この記事では、幹部と曹士の違いについて、2回に分けて次の内容を説明します。
第1回
- 自衛官の階級は16段階あり、幹部・准尉・曹・士に分類される。
- 責任のあり方
- 幹部が指揮官であるのに対し、曹士は作業員である。
- 幹部がゼネラリストであるのに対し、曹士はスペシャリストである。
- 異動のあり方
- 幹部が全国転勤するのに対し、曹士は基本的には特定の地域で勤務する。
- 幹部が1~2年で異動するのに対し、曹士は3~5年で異動になりやすい。
第2回
- 生活のあり方
- 幹部が原則として営外居住するのに対し、曹士は原則として営内居住する。
- ただし、艦艇乗組の隊員は別。幹部でも曹士でも、乗員は営内居住と同様の扱いを受ける。
- 営内居住している隊員には食事が提供される。したがって、幹部は本来食事の提供を受けることが出来ない。
- 幹部が原則として営外居住するのに対し、曹士は原則として営内居住する。
- 社会的待遇
- 給与面では年功序列の傾向が強く、階級よりも勤続年数による影響が大きい。
- 若手幹部より上級海曹の方が給与が高いのはよくある。
- 幹部の方が、特別昇給や勤勉手当で優遇されやすく、年数を重ねるにつれて曹士に大きく差を付けるようになる。
- 部外からの評価では、幹部はリーダー(管理職)として少なからず敬意を受ける。自衛隊に詳しくない人や会社は、曹士を平社員としか見做さないこともある。
- 給与面では年功序列の傾向が強く、階級よりも勤続年数による影響が大きい。
今回の話は、居住場所、給食、給与のように、生活に関わってくる部分だよ。
そう、そういう話が聞きたいんですよ。
居住場所と給食
幹部は基地の外、曹士は基地の中に住む。
まずは住む場所。本来の決まりから言えば、幹部は基地の外に住んで、曹士は基地の中に住むんだ。
基地の外に住むことを「営外居住」、基地の中に住むことを「営内居住」と言うよ。
(自衛官の営舎内居住義務)
第五十一条 陸曹長、海曹長又は空曹長以下の自衛官(次条の規定により船舶内に居住すべき者を除く。)は、防衛大臣の指定する集団的居住場所(以下「営舎」という。)に居住しなければならない。ただし、防衛大臣の定めるところに従い、防衛大臣の指定する者の許可を受けた者は、営舎外に居住することができる。(陸上自衛官及び海上自衛官の船舶内居住義務)
第五十二条 船舶(防衛大臣の定める船舶を除く。)に乗組を命ぜられた陸上自衛官及び海上自衛官は、防衛大臣の指定する船舶内に居住しなければならない。
(幹部自衛官等の営舎外居住)
自衛隊法施行規則
第五十三条 幹部自衛官並びに准陸尉、准海尉及び准空尉たる自衛官(前条の規定により船舶内に居住すべき者を除く。)は、防衛大臣の定めるところに従い、営舎外に居住するものとする。
そういうところでも幹部と曹士は違うんですね。
准尉に幹部の特権というのも、こういうところで現れてますね。
実際には、曹士も年齢や結婚によって営外居住の許可を受けることできるから、「准尉になったおかげで営外居住の権利を得た!」って感じにはならないんだけどね。
で、この規定は一般的な陸上部隊での話で、艦艇乗員は階級に関係なく艦内に居住する義務があるんだ。
普通の部隊と艦にはそういう違いがあるんですね。でも、なんでそんな規定があるんですか?
これは隊員に住む場所を提供するための仕組みだと、ボクは理解しているよ。営内居住・艦内居住の義務は、義務であると同時に権利でもあるんだ。
営舎や艦内への居住を強制する以上、その宿泊場所になる部屋やベッドや風呂を使わせないわけにはいかないでしょ?ということは、そういう設備を設置して隊員に提供する義務が自衛隊に生じるわけ。
なるほど、営内居住の隊員には営舎に住まないといけない義務がある代わりに、タダで宿泊する権利が与えられるってことですね。
そういうこと。
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タダ飯は曹士の特権
営内居住・艦内居住は、泊まる場所が手に入るってのもあるんだけど、やっぱり一番の強みは食事の無料支給だよ。
(食事の無料支給)
第十四条 次の各号に掲げる職員(予備自衛官等を含む。以下この条、次条、第十七条及び第十七条の二において同じ。)に対しては、食事を無料で支給する。ただし、これらの者が休暇その他の防衛大臣の定める事由により防衛大臣の指定する場所にいない場合には、支給しないことができる。
一 自衛隊法第五十五条の規定に基づく防衛省令の規定により営舎において居住しなければならないこととされている自衛官(第二十六条において「営内居住の自衛官」という。)である陸曹長等、海曹長等【筆者注:海曹長以下の海上自衛官】及び空曹長等
二 乗組員である陸曹長等及び海曹長等
三~六 省略
2 前項に掲げる職員以外の職員に対しても、次の各号のいずれかに掲げる場合に該当するときは、食事を無料で支給する。
一~二 省略
三 乗組員として艦船に乗り組んでいる場合【筆者注:准海尉以上の自衛官でも適用される】
四~六 省略
防衛省の職員の給与等に関する法律施行令
タダで食事が出来るんですか。いいですね。
正確に言うと「給与の現物支給」という扱いなんだけど、まぁそういうこと。
食事の内容は栄養士による管理を受けているから、普通の外食と違って毎日三食食べても健康を維持できるように出来ているよ。
今どき、外食でジャンクフードを避ければ一食1000円超えは当たり前ですからね……。三食を基地の食事で済ませれば、軽く数万円分の節約になりますね。
で、ここでポイントになるのが、艦艇乗員の幹部は無料で食事できるけど、普通の幹部は無料の食事ができないこと。
……そうか、自前でなんとかしろってことなんですね。
そういうこと。営外ならダメってのは曹士も同じなんだけど、曹士は営外居住を諦めれば給食を受けられるんだ。対して幹部は基本的に営内居住することがないから、給食も受けられないんだ。
艦艇で給食を受けることに慣れた幹部が、陸上部隊に異動すると真っ先に困るのがここだね。
その場合、食事はどうするんですか?
制度上は「有料給食」という方法があって、給与から食事代の天引きを受けることで、無料の隊員と同じように食堂で食事できる場合があるよ。ただ、利用条件が色々あるのと、食堂の供給能力の問題もあって、海上自衛隊でこの制度を利用している人はあんまり見たことがないなぁ。
有料給食は、航空部隊のパイロットや学校の教官などが受けられる制度で、陸上部隊に勤務している普通の営外者は受けることが出来ません。また、学校教官をしていた筆者の友人は、有料喫食を希望していましたが、当時の食堂運営の事情から却下されたそうです。
実際には、家から弁当を持ってくる人が多いかな。基地内に弁当を宅配してくれる業者を利用する人もいるね。あとは、大抵は食堂の近くに「委託食堂」っていう有料の食堂があるからそこを使うのも手だね。
そのあたりは普通の会社の人と同じですね。
……しかし。先パイ。
こうしてみると、営内居住者の方が圧倒的に優遇されてません?
そう。タダ宿にタダ飯。これらは全て曹士の特権として、自衛官募集の大きな訴求力になっているんだ。
支払われる給与自体はそこまで高くないかもしれないけど、家賃も食費も水道光熱費もタダ、となれば、給与のほとんどは自由に使える。
浪費しなければ、1年で100万円の貯金をこしらえるのだってそれほど難しいことではないんだ。
おぉ~
……とは言え。
それでも、曹士隊員の多くが歳を重ねると営外に移っていくんだ。
こんなにメリットがあるのに、ですか。
営内者は、いろんな規則に縛られるからね。営舎に持ち込んではいけないものもあるし、外出できる時間も決められている。部屋だって個室じゃないから赤の他人と一緒に過ごさないといけないし、整理整頓しないといけない。
月10万円の節約と引き換えに自由を失うわけですか。
うーん……。
ね。だから、営外居住にも営内居住にもそれぞれメリットとデメリットがあるっていう、当たり前の話なんだ。
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社会的待遇は幹部の方が上?
給与は年功序列だが……
次は給料の話。
やっぱり「幹部」っていうくらいだからガッポリもらえるんですか!?
……まあ、実際いくらもらえるかはおいといて。
えっ
今回は幹部と曹士で何が違うかの話だからね。
まず、幹部だからといって、曹士に圧倒的な差を付けている訳ではないよ。
うーん。そうなんですか。
自衛隊の給与は、年1回決まった分だけ昇給していく仕組みで、成績に応じて昇給額が若干変動するんだ。成績がいい人は1回の昇給で1.5年分とか2年分の昇給が得られるようになっているの。
で、階級ももちろん給与額に影響するんだけど、昇任前と昇任後の給与額はほとんど変わらないようになっている。だから、階級があがったから、直ちに給与が上がるってものでもないんだ。
……つまり、階級より勤続年数の方が給与に影響すると。
年功序列ですね。
実際、入隊したての若手幹部より、1曹2曹くらいの人の方がたくさんもらってるっていうのはよくあることだよ。
まあ、公務員ですからね。意外ではなかったですが。
ただ、勤続年数で全てが決まるかと言えばそうでもないんだ。まず「あまり変わらない」と言っても、やっぱり階級が高い方が若干給与が高め。同じ勤続年数なら階級の高い人の方が高額だよ。
そして、幹部は複雑で難しい業務をこなすことが多いから、曹士に比べると勤務成績が高めに評価されやすいし、表彰を受けることも多い。結果、幹部の方が特別昇給をする頻度が高いし、ボーナス(勤勉手当)でも好成績になりやすい。最初は海曹とそれほど変わらないかもしれないけど、30代後半、3佐くらいになる頃には、50代の上級海曹よりも高額になって、あとはさらに差が広がっていくんだ。
30代で50代の海曹と同じ給与ですか。そう考えると、幹部もそこまでは悪くないですね。
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幹部の一番のメリットは名声?
これは地味なポイントなんだけど、幹部は名声が得られる。
有り体に言えば、部外の人からそれなりに尊敬してもらえる。
自分で言うか、それ?
特に護衛艦の士官や航空機のパイロットは、イメージがいいよ。
「護衛艦の航海長をやってます」とか「P-1哨戒機の機長をやってます」って言えば、いかにも凄そうに聞こえるでしょ?
真面目な話、部外の人は海上自衛隊の仕事なんてあんまり知らないから、肩書きで値踏みするしかないんだ。
他の会社だってそうでしょ?同じAmazon社員でも「シニア●●マネージャー」なんて肩書きが付いてる人と、倉庫で箱詰めやっている作業員では、外部の人からの印象は全く違う。その仕事が実際どれくらい難しいかは関係ないんだ。
まあ、確かにそうですね。少なくとも私はそうです。
中にいる人からしてみると、艦の初任幹部なんて正直雑用係以外の何者でもないんだけど、外の人から見れば、低級と言えども管理職。敬意を払うべき存在として扱われるんだ。
そういう意味では割りを食うのが海曹だね。優秀で組織運営に貢献している海曹なんていくらでもいるんだけど、外の人からしてみたら作業員に過ぎないの。
なるほど……
キツいのが再就職。せっかく技術を持っていて、数十人の部下を束ねる員長を経験していても「ただの平社員でしょ?」って扱いを受けてしまうことがあるんだ。
だから、幹部予定者課程の制度を使って定年退職前に幹部になっておいた方がいいって言う人も少なくはないよ。
最近は自衛隊に対する理解が広まってきて、かなりマシになったとは言うけどね。
名声って単に気分の問題じゃないんですね。
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まとめ
それじゃあ、ここでまとめよう。
前回は幹部が指揮官にしてゼネラリスト、曹士が作業員にしてスペシャリストで、幹部は転勤の頻度が多くてしかも全国転勤っていう話をしたね。
今回は、居住場所の話と名声の話。
幹部は基地の外に住む営外居住が原則、曹士は基地の中に住む営内居住が原則で、営内居住は宿代がタダになるだけじゃなくて、無料の給食を受けられるんだ。
やっぱり、このメリットは見逃せませんね。
月に10万円以上のメリットがあります。
本来、幹部は基地の中にも住めないし、無料の給食も受けられないんだけど、数少ない例外が艦艇の乗員。
艦艇乗員は階級に関係なく艦内居住が原則で、無料の給食も受けられるんだ。
艦艇乗員も結構お得なんですね。
それに加えて、名誉の問題。
幹部は管理職として部外の人からそれなりに敬意を払われるという話。
どちらかと言うと、この話の問題は曹士ですね。
別に単純労働者というわけでもないんですが、そういう風にみなされてしまうことがあると。
というわけで、今回の話はここまで。
給与や給食については気になるだろうから、これからも教えていくね。
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