潜水艦は情報弱者…… ―映画「沈黙の艦隊」を観て―

当ページのリンクにはアフィリエイト広告が含まれています。
潜水艦「そうりゅう」
映画「沈黙の艦隊」で「たつなみ」等のモデルを務めた「そうりゅう」型潜水艦。写真は海上自衛隊Webサイト(https://www.mod.go.jp/msdf/equipment/)から転載。
記事の要旨

この記事では、映画「沈黙の艦隊」の内容を踏まえ、次の内容について論じます。

  • 潜水艦は情報の送受信が困難な乗り物
    • ほとんどの電波は水に吸収されてしまうため、潜航している潜水艦は外界と通信する手段がほとんど無い
      • VLF帯は水に吸収されにくいため、潜航したままでも通信に用いることが出来る。ただし、長さ数百メートルのアンテナが必要となり、通信速度が極めて遅いため、あまり実用的ではない。
      • フィクションに登場する「水中電話」も実在するが、非常に音質が悪く、通信距離も短い。
      • 潜水艦から外部への送信を行うため「SLOTブイ」を装備している国もあるが、リアルタイムな通信は出来ない。
    • 最も効果的なのは、通信アンテナを水面上に露出させて通信すること。
      • 被探知リスクが高まるが、大容量データの送受信は他に選択肢が無い。
      • 通信アンテナの露出は正確な艦位測定上も重要。水中ではGPSが使用できないため、通信時にGPS信号も受信して航法装置を修正する必要がある。
      • ディーゼル潜水艦の場合、定期的なスノーケルが必要になるため、その際に併せて通信が行われる。
    • 情報のインプットは指揮官の適切な情勢判断に不可欠。
      • 原子力潜水艦は確かに無限の潜航をもたらしてくれるが、潜ったままであればインプットが絶たれ適切な判断が出来なくなる。
      • 潜水艦がどこで何をするのかを決定して、効果的にオペレーションが出来るのは、陸上からの通信あってこそのこと。
    • 通信の難しさは潜水艦に2つの弱点をもたらす。
      • 他の艦艇と連携して戦うことが出来ない。
      • 通信するために、時折、浅深度まで浮上することを余儀なくされる。
募集対象者 京井 未来

他に、映画におかしなところはありました?

水雷長 遠見1尉

うーん。あとはそうだねぇ……。
そもそも原作からしてそうなんだけど、仮に潜水艦が脱走したとしていったいどうやってその後を切り抜けていくんだろうね。

募集対象者 京井 未来

えっ、それを言います?

水雷長 遠見1尉

いや、原作だと結局日本のサポートを受けられるから事なきを得ているんだけどさ。でも、仮にそういうものがなくて、単に海を漂うだけになってしまったら、彼らはいったいどうするつもりなんだろうなって。

募集対象者 京井 未来

確かに……。食糧とかも手に入れないといけないんですよね。
そうすると、他の艦を襲って手に入れるとかですかね。

水雷長 遠見1尉

まるで海賊だなぁ。
でも、多分、それもかなり難しいと思うよ。そもそも潜水艦が艦を襲うとしたら魚雷で沈めることになってしまうし。それに、ターゲットにする艦を探すのだって難しいよ。だって、周囲で何が起きてるのかを知ることが出来ないからね。

募集対象者 京井 未来

それは……、確かに。どうやって艦を探すんですかね?

水雷長 遠見1尉

まぁ、脱走してしまったら誰も助けてくれないから、潜水艦でも艦艇でも変わりないかもしれないけど。
でも、特に潜水艦は特に情報弱者になりやすいんだ。

目次

広告


潜水艦の力は、陸上からのバックアップあってこそ。

電波の届かない水中……

募集対象者 京井 未来

情報弱者……ですか?

水雷長 遠見1尉

そう。何でかと言えば、潜水艦は潜っている間、ほとんど外と通信が出来ないからなんだ。
いつも言ってるけど、水は電波を吸収してしまう。だから、潜っている間、無線通信が出来ないんだ。

募集対象者 京井 未来

浅いところにいてもダメなんですか?

水雷長 遠見1尉

一応、全くダメなわけではない。
超長波(VLF)帯を使えば水中でも無線通信が出来るよ。VLFは他の電波やマイクロ波に比べると、水による吸収減衰が比較的起きにくい周波数帯なんだ。

募集対象者 京井 未来

じゃあ、潜水艦はそれを使ってるんですか?

水雷長 遠見1尉

うん。ただ、とんでもない制約付き。
まず、何と言っても通信速度が遅い。「クリムゾン・タイド」っていう潜水艦映画があって、原潜がVLF通信で核攻撃命令を受領するシーンがあるんだけど、1文字送るのに数秒掛かってるんだよね。実際、技術的な限界も1秒にアルファベット20~30文字程度と言われていて、まともな文をやり取りしようと思ったら数十分は軽く掛かってしまうんだ。

広告

水雷長 遠見1尉

しかも、通信を行うには数百メートルの長さのアンテナが必要で、送信出力もかなり大きなものが必要になる。それだけの通信設備を用意するのは簡単なことではないし、潜水艦側から送信するわけにもいかない。
ラジオ放送みたいに、陸上の通信所から一方的に送りつけるだけの通信になるんだ。

募集対象者 京井 未来

うーん……無いよりはマシかもしれませんが……あんまり役に立ちそうにはありませんね。せいぜい0.1kbpsくらいの通信速度ってことですよね……。そんなに遅いと何にもやり取りできません……。

募集対象者 京井 未来

そういえば、映画では「シーバット」と「たつなみ」が無線か何かで話してましたよね?あれはウソってことですか?

水雷長 遠見1尉

あれは水中通話器。「水中電話」と俗称されるやつで、一応実在しているよ。

募集対象者 京井 未来

じゃあ、潜ったまま他の艦と話すこと自体は出来るんですね。

水雷長 遠見1尉

でも、そんなに良いものではないよ。通信できる距離も短いし、通話品質が恐ろしく悪い
この水中電話、話す人間の声を振幅変調して、音の形で送信して、受信した側は反対に復調して受話器から流すんだけど、ラジオと違って伝送手段が音だからね。ソーナーと同じで水中の環境によって届いたり届かなかったりするし、音が潰れてはっきりは聞き取れない。
実際、使うのは水上艦艇が訓練とかの所要から潜水艦と通信するときくらいなもので、1文字を1、2秒くらいかけて、例えば「B」という文字を送りたいときは「ブラーーーボーーー」みたいな感じでゆっくり送信するよ。そこまでやっても、相手は「ヴア゛ーーーオ゛ーーー」くらいにしか聞こえていないから、何の文字かはイントネーションで判断しているというのが実情だね。

募集対象者 京井 未来

じゃあ、あんな論争なんて夢のまた夢ですね……。

水雷長 遠見1尉

一応、潜航中の潜水艦側から無線通信する方法もある。要は、海面より上に通信アンテナが出ればいいわけ。国によっては装備しているのが「SLOTブイ」というやつ。通信内容を入力して発射すると海面に浮上して無線通信をするんだ。アメリカの原潜なんかはそういう装備を持っていると言われているね。
ただ、使い方を間違えると潜水艦の居場所をバラすことになるから、おいそれとは使えないし、当の潜水艦は潜ったままその場を立ち去るから、通信に対する返答を受け取ったりは出来ない。結局、リアルタイムなデータ交換は出来ないんだ。


広告


スノーケルと通信

募集対象者 京井 未来

でも、全く通信せずに任務にあたらせるなんて、無理でしょう?
それこそ、作戦する海域まで行くのに何日も時間が掛かるんですよね?

水雷長 遠見1尉

もちろん。大容量通信はどこかで必要になってくる。
そうなると選択肢は一つ。艦ごと浅深度まで浮上して、衛星通信できるアンテナを海面上に露出させて通信するんだ。
もちろん、アンテナを外に出せば、これをレーダー探知されたり、視認されてしまったりして、見つかってしまうリスクは高くなる。でも、大容量通信をするためにはやむを得ないんだ。

水雷長 遠見1尉

それから、通信アンテナを海面の上に出すことの意義はもう一つあって、GPSが使えるようになるんだ。

募集対象者 京井 未来

そうか、通信できないような環境だと、GPSすら使えなくなってしまうんですね。

水雷長 遠見1尉

潜っている間は慣性航法装置を使って艦位を把握するんだけど、長期間使っていると少しずつズレていってしまう。GPSの信号が入るようになったら、慣性航法装置の誤差を補正することが出来るんだ。

募集対象者 京井 未来

なるほど~
通信はどれぐらいの頻度でやるんですか?

水雷長 遠見1尉

言えない……、というかボクも知らない。
ただ、確信を持って言えるのは、スノーケルの時だね。ディーゼル潜水艦の場合、バッテリー充電のために数日に1回くらいの頻度で給気筒を海面に露出させてエンジンを回してやる必要がある。どのみち浅いところにいて、海面上にモノを出すんだから、こういう時は通信のチャンスではあるよね。


広告


指揮官の判断にインプットは不可欠

水雷長 遠見1尉

さて、だいぶ話が逸れたんだけど、そんなこんなで通信できないことが艦にどういう悪影響をもたらすか、だね。
答えは、指揮官が正しく情勢判断出来なくなる、だよ。

水雷長 遠見1尉

「きっと明日くらいには、本艦を探して●隻くらいの艦艇がやって来るはずだ」とか、「中立国の艦艇が付近をうろついているから、誤射しないように気をつけないと」とか、指揮官は色んなことに注意を払わないといけない。
でも、そのためには「今がどういう状況なのか」を正しくインプットしないといけない。

募集対象者 京井 未来

そうですねぇ。

水雷長 遠見1尉

確かに、原子力潜水艦は無限の潜航をもたらしてくれる。でも、だからといって、ずっと潜りっぱなしで周辺の状況を集めなかったらどんなことになるか。

募集対象者 京井 未来

1か月ぶりに浮上して通信してみたら、戦争が始まってて街も基地も焼け野原になってたって可能性すらあるんですもんね。

水雷長 遠見1尉

そうだよ。だから、適切に行動するためには通信が必要なんだ。
そして、この話で忘れてはならないのは、そのインプットする情報は、陸上の基地から送ってやらないといけないってことだね。
潜水艦が正しく効果的に任務に従事できるのは、陸上からのサポートがあってのことなんだ。

募集対象者 京井 未来

なるほど、脱走してしまったら、そういう支援も絶たれてしまうから、正しい方向へ動けなくなってしまうんですね。
確かに、通信は非常に大事そうです。


広告


通信困難がもたらす潜水艦の弱点

水雷長 遠見1尉

こういう特徴を考えると、通信が困難なことで、潜水艦には二つの弱点が見えてくる。

募集対象者 京井 未来

他の艦と連携出来ないってことですね。

水雷長 遠見1尉

そのとおり!
水上艦の場合、航空機を呼んでくることも出来るし、味方艦と役割分担することも出来る。もし1隻が沈んでしまっても、その付近に味方をかき集めて徹底的に潜水艦をいぶり出すことも出来るんだ。
でも、潜水艦は他の艦と簡単に通信できないから、一緒には戦えないんだ。例えば「これから敵艦隊に総攻撃を仕掛けるから、ミサイル攻撃の直前に敵艦艇を魚雷で沈めて混乱させて欲しい」なんてお願いは出来ない。タイミングを合わせることが出来ないからね。「何時何分にこの辺りにいる艦に攻撃しておいて」というくらいなら出来るかもしれないけど、だいぶ不確実性が大きいよね。

募集対象者 京井 未来

その時間で発射できる位置にいないといけないんですもんね。ちょっと都合が悪くなっても延期一つ出来ないのは厳しそうです。

水雷長 遠見1尉

それに、同じ海域で水上艦と潜水艦が戦うとしたら、水上艦が潜水艦を探知したとき、それが敵か味方かをどうやって判断するのかも問題になってくる。電波を使った敵味方識別装置なんてのも、潜水艦相手には使えないからね。魚雷をぶっ放してみたら実は味方でした、なんてことになったらシャレにならない。

募集対象者 京井 未来

通信できないと、そういう問題も出てくるんですね……。

水雷長 遠見1尉

そして、もう一つの弱点が通信するために浅深度まで浮上しないといけないこと。昔の潜水艦映画みたいに、とにかく深く潜れば潜るほど探知されにくくなる……というのは誤りなんだけど、やっぱり基本的に、浅いところにいる方が、潜水艦は探知されやすい。

水雷長 遠見1尉

だから、潜水艦としては何も必要が無いなら、とりあえず深いところにいた方が見つかりにくくて良いはずなんだ。でも、浅いところに行かないことには外で何が起きているのかもよく分からない。3次元的に動けるからこそ、常に有利なポジションを取れるはずの潜水艦が、一番有利というわけではないポジションに移動しなければならない……。たとえ原子力潜水艦であってもクリアできない情報の必要性こそ、潜水艦にとって大きな弱点になるんだと、ボクは思うな。

募集対象者 京井 未来

……先パイ、時々すごい真面目なこと言いますね?

水雷長 遠見1尉

……ボクはいつだって真面目だよ!

まとめ

この記事では、映画「沈黙の艦隊」の内容を踏まえ、次の内容について論じます。

  • 潜水艦は情報の送受信が困難な乗り物
    • ほとんどの電波は水に吸収されてしまうため、潜航している潜水艦は外界と通信する手段がほとんど無い
      • VLF帯は水に吸収されにくいため、潜航したままでも通信に用いることが出来る。ただし、長さ数百メートルのアンテナが必要となり、通信速度が極めて遅いため、あまり実用的ではない。
      • フィクションに登場する「水中電話」も実在するが、非常に音質が悪く、通信距離も短い。
      • 潜水艦から外部への送信を行うため「SLOTブイ」を装備している国もあるが、リアルタイムな通信は出来ない。
    • 最も効果的なのは、通信アンテナを水面上に露出させて通信すること。
      • 被探知リスクが高まるが、大容量データの送受信は他に選択肢が無い。
      • 通信アンテナの露出は正確な艦位測定上も重要。水中ではGPSが使用できないため、通信時にGPS信号も受信して航法装置を修正する必要がある。
      • ディーゼル潜水艦の場合、定期的なスノーケルが必要になるため、その際に併せて通信が行われる。
    • 情報のインプットは指揮官の適切な情勢判断に不可欠。
      • 原子力潜水艦は確かに無限の潜航をもたらしてくれるが、潜ったままであればインプットが絶たれ適切な判断が出来なくなる。
      • 潜水艦がどこで何をするのかを決定して、効果的にオペレーションが出来るのは、陸上からの通信あってこそのこと。
    • 通信の難しさは潜水艦に2つの弱点をもたらす。
      • 他の艦艇と連携して戦うことが出来ない。
      • 通信するために、時折、浅深度まで浮上することを余儀なくされる。

このページには防衛省をはじめとする、日本政府・官公庁のWebサイト、SNSアカウント等から転載されたコンテンツが含まれます。

転載にあたっては、「リンク、著作権等について(首相官邸)」「防衛省・自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」「海上自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」等に示される各省庁の利用規約を遵守しています。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!


コメント

コメントする

CAPTCHA


このサイトは reCAPTCHA によって保護されており、Google のプライバシーポリシー および 利用規約 に適用されます。

reCaptcha の認証期間が終了しました。ページを再読み込みしてください。

目次