この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 飛行科はヘリコプターの発着艦作業・整備作業を行う科。
- 飛行科員は主に整備員で占められ、パイロット等の搭乗員は航空隊から派遣され、一時的に乗艦することになる。
- 飛行科には、もともと航空基地で整備員等をしていた隊員が配置される。
- 一応、いくつかのパートに分かれてはいるが、整備における役割分担としての性質が強く、実際は科全体でひとつのパートのように機能している。
- 飛行科の最先任は「発着艦員長」と呼ばれ、パートの垣根を越えて作業全般を監督する。
- ヘリコプターの重要性
- ヘリコプターを使用できるか否かは、艦の能力を大きく左右する。
- 広範囲を捜索できるセンサーであり、遠距離攻撃できるシューターであり、遠距離を高速で移動できる輸送手段になる。
- ヘリコプターは極めて繊細な乗り物。適切な発着艦作業や整備作業が行われなければ、致命的な事故は避けられない。
- 航空整備の特徴は徹底した予防整備。飛行時間などの条件を満たしたら、異状が無くても点検や部品交換を行う。
- 艦の整備にも予防整備の概念自体はあるが、あまり徹底されていない。
- 業務負担は良くも悪くも航空機に左右される。
- 航空機を搭載していない場合、業務は非常に少なく、余裕のある生活が出来る。
- 航空機を搭載している場合、他科からのイメージより遥かに忙しくなる。
- 訓練中の護衛艦は、夕方から夜にかけて発着艦などの飛行訓練をすることが多く、着艦後の整備が終わるのは深夜になることも珍しくない。
- 任務中の護衛艦も、索敵のため定期的にヘリコプターを飛ばす。また、緊急発進に備えた待機を命じられることもある。
- ヘリコプターは一定時間飛ばすと特別検査を行う必要があり、終わるまで飛行不能になる。これをいかに手早く行えるかは飛行科の腕が問われる。
- 生活のリズムや訓練へのスタンスなど、他科と異なる雰囲気を持っていることが多い。
- その結果、他科と対立してしまうか、違いを乗り越えて協力できるか、艦の真価が問われる。
- 飛行科員は主に整備員で占められ、パイロット等の搭乗員は航空隊から派遣され、一時的に乗艦することになる。
護衛艦「ひとなみ」飛行甲板
お、補給長の退屈な話が終わったようだね。ということは、いよいよ我々の出番かな?
ここからは、私、整備長が飛行科について案内します。
よろしくお願いします。
洋上の航空整備員
パイロットではなく整備員
飛行科ってことは、ヘリコプターのパイロットの人が所属しているんですか?
いえ、飛行科はヘリコプターの発着艦作業や整備作業を行う科です。パイロットは艦の乗員ではないんです。
あれ?そうなると、パイロットはどうなるんですか?
パイロットやコパイロット、センサー員のような搭乗員は、航空隊からヘリコプターと一緒にやって来ます。ヘリの搭載中は一時的に乗艦する形です。
ちなみに私はヘリコプターのパイロットだよ。ただ、今はパイロットたちに指示をしたり指導したりするのが仕事で、自分では飛ばさないけどね。
なるほど~、確かに整備士がいないと飛行機は飛ばせないですね。
DDHの飛行科には航空管制員や艦上救難員も含まれますが、DDの飛行科は全員が航空整備員です。
航空基地で整備員として働いていた隊員が経歴管理の一環として、護衛艦の飛行科に来るのが通例です。
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科全体でひとつのパート
そういえば、これまではみんなパート単位で解説してもらってたんですけど、今回は違うんですか?
はい、飛行科はそもそも科の人数がそれほど多くなくて、パート意識が強くないんです。
一応、パートは「航空発動機」「航空電計」「航空電機」「航空機体整備」「航空電子」「航空武器」と分かれていますが、どちらかと言うと整備の時の役割分担という感じですね……。科全体でひとつのパートと言った方が実態に近いかもしれません。
そうか、エンジン担当とか、ボディ担当とかに分かれているんですね。
それとは別に、飛行科の最先任の海曹は「発着艦員長」と呼ばれます。発着艦員長はパートの垣根を越えて、発着艦や整備の作業監督をします。
甲板作業の時の掌帆長みたいなものだね。
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ヘリコプターの重要性
飛行科のことを知るなら、まずヘリコプターが艦にとっていかに重要なものかを知らないといけない。
過去、何回か先パイが言ってましたね。捜索範囲を広げられるとか、いろいろ。
そう、ヘリコプターは活用の仕方次第で艦の能力を底上げできるんだ。ヘリが使えるか否かは、艦の能力を大きく左右すると言っても過言ではない。
広範囲のセンサー
ヘリコプターは上空から探すことによって、大きく捜索範囲を広げることが出来る。上空から、という意味は分かるかな?
?
高いところから探すと遠くまで見通すことが出来る、これはなんとなく経験則で分かるとは思う。では何故か。それは高度を上げると水平線が遠ざかるからなんだ。
そうか。地球は丸いから、高度によって水平線の距離が変わるんですね。
水平線の距離が変わると何が変わるか。あらゆるものだ。
レーダー、目視、赤外線捜索、ESM(電波の傍受)。もちろん、装備品の能力そのものはサイズの制約があるから艦ほど豪華ではない。が、物理的に見ることのできる限界自体は艦より遥かに遠いんだ。
それに、ヘリコプターは動けますもんね。
まさしくそのとおり!
ヘリコプターは艦の数倍のスピードで飛び回ることが出来るから、時間あたりセンサー覆域に収められる範囲は、これまた艦より遥かに広い。
それに、何と言っても艦から分離できる、というのが強い。
?
艦のセンサーはどこまでいっても艦自身のいる位置に束縛される。
本当はセンサーを配置しておきたい場所があったとしても、そこに行くと攻撃されるかもしれないとなれば、そこで捜索することが出来なくなるんだ。
その点、ヘリコプターは柔軟に動ける。被攻撃の恐れがある場所でも一瞬だけ高度を上げてすぐ水平線の影に隠れる、なんて使い方も出来る。
艦と別に動けるのは、対潜戦でも大きな強みですね。
艦が潜水艦から攻撃を受けて逃げないといけない状況でも、ヘリコプターなら近づいて捜索できます。
なるほど~
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遠距離攻撃のシューター
そして、ヘリコプターは攻撃アセットにもなる。
まず代表的なのが魚雷だ。
ヘリコプターで攻撃が出来るんですか。
そう。SH-60Kは短魚雷を装備することが出来る。アスロックでは到底届かないような遠距離の潜水艦でも、ヘリからなら魚雷を投下することが出来るんだ。
水上艦艇には攻撃できるんですか?
いや、それは難しい。
SH-60Kはヘルファイアというミサイルを装備することも出来るんだが、射程距離もそんなに長くないし、装備弾数も弾頭の破壊力も小さいから、戦闘艦艇相手に発射するというのはほぼ不可能だ。
とは言え、上陸用舟艇や工作船のような相手なら十分だ。そういう手合いにはミサイルだけでなく、機関銃を持っていて撃つというのもアリだ。
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遠距離・高速の輸送手段
そして忘れてはいけないのが輸送手段としてのヘリコプターだ。
……そうか、物や人を運べるんですね。
艦が動いていれば、機械が壊れたり、人が怪我をしたりということは当然にある。そんな時、ヘリコプターが使えれば、部品を他の艦から持ってきたり、怪我人を病院まで運んだり、ということが出来る。
自前でヘリを持っていない艦は、よそからヘリを借りてくるか、艦自身が移動してなんとかするかしないといけない。その点でもヘリが使えるというのは艦にとって非常に重要な要素になる。
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整備の重要性
ただ、ひとつ問題があるんです。
それは、ヘリコプターという乗り物がとても繊細な乗り物だということです。
あら、そうなんですか。
自分で乗っておいて言うのもなんだが、事故率は非常に高い。
海上自衛隊だけで見ても、固定翼はめったに墜落しないが、ヘリコプターは数年に1回くらいは墜ちてるな。
そんなにですか。
構造も複雑だしな。それに飛行高度も速度も固定翼ほど高くない。固定翼の場合、仮にエンジンが停止しても十分な高度があれば滑空して近隣の飛行場に不時着する、という選択肢があるが、ヘリコプターの場合はそうもいかない。オートローテーションしたとして、すぐ目の前に母艦がいなければアウトだ。
だからこそ、発着艦作業や整備作業を正しく行う事がとても大事なんです。
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徹底した予防整備
航空整備の特徴は徹底した予防整備です。
予防整備?
予防整備というのは、壊れる前に直すことです。
航空機は艦と違って大量生産品です。SH-60Kだけでも約80機、その原型になったSH-60Jは約100機、そしてそのさらに大元であるアメリカ軍のSH-60やUH-60シリーズに至っては軽く数千機は生産されています。
これだけ大量生産されると、どういう条件でどのくらい使うと、どこに不具合が出るのかというデータが蓄積されます。
こうした統計値を利用することで、壊れる前に直すということが可能になるんです。
……ということは、特に異常はなくてもある程度使ったら部品を交換する、ということですか。
そのとおりです。一番大きな要素は飛行時間ですね。条件を満たしたら全く問題なくても点検や部品交換をする。このシステムはなかなか捨てたものではなく、点検してみると部品に微細なクラックが入っていた、なんてことも珍しくありません。
このあたりが艦の整備と違うところだね。艦にも予防整備という考え方はあるんだけど、そんなに厳密にはやってないね。一度取り付けた部品は基本的に壊れない限り交換しないし。
ちなみに配管から漏水があっても、ちょっと締め直してしばらく様子を見ましょうなんてのが日常茶飯事。
えぇ……。
航空機並みの予防整備を船体についてやり始めたら、多分防衛予算が軽く数倍は必要だと思う。そこまでしても得るものはあんまり無いよ。
ええ。航空整備がそこまでやるのは、僅かな不具合でも見逃せば人命に関わるような大事故に繋がるからです。そのリスクを減らすために高コストをかけるのが航空の世界なんです。
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業務負担は航空機次第!
実際、飛行科ってどうです?忙しいんですか?
また楽な仕事を探そうとしてる……。
難しい質問ですね。水雷長から見てどうです?5分隊は楽そうですか?
うーん……。どうだろう。正直、5分隊って何してるか、あんまりよく分からないな。ただ、ワッチも無いし、FTGに訓練指導受けてる時も5分隊はノータッチだし。正直、あんまり大変そうには見えないんだよね。
全国の護衛艦を訓練指導するFTG(海上訓練指導隊)ですが、飛行科については指導の対象外となることがほとんどです。飛行作業への指導は第51航空隊が担当しており、別の機会に訓練指導を受けます。
そうですね。よその科から見ればまあそんなところでしょう。
実際、どのぐらい忙しいかは航空機次第です。
当然ながら搭載がなければ業務はほとんどありません。
確かに。飛ばすヘリがなかったら整備のしようがないですね。
まあ、全くないとは言いませんよ。事務の仕事とか、そういうのはあります。でも艦の中ではトップクラスに暇なポジションになりますね。
とは言え、それも航空機を搭載するまでです。
ここからは艦の行動によりますが、訓練航海中の護衛艦はヘリを使いますか?
あー、そうだね。
訓練中は毎日発着艦訓練と戦術飛行訓練か。
なんです?それ?
発着艦訓練というのは、発艦、飛行甲板付近への進入、着艦の一連の流れをひたすらくり返す訓練。戦術飛行訓練というのは、対潜捜索のような具体的な作戦行動を模擬した動きを行う訓練です。訓練航海中は、基本的に毎日これらの訓練をやります。
ヘリのパイロットは免許もいるんだが、上に行くには加えて技能の認定も必要なんだ。コパイロットも数年でパイロットにまで仕上げないといけない。そうなると、毎日訓練を重ねて技も磨かないといけないし、飛行時間を重ねていかないといけない。だから、搭載したら飛ばさないわけにはいかないんだな。
なるほど~
飛行科からしてみると、大変なのは前者、発着艦訓練の方ですね。
何しろ発着艦をくり返している間は配置についていないといけませんから。長いときは搭乗員を入れ替えたり給油したりしながら、数時間にわたって訓練が続くことも珍しくありません。
そうやって訓練が終わったあとも飛行科の仕事は続きます。
着艦後の点検をしたり、エンジンの洗浄を行ったり……。
こうした訓練は夕方に始まることが多いので、その後の整備作業が終わるのは深夜になります。
言われてみれば、結構大変……。
任務行動中の艦も、そう大きくは変わらないですね。索敵のために定期的にヘリを飛ばしますから、やはりその前後は大変忙しくなります。
それに、何かあったときに緊急発進できるように待機を命ぜられることがほとんどです。そうなると、搭乗員は搭乗員で待機しますが、飛行科員もいつでも発艦させられるように待機しないといけません。
そうでした……。
そして、一番のビッグイベントが特別検査ですね。
なんです?それ?
機が一定の飛行時間に達したら行う、大きな点検です。
通常の着艦後点検と違って、これをやっている間はヘリコプターが飛行不能という扱いになります。
つまり、一時的とはいえ、その艦が航空機の運用能力を喪失した、と上級司令部から扱われるということだ。
この特別検査はなかなか手強く、そう簡単に終わるものではありません。が、終わらせないことには艦はヘリ運用能力を喪失した状態のまま。
そこで、飛行科は時として不眠不休になっても、機を復旧させることを選ぶことがあります。飛行科の腕と積極性によって、どのぐらい早く復旧できるかが変わるんです。
楽そうって言ってごめんなさい……。
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「艦の乗員」になれるか?
とは言え、他科からそう見えるのには、飛行科員側にも問題があります。それは「艦の乗員」としての帰属意識が足りない人も時々いることですね。
かく言う私も、どこかで自分の本業は航空基地で整備を管理することだと感じているところがあります。そういう意識が行動の端々に現れると、他の科との対立を生んでしまうんです。
生活のリズムも、訓練へのスタンスもいろいろ違うからね……。
なに、違いがあるのは当然のことさ。
問題は、その違いを乗り越えて協力し合えるか、それともいがみ合うかということだよ。大切なのは互いに相手を尊重することだね。
それから幹部。幹部の意識は容易に部下に伝染するぞ。艦の業務が上手くいかないのは他の科のせいだと思って仕事していると、本当に科同士の対立を生む。よく気をつけることだね。
なるほど……。なかなか奥が深いんですね~。
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