この記事では、護衛艦のパートについて次の内容を説明します。
- 「電機」は艦内への電力供給を行うパート
- 照明や家電だけでなく、戦闘システムのコンピューターや、レーダー・ソーナーなどのセンサー、武器を動かす電動モーター、舵を動かす油圧モーターなど、ほとんどのものは電気で動いている。
- 電力の供給は需要(負荷)に対して、過剰でも不足でもNG。刻々と変動する負荷にあわせて適切に電力供給を行うのが電機員の使命。
- 負荷にあわせた発電量の調整自体は、機械が自動で行ってくれるが、そもそも負荷に対して発電能力が不足している場合などは運転する発電機数の追加を進言する。
- 特に交流電源は単に接続する発電機を増やせばよいというものではなく、発電機同士を同調させる必要もある。古い艦では投入時に自動での同調が上手くいかないことも多く、電機員の腕が試されることも多い。
- ごく稀に、負荷の急激な変動に発電量の調整が間に合わなくなったり、発電機の制御システムが異常を検知したりして、艦内への電力供給が止まる(ブラックアウト)が発生することがある。
- ブラックアウトが発生すると、艦は事実上戦闘能力や航行能力を喪失する。
- 電力供給システムなどを整備することでブラックアウトを防止したり、発生してしまったときに原因を突き止めて迅速に復旧させるのも電機員の重要な役割。
- 戦闘時は電路が破壊されて武器が停止してしまう可能性がある。そのとき、仮設の電路を用意して応急給電を行うのも電機員の役割。
- 安全が確保されていない、通常では行わない電力供給。手順を誤ると感電などの事故が起きやすい。
- 漏電による被害を防止する役割も担っており、電気機器が故障した際に確認するのも電機員。
- 電子整備(ET)員と混同されやすい。電機員とET員の違いはいわゆる「電気と電子」の違い。ET員は情報伝達手段・演算装置としての電子機器を維持するが、電機員はエネルギーとしての電気を正しく供給するのが仕事。
- ジャイロコンパスの整備を行うのも電機員。
- ジャイロコンパスは磁気コンパスと異なり、真北を示す。
- 単に方位が分かるだけでなく、艦に生じている運動を正確に認識することができるため、射撃計算や衛星通信のアンテナ指向などに不可欠な機器。
- 機関科の中では頭の良い隊員が選ばれやすい。
- 機械と違い、目に見えない電気を相手にする仕事。計算能力や難解な電力供給の仕組みを正確に理解する必要があり、機械員や応急工作員より知的能力に優れた人物が多い。
- ワッチは操縦室がメインだが、艦内の巡視も多い。
- 操縦室には「電監盤」があり、遠隔で電力供給の様子をモニターできる。
- 電力制御は多層構造になっており、分電盤、配電盤など、艦内各所にある機器に異状がないか確認する必要がある。
- 若いうちは機関科全体の仕事を把握する観点から、機械室のワッチに組み込まれることもよくある。
- 操縦室には「電監盤」があり、遠隔で電力供給の様子をモニターできる。
さて、お次は私めがご案内します。
応急長はうちの艦で唯一のC幹なんだ。
C幹というと、曹長まで登り詰めてから幹部になったベテランの方ですね。よろしくお願いします。
ベテランとはお恥ずかしい。少しばかり人より長く働いてきただけです。
とは言え、今からご紹介するのは私が永らく勤めてきた「電機」です。とくとご覧下さい。
あらゆるものは電気で動く!
電力を適切にコントロールするということ
「電機」は艦内への電力供給を行うパートです。言うまでもないことですが、現代社会はあらゆるものが電気で動きます。
そうですね。照明もパソコンも冷蔵庫も、電気がないと動きません。
ええ。でも、それだけではありません。例えば戦闘システムのコンピューター。例えばレーダーやソーナーのようなセンサー。例えばランチャーを動かす電動モーター。例えば舵を動かす油圧モーター。
あらゆるものが電気なしでは動きません。
確かに……。
ここで難しいのは電力の供給は需要、これを負荷と言いますが、消費量に対して過剰でも不足でもあってはならない、ということです。
そうですね、供給しすぎると過電圧で機器が壊れてしまいますし。
とは言え、負荷は刻々と変動するもの……。それに合わせて、適切に電力供給を行うのが電機員の使命なのです。
え?でも、供給量は自動で調整されないんですか?
ええ。発電機にはガバナという機構が付いていて、一定の速度で動くように負荷の変動に合わせて燃料流量を調整しています。つまり、基本的には自動制御です。
ただし、そもそも負荷が発電能力に対して過大な場合などはガバナ任せにしていてもどうにもなりません。
そんなときは、運転する発電機の追加を指揮官に進言したりします。
「あぶくま」型がそうだったね。
停泊用の発電機だけだと武器を動かせないから、整備で必要なときは事前に電機と調整するんだ。必要なら、航海中に使う発電機を動かして、高負荷にも耐えられるようにするんだ。
とは言え、発電機の数をただ増やせば良いのかというと、そういうものでもありません。交流発電機の場合、複数の電源を同じ回路に組み込むなら、発電機同士を同調させないと止まってしまいます。
最近の艦はそもそも発電機1台の能力も高く、この同調を自動で行うシステムも信頼できるものになっているのでトラブルはあまりありませんが、古い艦だと自動での同調が上手くいかないことも珍しくありません。そんなときは電機員が手動で発電機の回転を制御して上手く同調させてやるのです。
お~、電機員の腕の見せ所ですね。
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恐怖のブラックアウト
この電力供給の制御が上手くいかないと大変なことになります。
どうなるんですか?
1つの回路として繋がっている発電機がドン、と急に停止してしまったり、配電盤についているブレーカーがトんでしまったりします。最悪、艦内全体が停電してしまうのです。これをブラックアウトと言います。
あらら……
ブラックアウトの原因は様々です。負荷があまりに急激に変動して制御が追いつかなかった場合、発電機の制御システムが何かの異常を検知して緊急停止してしまった場合……。
潤滑油の漉し器を切り換えた時に発生した、瞬間的な潤滑油圧力低下がトリガーになって発電機が緊急停止してしまった、なんて話もあります。
ブラックアウトはね……本当にヤバい……。
そんなにですか?
そりゃあもう。戦闘システムが止まってしまうから、武器を発射できなくなる……なんてものではなくて、事実上、艦の機能が完全に停止すると言っても過言ではない。
ボクも一度出くわしたことあるけど……。
航海中、ボクが部屋の灯りを落として寝てたら、外で人がバタバタ走る音が聞こえてさ。なんだよ、と思ったらつけてたはずの赤色灯が消えてる。おかしいなと思って外に出たら応急灯(停電すると自動的に点灯するバッテリー式の電灯)がついてて。
あ、ヤバいと思って艦橋に駆け上がったら大変なことになってた。
ふむふむ……
そうですね~。
ブラックアウトしてしまうと、まず艦内の放送機材も電話も使えません。まぁ、照明が落ちますからブラックアウトに気づくとは思いますが、警報で寝てる人を起こすなんてことは出来ないですね~。
無電池電話というのもあるんですが、相手が装着して聞いていないと声が届かないので、非常時の対応はどうしても遅くなります。
なるほど~
でも、何が一番マズいかと言えば、艦の運動の制御が利かなくなるんだよね。
操舵コンソールも舵機モーターも落ちるから、舵が動かなくなるし、速力通信器もMCSも使えなくなるから、主機の出力も遠隔では調整できなくなる。
舵取機室や機械室に人が配置できるまで、艦は制御を失ったまま進み続けることになる。
運転手がアクセル踏みっぱなしで失神してるようなものですね……恐ろしい……。
広いところで起きたから良かったけど、狭い港内で起きたら大惨事になるところだった……。
そういうわけで、電力供給システムを整備してブラックアウトを防いだり、ブラックアウトしてしまったときに速やかに原因を特定して復旧させたりするのも電機員の重要な役割なのです!
いや、本当に重要ですね……。
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危険と隣り合わせな応急給電
停電と言えば、応急給電も電機員の仕事でしたね。
はい。戦闘中、電路にダメージを受けると武器への電力供給が絶たれて、武器自体は無傷でも動かせなくなってしまうことがあります。
そんなとき、なんとか武器を動かすために仮設の電路をひいて電気を流すこともあります。これを応急給電と言いますが、特に大きな役割を果たすのが電機員です。
戦闘中に電線を敷設するんですか……
ええ。やらないと、艦は沈んでしまいますから。
とは言え、非常に危険な作業であるのも事実です。本来の電路は人が触れないような隅っこに設置され、絶縁皮膜でガチガチに固められていますし、隔壁を貫通させているので接点も最小限です。
しかし、急遽敷設する場合はそうもいきません。重い電線を引っ張って壁に設置されている接続機器に接続しますが、接点も剥き出しですし、場所によっては何ヶ所も敷設しないといけないこともあります。
おまけに状況が混乱している。うっかり敷設中に給電を始める者がいればたちまち作業員は感電してしまうでしょう。
迅速に、しかし手順をしっかり守って行えるように、指導するのも電機員の務めです。
すごい世界ですね……
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やっぱり混同される?ET員と電機員
感電の防止と言えば、漏電による被害を防ぐのも電機員の仕事です。艦内には様々な電気機器がありますから、なにか不具合があれば確認にいきます。
応急操舵訓練で真っ先に入る号令が「電機員、舵機電路調べ」ですもんね。
そうですね。電気機器が急に止まってしまった場合、真っ先に疑うべきは電力供給が止まってないか、ですから。機器のふたをあけて、中で漏電したりしてないかを確認します。
そういえば、電子整備員も機器が壊れると確認するんですよね?そのあたりはどう住み分けてるんですか?
えっ……工学部生が……それ聞く?
電気と電子の違いですか?
こう言ってはなんですが、私の専門は情報工学なので。電気工学科や電子工学科が何をやってるかまではそんなに詳しくないんですよね。
まぁまぁ。専門を外れれば人などそんなものです。
電気か電子か、というのは的確な例えですね。
ET員が担当しているのは、情報の伝達手段、あるいは演算装置としての電子機器です。一方で電機員が考えているのはエネルギーとしての電気を正しく供給することです。
もちろん、どちらも電気を流すことには変わりありませんから、領域が重複するところもありますがね。
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死活問題。ジャイロコンパス
あとは……そうだ、ジャイロコンパスも電機の所掌でしょう?
そう言えば、さっきも言ってましたね。なんですか?それ?
ジャイロコンパスというのは、回転体が回転を維持しようとするジャイロ効果を利用した航法装置です。
マグネットコンパスは磁北と真北のズレによって大きな誤差を持ちますが、ジャイロコンパスは正確に真北を指すことができます。
ふ~ん。
ジャイロは単に方位が分かる機器って訳ではなくて、艦の傾きや加速度のような運動を正確に読みとることができるんだ。
ここで活きてくるのが射撃計算。1°未満の精度を求めるような世界ではジャイロコンパスが無いとまともに計算できないね。
それに衛星通信。アンテナを衛星に向けるには正確な方位認識が必要になる。ジャイロが止まると戦闘システムも衛星通信も、みんな使えなくなってしまうんだ。
思ったより重かった……。
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電機員は賢い?
機関士やってた時に思ったんですけど……電機員って頭良い人が多いですよね。
あらやだ、そんな恥ずかしいこと言わないで下さいよ~
やっぱり、目に見えない世界を相手にする人たちだからなのかな?機械員や応急工作員より、明らかに知的レベルが高いような。
まぁ……そうですね。
電機の仕事をしようと思ったら、計算能力も必要ですし、複雑な電力供給の仕組みも理解しないといけません。他の仕事に比べると、頭の良さも必要になります。
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操縦室ワッチと艦内巡視
電機員の人は普段どこで働いてるんですか?
航海中は操縦室でワッチについていることが多いですね。
操縦室の隅の方には、「電監盤(電源監視制御盤)」という電力供給の状況をモニターしたり切り替えたりできる装置が用意されています。これを見ることで、艦内全体がどういう状態かが分かるんです。
あとは、艦内巡視ですね。
見回り……ですか?
ええ。確かに電監盤は全体を俯瞰することが出来ますが、それだけでは不十分です。
実際の制御は、艦内各所にある配電盤や分電盤といった機器によって多層的に行われていますが、これらが本当に正しく動作している保証など無いのです。
ですから、定期的に見回りをして、各機器が正しく機能しているかを確認することが重要になってきます。
なるほど~。
そう言えば、電機員の人は機械室に入らないんですか?
いえ、機械員ほどではありませんが、よく入りますよ。特に、発電機周りはよく見ておく必要もありますし。
あと、若いうちはやはり機関科員としての素養を養うために機械室のワッチに組み込む、ということもよく行われています。
……私もかれこれ30年前はそうでした。電監盤の前に座らせてもらえるようになったのは海曹に昇任する直前でしたよ。
30年前ですか……それはさぞや大変だったでしょう……
まぁ、事あるごとに殴られて育ちましたが、それも昔のことです。
今どきは人手が足りないのもあって、若い子の処遇も変わってきています。
なるほど……ありがとうございました。
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