この記事では、海上自衛隊の海士の採用制度について、2回に分けて次の内容を説明します。
第1回
- 海曹士になるための採用制度のうち、代表的なものは「自衛官候補生」と「一般曹候補生」
- この2制度の一番の違いは「任期制隊員」か「非任期制隊員」
- 自衛官候補生=任期制隊員
- 任期
- 3年間の任期があり、任期を満了すると退職することになる。
- 任期を2年間延長する「継続任用」制度によって、実際には5年、7年と長期間勤務する事ができる。
- ただし、継続任用には選考があり、回数を重ねるごとに継続任用は難しくなっていく。
- 入隊時の年齢にもよるが、20代後半から30代前半くらいが継続任用の限界。
- 3曹に昇任すると終身雇用へ移行する。
- 退職・再就職
- 任期満了時に高額な「特例の退職手当」を手にすることが出来る。
- 任期中に職業訓練を受けることができ、転職の斡旋(就職援護)も受けられる。
- 任期満了退職後、大学進学に奨学金を給付する「任期制自衛官退職時進学支援給付金」制度が試行されている。
- ただし、金額は非常にささやかなもの。今後の制度改善に期待。
- 一般曹候補生に比べると、昇任の遅さや継続任用に失敗するリスクを抱えているが、特例の退職手当・職業訓練・就職援護など他には無いメリットがある。転職が人生の有力な選択肢になっている人には最適な採用制度
- 任期
第2回
- 一般曹候補生=非任期制隊員
- 終身雇用
- 任期が無く、はじめから終身雇用として採用される。
- ただし、勤務成績が著しく不良の場合、一般曹候補生としての資格を剥奪され、任期制隊員と同格として扱われることがある。油断は禁物。
- 昇任選考上のメリット
- そもそも海士長までの昇任のペースが速く、自衛官候補生採用者より先に3曹昇任試験の受験資格を手にすることが出来る。
- 3曹昇任試験の2次試験(口述試験)が免除される。
- デメリット
- 自衛官候補生採用者が受けられる、特例の退職手当・職業訓練・就職援護のような特典がない。
- 終身雇用を前提とした採用制度故に、退職を申し出ると長く慰留される可能性がある。
- 採用試験の難易度は自衛官候補生より若干高い。
- 入隊時点で自衛官として生きていくことを決意している人には最適な採用制度
- 終身雇用
さて。これまでは一般幹部候補生の話をたくさんしてきたけど、曹士の採用制度についても話しておこう。
えっ、
曹士の採用制度の中で代表的なものは2つ。
「自衛官候補生」と「一般曹候補生」だよ。
この2つ、何が違うのかというと「自衛官候補生」が「任期制隊員」なのに対して「一般曹候補生」は「非任期制隊員」なんだ。
自衛官候補生は任期制自衛官
まずは自衛官候補生について話すよ。
1任期は2~3年
自衛官候補生最大の特徴は任期制隊員の採用制度であることなんだ。
任期制ってのは……契約社員みたいなものですか?
そうだね。扱いは正社員と全く変わらないんだけど、期限が来たら雇用を延長するか、退職するかを選択することになるんだ。
自衛官候補生として採用された隊員の任期は3年間だよ。
ん?パンフレットには2年9か月って書いてません?
それは3か月教育を受けた後、2年9か月働くって意味。入隊3年後に任期満了となるのは変わらないんだ。
それで、任期を満了すると退職することになるんですか。
うん。何も手続きを取らなかった場合、任期満了とともに自動的に退職ということになるよ。
ただ、実際にはもっと長く働き続ける人がほとんど。
「継続任用」という制度があって、任期終盤に手続きをすると任期を2年間延長することが出来るんだ。この制度を使えば、5年、7年と長く働き続けることが出来るよ。
継続任用はそんなに簡単にできるものなんですか?
うん。よほど勤務成績が低くないなら断られることは無いよ。
海上自衛隊の、特に艦艇や航空機に関する仕事は内容を覚えてもらうのにも時間が掛かるからね。任期満了するころに、ようやく簡単な仕事を任せても大丈夫かな?って感じなんだ。それまで海曹が手取り足取り教えたのに、そこで簡単に辞めてもらっては困る、というのが正直なところだね。
なるほど~
でも、油断は禁物。継続任用をする際は選考――審査と言い換えても良いね。勤務成績なんかをチェックされる。2任期、3任期と回数を重ねるごとに徐々に選考は厳しくなっていくんだ。
最近は20代後半から入隊する人も増えてきたから一概には言えないけど、5任期から6任期、だいたい20代後半から30代前半くらいが継続任用の限界だよ。
いつまでも継続は出来ないんですね。
そう。でも、3等海曹に昇任すると終身雇用に移行するんだ。
ほとんどの人は遅くても4任期目くらいには昇任試験に合格していくから、いつまでも士長のままでいる人というのは、やっぱりどこかがおかしい。結果的に継続任用させるだけの基準を満たせなくて辞めていくことになるんだ。
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魅力的な再就職支援
しかし、やってることは派遣切りとか雇い止めと同じですよね?
国が堂々とそんなことやってて恥ずかしくないんですか?
何を言うか、国立大学の研究職ポストだって――って、そんな話じゃない。
20代での退職を前提とした任期制隊員には、再就職を支援するための制度がたくさん用意されているんだ。
特例の退職手当
まず、任期満了時には「特例の退職手当」という一時金を受け取ることが出来る。コイツは結構高額で、1任期目を満了する時には約100万円を受け取れるし、2任期目を満了する時にも約150万円、計250万円を受け取れるんだ。
えっ、随分高額じゃないですか?
でしょ?艦艇乗組の場合、散財しなければ月に5万円以上貯金するのはそれほど難しくないから、ボーナスも込みで考えれば年100万の貯金だって十分視野に入ってくる。ということは、18歳入隊の隊員は21歳で400万、23歳で750万円の現金資産を持ってシャバに出ることだって十分可能ってことさ!
おぉ~
まあ、そんなにしっかり貯金している海士はあんまり見たことないけど。
手っ取り早く、堅実な現金の調達手段としてこれほど優れた方法は無い。もし再就職に失敗しても手元に現金があれば恐れず転職できるし、学費が払えなくて大学に行けなかったならその資金で大学に進学することもできる。起業資金を調達するために任期制隊員として働くって人もごく稀にいるね。
確かに、若いうちにそれほどの高収入を保証してくれるところはなかなか無いですね。
キミみたいに良い大学行って大企業に行ける人は、それでも良いでしょう!でも、逆立ちしても年収が500万を超えられない人なんて、世の中にはいくらでもいる!そういう人がまとまった現金を、それも合法に手に入れる数少ない手段なのです!
先パイ、受験に失敗したのを未だに気にしてるのか……
特例の退職手当制度は非常に魅力的な制度ですが、注意点があります。それは、あくまで退職手当の前払いに過ぎない、ということです。特例の退職手当を受け取ると、その後海曹として定年退職する際に、退職手当の算出に用いられる勤務期間から当該期間が削られてしまいます。退職手当は退職時の給与を基準に支給されるため、3年、5年と勤務期間が短縮されると支給額が大きく減ってしまうのです。したがって、敢えて支給を受けずに後々の退職手当を増やす、というのも選択肢の一つです。
とは言え、20代前半で手にする大金には計り知れない価値があります。先を見通せない現代社会にあって、手元に現金があるとリスクを取れるようになるからです。仮に退職するつもりはなくても、いつでも辞められるという選択肢が精神の平穏を生み出してくれます。また、やり直しのきく時期から資産形成に取り組める点も見逃せません。
したがって、私は特例の退職手当はしっかり受け取って、自身の人生を高める用途に使うことを推奨しています。
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職業訓練と就職援護
任期制隊員は、職業訓練を受けることが出来るんだ。
再就職できるようなスキルを身につけさせてくれるんですね。具体的にはどんなことをやるんですか?
まず、訓練の前に部外から講師を招いて人生設計のための教育をするよ。先のことを深く考えずに生きている子も少なくはないからね……。この先、どうやって人生を切り拓いていかないといけないのかをまずは教える。
先パイも高校生の頃にそういう教育受けていれば、違う人生を歩んでたんだろうか。
で、その上で職業訓練や通信教育を受けることになる。
一番代表的なのが大型自動車運転免許。他にはクレーンの玉掛け、フォークリフト操縦なんかもあるね。
なるほど、物流・土木は常に人手不足だから、このあたりを取っておくとまず食いっぱぐれることはないですもんね。
パソコンや簿記の通信教育もあるよ。まぁ、このあたりは独学でもなんとかなるし、費用もそんなに掛からないんだけどね。他にも再就職の役に立つものから役に立たないものまで数え切れないくらい選択肢はある。
ただ、大型自動車の免許取得は30万円くらいはかかってしまうから、どうせ国に費用を出してもらうなら、取得に金が掛かって仕事に直結するものを選んだ方がいいと思う。実際、ほとんどの子はそうしてる。
そうですね。私も高校の頃に基本情報技術者を取りましたし、うちの研究室でも応用情報くらいなら取ってる人は多いです。わざわざ資格を取るために専門学校で習う人もいるみたいですが、仕事に直結するものでもないですし、お金払ってやるものではないですよ。
そうやって得たスキルを引っさげて世に出る海士には、再就職の斡旋もある。これを自衛隊用語で就職援護という。
どういうわけか「援護」という言葉自体が就職援護を指すようになっていて、就職援護を担当する海上幕僚監部のセクションは「援護業務課」という名前。いや、何を援護するんだって感じ。
再就職の斡旋ですか。どんな企業があるんですか?
物流・土木・警備業が多い。「退職自衛官」を雇いたい企業となると、やっぱりそういう分野が多くなるね。ただ、最近は人手不足と担当者の開拓もあって、求人企業の幅は増えてきているようだね。
退職自衛官は新卒の子に比べると、職業意識がはっきりしているのもあって、教育が楽と好評なようではある。
任期満了時の退職を決心したら、基地にある就職援護を担当するセクションへ行って、手続きをするんだ。大抵は「援護業務課」とか「就職援護室」という名前が付いているよ。
ここにいる担当者は単に求人票を処理しているだけではなく、地元の中小企業を渡り歩いて、どういう企業でどういう人材を欲しているかを見ているから、単に転職サイトを使うよりきちんとしたサポートを受けられるよ。
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任期制自衛官退職時進学支援給付金
まだ試行中なんだけど、任期満了退職した隊員が大学に入学する時、予備自衛官の登録を条件として奨学金を給付する「任期制自衛官退職時進学支援給付金」という制度があるよ。奨学金、といっても年に4.5万円のささやかな金額だけど……。
教育を受ける機会を創出するっていうのは良いことだと思います。
ただ、ちょっとささやかすぎません……?
同感。ただ、現役時代に貯金を作ることも出来るし、予備自衛官としての手当もあるからね。
その予備自衛官ってのは何です?
予備自衛官というのは、有事の際に召集されて基地警備や後方関係の仕事をする隊員だよ。部隊が動く時にはそれを支える人たちも大量に必要になるんだけど、普段からそういう人材を雇っておくのは難しいし、前線の部隊から人を引き抜くわけにもいかない。だから、簡単な訓練を施した予備の隊員を民間に確保しておいて、いざというときに招集するんだ。
予備自衛官に登録した元隊員は、年5日間の訓練に参加する義務がある代わりに、月4,000円の予備自衛官手当、訓練時に日額8,100円の訓練招集手当が出るよ。
予備自衛官としての手当は年に88,500円。給付金を含めると年に13万円ちょっとですか。
先パイはさっき、2任期終わる頃には貯金750万!って豪語してましたけど、4年制大学に通えば国立でも入学金と学費で250万円くらいはかかりますし、教材費は別に必要です。4年を生きようと思ったら、親の支援を受けるなり、かなりの時間働くなりしないと、お金が持ちませんよ。
そうだね。日本学生支援機構の給付型奨学金は、自宅から通学する場合、月に1~3万円。その水準から比べて著しく低いとは言わないけど、普通の学生よりリスクを負ってる分、もうちょっとなんとかならないのかな?とは思うね。
実際、陸自の即応予備自衛官だと任期制自衛官退職時進学支援給付金の支給額は年に27.1万円。他の手当を合わせると年76万円くらい。これぐらいあれば独力での進学が十分選択肢に入ってくるね。負っている責任の重さは普通の予備自衛官と桁違いだけど、常備隊員相手でなくてもそういう金額を支給すること自体は可能なんだ。今後の制度改善に期待したいところだね。
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総評
自衛官候補生は、一般曹候補生に比べると昇任が遅かったり、継続任用してもらえず退職しないといけないかもしれない、というリスクを背負ってる。
決して小さくはないデメリットですね。
ただ、退職を前提とした制度故に、特例の退職手当、職業訓練、就職援護のような一般曹候補生には無いメリットがある。
転職が人生の有力な選択肢になっている人には最適な採用制度だよ。
今どきは転職するのも当たり前ですからね。スキルアップの機会を用意してもらえるのは魅力的です。
まさにそれなんだ。
お金にしても、スキルアップにしても、転職先の開拓にしても、独力でなんとかしてしまえる恵まれた人はいる。まぁ、未来は多分そういう人だよ。
そりゃあ、私は中学から大学まで、ずっと親の脛かじってますからね。
先パイだってそうでしょう?
ボクはその機会をことごとく無駄にして、海自に流れ着いた……。それはボク自身のせい。
でも、そうじゃなくて、本人が努力したってどうにもならない人も、世の中にはたくさんいるんだ。
経済的理由で進学や技術習得を諦めざるをえなかった人。家庭に問題があって機会を得られなかった人。そういう人にとって人生を逆転させるチャンスになるんだ。
もちろん、決して楽な仕事ではない。護衛艦勤務なんて陸の上でまったりしているより遥かに辛い!それでも、ここで5年、7年歯を食いしばれば、まとまった金、次の仕事に繋がるスキル、元自衛官というそこそこのブランドが手に入る。
海上自衛隊にはそうやって、人生を切り拓こうとしている隊員が少なくないんだ。
……私の知らない世界。
言うまでも無いことですが、任期制隊員がみんな問題を抱えていたり、人生逆転に燃えていたり、という訳ではありません。単純に組織に縛られるのが嫌で、辞める機会を確実に得られる任期制隊員に魅力を感じる人や、そこまで深く考えずにとりあえず入隊してきた人もたくさんいます。
人生の選択肢、常に最善のものを選ばないといけないとは思いません。大切なのは、自分で納得して選んで、その結果に責任を持つことだと思います。
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