この記事では、幹部自衛官に与えられる特権について、次の内容を説明します。
- 幹部には、「生活区画の分離」「雑用の免除」「外出制限の免除」といった特権が与えられる。
- 特に艦艇では、海士の中から指定された「士官室係」が幹部の食事の際の給仕や士官寝室の清掃などを行う。
- これらの特権は近代軍隊において士官は貴族、兵卒は平民であったことの名残であり、どの程度の特権が与えられるかは国によって異なる。アメリカ軍やそれに倣った自衛隊は比較的少ない部類。
- 一見不平等に見えるが、「権威の維持」と「意思決定者の思考リソースの確保」の2点から、一定の合理性があり、現在も認められている。
特権の理由
幹部に与えられる特権
幹部と曹士の話をしたから、幹部にはどんな特権が与えられるかについても話しておこう!給与が高いだけじゃなくて、こういう利点があるんだ。幹部はいいぞー(棒
主な幹部の特権
- 生活区画の分離
- 寝室・食堂・風呂・トイレなどについて、幹部専用のスペースがある。
- 雑用の免除
- 掃除や総員作業(物品搭載)などが免除される。士官便所などの清掃も曹士が行う。
- 外出制限の免除
- 曹士は部隊長から外出許可を受けなければ基地から外出できないが、幹部は許可を受ける必要がない。(なお艦艇の場合、外出ではなく「上陸」であり、規則が異なる。)
個人的に一番ありがたいのは、雑用の免除だね。
士官便所で配管が詰まったときの開通作業とか、汚物処理装置のスラッジの除去とか。海曹だと、どれだけ偉くなってもそういう作業を自分でやらないといけないのに、幹部だとペーペーの3等海尉ですら手を汚さなくて良い。
うぅ……そういう仕事もするんですか……。
これは皮肉でも何でも無く、曹士のみんなには感謝してもしきれないよ……。ボクなんてどうしても嫌だなぁって思ってしまうけど、みんなはきちんと作業してくれるんだもの。
そういうことに出くわす度、自分は恵まれてるよなとも思うし、甘ったれてるよなぁとも思うんだ。
というか、トイレ詰まらせちゃダメじゃないですか。何やってるんです。
艦艇のトイレは構造上尿石が溜まりやすく、しばらく使っていると「湯の花」のように配管が閉塞していきます。汚物処理装置の特性上、強力な薬品も使えないため詰まりを除去するのは困難です。おまけに振動などの影響で、小便器直下のU字トラップから液漏れしやすいという問題点が。
ここ数年で、トイレや汚物処理装置の改修が行われたというので、改善されることを願うばかりです。
幹部の特権は特に艦艇で顕著だね。士官室、士官寝室、士官浴室、士官便所……色んなところに幹部の専用区画が用意されてる。
しかも、海士から役員として「士官室係」が数名指定されて、幹部が食事をするときの給仕や士官寝室の清掃なんかをやってくれるんだ。
給仕って……部下を召使いにしてるんですか?
貴族じゃあるまいし。
まあ、色々思うところはあるね。でも、その貴族ってのは、あながち間違いじゃないんだ。
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近代、士官は貴族だった。
歴史的な経緯を考えると、もともと近代のヨーロッパの軍隊では、士官は貴族がやるもので、その下にいた兵卒たちは徴兵された平民がやってたんだ。士官は小さな頃から英才教育を受けて、学のない兵卒たちは責任をとらなくていいかわりに、士官の号令にただ盲目的に従って戦うことを求められたんだね。
確かに、世界史ではそういう風に習いましたね。
士官として任官することを英語で”Commissioned”と言う――例えば、2023年に3尉に昇任したらプロフィール欄に”Commissioned in 2023.”なんて書くんだけど、これは国王から「お前を我が国の士官に任命する」という認定証をもらうことを指すんだ。最初は貴族でないとこの認定証をもらえなかったけど、戦力が足りなくなってくると、平民でも優秀な者はもらえるようになって、そのうちに士官学校を卒業すれば誰でも士官になれるようになったんだ。
その名残で現代の軍隊でも、士官は多かれ少なかれ、貴族的な性質を帯びてるんだ。
なんとも。歴史ですね。
単に”Officer”あるいは”Commissioned Officer”と呼ばれる士官に対して、下士官は英語で”Non-Commissioned Officer”と呼ばれます。これは下士官が、士官のようなまとめ役としての役割を与えられた兵卒、すなわち「私設の士官」であったことに由来するものであり、国家からの認定を受けていないが故に十分な責任能力を持ち得ない、ということなのです。
OfficerがCommissionされていることの重要性は、各国軍の構造や国際法規などでも示唆されるものです。どの国の軍隊も、士官は国家元首や軍のトップから認定されるものであり、海上自衛隊でも幹部の任免は海上幕僚長(曹士は各地方総監)が行います。また、国連海洋法条約での軍艦の定義には「当該国の政府によって正式に任命されて、その氏名が軍務に従事する者の適当な名簿又はこれに相当するものに記載されている士官の指揮の下にあり」というフレーズが含まれており、「国家から任命された士官」が軍艦の構成要件にまでなっています。
どのくらい貴族的な性質を帯びているかは、国によって違うんだ。よく言われるのが、イギリス海軍やロシア海軍なんかは結構強いと聞くね。アメリカ海軍やそれに倣った海上自衛隊は比較的軽い方らしいよ。
イギリス式だった旧海軍の艦艇だと、食事する場所が違うどころか、士官と下士官兵で食べるものが違ってたなんて話もあるね。大型艦艇にもなると士官が軍属として料理人を雇って、コース料理を作らせていたとか。(高級士官は良いが、付き合わされる若手士官が破産する)
本当に貴族ですね……。そこまで特別扱いする意味はあるんですか?
まぁ、少なからずそう思う人がいるから、アメリカ軍や自衛隊は特権が少な目なんだよね。ボクも、不平等があるのはあんまり好きではないかな。
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特権の合理性
ただ、これにはこれで一定の合理性があるんだよね。
士官に特権を与える合理性
- 権威の維持=服従する習慣の植え付け
- 生きるか死ぬかの極限状態におかれた時に、規律と服従を維持できないと部隊は崩壊する。
- 日常的に特別扱いすることで、あたかも指揮官が自分たちとは違う、特別な人間であるかのように錯覚させ、極限状態でも指揮官を信じられるようにする。
- 指揮官の権威が維持されることにより、部隊は烏合の衆にならず、生き残ることができる。
- 意思決定者の思考リソース確保
- 士官(特に高級士官)は意思決定をしており、部隊に与える影響が大きい。
- このような頭脳労働は潤沢な思考リソースを用意できるかで正否が大きく左右される。
- 士官を掃除のような煩わしい作業・ストレスから解放し、頭脳労働に集中させた方が、部隊全体が得をする。
なんか、まるで洗脳みたいなこと言ってますけど、大丈夫ですか?
洗脳、というほど大それたものではないよ。実際、心の底から士官に服従を誓ってる兵卒なんてまずいないよ。
でも、リーダーとフォロワーが完全にフラットな関係を築いていたら、多分フォロワーは恐怖を克服できずに、命令に異を唱えてしまう。
こう言ってはなんだけど、自分が死のうとしている時に、誰かのために何かをするなんて、狂気以外の何ものでもないんだよね。でも、その狂気が無ければ、みんな恐れをなして逃げ出してしまう。
だからこそ「この人は特別な人」「この人の命令に従う以外選択肢はない」という雰囲気が必要なんだ。その雰囲気があれば、人は恐怖に直面しても、ちょっとだけ踏みとどまることが出来る。
ふーん……そういうものですかね?
もちろん、指揮官自身が優れた能力と高潔な人格を備えていて、自然とみんなが従う雰囲気が出来上がるのがベストだよ。これを「統率」と言うんだけど、実際みんながみんな、そこまで出来る人たちではないからね。指揮官をワンランク上の人間として扱う習慣が必要になってくるんだ。
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まとめ
それじゃあまとめるね。
今回は幹部に与えられる特権について話したよ。
幹部は単に給与が高いだけじゃなくて、「生活区画の分離」「雑用の免除」「外出制限の免除」といった特権が与えられるんだ。特に艦艇は士官室係に食事の給仕をさせたり、士官寝室の清掃をさせてたりしてるよ。
トイレ掃除しなくて良いんだもんなぁ……
一応言っておくけど、だからと言って部屋やトイレを好き放題に汚していいってわけじゃないからね。人にやらせるからこそ、礼節を持って綺麗に使うの。基本的に自分で汚したら自分で始末するし。
今言ったような特権は、もともと近代の軍隊で士官は貴族、兵卒は平民だった時代の名残だった、という話もしたね。
時代錯誤にも思えますが、幹部の権威を維持することが部隊の瓦解を防ぐ上で重要なのと、指揮官の思考リソースを確保したほうが良いので、幹部にはそういう特権を与えておくのも一定の合理性があるという話でした。
こうしてみると、大したものですね。曹士から幹部になりたいという人も結構多いんじゃないですか?
えっ!?……うん、そりゃーそうだよ(棒
……先パイ?
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