、現場に責任転嫁し自身の責任を否定
- 秘密保全と装備品のミスマッチ
- 情報システムは「特定秘密」を取り扱える「クローズ系」と、「注意」まで扱える「オープン系」に大別
- 省秘の情報を取り扱うためには、特定秘密にアクセス出来てしまうクローズ系を使用せざるを得ない。
- 艦艇部隊にはオープン系端末がほとんど支給されておらず、一般的な事務作業もクローズ系端末で実施せざるを得ない。
- 艦艇によっては、装備されている情報共有ツールのせいで、秘密情報が拡散するおそれ。
- 適性評価態勢と制度運用のミスマッチ
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 適性評価対象者が膨大になり、担当部署をパンクさせる事態に。
- 初任海士の部隊実習
- 入隊から、適性評価の結果通知には最低1年以上を要する。
- 護衛艦隊はCIC内での初任海士部隊実習を要求
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 意見
- 規則違反していた現場が処分されるのは当然
- 現場がそのような動きをせざるを得ない状況に追い込んだ者は、責任をとるべき
特定秘密漏えい事案の解説第2弾。事案の概要と、海上自衛隊が直面している問題について述べます。
令和6年4月某日 「ひとなみ」士官室
やぁやぁ、遊びに来ましたよ。
お茶はまだですか。コーヒーでも良いですよ。
帰れ。今はそれどころじゃないんだ。
おやおや、なんかあったんですか?
ちょっとね……。特定秘密の話が色々こじれてて。
特定秘密?
おい、水雷長。余計なことを言うなよ。
入隊希望だろうが何だろうが、部外者には変わらん。
制度を教えるくらいならいいでしょう?
入隊したら否応なしに関わるんだから。
ふん……好きにしたまえ。
特定秘密とは
特定秘密というのは、秘密情報のカテゴリーのひとつだよ。
海上自衛隊では色んな種類の秘密情報を取り扱っているんだけど、その中でも結構重い部類の秘密情報なんだ。
特定ってわざわざ付いてるくらいですもんね。
定義はいくつかあるんだけど、一番シンプルなのは「我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの」かな?
(目的)
特定秘密保護法
第一条 この法律は、国際情勢の複雑化に伴い我が国及び国民の安全の確保に係る情報の重要性が増大するとともに、デジタル社会の発展に伴いその漏えいの危険性が懸念される中で、我が国の安全保障(国の存立に関わる外部からの侵略等に対して国家及び国民の安全を保障することをいう。以下同じ。)に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるものについて、これを適確に保護する体制を確立した上で収集し、整理し、及び活用することが重要であることに鑑み、当該情報の保護に関し、特定秘密の指定及び取扱者の制限その他の必要な事項を定めることにより、その漏えいの防止を図り、もって我が国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。
安全保障……というと、防衛とか外交とかに関するものってことですか。
うん。防衛、外交、特定有害活動(スパイ行為)、テロリズムの4種類のについて、さらに細かい事項が決められているんだ。これに該当するもののうち、秘匿しないといけないものを特定秘密に指定するんだ。
(特定秘密の指定)
第三条 行政機関の長(中略)は、当該行政機関の所掌事務に係る別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(昭和二十九年法律第百六十六号)第一条第三項に規定する特別防衛秘密に該当するものを除く。)を特定秘密として指定するものとする。(後略)別表(第三条、第五条―第九条関係)
特定秘密保護法
一 防衛に関する事項
イ 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
ロ 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
ハ ロに掲げる情報の収集整理又はその能力
ニ 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
ホ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物の種類又は数量
ヘ 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
ト 防衛の用に供する暗号
チ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの仕様、性能又は使用方法
リ 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの製作、検査、修理又は試験の方法
ヌ 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(ヘに掲げるものを除く。)
二 外交に関する事項
(中略)
三 特定有害活動の防止に関する事項
(中略)
四 テロリズムの防止に関する事項
(後略)
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制度誕生の経緯
各省庁独自制度の時代
そういえば、この特定秘密、小さい頃にニュースで騒ぎになっていましたね。あんまりよく覚えていませんけど。
そうだね。特定秘密の制度は、特定秘密保護法によって運用されているんだけど、この法律は2013年に成立したもので、まだ10年ちょっとしか経っていないんだ。
ふぅん。でも、さっき聞いた感じ、特定秘密にあたる情報って昔からあったんですよね?法律が出来る前はどうしてたんですか?
うん。各省庁が独自に規則を定めて秘密情報を管理していたんだ。
でも、そういう態勢だと色んな問題があってね……。
秘密情報の交換に支障
まず、省庁間での情報共有が難しくなるんだよね。
ウチの省ではこういう風に管理しないといけないから、そっちの省は普段違う管理してるかもしれないけど、ウチと同じように管理してよね?ってことになる。
聞くからに面倒くさそうですね。
渡される情報ごとに管理要領が違うと、管理がとても煩雑になるからね。そうなると、そもそも情報をやり取りしない方がいいということになってしまう。
漏えい防止が困難
もうひとつ、漏えいの防止が困難という問題があったよ。
この問題が顕在化したのが、2010年に発生した尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事案だよ。
尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事案
2010年に尖閣諸島周辺海域において発生した海上保安庁巡視船と中国漁船の衝突について、海上保安庁の記録映像が、海上保安官の手によりYouTubeにアップロードされ、流出した事案。
領海内で違法操業し領海外退去を命ぜられた中国漁船が、逃走時に海保巡視船へ体当たりを行ったことから、中国漁船の船長は公務執行妨害により逮捕されたが、日本政府が政治的配慮から船長を含む全乗員を釈放したため、政府に対する批判や記録映像の公開を求める声が高まっていた。
映像流出から約1週間後、現職の海上保安官が、自身が流出させた旨を上司に申告した。ビデオ公開に対し世論は同情的な風潮があったが、非公開とされていた情報を公務員が独断で流出させた点で問題視され、情報保全態勢の見直し、ひいては特定秘密保護法の制定へと繋がることになる。
なお、当該保安官は守秘義務違反で書類送検されたが、調査の結果、当該映像は海上保安庁内では特段の秘密指定をされておらず、海上保安庁のネットワークを介し職員であれば誰でも閲覧可能であったことが判明する。それを踏まえ、刑事処分は起訴猶予となった。
この事案では、果たして流出したビデオは秘密情報だったのか?という点が争点になったんだ。
うーん。お巡りさんが取り締まりしてる時の映像がいちいち秘密にされてたら、適正な取り締まりをやってるか、検証できなくないですかね?
この場合、政治問題だから、というのはあるかもしれませんけど。
そうだね。これを本当に秘密にするべきだったのかは置いておいて、問題は政治家と行政機関の間での認識の齟齬なんだ。
海上保安庁としては、自分たちの規則や運用ポリシーに則って普段通りに管理していたのだろうけど、政治サイドとしては「どうしてこんな外交上重要になるビデオが秘密指定されていないんだ!」と憤慨していたんだね。
秘密情報じゃなかったら、別に出してもいいんですか?
それはまた別の問題。秘密情報ではなくても、外部に発信してはいけない情報というのはあるからね。
自衛隊法第59条「秘密を守る義務」は字面通りに捉えると、秘密に指定された情報にのみ適用されそうな感じがありますが、実際には「部内限り」「注意」にまで適用される可能性は否定されていません。(防衛監察本部コンプライアンスガイダンス参照)
また、これらの区分が一切付いていない、いわゆる「なし」の情報であっても、開示可能データとしての指定を受けないかぎりは、原則として対外発信してはいけない規則となっています。
それはそれとして、秘密情報を漏えいさせた場合の罰はそれほど重くなくて、スパイ活動などがしやすいというのは言われていたんだ。
(秘密を守る義務)
第百条 職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。第百九条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
国家公務員法
一~十一 省略
十二 第百条第一項若しくは第二項又は第百六条の十二第一項の規定に違反して秘密を漏らした者
十三~十八 省略
(秘密を守る義務)
第五十九条 隊員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を離れた後も、同様とする。第百十八条 次の各号のいずれかに該当する者は、一年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
自衛隊法
一 第五十九条第一項又は第二項の規定に違反して秘密を漏らした者
二~八 省略
1年以下の懲役だったら、数百万円くらい儲かる見込みがあれば、チャレンジしてみるか、という人が出てきそうですね……。
防衛省の場合、普通の秘密情報とは別に設定されていた「防衛秘密」と「特別防衛秘密」という重い秘密の漏えいに対しては、特に厳罰を科すようにしてたんだけどね。
第百二十二条 防衛秘密を取り扱うことを業務とする者がその業務により知得した防衛秘密を漏らしたときは、五年以下の懲役に処する。防衛秘密を取り扱うことを業務としなくなつた後においても、同様とする。
自衛隊法の一部を改正する法律(平成13年11月2日:引用部分は特定秘密の保護に関する法律制定に伴い削除)
2 前項の未遂罪は、罰する。
3 過失により、第一項の罪を犯した者は、一年以下の禁錮又は三万円以下の罰金に処する。
4 第一項に規定する行為の遂行を共謀し、教唆し、又は煽動した者は、三年以下の懲役に処する。
5~6 省略
(罰則)
第三条 左の各号の一に該当する者は、十年以下の懲役に処する。
一 わが国の安全を害すべき用途に供する目的をもつて、又は不当な方法で、特別防衛秘密を探知し、又は収集した者
二 わが国の安全を害する目的をもつて、特別防衛秘密を他人に漏らした者
三 特別防衛秘密を取り扱うことを業務とする者で、その業務により知得し、又は領有した特別防衛秘密を他人に漏らしたもの
2 前項第二号又は第三号に該当する者を除き、特別防衛秘密を他人に漏らした者は、五年以下の懲役に処する。
3 前二項の未遂罪は、罰する。第四条 特別防衛秘密を取り扱うことを業務とする者で、その業務により知得し、又は領有した特別防衛秘密を過失により他人に漏らしたものは、二年以下の禁こ又は五万円以下の罰金に処する。
日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法
2 前項に掲げる者を除き、業務により知得し、又は領有した特別防衛秘密を過失により他人に漏らした者は、一年以下の禁こヽ又は三万円以下の罰金に処する。
でも、これは例外中の例外。普通の省庁は、こんな特別に罰する規則は持っていないから、秘密情報だとしても1年以下の懲役。
所管省庁が秘密情報に指定してすらいなかったら、たとえ安全保障上重要な情報が漏えいしたとしても、刑事罰なしで行政処分だけってことになるんだ。
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秘密指定濫用のおそれ
もう一つはちょっと趣が違って、行政の健全性の話。
各省庁が行っている秘密制度には、秘密指定が妥当かどうか、検証する仕組みが無かったんだ。
検証する必要があるんですか?
見られる公務員側としては、何かと面倒くさいのは間違いないけど……。
でも、検証する仕組みが無いと、行政が都合の悪い情報を隠蔽できてしまうんだ。
行政機関は情報公開を行う義務があるんだけど、不開示情報に該当しないなら、開示請求に応じる義務があるんだ。
防衛省の場合、個人情報か、防衛上の理由によって開示できない文書がたくさんあるんだけど。
(行政文書の開示義務)
行政機関の保有する情報の公開に関する法律
第五条 行政機関の長は、開示請求があったときは、開示請求に係る行政文書に次の各号に掲げる情報(以下「不開示情報」という。)のいずれかが記録されている場合を除き、開示請求者に対し、当該行政文書を開示しなければならない。
一 個人に関する情報(事業を営む個人の当該事業に関する情報を除く。)であって、当該情報に含まれる氏名、生年月日その他の記述等(中略)により特定の個人を識別することができるもの(中略)
二 法人その他の団体(国、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人を除く。以下「法人等」という。)に関する情報又は事業を営む個人の当該事業に関する情報(中略)
三 公にすることにより、国の安全が害されるおそれ、他国若しくは国際機関との信頼関係が損なわれるおそれ又は他国若しくは国際機関との交渉上不利益を被るおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報
四 公にすることにより、犯罪の予防、鎮圧又は捜査、公訴の維持、刑の執行その他の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると行政機関の長が認めることにつき相当の理由がある情報
五 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体及び地方独立行政法人の内部又は相互間における審議、検討又は協議に関する情報であって、公にすることにより、率直な意見の交換若しくは意思決定の中立性が不当に損なわれるおそれ、不当に国民の間に混乱を生じさせるおそれ又は特定の者に不当に利益を与え若しくは不利益を及ぼすおそれがあるもの
六 国の機関、独立行政法人等、地方公共団体又は地方独立行政法人が行う事務又は事業に関する情報であって、公にすることにより、次に掲げるおそれその他当該事務又は事業の性質上、当該事務又は事業の適正な遂行に支障を及ぼすおそれがあるもの
不開示情報だと言えば、全く開示しないでいいんですか?
モノによる……。
不開示情報だからといって、必ずしも開示請求が却下されるとは限らないし、開示されなかったことに対して異議申立が行われたりすると、本当に不開示にすべきかチェックが入ったりする。
ただ、秘密情報に指定されているようなレベルになると、余程のことがなけれは開示されることは無い。だから、精度を悪用すれば、行政が失敗や不正を隠蔽するのにも使えてしまうんだ。
なるほど……先パイもそうやってやりたい放題やってきてたんですね……
息をするように人の悪口を言うのを止めなさい。
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そうした問題を改善するため、2013年12月に特定秘密保護法が成立、2014年12月に同法が施行され、今の特定秘密制度がスタートしたんだ。
昔、ニュースで騒いでいたのは何だったんですかね?
それは特定秘密保護法ができる頃の話だね。安全保障関係の秘密保護に新しい法律が出来る、しかも従来には無かった厳罰が出来るということもあって、戦前の「軍機」の再来だ、とバッシングを受けたんだ。
法律の条文読めば分かることだけど、実際には制約を受けるのは公務員ばかりで、一般市民の権利が制約されることは無いし、こんな法律が無くたって秘密を楯に情報を隠蔽することは出来たしで、意味のないバッシングだよねぇ。
かく言うボクも、入隊した頃にはもう特定秘密の運用が始まってたから、その前のことはよく知らないんだけど。どうなんですかね?船務長。
キミは私がキミの1期上だと言うことを知らんのか。私が知るわけ無いだろ。
変わったことと言えば、防衛秘密が特定秘密に移行したことだな。
防衛秘密という名称は、特定秘密保護法が出来た時点では、今で言う特定秘密のことを指していた。
(防衛秘密)
第九十六条の二 長官は、自衛隊についての別表第四に掲げる事項であつて、公になつていないもののうち、我が国の防衛上特に秘匿することが必要であるもの(日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法(昭和二十九年法律第百六十六号)第一条第三項に規定する特別防衛 秘密に該当するものを除く。)を防衛秘密として指定するものとする。別表第四(第九十六条の二関係)
自衛隊法の一部を改正する法律(平成13年11月2日:引用部分は特定秘密の保護に関する法律制定に伴い削除)
一 自衛隊の運用又はこれに関する見積り若しくは計画若しくは研究
二 防衛に関し収集した電波情報、画像情報その他の重要な情報
三 前号に掲げる情報の収集整理又はその能力
四 防衛力の整備に関する見積り若しくは計画又は研究
五 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。第八号及び第九号において同じ。)の種類又は数量
六 防衛の用に供する通信網の構成又は通信の方法
七 防衛の用に供する暗号
八 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの 仕様、性能又は使用方法
九 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物又はこれらの物の研究開発段階のものの 製作、検査、修理又は試験の方法
十 防衛の用に供する施設の設計、性能又は内部の用途(第六号に掲げるものを除く。)
これが、特定秘密保護法の制定によって「防衛秘密」という秘密区分が廃止されて、「特定秘密」にすげ替わることになる。
附則
第四条 自衛隊法の一部を次のように改正する。
(中略)
(中略)
別表第四を削る。
第五条 次条後段に規定する場合を除き、 施行日の前日において前条の規定による改正前の自衛隊法(以下この条及び次条において「旧自衛隊法」という。)第九十六条の二第一項の規定により防衛大臣が防衛秘密として指定していた事項は、施行日において第三条第一項の規定により防衛大臣が特定秘密として指定をした情報と(中略)みなす。(後略)
特定秘密の保護に関する法律
こうしてみると、自衛隊はもともとそういう秘密を扱う態勢があって、そういう態勢の無かった他の省に、防衛省と同じような態勢を作ろうとしたとことですね。
うーん……。ところが、ね。別に防衛省のやり方に合わせてくれたかというと、そういうわけでもないんだよね。
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特定秘密制度の特徴
じゃあ、特定秘密制度というのはどういう特徴をもっているのか。
漏えいの厳罰化
コレが無ければ始まらない。
漏えいをした場合の刑事処分が非常に重くなったんだ。
第二十三条 特定秘密の取扱いの業務に従事する者がその業務により知得した特定秘密を漏らしたときは、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。特定秘密の取扱いの業務に従事しなくなった後においても、同様とする。
2 第四条第五項、第九条、第十条又は第十八条第四項後段の規定により提供された特定秘密について、当該提供の目的である業務により当該特定秘密を知得した者がこれを漏らしたときは、五年以下の懲役に処し、又は情状により五年以下の懲役及び五百万円以下の罰金に処する。第十条第一項第一号ロに規定する場合において提示された特定秘密について、当該特定秘密の提示を受けた者がこれを漏らしたときも、同様とする。(注:国会議員などが特定秘密を漏えいした場合の規定)
3 前二項の罪の未遂は、罰する。
4 過失により第一項の罪を犯した者は、二年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。
5 過失により第二項の罪を犯した者は、一年以下の禁錮又は三十万円以下の罰金に処する。第二十四条 外国の利益若しくは自己の不正の利益を図り、又は我が国の安全若しくは国民の生命若しくは身体を害すべき用途に供する目的で、人を欺き、人に暴行を加え、若しくは人を脅迫する行為により、又は財物の窃取若しくは損壊、施設への侵入、有線電気通信の傍受、不正アクセス行為(不正アクセス行為の禁止等に関する法律(平成十一年法律第百二十八号)第二条第四項に規定する不正アクセス行為をいう。)その他の特定秘密を保有する者の管理を害する行為により、特定秘密を取得した者は、十年以下の懲役に処し、又は情状により十年以下の懲役及び千万円以下の罰金に処する。
特定秘密保護法
2 前項の罪の未遂は、罰する。
3 前二項の規定は、刑法(明治四十年法律第四十五号)その他の罰則の適用を妨げない。
1年以下の懲役……いや、防衛秘密だと5年以下の懲役でしたか。でも、それが10年以下の懲役にまでなったんですね。
地味に大きいのが、第23条第2項の規定。
これまで内閣や国会議員が秘密情報の開示を求めてくることは多々有ったんだけど、その議員などが秘密を漏えいした場合の罰則が明確には規定されていなかったんだ。
議員の人、何でもマスコミに話しちゃいますもんね……。
きちんと罰則が出来たから、国会議員と言えど、安全保障上重要な秘密情報が守る義務が生まれたんだね。
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他の秘密情報との関係
さっき船務長からあったとおり、従来あった「防衛秘密」を代替する形で特定秘密は出来たんだ。でも、防衛省には他にも秘密情報がたくさんある。
「省秘」と「特別防衛秘密」は、今も特定秘密と並存しているよ。
その、「省秘」と「特別防衛秘密」ってのは、なにが違うんですか?
省秘は「普通の秘密情報」だよ。特定秘密にも、特別防衛秘密にもあたらない秘密情報は、省秘になるんだ。
「省秘」という名前も、当たり前のように使われてるけど、正式な名前ではないよ。法律の定めに依らずに、防衛「省」の部内規則で定義されている「秘」だから「省秘」と俗称されているんだ。
世界中、どこの軍隊でも、秘密の「重さ」はだいたい3段階に分かれてる。日本では「秘」「極秘」「機密」と言うんだ。
その中で最も軽い「秘」は省秘として指定されて、「極秘」と「機密」は特定秘密に指定されるんだ。
すると……特定秘密は省秘の上位互換?
上位だけど、互換ではないかな。根拠になっている規則や取り扱い方も大きくちがうしね。
でも、扱う情報の種類は非常に近いよ。だから一見同じように見える情報でも、内容的に「秘」でいいレベルの情報は省秘として管理できるんだけど、「極秘」レベルの情報になると、それは特定秘密として管理しないといけなくなるってこと。
ふーん。
じゃあ、特別防衛秘密ってのはなんですか?
特別防衛秘密は、アメリカから購入した装備品に関する秘密情報だね。
正確にはアメリカから買ったら何でも特別防衛秘密ってわけじゃなくて、日米相互防衛援助協定という協定に基づいて日本に提供された装備品の秘密情報。
具体的には、イージスシステム、シースパローミサイル、P-3C哨戒機、ターターシステム、Mk46魚雷などなど。
同じ米国製武器でも、Mk45 5インチ砲なんかは、この協定に基づかずに直接メーカーから買い付けてるから、特別防衛秘密にはならないよ。
で、アメリカがわざわざ特別扱いを求めるってことは、秘密のレベルが違うって事なんですかね?
いや、3段階の秘密区分自体はそのまま。日米の秘密区分には、秘 = Confidential、極秘 = Secret、機密 = Top Secretという対応関係があるよ。
さっき言ったとおり、特別防衛秘密にあたるのは、日米相互防衛援助協定に基づいて提供された秘密情報のみ。だから、協定に基づかずにアメリカから提供されたConfidentialの情報は省秘になるし、Secretの情報は特定秘密になるよ。
でも、協定に基づいて提供されると、ConfidentialでもSecretでも、全て特別防衛秘密として、省秘や特定秘密とは違った管理を受けるんだ。
図には「特定特別防衛秘密」というのもありますが、これは何です?
特定特別防衛秘密は、アメリカの要求により、特別防衛秘密の中でも特別扱いが必要な情報。秘密のレベルの話では無くて、装備品単位で決まってる。イージスやシースパローに関する情報は、ConfidentialでもSecretでも、特定特別防衛秘密として、他の特別防衛秘密とは少し違った管理を受けるんだ。
や、ややこしい……。
結局のところ、特定秘密ってどんな情報があるんですか?
普段はあんまり接する機会はないね。
司令部の人が見る、偵察衛星で収集した情報とか、防衛力整備の根拠になっている防衛計画とか、そのあたりが特定秘密に指定されているみたい。
秘密に関する業務が非常に分かりづらくなっている原因の一つに、秘密区分の変遷があります。
そもそも、防衛省が発足して間もない頃は、秘密保全に関する訓令により定められる省秘が「秘」「極秘」「機密」の3区分を網羅しており、日米相互防衛援助協定に基づき提供された秘密情報(=今の特別防衛秘密)は、「防衛秘密」と呼称されていました。
それが、平成中頃の保全事故を受けて省秘の「極秘」「機密」が「防衛秘密」に、「防衛秘密」が「特別防衛秘密」に変更され、そして平成末期に「防衛秘密」が「特定秘密」に変更されたのです。
途中で全く異なる内容の秘密を同じ名称に区分するというとんでもない施策のために、昔のことを知っている人ほどあてにならない、という問題が生じてしまっています……。
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行政機関ごとの指定
あとは……色々あるんだよ。
何でしたっけ?武整長?
えっ、私に振ります?特防ならともかく、特秘なら船務士に……あ。
いえ、私が説明します。
特定秘密のその他の特徴としては、行政機関ごとに特定秘密を指定している点ですね。
行政機関?
簡単に言えば、省庁です。なので、防衛省の長である防衛大臣は防衛省が所管する特定秘密を指定する権限を持ちます。
(定義)
特定秘密保護法
第二条 この法律において「行政機関」とは、次に掲げる機関をいう。
一 法律の規定に基づき内閣に置かれる機関(内閣府を除く。)及び内閣の所轄の下に置かれる機関
二 内閣府、宮内庁並びに内閣府設置法(平成十一年法律第八十九号)第四十九条第一項及び第二項に規定する機関(これらの機関のうち、国家公安委員会にあっては警察庁を、第四号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては当該政令で定める機関を除く。)
三 国家行政組織法(昭和二十三年法律第百二十号)第三条第二項に規定する機関(第五号の政令で定める機関が置かれる機関にあっては、当該政令で定める機関を除く。)
四 内閣府設置法第三十九条及び第五十五条並びに宮内庁法(昭和二十二年法律第七十号)第十六条第二項の機関並びに内閣府設置法第四十条及び第五十六条(宮内庁法第十八条第一項において準用する場合を含む。)の特別の機関で、警察庁その他政令で定めるもの
五 国家行政組織法第八条の二の施設等機関及び同法第八条の三の特別の機関で、政令で定めるもの
六 会計検査院
ふーん。でも、それって当たり前のような。他の秘密は違うんですか?
ええ。省秘の指定は「管理者」に指定された者が行います。その管理者にあたるのが、自衛艦だと艦長、その他の部隊でも司令です。つまり部隊等の長の判断で省秘を指定したり破棄したりすることが出来ます。
これだけ聞いても分かりづらいかもしれませんが。
省秘だったら、艦長に一筆サインを戴けば、すぐに秘密指定出来るし、文書としても製作できるんです。でも、特定秘密の場合は、ちょっと違うんですね。
特定秘密の場合、防衛大臣が予めどういった情報が特定秘密に該当するかを示します。これを受けて、海幕から自衛艦隊司令官等を経て、個別の部隊で該当する情報を特定秘密として管理するよう指示が出るんです。
(指定)
第12条 特定秘密管理者(官房長、局長及び統合幕僚長に限る。)は、特定秘密に該当する情報が認められる場合には、運用基準Ⅱ 及びⅢ に定めるところにより、次に掲げる事項を記載し、又は記録した書面又は電磁的記録の案を作成し、防衛大臣に報告しなければならない。(後略)
2 防衛大臣は、前項に規定する書面又は電磁的記録の案が適切であると認めるときは、当該書面又は電磁的記録の案に係る情報を特定秘密として指定するものとする。
3 前項の規定に基づき特定秘密が指定されたときは、防衛政策局長が指定の整理番号を付与するものとする。(指定等の周知)
特定秘密の保護に関する訓令(防衛省訓令第64号。26.12.4)
第17条 特定秘密の指定が行われたときは、第12条第1項の規定に基づき書面又は電磁的記録の案を作成した特定秘密管理者は、指定年月日及び指定の整理番号並びに第12条第1項第3号及び第4号に掲げる事項その他の必要と認める事項を、当該特定秘密に係る特定秘密取扱職員に対し、書面の交付により周知するものとする。
2 前項の規定に基づき、特定秘密の指定に係る周知を受けた特定秘密管理者(注:海上自衛隊の場合、海上幕僚長)は、当該特定秘密である情報に係る特定秘密文書等があるときは、前条第1項の例により、当該特定秘密文書等に特定秘密の表示(電磁的記録にあっては、当該表示の記録を含む。)をする。
というわけで、指定のやり方からして違うわけで、文書の作り方や、保有状況の報告など、ありとあらゆる点で、省秘と特定秘密は異なるんです。
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適性評価
漏えいの恐れがないかの評価
そうだ!あとは適性評価の話がありましたね!
ええ、特定秘密に特有の制度として、取り扱う職員は事前に適性評価というものを受けなければなりません。
なんです、それ?
早い話が身辺調査ですね……。
特定秘密を取り扱わせた時に、漏えいの恐れがないかどうかの評価をしておくんです。
えぇ……。何を調べられるんです?
尾行とかされるんですかね?
調査の対象は、スパイ・テロ等の行為を行う団体との関係や、犯罪歴、薬物依存や精神疾患の有無、経済的状況などとされています。
(行政機関の長による適性評価の実施)
特定秘密保護法
第十二条 行政機関の長は、政令で定めるところにより、次に掲げる者について、その者が特定秘密の取扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないことについての評価(以下「適性評価」という。)を実施するものとする。
(中略)
2 適性評価は、適性評価の対象となる者(以下「評価対象者」という。)について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。
一 特定有害活動(中略)及びテロリズム(中略)との関係に関する事項(評価対象者の家族(中略)及び同居人(家族を除く。)の氏名、生年月日、国籍(過去に有していた国籍を含む。)及び住所を含む。)
二 犯罪及び懲戒の経歴に関する事項
三 情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項
四 薬物の濫用及び影響に関する事項
五 精神疾患に関する事項
六 飲酒についての節度に関する事項
七 信用状態その他の経済的な状況に関する事項
3 省略
4 行政機関の長は、第二項の調査を行うため必要な範囲内において、当該行政機関の職員に評価対象者若しくは評価対象者の知人その他の関係者に質問させ、若しくは評価対象者に対し資料の提出を求めさせ、又は公務所若しくは公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。
実際のところどこまで調べているのかは、公開されていないので、私も知りません。ただ、適性評価を受けるべき職員の数から言えば、全員を尾行したり、身元を完全に洗ったりするような手間はかけてられないでしょうね。公安警察のブラックリストに本人や親族が記載されていないかを照会したり、借金の状況について貸主や信用情報機関に問い合わせする程度ではないでしょうか。
まあ、でも、そうか。借金で首が回らなくなっている人とか、家族が革命を起こそうとしてたりする人に重要な秘密情報を任せたら大変なことになりますもんね。そのくらいはきちんと調査しないと。
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適格性と適性評価
あれ?特定秘密以外の秘密はどうなるんです?適性評価なしで取り扱っていいんですか?
いえ、特別防衛秘密や省秘を取り扱うには「適格性」と呼ばれる評価を受ける必要があります。
(関係職員の範囲の制限)
秘密保全に関する訓令(防衛省訓令第36号。19.4.27)
第6条 関係職員の指定に当たっては、秘密の取扱いに関する適格性の確認等に関する訓令(平成21年防衛省訓令第25号)第2条第4号に規定する適格性を付与された者を充てるものとし、その範囲は、必要最小限にとどめなければならない。
(関係職員の範囲の制限)
特別防衛秘密に関する訓令(防衛省訓令第38号。19.4.27)
第6条 関係職員の指定に当たっては、秘密の取扱いに関する適格性の確認等に関する訓令(平成21年防衛省訓令第25号)第2条第4号に規定する適格性を付与された者を充てるものとし、その範囲は、必要最小限にとどめなければならない。
この「秘密の取扱いに関する適格性の確認等に関する訓令」は、様々な規則を公開している防衛省Webサイトでも閲覧することが出来ません。どうやら「注意」文書のようで、某市民団体が開示請求したところ、ほぼ全面が黒塗りになったものを受け取った模様です。
あ、やっぱりあるんですね。
その適格性と適性評価は違うんですか?
ええ。手続き面でいくつかの違いが。
とは言え、内容はそう大きく変わるものではありません。
そもそも、特定秘密が登場する前の防衛秘密は、この適格性を持っていれば取り扱うことが出来たくらいなので。
特定秘密を取り扱うような配置は、当然省秘も取り扱います。なので、そういった配置で働くには、適格性と適性評価の両方を取得する必要があります。
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適性評価だけではダメ!
もう一つ気をつけないといけないのが、適性評価はあくまで「取り扱わせても漏えいしないか」を評価しているだけであって、「取り扱わせるべきか」は評価していないことです。
取り扱っても大丈夫そう、だからといって必要もない者に特定秘密の内容を伝達してやる必要などありません。
Need to Knowの原則ですね。
Need to Know
秘密情報を守るための原則。情報へアクセス出来る者を必要最小限に絞りこむことで、漏えいのリスクを最小限に抑える考え方。
そうです。なので、特定秘密を取り扱わせるにあたっては、事前に特定秘密取扱職員指定簿による指定が必要になります。この指定簿には「取り扱える特定秘密の指定の整理番号」という項目もあって、どの特定秘密を取り扱わせるかも含めて、事前指定しないといけないことになっているんです。
ふーん。じゃあ、その指定簿で取扱職員には指定されていないけど、適性評価はきちんと受けている人が特定秘密を取り扱ったらダメなんですか?
ええ、そうなったら「漏えい」という保全事故になります。
悪質性なども考慮されますが、下手をすると懲戒免職を喰らいかねない、非常に重い罪ですよ、それは。
リストひとつで、そんなことになるとは……。
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秘密指定濫用の防止
国会への報告義務
そういえば、さっき保有状況の報告とおっしゃってましたけど、チェックが入るんですか?
ええ。各部隊では保有状況について定期的なチェックを行って上級司令部へ報告しています。それは省秘なども同様ではありますが。
(定期検査および臨時検査)
第46条 自衛艦隊司令官等は、隷下の特定秘密管理者補(注:隊司令、艦長等)に対し、特定秘密の保全の状況について毎年6月末及び12月末に定期検査を行わせなければならない。
2 自衛艦隊司令官等は、前項の規定による定期検査のほか必要があると認めるときは、特定の特定秘密に係る文書、図画又は特定の物件又は特定の部隊若しくは機関について、隷下の特定秘密管理者補に対し、保全の状況を臨時に検査させるものとする。(検査報告)
特定秘密の保護に関する達(海上自衛隊達第30号。26.12.10)
第47条 自衛艦隊司令官等は、前条に規定する検査を行わせたときは、その結果を特定秘密管理者補から報告させ、別記様式第38により、6月末の定期検査の結果については7月末日までに、12月末の定期検査の結果については翌年の1月末日までに、臨時検査の結果については、臨時検査が終わってから1箇月以内に、特定秘密管理者(注:海上幕僚長)に報告しなければならない。
特定秘密の特筆すべき点は、それよりも上の世界ですね。
防衛省は、内閣官房の内閣保全監視委員会、内閣府の独立公文書管理監など、様々な部門から特定秘密の指定状況や管理状況について報告する義務があります。この時点で疑義が生じれば、当然問い合わせが来ます。
これらの報告は取りまとめられて総理大臣へ報告され、年イチで国会にも報告されるとともに、公表されます。
国会には情報監視審査会という集団があり、特定秘密の指定や管理状況が適切であるかどうかの確認を受けるんです。
(特定秘密の指定等の運用基準等)
第十八条 政府は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるものとする。
2 内閣総理大臣は、前項の基準を定め、又はこれを変更しようとするときは、我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴いた上で、その案を作成し、閣議の決定を求めなければならない。(注:情報保全諮問会議のこと。)
3 内閣総理大臣は、毎年、第一項の基準に基づく特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況を前項に規定する者に報告し、その意見を聴かなければならない。
4 内閣総理大臣は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況に関し、その適正を確保するため、第一項の基準に基づいて、内閣を代表して行政各部を指揮監督するものとする。この場合において、内閣総理大臣は、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施が当該基準に従って行われていることを確保するため、必要があると認めるときは、行政機関の長(会計検査院を除く。)に対し、特定秘密である情報を含む資料の提出及び説明を求め、並びに特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施について改善すべき旨の指示をすることができる。(国会への報告等)
特定秘密保護法
第十九条 政府は、毎年、前条第三項の意見を付して、特定秘密の指定及びその解除並びに適性評価の実施の状況について国会に報告するとともに、公表するものとする。
第百二条の十三 行政における特定秘密(中略)の保護に関する制度の運用を常時監視するため特定秘密の指定(中略)及びその解除並びに適性評価(中略)の実施の状況について調査し、並びに各議院又は各議院の委員会若しくは参議院の調査会からの第百四条第一項(第五十四条の四第一項において準用する場合を含む。)の規定による特定秘密の提出の要求に係る行政機関の長(中略)の判断の適否等を審査するため、各議院に情報監視審査会を設ける。
第百二条の十四 情報監視審査会は、調査のため、特定秘密保護法第十九条の規定による報告を受ける。
第百二条の十五 各議院の情報監視審査会から調査のため、行政機関の長に対し、必要な特定秘密の提出(提示を含むものとする。以下第百四条の三までにおいて同じ。)を求めたときは、その求めに応じなければならない。
国会法
そういえば、情報監視審査会からの要求って、先日メールが来てましたね。
ええ。不透明なところがあると、その指定している特定秘密は一体何なのか、どういう管理をしているのか、と問い合わせが来るんです。
そして、この調査は拒むことが出来ないので、必ず協力しないといけないんです。
問い合わせするのは良いんだけど、だいたい今日中に、とか明日の朝イチまでに、とかなんですよねぇ。そんな超ショートノーティスでまともな答えを返してもらえると思ってるのか……。
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指定期間の制限
秘密指定の濫用防止という観点から言えば、指定期間にも制限がありましたね。
ええ。特定秘密の指定期間は最長でも5年と定められています。延長することも出来ますが、その場合でも5年ずつしか延長できないんです。
思ったより短いですね。でも、延長をくり返せば、秘密のままにしておけるんですかね?
いえ、延長が認められるのは、通算で30年までです。
もし、30年を超えて秘密指定したい場合は、内閣の承認を得ないといけません。
そして、内閣の承認を得たとしても延長できるのは最大で60年。
ごく一部、例外はありますが……。
(指定の有効期間及び解除)
特定秘密保護法
第四条 行政機関の長は、指定をするときは、当該指定の日から起算して五年を超えない範囲内においてその有効期間を定めるものとする。
2 行政機関の長は、指定の有効期間(この項の規定により延長した有効期間を含む。)が満了する時において、当該指定をした情報が前条第一項に規定する要件を満たすときは、政令で定めるところにより、五年を超えない範囲内においてその有効期間を延長するものとする。
3 指定の有効期間は、通じて三十年を超えることができない。
4 前項の規定にかかわらず、政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うする観点に立っても、なお指定に係る情報を公にしないことが現に我が国及び国民の安全を確保するためにやむを得ないものであることについて、その理由を示して、内閣の承認を得た場合(行政機関が会計検査院であるときを除く。)は、行政機関の長は、当該指定の有効期間を、通じて三十年を超えて延長することができる。ただし、次の各号に掲げる事項に関する情報を除き、指定の有効期間は、通じて六十年を超えることができない。
一 武器、弾薬、航空機その他の防衛の用に供する物(船舶を含む。別表第一号において同じ。)
二 現に行われている外国(本邦の域外にある国又は地域をいう。以下同じ。)の政府又は国際機関との交渉に不利益を及ぼすおそれのある情報
三 情報収集活動の手法又は能力
四 人的情報源に関する情報
五 暗号
六 外国の政府又は国際機関から六十年を超えて指定を行うことを条件に提供された情報
七 前各号に掲げる事項に関する情報に準ずるもので政令で定める重要な情報
5~7 省略
なかなか大変そうですね。
まあ、それだけ時間が経てば、普通は秘密としての価値も無くなるはずだからね……。
前に乗ってた艦で秘密文書の点検したら、自衛隊が発足したばかりの頃の、「活字を拾って」作ってた文書が出てきたんだけど、中身は本当にしょーもないことなんだよね。今の自衛隊なら、当たり前に公表してるんだけど。でも、当時の防衛庁の人たちは、国民に知らせるわけにはいかないと思っていた。
問題は、その文書は保存期間が「永久」って書いてあるんだ。
永……久……?
きっと、日本政府が滅亡しようと、地球人類が滅亡しようと、永久に保存しないといけないんだろうね。頑張ってくれ。
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幕間
まだ、知るには早いかもしれないけれど、入隊したら秘密には嫌でも関わらざるを得なくなります。しっかり勉強してください。
ええ、ありがとうございます。
……よし、こんなところだな。
で、さっきから船務長は何をされてるんです?
ああ、任務行動中の艦艇で船務長を急に降ろさないといけなくなったもんで、明日から急遽臨時勤務に行けって命令が出たんだよ。それで急遽業務引継書の作成。
全く、人を何だと思ってるんだか……。
明日から!?
いいかね。私に与えられた船務長としての権限は、全て通信士に委任する。お前ならやれるな?
……よろしいのですか?一応、船務士の方が先任ですが。
構わん。第2分隊長もお前に委任する。
一応言っておくが、暗号書表の接受や破棄をする際は、どれだけ理解していても必ず根拠文書を確認しろ。いいな。
お任せを。
船務士、お前は何もするな。
分隊士としても、何もせんでいい。文書を接受したり、電話で問い合わせが来たりしたら、通信士に取り次げ。
分かりました。すみませんねぇ、通信士。
うむ。では行ってくる。帰りはいつになるか分からんからな、任せたぞ。
数日後 「ひとなみ」士官室
うーん、今日の夕食もなかなかでした。
さて、上陸したら何を食べに行きましょうか……。
おや、船務長宛のメールが。
なになに……?適性評価の保有状況と特定秘密取扱職員の指定状況について……。なるほど、CIC内で勤務している隊員が全員適性評価を保有していて、特定秘密取扱職員に指定されているかの調査、それもASAPですか。
通信士は……
通信士、艦長に急遽予定が入ったぞ。明日の出港報告のアポ取り、全部やり直せ。
……またですか?
了解しました。
すまん通信士!航海計画も結構変わる。電報とミニチャートもいじらないといけないわ!
問題ありません。
うーん、なかなか忙しそう。
仕方がありません。これくらいの調査なら、私がやってあげるとしましょう。
この記事では、2024年4~7月に問題となった、海上自衛隊の特定秘密漏えい事案について、次の内容を説明します。
第1回
- 特定秘密とは
- 我が国の安全保障に関する情報のうち特に秘匿することが必要であるもの
- 次の分野について指定することが出来る。
- 防衛
- 外交
- 特定有害活動(スパイ行為)
- テロリズム
- 制度誕生の経緯
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 省庁間での秘密情報交換に支障があった。
- 秘匿性の高い情報の漏えい防止が難しかった。
- 特に重要な秘密情報を漏えいしても、通常の秘密情報の場合と刑事罰が同じだった。
- 所管省庁が特に秘密情報として保護していなければ、刑事罰は与えられなかった。
- 秘密指定が妥当であるか検証する仕組みが不十分で、秘密指定の濫用を招く恐れがあった。
- 2013年12月に特定秘密保護法が制定され、2014年12月に同法施行となった。
- それまで「防衛秘密」とされていた秘密情報は、「特定秘密」に変更された。
- 特定秘密保護法制定以前は、各省庁が独自に秘密保全の規則を定めていた。
- 特定秘密制度の特徴
- 漏えいの厳罰化
- 10年以下の懲役
- 他の秘密情報との関係
- かつての「防衛秘密」を置換し、「省秘」「特別防衛秘密」とは併存する。
- 米国の秘密保護制度における「SECRET」「TOP SECRET」に相当する。
- 行政機関ごとの指定
- 省庁単位で特定秘密を指定するため、防衛省の特定秘密は防衛大臣が指定する。
- 管理者(隊司令や自衛艦艦長)の判断で指定できる省秘とは、手続きが根本的に異なる。
- 適性評価
- 特定秘密を取り扱うためには、漏えいの恐れがないかどうかの評価(適性評価)を定期的に受ける必要がある。
- 家族構成や犯罪歴などについて調査が行われる。
- 特定秘密を取り扱う配置に就くには、「適格性」「適性評価」の両方を取得する必要がある。
- 適性評価を受けただけでは取り扱いできない。特定秘密取扱職員として取り扱っても良い特定秘密の指定を受けなければ、取り扱うことが出来ない。
- 秘密指定濫用の防止
- 国会への報告義務
- 特定秘密の指定状況や適性評価の実施状況は、年1回、国会に設置される情報監視審査会へ報告するとともに、公表する義務がある。
- 情報監視審査会は、調査の必要を認める場合、特定秘密の内容等について提出を求めることが出来る。
- 指定期間の制限
- 指定期間は最大5年間
- 必要があれば合計30年まで延長できるが、1度に延長できるのは5年間までで、延長を繰り返さなければならない。
- 30年を超えて指定しなければならない場合、内閣の承認を得なければならない。
- その場合でも、一部の例外を除き、60年を超えては延長できない。
- 国会への報告義務
- 漏えいの厳罰化
第2回
- 漏えい事案の概要
- 海自艦艇内で、特定秘密の取り扱いを認められていない隊員が特定秘密を知りうる状態にあった事案
- ほとんどの事案は、適性評価を受けていない隊員がCIC内で、特定秘密を取り扱わない業務に従事していたもの。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- 実際に特定秘密の流出が確認できなくても、相手が知りうる状態を作っただけで「漏えい」になる。
- CIC業務のほとんどは特定秘密とは関係の無い業務であり、適性評価未了の初任海士を勤務させていた。
- その他、適性評価を受けていない隊員が特定秘密を取り扱ったケース、適性評価を受けてはいたが特定秘密関係職員に指定されていなかったケースも散見された。
- 問題点
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 元は省秘や一般公開された情報でも、集積したり分析したりすると特定秘密になる。
- 情報の特性として、完全な線引きは不可能
- 特定秘密が含まれた資料から、特定秘密でない情報を抽出して伝達するのが困難
- 情報共有を尊ぶ組織風土
- 部隊の置かれている状況や指揮官の意図を、末端まで理解出来ていなければ減点される練度評価
- 複雑な規則と理解不足
- 特定秘密制度が成立した後も、各省庁の様々な秘密制度は残存し、規則が複雑化
- 複雑さ故に制度への理解が不足しており、適切な管理が出来ていない。
- 高官の責任感の欠如
- 一部のOBや将官は、現場に責任転嫁し自身の責任を否定
- 秘密保全と装備品のミスマッチ
- 情報システムは「特定秘密」を取り扱える「クローズ系」と、「注意」まで扱える「オープン系」に大別
- 省秘の情報を取り扱うためには、特定秘密にアクセス出来てしまうクローズ系を使用せざるを得ない。
- 艦艇部隊にはオープン系端末がほとんど支給されておらず、一般的な事務作業もクローズ系端末で実施せざるを得ない。
- 艦艇によっては、装備されている情報共有ツールのせいで、秘密情報が拡散するおそれ。
- 適性評価態勢と制度運用のミスマッチ
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 適性評価対象者が膨大になり、担当部署をパンクさせる事態に。
- 初任海士の部隊実習
- 入隊から、適性評価の結果通知には最低1年以上を要する。
- 護衛艦隊はCIC内での初任海士部隊実習を要求
- 本来必要最小限の者のみに行われるはずだった適性評価を、大半の隊員に受けさせようとする海上自衛隊(特に艦艇部隊)
- 特定秘密と省秘の区別が不明確
- 意見
- 規則違反していた現場が処分されるのは当然
- 現場がそのような動きをせざるを得ない状況に追い込んだ者は、責任をとるべき
特定秘密漏えい事案の解説第2弾。事案の概要と、海上自衛隊が直面している問題について述べます。
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