この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 「応急工作」は艦内防御を主導するパート
- 艦内防御とは、戦闘や事故によるダメージを抑えて、艦の任務遂行能力を維持する活動。
- 艦内閉鎖の規律厳守、火災の消火や浸水時の排水など。
- 艦内閉鎖は防御を考える上で極めて重要。応急工作員は出港時などに艦内閉鎖が規律正しく行われているか、確認する役目を持っている。
- 戦闘時や火災・浸水発生時などは、応急班のリーダーとして対応するほか、浸水による予備浮力や復原性能の低下とその対応策について、指揮官に助言を行う。
- 運用員に通ずるところのある仕事で、パートの気風もよく似ている。
- 応急(ダメージコントロール)自体はあくまで乗員全員の仕事。乗員の中でも特に応急についての専門的知識・技能を持ち、他の乗員を指導する立場にあるのが応急工作員。
- 艦内工作の専門家。
- 万能工作機(旋盤などの機能を持つ工作機械)を使用したり、溶接をしたりして、機械の部品を作成したり、破壊された配管への応急処置を施したりする。
- 近年は、部品の精密化によって艦内工作の出番は徐々に減りつつある。
- 真水の管理を行うのも応急工作員。
- 真水係は消費量や造水量の見積もりを立てて、真水管制について進言する。
- 海外で真水を搭載する際は、水質が劣悪なことがあるので、搭載前に水質検査を行う。
- 潜水作業に深い関係がある。
- 潜水機材の管理を担当しており、潜水作業時は「テンダー」として潜水員の安全確保にあたる。
- 護衛艦の潜水員(ダイバー)は、艦底の被害確認や推進器に絡んだ漁網の取り外しなどのために存在する。
- 現在、潜水員はほとんどパートに関係なく養成されているが、かつては応急工作員や運用員から潜水員が選出されていた。
- ワッチは電機員と同様。
- 操縦室ワッチでは応急監視制御盤を用いて消火水や通風の状態を遠隔監視・操作する。
- 艦内巡視も非常に重要で、艦内閉鎖の状況や配管からの漏水などが起きていないかを見回りしている。
- 艦内防御とは、戦闘や事故によるダメージを抑えて、艦の任務遂行能力を維持する活動。
さてさて、次は応急工作員を紹介しますね。
工作員……?
うーんとね……。多分、未来が考えているものとは全然違うヤツ……。
ダメージコントロールの専門家
艦内防御とは
「応急工作」は艦内防御を主導するパートです。
艦内……防御?
「ダメージコントロール」とも言います。
簡単に言えば、火災が発生したときに消火したり、浸水が発生したときに遮防したり排水したり……ということです。
艦艇で「防御」と言うと、戦闘や事故によるダメージを抑えて、艦の任務遂行能力を維持する活動のことを言うんだ。
「飛んできた対艦ミサイルを撃ち落とす」場合、確かに防御の意思を持って短SAMを撃ったり、電子妨害をかけたりするんだけど、これはあくまで「攻撃」なんだよね。
なんとなく分かりますが、そういうものなんですか。
ええ。加えて言うと、艦内防御は起きてしまった被害への対応だけではありません。むしろ、被害が起きてしまっても被害が最小限で済むように、事前の準備をしておく方が遥かに重要です。
例えば、必要ない防水ハッチやバルブは普段からしっかり閉めておく、というのも重要なダメージコントロールですね。停泊中、航海中、そして戦闘中と、状況に応じてどうしても必要なもの以外はどんどん閉鎖していきます。これを艦内閉鎖と言います。
えっ、映画とかだと、被害を受けるとハッチとか隔壁を閉鎖してますけど……。
ね。実際は被害を受ける前に閉めておくんだ。
被害を受けてから閉めるとなると、時間も掛かるし、作業員をそこに派遣できなくなってる可能性もあるしね。
艦内閉鎖を規律正しく行うのは本当に重要です。
浸水が発生した場合、艦内の圧力と水圧のバランスで浸水のスピードが変わってきます。正しく閉鎖されていれば、浸水するにつれ区画内の空気が圧縮されて水を押し返しますので、じきに浸水は止まります。ですが、閉鎖不良で空気が漏れるなら、浸水区画の空気はいずれ抜けて、さらにその不良箇所から水が噴き出すことになります。
一区画のみの浸水であれば、浮力の減少も船体の傾きもそれほど問題になりませんが、浸水区画が広がると、無視できないものになります。
……確かに。使いもしない通路なら、最初から閉めておけば良いですね。
ここで重要になるのは、ただ閉鎖すればよいというものではなく、規律正しく閉鎖する必要があるということです。
とにかく手間が掛かりますから、面倒がった乗員が閉鎖を省略したり、逆にどうせ次に出港するときに閉めるからと開放すべきタイミングで閉鎖したままにしておいたり、ということが起こりえます。
これを見過ごしていると、いつどこを閉鎖しなければならないのか、何故閉鎖しなければならないのか、という知識が失われて、非常時には誰も対応出来ない、ということになります。
2022年に知床半島沖で沈没した観光船の場合も、荒れた海域に行くのに甲板上のハッチが閉鎖されないままだったり、本来設計になかったはずの通用口が喫水線下の区画に設けられていたりと、水密に関する規律の乱れを強く思わせる報道があったね。
なるほど……。そこに目を光らせる人が必要、というわけですね。
そのとおりです。艦内閉鎖はハッチやバルブ一つ一つに担当する分隊やパートが決められていますが、応急工作員は出港時などに各担当者が正しく閉鎖したかどうかを確認する役目を持っています。
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ダメージコントロールのリーダーとして
艦内防御を主導する、とおっしゃってましたけど、艦内閉鎖の確認以外には何かしているんですか?
艦内閉鎖以外で言うと、艦内のモノを整理整頓するとか、可燃物の持ち込みは最小限に留めるとか、火災警報の使い方を教育しておく、なんてことも重要な活動ですね。そのあたりも主導することが多いです。
それから一番大きなものですと、応急班のリーダーになることですね。
応急班というのは、戦闘時や火災・浸水発生時などに、消火や防水作業などを行うチームのことです。
ええ、以前にもそういう説明を受けた気が……。
あれ?応急班のリーダーになるのは運用員って言いませんでした?
ええ。艦の大きさにもよりますが、応急班は前部応急班、後部応急班といった具合に、担当する場所に応じてチームが分かれています。
運用と応急工作はどちらもダメージコントロールに深く関わるパートなので、その知見を活かして、運用員が前部応急班の班長、応急工作員が後部応急班の班長となるのが普通です。
運用と応急工作は、科は違うけど、どこか通ずるものがありますよね。
そうですね。射撃員でも水測員でも、これぞ、という装備品があって、その機器室があったりしますが、運用や応急工作にはそういう象徴的なモノや場所がありません。
逆に言うと艦全体が担当エリアで、それも「ハッチが歪んでスキマが出来ていないか」といったような、明確に数値にはし難いことを考えます。そして何といっても、火や水といった危険に直接身体を晒すこと、身体を動かさないことにはなにも始まらない、というのが大きいですね。
……要するに……血の気が多い?
ふふっ、まぁ、そうとも言います。
でも、単純に「頭より身体」というわけでもないんですよ。
応急工作員の仕事には、被害が発生した場合にそれが艦を沈没させるほどのものなのか、機関長や応急長に進言することも含まれます。
このとき重要になってくるのが、予備浮力と復原力です。
予備浮力というのは、艦の水面より上に出ている部分が持ちうる浮力のことです。
浮力は……、「押しのけた流体の重量」の分だけ働くんでしたっけ?
そうです。水面より下にある体積分の海水の重量、これが艦の重量と釣り合っているから、艦は今より浮かびも沈みもしないわけです。
この時、船体の水面より上にある部分は浮力を生んでいません。が、艦の重量が増して沈み込むと、水面下の体積が増えることで浮力は増えることになりますから「予備浮力」というわけです。
つまり……浸水して艦の重量が増えてしまっても、予備浮力が残っている限り、艦は沈まないということですね。
そうですが、あくまで原理的には、という話です。
実際には浸水がひどくなると、予備浮力を完全に失う前に艦は傾きすぎてひっくり返ります。そうなれば煙突やらエンジンの吸気口やら、艦橋の窓やら、そういうところからさらに浸水しますし、船体がへし折れてしまったりもします。結局、そうなると向かう先は沈没しかありません。
そこで考えるべきが復原力。船体を水平に保とうとする力です。
細かい説明は省力しますが、艦は重心が低いほど傾いても水平に戻りやすいという性質があります。低い場所にある区画が浸水した場合は、却って復原力が増して転覆しにくくなることもありますが、さらに大きな被害を受けて高い場所にある区画が浸水を始めると、復原力は損なわれます。
なるほど……そういうのを計算する必要があるんですね。
左様です。
被害の結果を踏まえ予備浮力や復原力について計算して、必要があれば燃料タンク間での燃料移動を行ったり、空になったタンクに海水を注水して傾斜を軽減したり、そして今この瞬間はまだ浮いているけど、どう頑張っても基地に帰投できないと分かる場合には総員離艦……と、指揮官に進言するのも応急工作員の務めなのです。
ひとつ、誤解を生まないように言っておくと、応急(ダメージコントロール)は別に応急工作員だけの仕事ではないからね。よく「舷梯に足を掛けた瞬間から」と言うけど、艦の乗員全員に応急の責任があるんだ。
ただ、乗員の中でも特にダメージコントロールについて専門的な知識や技能を持っていて、他の乗員に対して指導するのが応急工作員ってことなんだ。
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部品も配管も作れます!艦内工作のプロ
そういえば、応急工作の「工作」ってなんです?
そのまんま、「工作」です!
機械の部品を作ったり、破壊された配管を修復したりします。
そんなことができるんですか?
ええ。艦内の「工作室」には万能工作機という工作機械――旋盤その他、色んな工作機械の機能が盛り込まれた凄いヤツや、溶接用の機材などがあります。あくまで応急処置ではありますが、機械の部品がポッキリ折れてしまった場合なんかは、鉄の塊を削り出して同じ形のものを作れば修理できますし、配管に穴が空いてしまった場合でも塞ぐことができます。
艦の上でそんなことができるなんて……。
船舶と工作機械の関係はかなり古くて、日本でもかなり早い時期から船上に旋盤が導入されていたんだ。陸上の工場で機械が壊れてしまったら部品を買ってくればいいけど、船の上だとそういうわけにもいかないからね……。
かの「蟹工船」にも船内に旋盤が設置されていることが明記されているよ。(と言っても、病気で働けなくなった学生が懲罰として旋盤の鉄柱に縛り付けられている、というシーンだけど……)
工作の材料に使えるのは鉄だけではありません。木材やアクリル板も使えますから、艦内で必要なものがあれば、応急工作員に工作請求すればある程度は作れますよ!
例えば、スイッチの誤操作を防ぐための透明カバーとか。
時々工作しないと技術も鈍っていきますから、艦内では随時受け付けてます。
しかし、部品を作れるといっても、手作業で出来るものには限界がありませんか?
そこを突かれると厳しいですね。
下町の町工場のおっちゃんたちのように毎日ひたすら削り続けている旋盤工、というわけでもありませんから、マイクロメートル単位の精度で仕上げる、なんて芸当はさすがにできないです。
近年の装備品は精密化が進んでいますし、細かな部品単位で交換することも減ってきましたから、艦内工作の出番は徐々に減りつつあります……。
とは言え、精度は求めないから今すぐ欲しい、というものが無くならないのも事実です。その需要があるかぎり、艦内工作が無くなることはないでしょうね。
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真水の管理
それから、真水の管理をするのも応急工作でしたね。
そうですね。
真水が無くなれば艦は……というか、中の人が機能停止しますからね。これも重要な仕事です。
真水の管理って、具体的には何をするんですか?
真水管制の進言です。
真水管制というのは、使用量を抑制するために洗濯などを規制することです。本当に深刻になってくると、シャワーを禁止したり、最悪飲み水の量まで制限する、ということもあります。まぁ、最近の艦は造水能力が高いので真水管制をかけることも減ってきましたが……。
原因は知らないんですが、真水系統に海水が混入してしまって、どうしようもなくなってしまったって艦の話は結構前に聞いたことがありますね。
あ~、ありました。どこの艦でしたっけね。
普通はそんなこと起こらないんですが、造水装置が壊れたり、配管の繋ぎ間違えがあったりすれば、まぁそういうことも起きないわけではありません。タンク内の真水が汚染されてしまうと、いよいよどうにもならなくなります。米ひとつまともに炊けなくなりますから、食事も缶詰や乾パンに頼らないといけなくなりますし、飲み水にも事欠くようになってしまいますね。
当然、めちゃくちゃ厳格な真水管制が敷かれたはずです。
恐ろしい……。
ここで重要なのは、真水管制は「真水の在庫量が減ってきたからやります」っていうものではないってことです。
応急工作で特に真水の管理を担当するのが真水係という者なんですが、真水係は真水の使用量や造水量の見積もりを立てて、いつどのくらい真水を節約する必要があるのかを考える必要があります。
例えば、気温が高い中で艦上体育をすれば洗濯量が増えますし、ヘリコプターを搭載すればエンジンの洗浄水が必要になります。造水装置の構造上、沿岸部の海水は造水に適さないですし、動揺が大きいときも構造上真水の歩留まりが悪くなって造水量が低下します。
そうしたファクターを考えながら、真水の使用計画を立てる。それこそが真水係の使命なのです。
単純なようで、結構難しそうですね~。
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潜水も応急工作の仕事……?
それから、応急工作というパートと潜水には深い関係があることも忘れてはいけません。
潜水って……、潜水艦ですか?
いえ、ごく一般的に言う潜水、つまりダイビングです。
応急工作は潜水機材の管理を担当しています。いわゆるアクアラングというものですね。それに潜水訓練をするときは潜水員(ダイバー)の安全を確保するための補助役「テンダー」となることが非常に多いです。
どうして応急工作が潜水を担当するんです?
潜水員、つまりダイバーを抱えている理由が答えです。
掃海艇では機雷を処分するための作業員として潜水員を養成していますが、護衛艦の場合は艦底の被害確認をしたり、推進器に漁網が絡んでしまった場合に取り外したりするために潜水員を養成しています。
なるほど、潜水作業もダメージコントロールの一環だと言うんですか。
早い話がそうです。
これには歴史的経緯もありまして、その昔は潜水員というと運用員と応急工作員の中から養成されていました。とは言え、潜水は肉体的な適性が必要な世界ですから、そんなに潜水員が確保出来るわけがありません。そこで、今ではごく一部のパートを除いて潜水員になれるようになりました。が、そうした経緯があって、今でも潜水のサポートをするのは応急工作、ということになっているのです。
なるほど~
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操縦室ワッチと艦内巡視
応急工作員の人は出港中何をしているんですか?
電機員とそう大きく変わるものではありません。
ワッチの定位置は操縦室になります。ここにある応監盤(応急監視制御盤)では、消火海水ポンプや通風機の運転状況を遠隔で監視・制御することが出来ます。火災や浸水が発生した場合の警報もここで確認できますから、何かあったときのために人が配置されてるわけです。
とは言え、応監盤の前にどっかり座っておくだけが応急工作員というわけではありません。やはり艦内の様々な区画を歩いて、艦内閉鎖が破られていないか、配管から漏水が起きたりしていないかを見回る、艦内巡視が非常に重要です。
どこまでいっても現場が大事なのは変わらないんですね。
ありがとうございました。
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