この記事では、海上自衛隊、特に護衛艦における先任伍長制度について、次の内容を説明します。
- 先任伍長は、部隊で一人だけ指定される、部隊の海曹士を取りまとめる上級海曹
- 服務指導や隊員の相談などを担当
- 曹士を縛る存在であると同時に、曹士の利益代弁者でもある。
- 艦長と言えど無視できない影響力を持つ。
- 最先任の海曹が指定されることが多かったが、近年は人格重視での抜擢人事も増加
- 陸自・空自の同様の制度は准尉でも指定可能だが、海自は曹長のみ。
- かつては本来の役職との兼務だったが、近年は専業になった。
- 上級部隊になるほど先任伍長は高位とされるが、上下関係である以上に役割の違いが大きい。
- 服務指導や隊員の相談などを担当
- 先任伍長は激務
- 部隊内の主要な会報・会議に出席
- 対外的な行事・会議にも参加
- 部隊員との面談
- 激務故に忌避する隊員が増加
- 防衛記念章などのインセンティブが設定された。
- 先任伍長のやりがい
- 激務ではあるが、部隊員一人ひとりと向き合うことに専念できる数少ない仕事
- 指揮官と並ぶ「部隊の顔」
こんにちは~。
やぁ、よく来たね。
パートの事は一通り教えたから、今日は先任伍長に会ってもらうよ。
初めまして。「ひとなみ」先任伍長を拝命しております、海尾曹長と申します。
あ、どうも。京井です。
……え?この人は美少女化しないんですか!?
いやぁ、何度も試したんだけど、この人だけはボクの妄想力をもってしても、どうにもならなかったんだよ……。
曹士の元締め
それはそうと、先任伍長って何です?
先任伍長は、海曹士の取りまとめ役になる上級海曹のことだよ。
艦にひとりしかいなくて、左胸に金色のバッジ(先任伍長識別章)を付けているよ。
(定義)
先任伍長に関する達(海上自衛隊達第13号。15.3.11)
第2条 この達において、次の各号に掲げる用語の意義は、それぞれ当該各号に定めるところによる。
(1)先任伍長 部隊等の長(クルーを置く部隊に所属する自衛艦の長を除く。)及びクルー長(以下「部隊等の長」という。)により指定を受け、当該部隊等の海曹士を総括し、部隊等の長を補佐する者をいう。
自衛官は幹部と曹士に分かれるって話をしたでしょ?
幹部は曹士の管理に責任を持つんだけど、上級海曹も管理業務の一部をになって、幹部の補佐をするんだ。
先任伍長はその最上位にある……つまり、曹士隊員の親方ってワケ。
ふーん。曹士の人の名誉職みたいなものなんですか?
いや、そういう面もないわけではないけど、もっと実利的なものだよ。
服務指導や団結強化が使命
服務指導をしたり、乗員の相談にのったりというのが先任伍長の主な業務になります。艦艇にはパート長や、班長、分隊先任海曹など、様々な指導役が設けられていますが、彼らには所掌する隊員が決められているのに対し、全曹士隊員に対して責任を持つのが先任伍長の特徴です。
(任務)
先任伍長に関する達(海上自衛隊達第13号。15.3.11)
第3条 先任伍長は、部隊等の長の命を受け、次の各号に定める事項について部隊等の長を直接補佐する。
(1)規律及び風紀の維持をはじめとする海曹士の服務の指導
(2)部隊等の団結の強化
(3)海曹士の士気の高揚等に係る活動の推進
(4)前3号に係る事項についての各部隊間における情報交換等の推進
(5)海曹士の人事業務に関する助言
B幹・C幹はまだ曹士の経験があるけど、艦長クラスにもなると、ほとんどが曹士の経験がないA幹でしょ?やっぱり、経験者でないと分からないこと、語れないことはあるからね。アドバイザーになる海曹が必要になるんだ。
ふーん、そういうものですか。
お目付役であり、利益代弁者
幹部の方には、考えなければならないことがたくさんありますから、あまり些事で悩ませるわけにもいきません。
艦内で起きている問題を、早期に発見して幹部に報告するのも、大きな問題にならないうちに解決するのも、私たち上級海曹の役目です。
幹部のやることにはどうしてもパワーが伴うからね……。幹部が部下にガミガミ言い始めると、組織が硬直的になってしまうんだ。
先任伍長をはじめとする上級海曹がしっかり指導してくれるからこそ、柔軟性を保ちつつ、規律を維持できるんだ。
なるほど。曹士を縛る役目をやってくれるんですね。
でも、それだけじゃないよ。休暇や上陸のような大事な問題について幹部に意見を述べて、曹士の利益を守ることもしているんだ。
お目付役をやる代わりに、利益代弁者にもなるってことですか?
利益代弁者、と言うと少し大げさな表現になりますが……。
とは言え、上から縛り付けるだけでは人は付いてこないもの。休みや娯楽をきちんと確保することも、艦の能力発揮のためには重要なことなのです。
休みが欲しいのはボクらも同じなんだけど、どのぐらい欲しいのかは人によりけり。でも、往々にして曹士の方が先に限界を迎えるかなぁ。なんだかんだで幹部の方が待遇もいいし。
幹部は何かと上級司令部の意向に触れることが多いから、自分たちにまだ余裕があるからって、訓練や作業を抱え込みがちなんだよね。そのしわ寄せは曹士が受けることになるんだ。
でも、下の人たちが嫌がるからって、命令に従わないわけにはいかないでしょう?
もちろん命令は命令だよ。やらないといけないことは、やらないといけない。とは言え、艦長も上級司令部も、事故が多発するのは本意じゃないからね。「このラインを超えたら曹士は耐えられませんよ」っていうのを主張してくれるからこそ、オーバーワークを防止できるんだ。
絶対的な影響力
先任伍長は指揮官ではないから、部隊の方針を決めるわけではない。
でも、先任伍長の述べる意見は誰も無視できないんだ。それがたとえ艦長でもね。
どうしてそんなに影響力があるんですか?先任伍長の意向に背くと皆がストライキを起こすとか……。
いやいや、そういうことではないよ。
もちろん曹士の代表者である先任伍長のメンツを徒に潰すようなことをすれば曹士の反感を買う、というのは否定しないけど……。
優れた術科力に部隊内外の調整経験、そして豊富な人生経験などなど。周囲から尊敬を集めるだけのことをやってきたからこそ、先任伍長に選ばれているんだ。
見てごらん、ウチの先任伍長の威厳と風格を。幾度となく苦難を乗り越えてきた男の顔だよ。
確かに……。
お褒めにあずかり光栄です。
実際、私は艦艇乗員としての経験は決して他人より多い方ではないのですが。このような半端者を先任伍長にまで据えて戴けたこと、本当に感謝しております。
あら、海尾さんは艦艇の人ではないんですか?
まあ……ウチの先任伍長は他艦と違って色々あってね……。
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選定は人格重視
そういえば、先任伍長ってどうやったらなれるものなんですか?
明確な条件になっているのは階級が海曹長であることだね。曹長の中から能力に優れた人を、部隊の指揮官(艦長や司令など)が選ぶんだ。
ちなみに人手不足で部隊内に曹長がいない場合は1曹から選ぶことになってるよ。とは言え、そうならないように部隊内に曹長を1、2人くらいは抱えておくのが普通。
(先任伍長の指定)
先任伍長に関する達(海上自衛隊達第13号。15.3.11)
第5条 部隊等の長は、当該部隊等の海曹長(自衛艦にあっては、自衛艦編制訓令第8条に規定する警衛海曹に限る。)の中から、責任感、協調性、規律、実行力、知識・技能、統率・指導力及び表現力の優れた者を先任伍長として指定する。ただし、当該部隊等に海曹長が配置されていない場合には、当該部隊等の1等海曹(自衛艦にあっては、自衛艦編制訓令第8条に規定する警衛海曹に限る。)の中から適任者を指定するものとする。
陸自や空自にも同様の制度(上級曹長、准曹士先任など)はあるけれど、それらが准尉からでも選べるのに対し、海自の先任伍長は曹長からしか指定出来ないようになってるんだ。
どうしてです?
モデルにした米海軍の制度(Command Master Chief Petty Officer)が准尉を対象外にしているためだね。逆にどうして陸・空が准尉もそうした役職に就けるようにしているのかが分からない。
艦艇には士官室と先任海曹室が設置されているからかもしれませんね。陸上部隊では准尉も曹長も業務内容はそれほど大きく変わりませんが、艦艇で准尉になると士官室メンバーになりますから。
あと……今更なんですが「伍長」いうのに、なんで曹長なんですか?
ここで言う「伍長」は階級名ではなく、「グループのリーダー」ぐらいの意味合いだからです。
伝え聞くところによれば、この「先任伍長」という名前は旧海軍に由来するものだそうで。海軍では「伍長」という階級こそなかったものの、小さなグループを率いる兵曹の役職名として「伍長」がありました。それが転じて、古参の兵曹……今で言うところのCPOが伍長と俗称されるようになり、その先任者、つまり部隊内で最先任の兵曹が「先任伍長」と呼ばれるようになったそうです。
米海軍に倣ってCommand Master Chief Petty Officerを導入するにあたり、海上自衛隊は旧軍時代にそういう人を何と呼ぶかを紐解いたわけです。
なるほど。その経緯から言うと、やっぱり年功序列で、一番高齢の人が選ばれるものなんですか?
いや、そうとも限らないよ。
かつては「最先任の人で」って傾向が強かったみたいだけど。自衛官の序列ってその階級に指定された順番だから、「最先任を」と言うと、曹長に昇任してから時間さえ経てば条件を満たしてしまうんだ。能力や意欲のある人は少なからずC幹になって抜けてしまうし、なんだったら定年直前で「バックギア」が入った人が最先任ってことも珍しくない。
だから、曹長という条件さえ満たせていれば、むしろ、若くてやる気に満ちた人の方が選ばれるものだよ。在籍してる曹長が消極的な人だったりすると、やる気のある1曹をグイグイ推して、とっとと曹長に昇任させてしまう、なんて話も聞くよ。
最近は、先任伍長への期待がどんどん強くなってきているのもあって、そういう能力重視の抜擢人事が増えてきているらしいね。
階級が曹長で、やる気と能力と人望さえあれば、というのは確かにそうなのですが、護衛艦の先任伍長は1、2分隊出身者が務めている場合がほとんどだと聞きます。科・パート特有の気風により向き不向きがある、というのに加えて、艦に与えられた任務の重要性などを理解し、日常的に艦長や副長とコミュニケーションをとっている点などで、他分隊より若干有利なのだとか。
筆者が耳にしたケースでは、ある艦では給養員長が最先任で、人格的にもぴったりだったというのですが、その人は上級海曹としての管理経験が不十分(戦闘訓練中も調理作業をしているので、訓練管理などをほとんどしていない)であるとして固辞したと言います。
近年、先任伍長は戦闘時や被害発生時にCIC内で艦内防御の補佐をするようになりましたが、機関科や補給科の海曹は適性評価を取得していない者がほとんどなので、ますますハードルが高くなったと言えそうです。
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兼業から専任に
先任伍長への期待が高まっていることのあらわれとして、先任伍長が分隊に所属しなくなったっていうのがあるよ。平成の終わり頃だったかな?
それがどうして期待のあらわれなんですか?
先任伍長の専従化……とも呼ぶべき施策です。
かつて、先任伍長はパート長を続けながら、悪く言えば片手間にやるものでした。が、数年前からは先任伍長に指定されると元々の配置から外されるようになったのです。
なるほど。先任伍長の仕事に専念できるようにってことですか。
ええ。私も射撃員長でしたが、先任伍長指定に伴い次席に譲りました。元々の配置に思い入れはありますから、何かと顔を出すようにはしております。とは言えあまり顔を出しすぎると後任の迷惑になるでしょうから、難しいところですね。
パート長と兼務じゃなくなったのはいいんだけど、問題は定員。先任伍長がパートから外れるからと言って自衛官全体の人数が増えるわけじゃないんだ。
結局のところ、先任伍長に指定されている人も総監部の補職制度上は●●員を●名置いている、という人数にカウントされてるから、パートからひとりいなくなる分は皆で埋めないといけない。そこが苦しいところかな。
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先任伍長にもある「上下」
そういえば、艦以外の部隊にも先任伍長っているんですか?
ええ。人数の少ないところにはいないところもありますが、ほとんどの部隊には先任伍長がおります。
先任伍長に関する達という文書があって、その中でどの部隊に設置するかが決められているんだ。ちなみに、護衛艦隊では護衛隊群司令部や艦にはいるけど、その間にある護衛隊にはいないよ。護衛隊は司令と隊付の他には海曹数名ってところだからね。
第15護衛隊だけは例外的に先任伍長を置いています。これは第15護衛隊が大湊地区のSOSA(地区の最先任水上部隊指揮官)として、群司令部のような監理業務を任されているからです。
そっか、上の司令部なんかにも先任伍長っているんですね。やっぱり、司令部の先任伍長の方が偉いとか、そういう決まりはあるんですか?
ええ。先任伍長は在籍する部隊によって4種類に分かれます。やはり上級部隊の先任伍長ほど高位とされ、下位の部隊で先任伍長を経験した者から選抜されるのが普通です。
先任伍長は部隊により4種類に分かれ、先任伍長識別章(左胸の金バッジ)の星の数が変わります。
- 海上自衛隊先任伍長
- 海上幕僚監部
- 自衛艦隊等先任伍長(≒指定する指揮官が海将)
- 自衛艦隊司令部
- 護衛艦隊司令部
- 航空集団司令部
- 潜水艦隊司令部
- 地方総監部 など
- 護衛隊群等先任伍長(≒指定する指揮官が海将補相当)
- 護衛隊群司令部
- 航空群司令部
- 潜水隊群司令部
- 掃海隊群司令部 など
- 部隊等先任伍長(≒指定する指揮官が1佐以下)
- 艦艇
- 航空隊
- 作戦情報隊
- 対潜資料隊
- 海上システム開発隊 など
とは言え、これは「偉い」「偉くない」という話ではなく、お仕えする指揮官に応じて先任伍長の役割も変わるという話です。
先任伍長業務実施要領
先任伍長は、部隊等の長の命を受け、当該部隊等の副長等の指導監督の下、当該部隊等の海曹士を総括し、必要に応じ関係部隊等の各先任伍長と調整して、次の業務を実施する。
1 規律及び風紀の維持をはじめとする海曹士の服務の指導
先任伍長制度運営要領について(通達)(海幕人第2117号。18.3.28)
(1)省略
(2)海上自衛隊先任伍長
ア 部隊等に共通する海曹士に対する服務指導参考資料を作成し配布する。
イ 海上幕僚監部の人事教育部補任課服務室担当者又は担当副監察官と情報交換を行い、密接な連携を図る。
(3)自衛艦隊等先任伍長及び護衛隊群等先任伍長
地方総監部の管理部人事課服務係担当者又は監察官付と情報交換を行い、密接な連携を図る。
(4)部隊等先任伍長
当該部隊等の警衛海曹、甲板海曹、分隊先任海曹又はその他の役員と連携しつつ、その業務を実施する。
私のような個艦の先任伍長は、あくまで艦内の曹士百余名について管理していればよい――逆に言えば、だからこそ一人一人としっかり顔を合わせて身上把握に努める立場にあります。
一方で、護衛隊群の先任伍長は司令部勤務の曹士隊員だけを見ていればよいのかと言えば、そうではありません。隷下部隊の曹士やその地域で働いている曹士について責任を負うことになるからです。したがって、責任を負う対象が1000名を軽く超えます。護衛艦隊先任伍長ともなれば、6000名ほどにもなるでしょう。
うわ、そんなにたくさんの人の面倒を見ないといけないんですか。
ええ。ですから、このような司令部の先任伍長の仕事は、私のような末端の先任伍長に対し情報提供したり、指導したり、ということになります。
他部隊で発生した服務事故。海幕や総監部に寄せられた地域住民からの苦情。逆に、隊員が部外者から表彰されたようなニュース。こうした、個々の部隊にいてはなかなか知ることの出来ない情報を共有し、司令官や群司令のインテンションも併せて伝える……。そのようにして、彼らは隷下部隊全体の規律を維持するのです。
同時に、私のような末端の先任伍長の意見を吸い上げるのも、彼らの役目です。指揮官から指揮官への報告では、なかなか口にするわけにはいかない実情も、自身では権限を有さない先任伍長同士であればこそ共有できるというわけです。もちろん、それをどこまで指揮官の耳にまで入れるかは、その先任伍長によるところが大です。
その先任伍長はセンスを問われますね。
ええ。私が艦内で耳にしたこと全てを艦長には報告していないように、護衛艦隊先任伍長も耳にしたこと全ては司令官に報告していません。
ただ、報告するにせよ、自分で処置するにせよ、良心にもとづいて為すべきことを為す。そうやってお仕えする指揮官のお仕事が上手く行くようにするのが私たち先任伍長なのです。
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とにかく激務。
先任伍長って凄いお仕事なんですね。さぞや、乗員の皆さんが憧れるんでしょうね。
うーん……。憧れ……と言えば憧れなんだろうけど。
残念ながら、先任伍長になろうという人はあんまり多くいないんだ。
えっ、そうなんですか?どうして?
それはやっぱり、激務だからね……。
部隊内の主要な会報・会議に出席
まず、先任伍長は艦内で開催される、様々な会報・会議に出席する。
これは出席「できる」ということなんだけど、同時に出席「しないといけない」ということでもある。
まず、毎日朝一番に士官室で実施される日例会報。毎朝だよ、毎朝。
なにをおっしゃいます。幹部の皆さんは毎日出席されているではないですか。
まぁ、そうなんですけど……。ボクは正直、毎日毎日あんなに朝早くから予定表の読み合わせするの、だるいですね……。
あとは、定期的(おおむね四半期ごと)に行われる、安全会議、海士会報に海曹会報、班長会報、女性自衛官会報、給食委員会、厚生委員会……。
部署訓練をやる時期になれば、艦内訓練指導班の事前研究会に事後研究会。艦が出港するときは艦内研究会。
そして、分隊人事にも意見を求められる。昇任や昇給、勤勉手当成績率の推薦序列を決める人事会議が開かれれば、それにも出席。
2 任 務(達第3条関係)
先任伍長制度運営要領について(通達)(海幕人第2117号。18.3.28)
(1)(2)省略
(3)人事会議等への参加
部隊等の長は、海曹士の人事業務を適正に実施する観点から、原則として部隊等の人事会議等(海曹士の昇任等の人事管理に必要な事項を決定する会議などをいう。)に先任伍長を参加させるものとする。
会議ばっかりですねぇ……。
幹部も何かと出席を求められるんだけど、役職によって出る会議/出ない会議があるから、そこまで言うほどでも無いんだ。
ところが、甲板士官と先任伍長はほぼ全ての会議に参加することになってる。だから、年がら年中会議をハシゴするような状態になる……。
そうした会議・会報に参加するからこそ、見えてくるものもあります。個人面談では、その人の集団の中での立ち位置が見えてきませんから
。
また、人事についても意見を申し述べる機会を与えて戴けるのはありがたい限りです。幹部の方の目からは目立たないが、力を尽くしている隊員というのは居るものです。そうした者に光を当てるのも私の務めです。
なるほど……。ご立派ですね。
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対外的な行事・会議にも参加
会議が多いのは艦内だけじゃない。部隊の外、主に上級司令部や総監部でも、艦長が参集範囲に入るような会議はたくさんあるんだ。先任伍長はそれにも随行することになる。
指揮官が会議に参加するときは、部隊の実情について意見を求められることがあります。それをサポートするのも先任伍長の務めです。
特に、服務案件の話題が出てくる会議だと、艦長すら呼ばれなくても先任伍長だけは呼ばれる、なんてことも珍しくない。
そして、対外的に行われる行事、儀式……。
儀式……表彰式とかですか?
うん。教育隊の修業式への参列とかね。そういう公的なものもあれば、そうでないものも。
例えば、軍艦の慰霊祭とか。旧海軍の艦と同じ名前の艦だと、その沈没した日とかに開かれる慰霊祭に主要メンバーが招待されたりするんだよね。そういうとき、やっぱり艦長と先任伍長は参加することになる。
あー。まぁ、大事なことかもしれませんけど、本来の仕事でもないのに行かないといけないんですね。
そして、地元の有力者との懇談会。防衛協会とか、自衛隊協力会とか、いろんな名前が付いているけど、OB団体以外は、だいたい地域の中小企業社長あたりが主要メンバーをやってるんだ。そういう人たちが開くパーティに部隊指揮官が招待されることもよくある。
艦艇……特にDDHやDDGみたいなメジャーな艦の艦長は人気で、毎月か、隔月か、というくらいの頻度で招待される。このレベルになると出ないという選択肢もかなり有力なんだけど、せめて会長のところに挨拶にだけは行っておく、という指揮官がほとんど。で、やっぱり先任伍長は随行することが多い。
うん……大変ですね……。
自衛隊の活動は、地域の方々の理解と協力により成り立っています。そうした方々に礼を尽くしておいて、損はないものです。
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部隊員との面談
そして、忘れてはいけないのが、自分の部隊員との面談。
面談って何をするんです?
読んで字のごとく、1対1で話をします。本人や家族の健康状態に、借金の有無や酒席での失敗経験、悩み事など、様々なことを聞いて、事故の兆候を洗い出します。
えー、そんな根掘り葉掘り聞かれるんですか。
もちろん、回答する、しないは本人の自由です。
それも含めて、参考になりますから。
そんなことを聞いて、事故防止に繋がるんですか?
ええ。特に、自殺防止とハラスメントの察知に効果的です。
人は多かれ少なかれ、誰かに分かってもらいたい、大切にしてもらいたい、という欲求を持っています。直属の上司に認めてもらえていると感じている者は、それほど問題ありません。しかしそうでなければ、元々の悩みに加えて、それを理解してくれる人がいないという苦しみを抱え事態を悪化させてしまうのです。
つまり……話をしっかり聞いてあげるだけで、自殺防止などに役立つというんですか?
ええ。もちろん、全ての自殺を防げるわけではありません。
しかし、一人ひとりにしっかり向き合えば、少なからず、抱えている問題は見えてきます。
職場内での人間関係などは最たるもので、パワハラの兆候があれば、相手方を指導して改善させたり、配置換えの必要性を分隊長に説明したりもできます。
とは言え、曹士全員と面談するのはなかなかキツい……。
「ひとなみ」の曹士は百数十名。ひとり5分でも10時間くらいは必要になるんだ。
ひえっ、
だから、新たに先任伍長に指定された場合とか、大きな事故があった場合とかには総員面談をすることもあるけど、日常的にはそこまでできないね。
そうですね。私も半年に1回程度は総員面談を行うようにしていますが、それより高頻度というのはなかなか難しいのが実情です。
なので、艦内を歩き回ったり、分隊先任海曹や班長から悩みのある隊員がいないかを聞き取ったりして、特に注意を要する隊員を選んで面談するようにしています。
あとは……幹部の相談だね。
あれ?先任伍長って、曹士が相手ではないんですか?
それはそうなんだけど、幹部は幹部で大変なんだよ。艦長や副長は相談相手にならないし。
部下にどう接していいかとか、さ。そういうとき、自分だけで決めると独り善がりになりがちだから……。
先任伍長には忙しいのに申し訳ないですけどね。
いえ、そのためにこそ、先任伍長と先任海曹室は存在するのです。幹部の方はお忙しいので、士官室に閉じこもる方も少なくありませんが、各パートの職場や、先任海曹室に足を運んで戴いたほうが、何かと良い仕事ができます。
聖人ですか、この人……。
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先任伍長忌避者の増加とインセンティブ
これだけ忙しい先任伍長だから、最近はどんどん希望者が減っているんだ……。役割が役割なだけに、希望していない人間に強制したところで、役に立たないどころか害悪にすらなりかねないから、能力とやる気と、あと周囲の人望と、このあたりを兼ね備えた人をなんとか用意しなしといけないんだ。
「先任伍長を目指してます!」という海曹は決して少なくありません。が、実際に先任伍長にという話が来ると、多くが尻込みして引き受けません。というのも、そうした人々が先任伍長を目指すのは、B幹・C幹・准尉にならないための方便だからです……。
筆者の知人(A幹)は、幹部候補生学校の護衛艦実習に際し実習艦の曹長から「私はC幹昇任の年齢上限に達したので、無事逃げ切れました」とにこやかに言われたそうですが、幹部にせよ、准尉にせよ、先任伍長にせよ、「責任が重くなるだけ損」という価値観の蔓延(と、実際そのとおりな現状)はいかんともしがたいものがあります……。
先任伍長をやってると特別なボーナスとか出ないんですか?
残念だけど、そういうのは無いんだ。
ただ、先任伍長の仕事をきちんとしている、というのは曹長の中でもかなり評価されるポイントだから、優良昇給とか勤勉手当成績率の選考ではかなりのプラスになるよ。
あとは表彰だね。海曹ではなかなかもらえない4級賞詞も、先任伍長なら多くの人が授与される。大変な任務行動に従事した部隊だったりすると、幹部でも普通は手にできない3級賞詞を授与されることもあるよ。
賞詞
自衛隊における表彰制度の一種。表彰は、賞詞・賞状・精勤章・感謝状の4種に大別され、職務上の功績に関し、隊員個人には賞詞が、部隊には賞状が授与される。
賞詞は、功績の大きさにより特別賞詞と第1級~第5級賞詞に分かれ、上級の賞詞ほど上級の指揮官が表彰を行う(5詞:部隊等の長、4詞:隊司令、3詞:地方総監・司令官・群司令など)。賞詞を授与された者には、賞詞の等級と表彰理由(任務行動、無事故の実績、業務改善など)に応じた防衛功労章(外国軍における勲章を模したメダル)が授与され、防衛記念章(外国軍における勲章の略綬を模した飾り)の着用が認められる。
賞詞を授与されても、それ自体には経済的メリットが無い(制度上は副賞として現金を授与できることになっているが、事実上運用されていない)が、昇任、優良昇給、勤勉手当成績率など人事上の選考で有利になるため、間接的には大きなメリットがある。
一応、そういうのはあるんですね。
近年では、先任伍長経験者に着用が認められる防衛記念章が設定されました。
そう!防衛記念章って、テロ特記念(45号)のようなもう手に入らないものを除けば、基本的にはどれも幹部なら手に入る余地が設けられているんだけど、24~28号だけは幹部では絶対に入手できないんだ。
それだけ先任伍長が特別ってこと!
防衛記念章が欲しくて仕事をしているわけではない……とは言いますが、やはりこういったものを戴けるのは、心躍るものです。
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やりがい
でも、そういうインセンティブがあるとは言っても、やっぱり大変じゃないですか?
そうですね。確かに大変です。
普通の海曹をやっていた頃は、総員在艦日でなければ代休取得するのが当たり前でしたが、今は年末年始やお盆の休暇取得推進期間でもないと代休を取れなくなりました。
乗員が万引きで捕まった時は、どうしてこれだけ言っても分かってくれないのかと、はらわたが煮えくり返る気分になりましたし、まだまだ若い海曹が交通事故で帰らぬ人となった時は、もっと指導していれば防げたのではないかと後悔したこともありました。
それは、本当に辛いですね……。
でも、先任伍長になったことは後悔しておりません。
何故なら、この仕事は海上自衛隊にあって、全力で人と向き合える数少ない仕事だからです。上級海曹になれば自ずと管理業務をするようになりますが、それも全ては受け持ち機器の操作・整備の片手間にやります。しかし、先任伍長だけは、それが本業になるのです。
いつも元気な海士が、心なしか硬い表情だったので話を聞いてみると、彼女にフラれたのだと言ったとき。
その海士が上曹会主催の婚活パーティで、新しいパートナーとマッチングしたとき。
念願叶って3曹に昇任したとき。そして結婚式を挙げたとき。今も鮮明に覚えています。
「ひとなみ」は残念ながら、あまり外聞の良い艦ではありません。
が、そんな落ちこぼれ達でも、目を見張る活躍をすることがあります。
群司令や隊司令の驚いた顔を見たときは、胸のすく思いがします。
艦のこと、乗員のこと、我がことのように思えるんですね。
ええ。先任伍長は艦長と並ぶ「艦の顔」ですから。
これはうぬぼれでも何でもありません。艦の悲しみは私の悲しみであり、艦の喜びは私の喜びなのです。
なるほど。ありがとうございました。
この記事では、海上自衛隊、特に護衛艦における先任伍長制度について、次の内容を説明します。
- 先任伍長は、部隊で一人だけ指定される、部隊の海曹士を取りまとめる上級海曹
- 服務指導や隊員の相談などを担当
- 曹士を縛る存在であると同時に、曹士の利益代弁者でもある。
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- 陸自・空自の同様の制度は准尉でも指定可能だが、海自は曹長のみ。
- かつては本来の役職との兼務だったが、近年は専業になった。
- 上級部隊になるほど先任伍長は高位とされるが、上下関係である以上に役割の違いが大きい。
- 服務指導や隊員の相談などを担当
- 先任伍長は激務
- 部隊内の主要な会報・会議に出席
- 対外的な行事・会議にも参加
- 部隊員との面談
- 激務故に忌避する隊員が増加
- 防衛記念章などのインセンティブが設定された。
- 先任伍長のやりがい
- 激務ではあるが、部隊員一人ひとりと向き合うことに専念できる数少ない仕事
- 指揮官と並ぶ「部隊の顔」
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コメント
コメント一覧 (2件)
はじめまして。いつも楽しく拝見しています!
先任伍長の記事読みたいと思ってたら丁度upされたのでタイミングよかったです笑
准尉って護衛艦ではどんなポジションなんでしょうか?
士官室と先任海曹室のことも知りたいです!
次回も楽しみにしております。
ご感想・ご質問、ありがとうございます!
准尉さんは、なかなか一言で言い表すのが難しい存在です……。
もちろん艦によって、また人によって立ち位置は変わりますが、他の乗員に比べると独特の雰囲気を持ちます。
士官室では雑用担当
卓長(士官室メンバーでお金を出し合って購入する茶・コーヒー・菓子などの管理)や、厚生係(親和会費の徴収・管理など)を担当することが多く、士官室の清掃や来客応対に際して士官室係の海士を指導したりします。その性質上、曹長時代に比べ幹部に気を遣うことが多く、敬遠されがちです。が、「先任海曹室でふんぞり返っている」などと言われるCPOも、実際は艦全体に対する役員業務(体育係や自販機係など)を日々こなしているので、負担も大きくは変わらなかったりします。
実務から若干身を引く
例えば「射撃員長」が准尉に昇任すると「掌砲術士」になります。下の者が繰り上がって射撃員長になるので、立場が上とは言え、新しい員長の領分を侵さないよう配慮が必要になり、実務から少しだけ身を引くことになります。もちろん、仕事が無くなるわけではありませんけどね!初級幹部や員長に対するアドバイス、パート間の調整(掌砲術士なら射撃と射管、掌水雷士なら水測と魚雷など)が主になります。
C幹ほどは前に出ない
士官室内でハードな働き方(手足で稼ぐ)を求められるのはA幹B幹の初級幹部で、C幹は3尉でもそういった体力勝負・根性勝負な仕事を求められていません。とは言え、やっぱり「●●士」がやるべき仕事自体はきちんとやることを求められます。一方、掌●●士にはそこまで求められないことも多いです。そのため、高い術科能力を持ちながらも、それを存分に活かすことは減ります。
それでも頼りにされる
ここまで読んで、概ね、仕事が減って「お飾り」になる、という雰囲気を感じたのではないかと思います。実際そういった受け止め方をしている人は多く、准尉になりたがらない、准尉になるくらいならまだC幹という曹長は結構います。しかし、実際には掌●●士の存在はとても大きいのです。員長よりさらに出来る知恵の泉が士官室にいてくれるのですから、幹部にとっては安心感が違います。訓練の進め方で迷った時や、装備品に深刻なトラブルが生じたときなど、ここぞという時に准尉は底力を発揮してくれるのです。むしろ、普段は前に出ない人だからこそ、その口から出てくる言葉にはとても重みがあるのです。
護衛艦を紹介するシリーズでは、パート一覧だけで途切れてしまい、士官室と先任海曹室の紹介がまだ出来ていないですし、むらさめ型以降のDDや、DDG・DDHの紹介が出来ていないので、私も心残りに思っています。時事ネタ・季節ネタが落ち着くタイミングで、きちんと補完していきたいと考えていますので、ご期待下さい。
これからも、ご愛読をよろしくお願い致します!