この記事では、映画「沈黙の艦隊」について、感想を述べます。
- 原作とは異なる設定
- 冷戦まっただ中に制作された原作に対して、映画は現代を舞台にしているため、ところどころ設定が変わっている。
- 人物設定も異なる部分が多く、深町の設定は大きく変わっている。
- 原作の深町は海江田と同期で粗野・豪胆な性格であったが、映画では海江田の後輩に設定変更され、青臭さの残る言動を取っている。
- 海自の協力が豊富。
- 潜水艦「せいりゅう」が撮影協力に用いられ、岸壁での係留状態や出港、潜航シーンなどは実物映像が使用されている。
- 艦内のセットも実物にかなり近い。号令なども実際のものとほぼ同じ。
- 「たつなみ」と「シーバット」の世代差も意識されており、「シーバット」の戦闘システムは部分的に「たいげい」型潜水艦を想起させるものが含まれている。
- 戦闘シーンはあまりに現実と乖離している。
- これは、もともと原作からして荒唐無稽であったため。
- ただし、時代設定を変えたために、原作以上におかしなことになっているシーンもいくつか見られる。
- これは、もともと原作からして荒唐無稽であったため。
- 総評
- 原作と異なる部分がいくつか見られ、原作ファンやアニメファンから不評であることは理解するが、独立したエンタメ作品として観れば、かなりレベルが高い。
- 特に、海江田四郎役の大沢たかおの怪演は必見。
- 顔立ちは海江田に似ておらず、主役の割に台詞はあまり多くないが、妙に澄んだ瞳と不敵な表情で正面を睨み続ける異様さは、まさしく海江田そのもの。
- 潜水艦乗りへのリスペクトを感じる。
- 何気ないシーンが「わかっている」。それだけで十分。
某日1200 「ひとなみ」士官室
そうそう、昨日なんですけど。水雷士と未来と一緒に観てきたんですよ、「沈黙の艦隊」!
え、本当に観てきたのか……(困惑
そりゃ「空母いぶき」の後ですからね。色々思うところはありましたけど……。でも、思ったより面白かったですよ!
えー、本当に?
はい、先パイが奨めるモノなんで不安はありましたが……。
悪くなかったです。
あらすじ
沈黙の艦隊ね。名前だけは知ってるんだけど、読んだことはないんだよな。どういう話?
一言で言うのは難しいんだけど……、
日本がアメリカの協力を得て、極秘裏に原子力潜水艦を建造するんだけど、艦長以下クルーが艦ごと脱走した挙げ句、国家と称して独立宣言し独自の行動を取る、というストーリー。
……え、そんなん、沈められて終わりじゃないの?
まぁ、普通考えればそうなんだ。ところが、そうならないのが面白い。
艦長の海江田は天才的な技量で現れる敵をことごとくいなして、しかも全世界に向けて核兵器の保有を宣言するんだ。「そんなバカな」と思いながらも、絶対に持っていないとは言い切れないから、迂闊には手を出せない。
そこに、各国の政治的な思惑が絡んで、本来あり得ないはずの「独立」が追認されていく……と、渋いおっちゃんたちが潜水艦バトルと政治闘争を繰り広げる漫画なんだ。
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原作とは異なる設定
現代風アレンジは妥当。
しかしだね……。漫画の実写化って、ほら。だいたい訳の分からん改変ばっかり入れて、よく分からなくなるだろ?
まぁ、確かに違うところは所々ありましたが……。
でも、原作の漫画はもう30年以上前、冷戦まっただ中に作られたものですからね……。「歴史モノ」にするにはちょっとまだ時間が経ってないですし、現代風にアレンジするのもやむを得ないかなと思います。
私も冒頭の何冊かしか読んでないが……、どこが違うんだ?
まず、舞台設定が現代になります。映画は概ね1巻から3巻のストーリーをなぞってるんですが、1巻冒頭や3巻に出てきたソ連艦は出てきません。ソ連はもうありませんからね。その役どころは米海軍が代役を務めています。
……。
軍事描写について言えば「たつなみ」が「そうりゅう」型潜水艦になってますし、「シーバット」も全景の映るCGだとちょっと違いますが、実写の「そうりゅう」型が使われていることもあります。
まあ、これはロケの都合ですね。
あとは、女性の出番がちょいちょい増えてます。
「たつなみ」の速水副長が女性になりましたし、防衛大臣も女性になりました。あとは、ほとんど出番は無かったんですが、一応主役級という触れ込みでマスコミの女性記者が追加されてます。
何を言ってるんだ、「たつなみ」の副長はもとから女……ん?……あれ?
速水、どう見ても女の顔してますけど、今ならいざ知らず、80年代の潜水艦に女は乗ってないんですよ。
オマエ……男だったのか……。
このあたりはポリコレが云々と、いろいろ言われてはいますが、現代を舞台にするならそんなに違和感は無かったですね。役どころとしても、男性が女性になったから、ストーリーの方向性に影響が出るようなものはありませんでした。
敢えて言えば、副長が制服にエプロン付けて配膳の準備をしているシーン。キャラ付けとしてもさして効果がなく、副長がそんなにヒマなわけがないのでリアリティを損なう上に、ジェンダーロールの観点から批判されるのは目に見えているので、なんであんなシーンを入れてしまったのか……とは思います。
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深町の設定変更、吉と出るか凶と出るか。
個人的に気になったのは、深町の設定変更です。
原作の深町は海江田の同期でしたが、映画の深町は海江田の後輩で、かつては別の潜水艦で艦長・副長の関係だったということになってます。
んー、なんでそんなことしたんだ?
今回、パンフレットなどを購入してないので、監督や脚本のコメントは把握していないんですが。
個人的な解釈では、海江田の背中を追いかけ続ける男としての深町を描きたかったのかなと推察しています。
特に前半部分がそうですが、深町率いる「たつなみ」は狂言回しのような性質があって、ストーリーを大きく動かす立場にはありません。この影響力の差を立場として明確に示すために、敢えて深町を格下にして、海江田の背中を追いかけるという構図にしたのではないかと。
そういう意味では、絵面がピッタリでした。
深町は玉木宏が演じているんですが、なんというか……、若いんですよね!役者の実年齢は40過ぎてるんで、設定上は艦長に据えてもおかしくないんですが、30代初頭の男にしか見えないんですよ。
そこですね。原作の深町は粗野で豪胆なおっさんで、アニメ版の声優を大塚明夫が務めるようなキャラなんですよ。ところが、玉木宏が演じる深町には、年の功のようなものが無くて、1尉くらいの人に見えるんですよね。海江田と話すシーンも、若者が年長者に食い下がる感じで……。
いやぁ、本当に。水雷長も時々あんな感じですよ(青臭さが)
えっ、そう……?照れるなぁ……。
なんとなく分かったが。そりゃさぞ不評だろうな。
そうですね……。原作で同期だと設定されているのには、それなりの理由があると思います。先輩後輩にはないものが、同期にはあると思いますからね。
ただ、今回映画になった部分についてだけ考えるなら、確かに先輩後輩の関係にした方が自然だと思いましたし、深町の演じ方も映画版の設定にはよくフィットしていたので、それはそれで良かったんだと思います。
原作ファンからしてみれば、なんでそこを変えるんだ、と思うのも当然だと思いますが、1つの完結した映像作品として見るなら、設定を変えたことでより完成度は高まっているんではないかなと。
あとは、もしも続編が出るなら、この変更がどれだけ影響するかですね。そればかりは出てみないと分かりません。
なるほど。
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海自の協力が豊富
注目の実写映像
今回の映画が「空母いぶき」と違うのは、何と言っても海上自衛隊が公式に協力していることです。それもこれまでの映画に比べると、かなりやってます!
「亡国のイージス」と言い、「沈黙の艦隊」と言い、なんで反乱を起こす映画にばっかり協力してるんだ……。
潜水艦「せいりゅう」が撮影協力に使われたそうで、比与宇(横須賀)に新しくできたばかりの潜水艦埠頭に停泊しているシーンや、出港作業のシーンは実物が使われています。それに、「たつなみ」や「シーバット」の潜航シーンは実物にカメラを取り付けて潜っていく様子が映されているんですよ!
……ん?あの潜っていくシーンって実写だったんですか?よくできたCGだなと思ってたんですけど。
あれだけのCGを作れるカネは日本には無い!
バラストタンクから放出された気泡が船体に引きずられていったん潜り込んでから浮かんでいく様子とか、あんなのをレンダリングしたら一体どれだけの人手が必要になることか……!
実物を使ってるからこその面白ポイントは服装でしたね。
役者が話している時の服装は、幹部は常装、曹士は昔の作業服装なのに、出港するときの甲板作業員は今どきの陸上戦闘服2型。実際の乗員は古い作業服なんてもう持ってないですからね。
他にもシーンによって冬服と夏服がコロコロ入れ替わったりして、海幕が色んな服を使うよう要望したんじゃないかと勘ぐってます。
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セットや号令も自然
それから、艦内のセットもかなり実物に近かったですね。「たつなみ」発令所のモノの位置関係とか、コンソールとか。
それから、邦画の軍事モノにありがちな不自然な号令はありませんでした。ごくごく自然に号令が流れています。これは米海軍も同じですね。単なる和文を英訳したものではなくて、きちんと軍人が話す英語が使われてます。
これ、自衛隊関係者が監修していますね、間違いなく。
海幕広報室か、元自衛官か。
ワタクシがちょっと気になったのは「シーバット」の発令所ですね。
「たつなみ」との世代差が意識されていて、それこそ機器の見た目もモノの位置関係もかなり異なります。
で、戦闘システムのコンソールなんですが、「たいげい」型のシステムを強く意識した見た目になっています。つまり、海自は協力にあたって、最新の「たいげい」型がどんなもんかも制作陣に明かしたってことですよ。
ほぉ、そうだったのか!それはすごい!
……ところで、水雷士はなんで「たいげい」型のシステムを知ってるの?あと、セットのどのあたりが「たいげい」型に近いの?
……それはヒミツです!
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荒唐無稽な戦闘シーン
それにしても、すごい戦闘シーンでしたね~
一応言っておくけど、あれはとんでもなく無茶苦茶なシーンだからね。
え、そうなんですか。
まあ、そもそも原作からして潜水艦が空を飛んだりする漫画だからね……。戦闘シーンが荒唐無稽なのは今に始まったことでは無いの。
ちょっと笑っちゃったのは、VLAの一斉発射ですね。
魚雷をこんなにばら撒いたら、相互干渉が起きて目標を捜索できなくなってしまいます……。
このシーン、原作だとアスロックが使えないから対潜迫撃砲「ウェポンアルファ」を使ってたんですよ。誘導も何もしないから、たくさん弾が降ってくるのにもそれなりの説得力があったんですが。
って言いますけど、原作の当時、既にアメリカ軍のウェポンアルファは全てアスロックに置き換わってましたからね。今の海上自衛隊を漫画化するときにボフォース対潜ロケットを引っ張り出してくるようなもんです。
まぁ、他にもワイヤーで潜水艦を絡め取ったり、色々やってくれますが、大体全て原作にあったヤバい戦い方です。
まぁ、リアル対潜戦なんて見せられても観客は退屈極まりないと思うので、あれで良いと思います。実際、格好良かったです。
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総評
原作ファンには不評かもしれないが……
話を聞いてると、原作ファンには不評だったかもしれんが、そこまで悪くはなさそうだね。
ええ、そりゃあ、ボクだって実写化された暁には、深町は役所広司だと信じていた身ですから、色々思うところはあります。
ただ、一つの独立したエンタメ作品として考えると、そんなに悪くは……というより、かなりレベルが高い部類に入ると思います。結果は分かっていてもハラハラさせられるシーンが多々有りますし、潜水艦戦の心理戦としての性質を自然に描けています。
設定改変も、それによって話の辻褄が合わなくなるようなことはなく、新しい世界観にぴったりフィットするように話が進んでいて、完成度は高かったですよ。
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必見!大沢たかおの海江田四郎
それから、海江田四郎役の大沢たかおですね……。
ハッキリ言って、大沢たかおの顔はそんなに海江田に似てないんですよ。それに、主役のくせにそこまではセリフが多くない。
ただ、妙に澄んだ瞳と不敵な表情で正面を睨み続ける異様さ。これは海江田そのものとしか言い様がありません。
ですね、あの頭のネジの飛んじゃった感じ、常人では出せませんよ。
別に、そんなに変なことはしてないんですよ。
ただ、他の人がちょっとふらついたり、表情がこわばったりするシーンでも、眉一つ動かない。……怪演としか言い様がありません。
潜水艦乗りへのリスペクト
それから、何と言っても潜水艦乗りへのリスペクトを感じるんですよ。多分、見ているお客さんは気付かないレベルで。でも、わざわざ差し挟まれているからには、演出側の意図があるんですよね。そういうシーンがいくつか見受けられました。
そう言えば、先パイ、途中で泣いてませんでした?
えっ!?……いや……うん。
沈黙の艦隊で泣くヤツがいるのか……。
えっとですね……。
途中、乗員の若い海曹たちがあの狭い3段ベッドで寝っ転がりながら「お前、彼女できたか?」とか言い合ってイチャコラしてるシーンがあったんですよ。
そうだよな、本当はデートに行ったりしたいだろうし、結婚だって視野に入ってくるだろうに……。でも、そういうのを半ば諦めて「オレには仲間がいる」って言い聞かせているんだと思うと、涙が止まらなくなってしまって……。
ああ、あのシーンですね。私もちょっと気になったところでした。
別に悲壮感が漂ってるわけじゃないんですよね。どちらかと言うと、男子校の学生同士がお互いに小突き合ってるような、そういうほっこりするシーンでした。
乗員がどんな思いで任務に挑んでいるか、理解がなかったらあんなシーンをわざわざ差し挟まないと思うんです。
多分、あんなシーンを覚えている観客なんてほとんどいないと思います。でも、ボクはあのシーンを観てこの人は「分かっている」と思った。だから、それだけで十分です。
ふむ……。そこまで言うなら、今度観てみることにしよう。
この記事では、映画「沈黙の艦隊」について、感想を述べます。
- 原作とは異なる設定
- 冷戦まっただ中に制作された原作に対して、映画は現代を舞台にしているため、ところどころ設定が変わっている。
- 人物設定も異なる部分が多く、深町の設定は大きく変わっている。
- 原作の深町は海江田と同期で粗野・豪胆な性格であったが、映画では海江田の後輩に設定変更され、青臭さの残る言動を取っている。
- 海自の協力が豊富。
- 潜水艦「せいりゅう」が撮影協力に用いられ、岸壁での係留状態や出港、潜航シーンなどは実物映像が使用されている。
- 艦内のセットも実物にかなり近い。号令なども実際のものとほぼ同じ。
- 「たつなみ」と「シーバット」の世代差も意識されており、「シーバット」の戦闘システムは部分的に「たいげい」型潜水艦を想起させるものが含まれている。
- 戦闘シーンはあまりに現実と乖離している。
- これは、もともと原作からして荒唐無稽であったため。
- ただし、時代設定を変えたために、原作以上におかしなことになっているシーンもいくつか見られる。
- これは、もともと原作からして荒唐無稽であったため。
- 総評
- 原作と異なる部分がいくつか見られ、原作ファンやアニメファンから不評であることは理解するが、独立したエンタメ作品として観れば、かなりレベルが高い。
- 特に、海江田四郎役の大沢たかおの怪演は必見。
- 顔立ちは海江田に似ておらず、主役の割に台詞はあまり多くないが、妙に澄んだ瞳と不敵な表情で正面を睨み続ける異様さは、まさしく海江田そのもの。
- 潜水艦乗りへのリスペクトを感じる。
- 何気ないシーンが「わかっている」。それだけで十分。
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