この記事では、令和6年度概算要求を踏まえ、「自衛隊海上輸送群(仮称)」の新編 について、3回に分けて次の内容を説明します。
第1回
- 概算要求において、「共同の部隊」として「自衛隊海上輸送群」の新編が発表された。
- 共同の部隊としての輸送部隊新設は、防衛力整備計画にも記載されていた。
- 共同の部隊とは、陸自・海自・空自のいずれにも所属しない、防衛大臣直轄の部隊。自衛隊サイバー防衛隊などが存在する。
- 「共同の部隊」は各自衛隊指揮官(自衛艦隊司令官など)の指揮下にないため、より統合作戦に適した組織構造になる。
- 海上輸送とは
- 海上輸送は、作戦上の所要から部隊や補給物資を船舶輸送すること。
- 海上輸送は非常に複雑な作戦。僅かな要素の違いによって作戦様相が大きく変わり、調整しなければならない関係者が非常に多い。
- 「どうやって輸送艦に積んで」「どの経路を通って進出して」「どうやって陸揚げするか」だけではなく、「いつ何をどこに運ぶか」「どのように護衛するか」を検討することが必要
第2回
- 海上輸送の現状と課題
- 輸送プラットフォームの不足
- 海上自衛隊が保有する輸送艦は3隻。有事には民間船を借り上げる契約を結んでいるが、それでも輸送艦船が圧倒的に不足している。
- 海上輸送のプロの不在
- 海上自衛隊には、海上輸送を専門にする人材がほとんどいない。輸送艦乗員やその上級司令部スタッフは輸送艦を運用するプロであって、海上輸送全体のプロではない。
- 統合作戦機能の不足
- 現状、統合作戦を実施する場合でも陸自・海自・空自はある程度独立して動いているため、各自衛隊間で複雑な調整が必要。
- 海上輸送を行う「作戦の所要」は、むしろ陸自・空自から発生する。「何を」「どこに」「いつまでに」「どの順番で」運ぶかは、海上自衛隊のスタッフでは決められない。
- 輸送プラットフォームの不足
第3回
- 自衛隊海上輸送群(仮称)はどのような組織になるか
- 陸海空、全ての自衛隊から幕僚を集める。
- 当面は、輸送作戦の調整の仕組みを検討し、統合演習を通じてその実効性を検証する。
- 「常設統合司令部(仮称)」と同じ建物に入る。
- 作戦上、海上輸送が必要になれば、司令部内に海上輸送群の幕僚が常駐し、統合司令部の作戦指導に大きな影響を与える。
- 大戦期の「海上護衛総隊」とは似て非なる物になる。
- 海上護衛総隊は通商保護のための組織であったが、海上輸送群は水陸両用作戦を主眼とした組織になる。ただし、ここで蓄積されたノウハウが将来通商保護に活用される可能性はある。
- 輸送艦艇も海上輸送群へ移管される可能性
- 陸海空、全ての自衛隊から幕僚を集める。
水雷長~。海自にはもう輸送部隊がありますよね?確かに新しい組織の方が統合運用には向いてるかもしれませんけど、今のままじゃダメなんですか?
そうだね、まぁハッキリ言うと今のままではまともに輸送作戦が出来ないから、改革を進めようとしてるんだね。
海上輸送の現状と課題
輸送プラットフォームの不足
まず、現時点で海上自衛隊が持っている輸送部隊って何?
はい!「おおすみ」型輸送艦が3隻です!
そう。輸送艦3隻。これが海上自衛隊が海上輸送に使える自衛艦の全て。陸自隊員330名と戦闘車両からなる普通科中隊戦闘群を1隻で輸送できると言われているね。
おぉ~
じゃあ、この3隻は、果たして作戦をするのに十分な数か。
うーん……分かりません!
……まあ、正直言うと、ボクも何隻あれば足りるのかは知らない!
なんだよ、威勢の良いこと言っといて知らんのかい。
だって、陸自は専門じゃないし、彼らの作戦計画だって見たこともないからね。むしろ、防大卒のみんなの方が詳しいでしょ?
でもまぁ、この330人の1個中隊戦闘群だけ送り込んでハイおしまいっ、てことが絶対にないのは分かる。どんなに小規模な作戦でも1個連隊か2個連隊、1000名くらいは投入しないことには話にならないはず。
他にも、陸自のSSM連隊、空自の高射群なんかも運ばないといけない。
この時点で3隻をフルに使っても1往復では全部隊を運べない。2、3往復は必要になってくる。
いえ、部隊だけではなく、補給物資だって運ばないといけません。
1000~2000名が活動するための食糧や燃料、弾薬を考えると、上陸から1、2週間くらいの間には、同じくらいの輸送力を指向する必要があるはずです。
小笠原諸島の代表的な交通手段、貨客船「おがさわら丸」は、総トン数約11,000トン、載貨重量約1,700トンで、週1回程度のペースで人口約2,500名の小笠原諸島に食糧や日用品を輸送しています。これらの輸送力で概ね島民の需要と釣り合いが取れていると言われています。(正確には、これに加え月2、3回程度、総トン数約300トンの貨物船「共勝丸」で燃料などが輸送されます。)
「おおすみ」型の正確な輸送力は不明ですが、乗艦可能な人員数や船体サイズを考えると、同船の20~50%増しくらいの積載量ではないかと、筆者は類推しています。作戦行動している隊員の物資の消費量は、平穏な生活をしている市民に対して、数割増しか2倍くらいになるでしょう。従って、弾薬の消費量や破壊された装備の補填量にもよりますが、1000~2000名程度の部隊が離島で活動する場合、少なくとも週に1回程度は「おおすみ」型1隻分くらいの輸送力を指向しないといけないのではないかと憶測しています。
それに修理もあるしな。5年に1度の定期検査に1年1回の年次検査。有事の際は、すぐに戦列復帰させるとは言っても、船体に大穴空けてたらどれだけ工程をすっ飛ばしても復帰まで1か月はかかる。
それと修理明けの訓練。これも非常時には省略できなくもないが、部隊の能力にはやっぱり響いてくるな。
3隻のうち1隻くらいは使えない前提で考えないと、色々破綻しかねない。
アレはどうです?ナッチャンWorld。
PFI事業船だね。有事の際に自衛隊が使用できるように、事前契約を結んだもの。防衛省は津軽海峡フェリー「ナッチャンWorld」、新日本海フェリー「はくおう」と契約を締結してる。
輸送量は「おおすみ」型とほぼ同等くらい。とは言え、これでも5隻。
そもそも、途中で撃沈された場合のこととか、考えたことあるんですかね?1隻でも使えなくなったら、輸送力が20%ダウンする計算です。
うーん。。。よく分からないんですけど、分かりました。
さっき水雷長が言ってたけど、輸送力の需要は作戦計画によるところが大きいから、おれたちにはどのくらい過不足があるのかを確信する手段は無いよ。とは言え、必要な輸送量を憶測で積み上げていくと、「おおすみ」型3隻とPFI船舶2隻で海上輸送を完遂できるとは到底思えない。輸送艦船が足りてないよ、やっぱり。
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海上輸送のプロの不在
海上自衛隊には、というか自衛隊には、海上輸送を専門にする人材がいないんだ。
えー!?だって、輸送艦の乗員とかいるじゃないですか!
そう、海上自衛隊には輸送艦3隻の乗員と、その上級司令部、具体的には掃海隊群司令部と第1輸送隊のスタッフがいる。
ところが、彼らは輸送艦を運用するプロではあっても、海上輸送の作戦を取り仕切るプロではないんだ。
水雷長が前回おっしゃっていたことですね。
輸送計画を立てたり、護衛計画を立てたりするのが難しいって。
そう。掃海隊群は水陸両用戦の研究をずっと続けていて、確かに機雷敷設下での揚陸の要領にも習熟している。でも、それは海上輸送の一部分に過ぎない。
だいたい、どうやって護衛するかなんて、掃海隊群に考えさせても良い結論は出ないからね……。
そうだな。護衛艦系列の人間もいないことはないが、掃海隊群の幕僚は掃海系列の人間が多い。護衛艦が実施する各種戦を考えろと言っても、ちょっと無理がある。おれたちに掃海計画立てろって言われても困るのと一緒だ。
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統合作戦機能の不足
そういうプロの不在を招いているのだって、元々の原因を考えれば、統合作戦をするための仕組みが出来てないからとしか言い様がない。
去年、演習の時に自衛艦隊司令部で増強幕僚として呼ばれたんだが、陸自・空自との調整はなかなか上手く行かないな。
陸自・空自の連絡幹部は何人もいるんだが、そいつらも所詮伝言役に過ぎなくて作戦を主導しているわけではないから、お互いの司令部でやってる会議の合間に何度も電話しまくって、ようやく数日後の行動を変えさせる、くらいのことしかできない。
今の話を聞いて確信が持てました。
統合司令部を作るのって、そういうことなんですね。
そうなんだよ。作戦をするのも、陸自は朝霞で、海自は横須賀(船越)で、空自は横田で、バラバラに考えているんだ。自衛艦隊司令官が統合任務部隊指揮官に指定されていたって、その幕僚は海自の作戦計画を主体に考えるし、陸自や空自がそれぞれの都合で動いているのに対して、修正を加えさせることしか出来ない。
そのためには十分な意思疎通の出来ていない幕僚同士で複雑な調整をしないといけないし、誰がその調整を主導するのかも明確にはならないから、結論が出るまでに滅茶苦茶時間が掛かる。
その欠点が如実に表れるのが、輸送計画だね。
そうですね。海上輸送の前提になる「作戦上の所要」は陸自・空自から生まれるものがほとんどです。何を、どこに、いつまでに、どの順番で運ぶべきか、海自の司令部でいくら考えていたって、答えは出ません。海自のスタッフには決められませんよ。
そういうアレコレを踏まえて生まれるのが「自衛隊海上輸送群」ってワケ。
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まとめ
さて、このあたりで一回まとめよう。
前回の話は、概算要求で「自衛隊海上輸送群」の新編が発表された件だったね。
共同の部隊とは、陸海空いずれの自衛隊にも属さない部隊で、統合運用に適した組織構造だと言いました。
それから、海上輸送とは何か、の話だったね。砲術士、覚えてる?
もちろんです!作戦上の所要から、部隊や補給物資を船で運ぶことです!ちょっとした条件の違いが作戦様相に与える影響が大きくて、しかも調整しないといけない関係者の数も多い、非常に複雑な作戦です!
お~、きちんと覚えてるじゃないか。
水雷長がおっしゃったのは、それに加えて、単に運ぶだけではなく、輸送計画や護衛計画を考えるのが必要ということでしたね。
そうそう。で、今回は海上輸送の現状と課題の話。
まず、輸送艦船が圧倒的に足りてない件を話したね。
正確な数字は分かりませんが、修理や補給のことを考えると、3隻と2隻の民間船ではどう考えても足りない、ってことでしたね。
その次が海上輸送を専門にする人材の不在。
輸送艦の乗員やその司令部のスタッフは輸送艦を動かすプロであって、海上輸送の作戦全体を仕切るプロではないとおっしゃいました。
そう。その原因にもなっているのが統合作戦機能の不足。
統合運用の体制が出来たとは言っても、陸海空自衛隊が独立して作戦を進めてるから、陸自や空自に何かして欲しいことがあっても、調整が大変なんだよな。
そのような状況では、綿密な輸送計画を立てるなど夢のまた夢です。
輸送の所要は陸自・空自から生まれることがほとんどなわけですから、海自のスタッフだけで輸送計画を立てることは出来ません。
うんうん。だいぶ分かってきた気がします!
それじゃあ、次回は「自衛隊海上輸送群」がどういう組織になるのかを予想してみよう!
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