この記事では、遠洋練習航海について次の内容を説明します。
第1回
- 遠洋練習航海とは
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 艦艇での生活や部隊運用を経験させ、幹部海上自衛官としての基礎を作る。
- 諸外国海軍と交流し、国際感覚を養う。
- 国内巡航(近海練習航海)から連接し5月に出国、海外諸国を巡り、10月下旬に帰国する。
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 訪問国・港は毎年変わる。
- 外交上の都合などを考慮し、コース(世界一周、環太平洋など)が決定される。
- 概ね前年末にはコースが決定されるが、相手先の都合によっては出国後に訪問先が変わることも。
- 遠洋練習航海部隊とは
- 練習艦隊司令官の指揮下で行動する。
- 実習幹部は、練習艦「かしま」と練習艦/護衛艦1~2隻に分乗する。
- 「かしま」以外の艦は随伴艦と俗称され、「かしま」より生活・訓練環境が厳しいことが多い。
- 乗艦する艦は途中で交代する。
第2回
- 航海当直と訓練
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- いずれも、事前に決められた科などの配置を担当する。
- 部隊では海曹が担当している配置も経験する。
- 航海当直
- 24時間態勢で艦の運航に携わる。
- 4交代制または3交代制
- 1回の航海期間は1~2週間程度
- 部署訓練
- 防火、防水、溺者救助、応急操舵などの訓練を行う。
- 後半では戦闘訓練も実施する。
- その他
- 蛇行運動、占位運動など操艦に関する訓練が随時実施される。
- 舷外放水、探照灯照射、信号拳銃発射などの指定作業が随時実施される。
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- 業務や生活の厳しさ
- 睡眠時間の短さ
- 朝から夕方まで部署訓練などのために拘束され、それ以外の時間にも航海当直が入る。
- 当直から次の当直までの間隔が長くないため、連続睡眠時間を確保出来ない。
- 訓練や当直のない時間も、訓練準備に奔走するため自由時間が少ない。
- 「かしま」の場合、実習員の多さ故に訓練機会が少なく、随伴艦より楽なのが通例
- 随伴艦の狭さ
- 随伴艦の実習幹部用居住区は3段ベッドであることがほとんど。
- 随伴艦には荷物を収納するスペースがほとんどない。
- 随伴艦に乗る時期によっては、引っ越しの手間が大きな負担に
- 長期行動のストレス
- 約半年間にわたる長期行動のため、実習幹部以外の隊員にも強いストレス
- 同僚との人間関係でいざこざが生じることも
- 睡眠時間の短さ
第3回
- 寄港の概要
- 1~2週間に2~3泊程度、各国の港に寄港する。
- 寄港の意義
- 補給
- 食糧(特に生鮮食品)と燃料、真水を購入
- 休養
- 夜まともに寝られる数少ないチャンス
- 外交
- 自衛隊が行う海外派遣で最も高位の指揮官が指揮
- 寄港すること自体が外交、寄港地での行事も外交
- 軍の能力などを暗示し、抑止力を支える。
- 経験
- 様々な国の海軍や市井のあり方を見て、世界の多様さを知る。
- 米国だけが世界でないことを知る。
- 米国ほど信頼に足る国がないことも知る。
- 補給
- 寄港地での過ごし方
- 昼は研修・慰霊行事
- 研修は海軍の士官学校で若年士官や士官候補生と交流する事が多い。
- 他に、その国の名所・史跡を見学することも多い。
- 夜はレセプション
- 日をずらし、日本側・受入国側の両方で歓迎パーティを開催する。
- 日本側のレセプションは「かしま」飛行甲板で行われる。
- 受入国の海軍関係者や、現地の大使館員、日本人会の有力者などが招待される。
- 実習幹部はホスト役として、来客の接遇を担当する。
- 受入国側のレセプションは近隣のホテル等を使用する事が多い。
- 実習幹部は招待客として、接遇される側になる。
- いずれも、実習幹部全員が参加するわけではなく、一部が持ち回りで参加する。
- 敬遠されることも多いが、現地人の考えを知る貴重な機会
- 確実に上陸したい寄港地があるなら、他の寄港地のレセプションに参加を
- 各種行事の入っていないタイミングは上陸可能
- まるまる1日がフリーになることもあるが、スケジュール調整が上手く行かないと夜しか上陸できないことも
- 昼は研修・慰霊行事
- 寄港時の留意事項
- 犯罪に注意
- 現地の習俗を尊重すること。
- 日曜は営業している店がないことも……。
「幹部候補生学校を卒業した後、どうなるのか」って話を前にしたじゃないですか。
この時、遠洋練習航海がどうの……って言ってたと思うんですけど、もうちょっと詳しく教えてもらえます?
さらっと言ってましたけど「3月に乗って10月に帰ってくる」って半年以上ですよね?そんな軽い話じゃないと思うんです。
そうだね。確かにA幹にとってかなり大きなイベントになる。詳しく説明しようか。
遠洋練習航海とは
海上での部隊実習
まず、遠洋練習航海は、学校での教育と、部隊勤務の間を繋ぐ部隊実習の1つなんだ。
(素養教育の区分等)
第11条 素養教育は、海士(中略)の素養教育、海曹候補者の素養教育、海曹の素養教育、幹部候補者等の素養教育及び幹部自衛官の素養教育に区分し、素養教育のため、それぞれ次の課程を置く。
(1)~(3)省略
(4)幹部候補者等の素養教育
一般幹部候補生課程
飛行幹部候補生課程
医科歯科看護科幹部候補生課程
幹部予定者課程
(5)省略
2 一般幹部候補生課程及び飛行幹部候補生課程を修了した者に対しては、幹部自衛官の素養教育として、初級幹部の部隊実習を実施する。(初級幹部の部隊実習)
海上自衛隊の教育訓練に関する訓令(海上自衛隊訓令第4号。42.6.7)
第26条 初級幹部の部隊実習においては、初級の幹部自衛官として職務遂行上必要な実務上の知識及び技能を部隊において実地に修得させる。
2 初級幹部の部隊実習の種別、実習部隊、期間、実習参加者及び主要実習事項は、別表第2のとおりとする。
学校での勉強とは違うんですか?
うん。幹部候補生学校でも練習船や護衛艦に乗る実習はあるんだけど、あくまで机に座ってのお勉強が中心。でも、それでは知識は身についても、実際にどんな風に働くのかは分からないでしょ?
学校は海自全体で見てもかなり特殊な環境で、寝起きするタイミングも、食事の取り方も、話す相手も、何もかもが部隊とは違う。そのギャップを埋めてから、勤務先に行くんだ。
それに、学校はインプットの世界だからね。その人自身が何かを生み出さなくても、勉強さえしていれば許されるんだ。
でも、部隊に行ったらそうはいかない。その人が何を得るかなんてどうでもいい。その人が周りになにをアウトプットするかを、皆求めるようになるんだ。
部隊実習に行くと、そういうものを直ちに求められるわけではないんだけど、それを間近で目にすることになる。そうやって、少しずつ部隊で働く準備をするんだ。
なるほど、学校のことしか知らない人が部隊で困らないように……ってことですか。
そう。もっと言うと、艦がどうやって動くのかを知ってもらうという意義もあるんだ。単に操艦するだけなら練習船実習でもできるけど、実際に艦を動かすとなると、どういう号令を艦内に達しないといけないか、とかね。ましてや複数の艦が一緒に動くとなると、艦同士の意思疎通をどうするのか、とか、色々考えないといけないでしょ?
そういう、部隊をどう運用するかの基礎を学ぶ機会でもあるんだ。
そしてもう一つの意義が、国際感覚を養うということ。単に艦の動かし方を学ぶなら、別に国内でやればいいんだけど、遠洋練習航海はわざわざ海外まで行くんだ。それは、色んな国を見て回ることで、世界がどういうところかを知る、という狙いがあるんだ。
幹部はみんなそういう実習を受けるんですか?
いや、ここまで手の込んだ実習をやるのはA幹だけだよ。
部内や飛幹の人たちも外洋練習航海(通称:ミニ遠)があるけど、期間は1か月ちょっとだし、訪問国も2、3か国くらい。遠洋練習航海は半年近くやるし、訪問国数も10か国を超える。規模がまったく違うよ。
A幹は手厚くやるんですね。
……それはそうと、練習航海って、艦を動かす練習するんですよね?私はパイロット志望なんですけど、飛行機乗る人も練習航海に行くんですか?
うん。飛行要員の人たちは練習航海に行かなくてもいい、そんなことやってる暇があったら操縦訓練を早く始めるべき、という声は根強いね。実際、コロナ禍まっただ中の時は、中盤で一旦帰国させて飛行要員の人だけ降ろして、練習航海を早めに切り上げたこともあったよ。
ただ、海上自衛隊は艦を中心に考える……べき組織だからね。
哨戒機を操縦する人も、味方の艦艇と協力して飛んだり、敵の艦艇を探したり攻撃したりと、何かと艦艇と関わることになる。それに、司令部の幕僚になれば、海上作戦全体の遂行に携わらないといけない。
だから、仮に練習航海以降、一度も艦を動かすことはないとしても、どうやって艦が動いているのかを知ることは重要なんだ。
ふーん、そういうものですか。
広告
約半年の長期行動
幹部候補生学校を卒業したら、すぐ遠洋航海に行くんですか?
いや、最初は国内を廻るよ。
卒業式で幹部に任官した元候補生たちは、卒業日付で練習艦隊司令部付に所属が変わるんだ。そのまま表桟橋という桟橋から交通艇で艦に乗艦して国内の港を巡るんだ。これを近海練習航海と言うんだけど、国内巡航と俗称されることが多いね。
……え?卒業式が終わったら、そのまま手ぶらで乗るんですか?荷物とかどうするんです!?
それは、艦に積む荷物を事前に担当者に渡しておくから大丈夫。短時間で荷物をパッキングするのが大変だけど。
卒業式が終わった後、1~2時間くらい家族や教官と話す時間は与えられてるけど、身の回りのモノは卒業式前にはまとめておかないといけない。
話を戻すね。国内巡航では、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊といった海上自衛隊の主要基地の他、大阪、神戸、那覇といった主要な港を巡るよ。
ははぁ、それぞれの基地がどんな所か、見せて回るんですね。
そういうこと。各港の情報は書類でも読めるけど、実際に出入港する様子を見せないとイメージが掴めないし、基地の外にどんな街が広がってるかは上陸しないと分からないからね。
加えて、各地の高官や地域の有力者に、今年の新しい幹部はこういう連中ですよ!って、お披露目して回る意味もあるよ。
この国内巡航は例年、3月中旬に江田島を出発して、5月上旬に東京の晴海埠頭に入港して終わるんだ。
近年は晴海の客船ターミナルが閉鎖されたことや、新型コロナウイルス感染症の影響などから晴海を使わず、横須賀や呉で終わることもあったけど、少なくとも令和6年は晴海を使ってるよ。
2ヶ月くらいは国内を巡るわけですね。
うん。で、1~2週間の停泊期間を挟んで、5月中旬に出国、ここからが遠洋練習航海になるんだ。
例年、10月下旬に帰国するよ。
5ヶ月くらい日本には帰ってこないんですね。
うん。実際に海外に行ってる期間は5ヶ月くらいなんだけど、その前に2ヶ月国内巡航やってることもあって、体感ではちょうど半年くらい航海してるような感覚かな?
うーん、結構長いですね。
広告
毎年変わる寄港地
パターン化されたコース
海外に行くのはいいとして、どこに行くんですか?やっぱりアメリカですか?
うん。もちろんアメリカには行くよ。
それ以外のどこの国に行くかは、毎年変わるんだ。訪問国は、その時の各国の事情・都合を考慮して決まるよ。
都合、ですか?
都合と言うとちょっと語弊があったかな?
外交上重要なタイミングを狙っていく、ということ。日本と相手国との国交樹立●周年とか、そういうタイミングで行くことが多いね。
珍しい例では、相手国が国際観艦式を行うときにあわせて訪問して、参加したこともあるよ。
そっか、これも外交の意味があるんですね。
うん。とは言え、どこでもいいタイミングで回れるわけではないからね。アメリカの次にインド、次にブラジル、次にタイ……なんて訪問していくことは流石に無理がある。
確かに。
だから、国を回っていくパターンはある程度決まってるんだ。「●●コース」と俗称されてて、その年どのコースになるか、幹部候補生や練習艦の乗員はすごく気にしてるよ。だいたい年末年始くらいには参加者にどのコースか伝達されるよ。
- 世界一周コース
- 北米、ヨーロッパ、地中海、中東、インド洋、東南アジアを巡る。
- 多様な国々を訪問することができ人気が高いが、航程の長さからスケジュールに余裕がない。
- =寄港地あたりの停泊日数が短いなどの弊害も。
- 1日あたりの東西への移動量が多いため、時刻帯変更が頻繁になる。
- 東周りになる場合と、西周りになる場合がある。
- 時刻帯変更の影響が変わる
- 疲れの出てくる中盤~終盤に、先進国に寄港できるため、乗員からは西周りの方が歓迎される傾向にある。
- 環太平洋コース
- 南北アメリカ大陸(西海岸)、オセアニア、東南アジアを巡る。
- パナマ運河を越え、南北アメリカ大陸(東海岸)やカリブ海諸国が追加されることもある。
- 世界一周コースと双璧をなす人気コース
- スケジュールに余裕があり、停泊日数を確保しやすい。
- アメリカの文化的影響の強い南北アメリカ大陸、西洋的文化と東洋的文化が融合したオーストラリア・ニュージーランド、個性の強い東南アジアと、訪問国ごとの多様性が強い。
- 南北アメリカ大陸(西海岸)、オセアニア、東南アジアを巡る。
- 北米コース
- 北米・中米を巡る。
- カナダ・メキシコ・パナマなどを除くと、アメリカの沿岸都市を順次訪れるような形になる。
- 南米や韓国・ロシアなどが追加されることもある。
- 乗員からの評価はまちまち。
- 全ての寄港地がアメリカの文化・経済圏のため、面白味がないと感じる者は多い。
- 寄港地のほとんどが先進国であることや、調達する通貨の種類が少なくて済むことから、楽だと感じる者も。
- アメリカ文化の愛好者からは、同じアメリカでの地域による文化の差を感じることができるとの声も。
- 北米・中米を巡る。
- 中東コース
- 東南アジア、インド洋を越え、中東各国やアフリカ東海岸を巡る。
- 乗員からの人気はいまいち。
- 海賊対処行動で寄港できる場所が多い。
- イスラム教国が多く、上陸時の飲酒に制限が多い。
- 寄港地ごとの文化的な差を感じられず、遠洋練習航海の醍醐味が得られない者が多い。
広告
寄港地は先進国の方が良い?
……寄港地は、先進国の方が良いってことですかね?
いや、一概にそうとも言えないよ。
確かに発展途上国だと、街が不衛生で服が汚れたり、食べ物で腹を下したり、治安が悪いものだから歩くだけでびくびくしないといけなかったり、あんまり良いことはないんだけど……。先進国とかリゾート地の方が嬉しいのは事実。
でも、せっかく半年も海外に行くなら、色んな物を見て回りたいっていう人の方が多いかな。
景色も、食べ物も、スーパーに並んでる商品も、何もかもが国や地域によって違う。これこそが面白いんだ。
そういうものですかね?
例えば、北米や中南米、要するにアメリカの文化・経済圏に寄港すると、どこに行ってもケーキは激甘だったり異常に濃厚なチーズケーキだったり。スーパーで売ってるスナック菓子はレイズやチートスばっかり。まぁ、最初は旨い旨いって喜んでるけど、3回4回と上陸すると飽きてくる。
それが、大西洋を抜けてフランスに寄港した途端、味付けが繊細になるし、スーパーにアメリカ製じゃないお菓子が並ぶようになるんだ。あの時の感動は未だに覚えているよ。
なるほど、だから世界一周コースや環太平洋コースが人気なんですね。
中東コースもダメってことはないよ。中東コースで嫌な顔する人たちの大半は酒飲み。
あとは、中東やアフリカ地域の文化に興味が無い人たち。
うーん。私、酒はやらない人ですけど、中東やアフリカに興味があるかと言えば、別にそんなにあるわけでも……。
まぁ、ほとんどの人はそうだと思う。でも、ボクらからすればどこの国も似たり寄ったりに見える、というだけで、本当にみんな同じ文化なわけじゃないんだ。そこを見出す努力をした方が楽しいんじゃないかな。
広告
出国後に寄港地が変更されることも……
遠洋練習航海の面白いところとして、寄港スケジュールが結構流動的なところがあるよ。●月●日に△△に入港します、って出国時点で言うけれど、そのとおりにならない事も珍しくないんだ。
なんでそうなるんですか?
その国を訪問すること自体は海幕や外務省がお膳立てしてくれるんだけど、どの岸壁に入って何をするか、あたりになると練習艦隊司令部の幕僚が現地の大使館や海軍と調整することになるからだね。出国後も調整がずっと続くから、調整が上手く行かないと予定が大幅に変更されることもあるんだ。
なにしろ調整は自分一人ではできない、相手あってのものだから。相手国内の連絡がいい加減だと、確保してたはずの岸壁が使えないことが寄港直前に判明して、急遽まったく違う港に寄港することになった……なんて話も珍しくはないよ。
はぁー、そんなことが起きるんですか。
あとは、出国後に相手国との関係が急変したり。過去には韓国に寄港するはずだったのに、政治問題から直前になってキャンセルになってしまった、なんてこともあったよ。
広告
遠洋練習航海部隊とは
練習艦とは
練習航海には護衛艦に乗っていくんですか?
いや、護衛艦を使うこともあるけど、基本的には練習艦だね。
練習艦って、護衛艦とは違うんですか?武器が付いてないとか?
うん、似てるけどちょっと違うね。
護衛艦と練習艦の違いは実習員用の区画がきちんと用意されているか、だよ。練習艦には、実習員が勉強やミーティングをするための実習員講堂が設けられているよ。実習幹部は座学もやらないといけないからね。護衛艦が練習航海に参加する場合、そういう区画が無いから、居住区のレストエリアや司令部庶務室(司令部用の事務室)を使う事もあるけど、座席数が実習員の数より圧倒的に少ないから、あんまり効率よく勉強できないかな。
先日の記事でも触れましたが、近年の海上自衛隊では情報保全・情報保証規則の厳格な適用が急速に進み、居住区の非「職場」化が推進されています。
護衛艦が練習航海に参加する場合、居住区の机は実習幹部の数少ない座学・作業スペースであったわけですが、ここで仕事が出来なくなった今、どのように実習を行うのでしょうか……。
ちなみに、武器はちゃんと付いてるよ。何しろ、武器の取り扱いも含めて勉強しないといけないからね。
確かに。そこで勉強しなかったら、部隊に行ったとき困りますもんね。
練習艦には2通りあって、はじめから練習艦として設計された艦と、古くなった護衛艦を練習艦として転用した艦に分かれるよ。
前者は練習艦「かしま」で、後者は「はたかぜ」「しまかぜ」だね。
いずれにしても、戦闘システムは「あさぎり」型の世代で、かなり古い。その「あさぎり」型もCOTSリフレッシュによって様変わりしてるからね。その観点からは、練習艦と護衛艦では装備が全然違うとも言えるかな。
それじゃあ、その扱い方に慣れてもしょうがないじゃないですか。
いや、練習航海ではシステム自体に習熟するんじゃなくて、それを使って何をするかに習熟するんだ。
どのボタンを押すか、じゃなくて、何のためにシステムを使うか。
戦闘にはF2T2EA(Find, Fix, Track, Target, Engage and Assess:探知⇒位置特定⇒追尾⇒攻撃法の決定⇒交戦⇒攻撃効果の確認)という流れがある。それは対空戦でも対潜戦でも、マクロな観点でもミクロな観点でも共通する鉄則で、どんな戦闘システムを使っても、必ずその流れに従って戦闘は推移するんだ。
なるほど、その流れを知るのが大事なんですね。
もっと言うと、どうやって訓練するかを学ぶ機会でもあるね。標的の投入、安全確認、標的や訓練魚雷の揚収……。訓練のやり方が分かっていれば、部隊に行った後、自分たちで練度を上げられるからね。
だから、現用のシステムで実習できればそれに越したことは無いんだけど、古いシステムだからといってダメって訳ではないんだ。
広告
「かしま」と随伴艦
練習航海には練習艦隊の艦がみんな出て行くんですか?
いや、ちょっと違う。「練習艦隊」という組織は練習艦隊司令官の下に、練習艦「かしま」と第1練習隊(「はたかぜ」「しまかぜ」)、そして司令官をサポートする練習艦隊司令部があるんだ。でも、その「練習艦隊」自体が遠洋練習航海に出て行くわけではないよ。
遠洋練習航海には、練習艦「かしま」と、練習艦/護衛艦1~2隻程度で行くんだ。「かしま」は練習艦隊司令官が乗艦する旗艦、他の艦はその指揮下にあって、「随伴艦」と俗称されるよ。
最近は「はたかぜ」か「しまかぜ」1隻だけが随伴艦になることが多いけど、本来は、必ず練習艦隊の艦が随伴艦になるとは限らないから、練習艦隊司令部が乗艦する「かしま」、随伴艦から成るグループを「遠洋練習航海部隊」と呼んでいるよ。
些事ではありますが、これは任務部隊(Task Group)の話に通じます。
例えば、「第1護衛隊群司令」が護衛艦「いずも」に乗艦して護衛艦「むらさめ」「いかづち」「たかなみ」「おおなみ」「きりしま」「まや」を率いて戦っているとします。第1護衛隊群司令の指揮下にある部隊だから、その部隊は「第1護衛隊群」か……と言うとそういうわけではありません。あくまで「第1護衛隊群」は管理のために設けられている区分であって、実際に部隊として動くときは「第1護衛隊群司令の指揮下にあるTask Group」なのです。
ちなみに、国内巡航、つまり近海練習航海の時だけ、他の艦が随伴艦として参加する事もあるよ。これは艦のメンテナンスや訓練のスケジュールの都合によることが多い。
実習幹部はどの艦に乗るんですか?
実習幹部は複数の「組」に分かれていて、組単位で分乗するんだ。
1組は「かしま」、2組は「はたかぜ」……みたいな感じ。
この「組」は、幹部候補生学校の「分隊」や「教務班」のようなものだと思えばいいよ。ただ、組分けは実習幹部全体でシャッフルされるから、同じ分隊から同じ組に入る人はそんなに多くないよ。3~5人くらいじゃないかな。
環境の差
乗る艦による違いってあります?
もちろんあるよ。「かしま」と随伴艦では環境が全然違う。
大きく違うのは生活スペースと訓練の頻度。
「かしま」は100名超の実習幹部を乗せること前提で建造されていて、「実習員寝室」という数名で使う寝室が独立して設けられている。全てのベッドは2段ベッドだし、約半年の長期行動を前提に私物を置くロッカーや棚も大きいものが用意されているし、日記を書いたり娯楽に興じたりできる机・椅子もある。
対する随伴艦。もともと護衛艦、ということもあって、実習員が使える寝室は曹士用の科員寝室。2段ベッド化された新しい艦でも、実習員を乗せる場合は3段ベッドに戻したりする。実習幹部一人が私物を収められるロッカーは、数十センチ立方しかない。レストエリアの机椅子は数十名に数席分。
うわぁ、だいぶ違いますね……。
「あさぎり」型以前の古い艦の場合、造水装置の能力が高くないのもよろしくないね。「かしま」はバケモノみたいな造水能力があるから、真水の使用に制限が加わることはまず無い。でも、古い随伴艦の場合、造水能力が「かしま」の1、2割くらいしかないから、特別に許可された日以外洗濯機の使用が禁止されることも珍しくない。
航程が長い区間では、「かしま」から随伴艦に真水を洋上補給しないといけないことすらあるよ。
うへぇ
あと訓練の頻度。単純化して言うと、随伴艦は「かしま」の2倍訓練する。……と言うより、「かしま」では随伴艦の半分しか訓練してないと言った方が適切かも。
随伴艦には20~30名程度の実習幹部が乗艦するんだけど、「かしま」には100名超の実習幹部が乗ることになる。いくら実習員講堂とかが充実してると言っても、一度に訓練できる人数はどうしても限られる。だから「かしま」に乗艦している実習幹部は、2日に1日は見学や次の日の訓練準備、なんて感じになる。
だいぶ違いますね……。
うん。随伴艦の実習幹部はとにかく忙しくて、立て続けに押し寄せる訓練や航海当直の合間に、次の訓練準備までしないといけないから、本当に寝る暇すらなかったりする。対する「かしま」の実習幹部は訓練準備なんて訓練しない日にやれば十分間に合うから、かなりゆとりある生活が出来る。
広告
乗艦割の変更
それなら、乗るのは「かしま」一択ですね!乗る艦って選べるんですか?
いや、選べないよ。乗る艦はどの組になるかで決まるからね。
あっ、そうでした……。
でも大丈夫。練習航海の途中で乗る艦は変わるからね。
あら、そうなんですか。
うん。近海練習航海・遠洋練習航海は全体でいくつかの期間に区分されているんだ。前期・中期・後期みたいな感じで。その期が変わるとき……つまり、決められた寄港地に入ったときに、実習幹部は乗る艦が変わるんだ。
まあ、そうしないと不公平になりますもんね。
ただ、このお引っ越しがかなり大変。何しろ半年分だから荷物は膨大だし、実習員用の寝室に余計な部屋があるわけじゃない……つまり、引っ越しを開始した時点で、自分が使ってたベッドは数十分後に別の奴が使うことになるし、これから自分が使うベッドにはまだ別の奴の荷物が残ってる。
荷物を移動させるタイミングがズレると、行き場を失いますね……。
うん。あと忘れ物した場合とかね。相手は同期だから、そこまで悪い扱いはしないものだけど、探そうとすると迷惑が掛かるから……。私物の扱いは実習幹部同士のトラブルの原因の代表格なんだ。
厄介なのが「かしま」から随伴艦に移乗して、また「かしま」に戻ってくる場合。ただでさえ面倒な引っ越しを2回やらないといけないからね。随伴艦に乗るのは最初か、最後にした方がいいよ。まぁ、タイミングは選べないんだけど。
広告
いやぁ、しかし。
半年帰国できないのはちょっと気が引けますけど、SNS見てると結構楽しそうだなーとは思ったんですよね。なかなか華やかで。
いろんな国で上陸して回れるのは、間違いなく遠洋練習航海の魅力なんだけど、それはあくまで遠洋練習航海の1割くらいの話だからね?
あら、残りは?
練習航海だよ!
第2回へつづく……。
このページには防衛省をはじめとする、日本政府・官公庁のWebサイト、SNSアカウント等から転載されたコンテンツが含まれます。
転載にあたっては、「リンク、著作権等について(首相官邸)」「防衛省・自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」「海上自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」等に示される各省庁の利用規約を遵守しています。
この記事では、遠洋練習航海について次の内容を説明します。
第1回
- 遠洋練習航海とは
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 艦艇での生活や部隊運用を経験させ、幹部海上自衛官としての基礎を作る。
- 諸外国海軍と交流し、国際感覚を養う。
- 国内巡航(近海練習航海)から連接し5月に出国、海外諸国を巡り、10月下旬に帰国する。
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 訪問国・港は毎年変わる。
- 外交上の都合などを考慮し、コース(世界一周、環太平洋など)が決定される。
- 概ね前年末にはコースが決定されるが、相手先の都合によっては出国後に訪問先が変わることも。
- 遠洋練習航海部隊とは
- 練習艦隊司令官の指揮下で行動する。
- 実習幹部は、練習艦「かしま」と練習艦/護衛艦1~2隻に分乗する。
- 「かしま」以外の艦は随伴艦と俗称され、「かしま」より生活・訓練環境が厳しいことが多い。
- 乗艦する艦は途中で交代する。
第2回
- 航海当直と訓練
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- いずれも、事前に決められた科などの配置を担当する。
- 部隊では海曹が担当している配置も経験する。
- 航海当直
- 24時間態勢で艦の運航に携わる。
- 4交代制または3交代制
- 1回の航海期間は1~2週間程度
- 部署訓練
- 防火、防水、溺者救助、応急操舵などの訓練を行う。
- 後半では戦闘訓練も実施する。
- その他
- 蛇行運動、占位運動など操艦に関する訓練が随時実施される。
- 舷外放水、探照灯照射、信号拳銃発射などの指定作業が随時実施される。
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- 業務や生活の厳しさ
- 睡眠時間の短さ
- 朝から夕方まで部署訓練などのために拘束され、それ以外の時間にも航海当直が入る。
- 当直から次の当直までの間隔が長くないため、連続睡眠時間を確保出来ない。
- 訓練や当直のない時間も、訓練準備に奔走するため自由時間が少ない。
- 「かしま」の場合、実習員の多さ故に訓練機会が少なく、随伴艦より楽なのが通例
- 随伴艦の狭さ
- 随伴艦の実習幹部用居住区は3段ベッドであることがほとんど。
- 随伴艦には荷物を収納するスペースがほとんどない。
- 随伴艦に乗る時期によっては、引っ越しの手間が大きな負担に
- 長期行動のストレス
- 約半年間にわたる長期行動のため、実習幹部以外の隊員にも強いストレス
- 同僚との人間関係でいざこざが生じることも
- 睡眠時間の短さ
第3回
- 寄港の概要
- 1~2週間に2~3泊程度、各国の港に寄港する。
- 寄港の意義
- 補給
- 食糧(特に生鮮食品)と燃料、真水を購入
- 休養
- 夜まともに寝られる数少ないチャンス
- 外交
- 自衛隊が行う海外派遣で最も高位の指揮官が指揮
- 寄港すること自体が外交、寄港地での行事も外交
- 軍の能力などを暗示し、抑止力を支える。
- 経験
- 様々な国の海軍や市井のあり方を見て、世界の多様さを知る。
- 米国だけが世界でないことを知る。
- 米国ほど信頼に足る国がないことも知る。
- 補給
- 寄港地での過ごし方
- 昼は研修・慰霊行事
- 研修は海軍の士官学校で若年士官や士官候補生と交流する事が多い。
- 他に、その国の名所・史跡を見学することも多い。
- 夜はレセプション
- 日をずらし、日本側・受入国側の両方で歓迎パーティを開催する。
- 日本側のレセプションは「かしま」飛行甲板で行われる。
- 受入国の海軍関係者や、現地の大使館員、日本人会の有力者などが招待される。
- 実習幹部はホスト役として、来客の接遇を担当する。
- 受入国側のレセプションは近隣のホテル等を使用する事が多い。
- 実習幹部は招待客として、接遇される側になる。
- いずれも、実習幹部全員が参加するわけではなく、一部が持ち回りで参加する。
- 敬遠されることも多いが、現地人の考えを知る貴重な機会
- 確実に上陸したい寄港地があるなら、他の寄港地のレセプションに参加を
- 各種行事の入っていないタイミングは上陸可能
- まるまる1日がフリーになることもあるが、スケジュール調整が上手く行かないと夜しか上陸できないことも
- 昼は研修・慰霊行事
- 寄港時の留意事項
- 犯罪に注意
- 現地の習俗を尊重すること。
- 日曜は営業している店がないことも……。
コメント