この記事では、遠洋練習航海について次の内容を説明します。
第1回
- 遠洋練習航海とは
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 艦艇での生活や部隊運用を経験させ、幹部海上自衛官としての基礎を作る。
- 諸外国海軍と交流し、国際感覚を養う。
- 国内巡航(近海練習航海)から連接し5月に出国、海外諸国を巡り、10月下旬に帰国する。
- 毎年3月、幹部候補生学校を卒業したA幹が参加する、初級幹部を対象にした部隊実習
- 訪問国・港は毎年変わる。
- 外交上の都合などを考慮し、コース(世界一周、環太平洋など)が決定される。
- 概ね前年末にはコースが決定されるが、相手先の都合によっては出国後に訪問先が変わることも。
- 遠洋練習航海部隊とは
- 練習艦隊司令官の指揮下で行動する。
- 実習幹部は、練習艦「かしま」と練習艦/護衛艦1~2隻に分乗する。
- 「かしま」以外の艦は随伴艦と俗称され、「かしま」より生活・訓練環境が厳しいことが多い。
- 乗艦する艦は途中で交代する。

第2回
- 航海当直と訓練
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- いずれも、事前に決められた科などの配置を担当する。
- 部隊では海曹が担当している配置も経験する。
- 航海当直
- 24時間態勢で艦の運航に携わる。
- 4交代制または3交代制
- 1回の航海期間は1~2週間程度
- 部署訓練
- 防火、防水、溺者救助、応急操舵などの訓練を行う。
- 後半では戦闘訓練も実施する。
- その他
- 蛇行運動、占位運動など操艦に関する訓練が随時実施される。
- 舷外放水、探照灯照射、信号拳銃発射などの指定作業が随時実施される。
- 実習中の主な業務は航海当直と部署訓練
- 業務や生活の厳しさ
- 睡眠時間の短さ
- 朝から夕方まで部署訓練などのために拘束され、それ以外の時間にも航海当直が入る。
- 当直から次の当直までの間隔が長くないため、連続睡眠時間を確保出来ない。
- 訓練や当直のない時間も、訓練準備に奔走するため自由時間が少ない。
- 「かしま」の場合、実習員の多さ故に訓練機会が少なく、随伴艦より楽なのが通例
- 随伴艦の狭さ
- 随伴艦の実習幹部用居住区は3段ベッドであることがほとんど。
- 随伴艦には荷物を収納するスペースがほとんどない。
- 随伴艦に乗る時期によっては、引っ越しの手間が大きな負担に
- 長期行動のストレス
- 約半年間にわたる長期行動のため、実習幹部以外の隊員にも強いストレス
- 同僚との人間関係でいざこざが生じることも
- 睡眠時間の短さ
第3回
- 寄港の概要
- 1~2週間に2~3泊程度、各国の港に寄港する。
- 寄港の意義
- 補給
- 食糧(特に生鮮食品)と燃料、真水を購入
- 休養
- 夜まともに寝られる数少ないチャンス
- 外交
- 自衛隊が行う海外派遣で最も高位の指揮官が指揮
- 寄港すること自体が外交、寄港地での行事も外交
- 軍の能力などを暗示し、抑止力を支える。
- 経験
- 様々な国の海軍や市井のあり方を見て、世界の多様さを知る。
- 米国だけが世界でないことを知る。
- 米国ほど信頼に足る国がないことも知る。
- 補給
- 寄港地での過ごし方
- 昼は研修・慰霊行事
- 研修は海軍の士官学校で若年士官や士官候補生と交流する事が多い。
- 他に、その国の名所・史跡を見学することも多い。
- 夜はレセプション
- 日をずらし、日本側・受入国側の両方で歓迎パーティを開催する。
- 日本側のレセプションは「かしま」飛行甲板で行われる。
- 受入国の海軍関係者や、現地の大使館員、日本人会の有力者などが招待される。
- 実習幹部はホスト役として、来客の接遇を担当する。
- 受入国側のレセプションは近隣のホテル等を使用する事が多い。
- 実習幹部は招待客として、接遇される側になる。
- いずれも、実習幹部全員が参加するわけではなく、一部が持ち回りで参加する。
- 敬遠されることも多いが、現地人の考えを知る貴重な機会
- 確実に上陸したい寄港地があるなら、他の寄港地のレセプションに参加を
- 各種行事の入っていないタイミングは上陸可能
- まるまる1日がフリーになることもあるが、スケジュール調整が上手く行かないと夜しか上陸できないことも
- 昼は研修・慰霊行事
- 寄港時の留意事項
- 犯罪に注意
- 現地の習俗を尊重すること。
- 日曜は営業している店がないことも……。

SNSの写真見ると、遠洋練習航海って色んな国の名所を巡ったり、外国海軍の人と交流したり、なかなか面白そうではありますよね。
確かに半年は長いですけど、こんなに煌びやかな海外旅行をタダで出来るなら、悪くないかも。



うんうん。そう思ってくれるなら、それに越したことは無いよ。間違いなく遠洋練習航海の一番大きな魅力だからね。
ただ、一応言っておくと、メディアに乗っかるああいう華やかな写真は、遠洋練習航海のほんのごく一部……だいたい1割くらいの話でしかないからね?別に、毎日優雅な海外旅行を満喫しているわけじゃないから、そこは覚悟しておいてもらいたいな。



1割って、じゃあ残りの9割は何やってるんです?



そりゃあ、読んで字のごとく、練習航海だよ!
航海当直と部署訓練
ほとんどの時間を占めるワッチと訓練



寄港地でいろんなものを見聞きするのも重要だけど、遠洋練習航海の本旨は、艦乗りとしての基礎を学ぶこと。だから、乗員がやっている業務を実際にやってみるんだ。



実習中は、大きく分けて4つのポジションに分類されて、着用する腕章の色で区別されるよ。
腕章の色 | 名称 |
---|---|
赤 | 砲雷科 |
黄 | 船務科 |
青 | 機関科 |
緑 | 当直実習班 |



砲雷科・船務科・機関科は以前教えてもらった、艦内の科の話ですよね。それはいいんですけど、当直実習班っていうのは何ですか?



当直実習班は、当直士官や副直士官といった、主に艦橋で働く配置を担当する実習幹部のことだよ。
実際の艦艇だと砲雷科・船務科を跨いでそういう仕事をしているから、特別な実習グループを作っているんだ。



で、その時割り当てられている科に関する当直勤務や訓練をするワケ。
実習の特色として、部隊では海曹士が担当する配置についても、実習幹部が実際にやってみるんだ。











この写真だと、赤腕章(砲雷科)の実習幹部は救命索投射器の使い方の使い方を習っているね。溺者救助や大がかりな運用作業をする時、射撃員の海曹が担当するけど、ここでは実習幹部がやっている。
CICでの運動盤解法もそう。艦橋の航海指揮官やその補佐は運動盤を解くことがあっても、CICにいる船務科の幹部はいちいち自分で作図したりはしないんだけど、ここでは若い電測員がやる仕事を黄腕章(船務科)の実習幹部がやっている。
防水訓練の写真の左にいる青腕章(機関科)の実習幹部もそうだね。現場班長か、さらにその指揮下にある作業員のリーダーか。いずれにせよ海曹の仕事をやっているよ。



幹部の仕事はやらないんですか?



もちろんやるよ。ただ、部下が何をしているのかを知るため、幹部・曹士両方をロールプレイするんだ。
……まぁ、身も蓋もないことを言うと、一度に砲雷長役を演じられるのは一人、応急長の代わりが出来るのも一人。つまり、科で幹部の配置なんて数人分しかないから、残った実習幹部たちは曹士のポジションを担当しているっていうのもあるね。



この配置に基づいて、航海中の時間を過ごすことになる。そして、実習期間のほとんどの時間を占めるのは航海当直や部署訓練だよ。
広告
航海当直とは



航海当直ってのは、操艦したりするやつですよね?



うん、それは当直士官とか航海指揮官という配置のことだね。
確かに当直員の代表的な存在ではあるけど、それだけではないよ。艦を安全に動かそうと思ったら、艦の至るところに人を配置しないといけないんだ。
- 艦橋
- 当直士官/航海指揮官:艦長の許可を得て艦の針路や速力を変更する。日課施行に責任を持つ。
- 副直士官/航海指揮官補佐:海図上で作図する、僚艦や他船舶と無線で通話する、当直員を指導するなどして、当直士官を補佐する。
- 当直海曹:艦橋内の曹士当直員を取りまとめる。当直記録への記入や艦内令達などを行う。
- 操舵員:舵輪を握り、艦長や当直士官の号令に基づき、転舵や針路保持を行う。
- 速力通信器員:艦長や当直士官の号令に基づき、速力通信器(操縦室へ機関使用の指示を出す装置)を操作する。操舵員と兼務している艦も多い。
- 見張り員:艦橋の左右にあるウイングや上部指揮所で、他の船舶や浮遊物を発見し報告する。
- 操縦室、機械室
- 機関科副直士官/運転指揮官:艦長や当直士官からの命令に基づき、機関の運転を指揮する。
- 機関科当直員:機関の運転状況を監視したり、メンテナンスを行ったりする。
- CIC
- 電測員:レーダープロットや作図を行い、行船判断を補佐する。



色んな配置があるんですね。



これだけじゃなくて、武器の管制室や電信室にも配置はたくさんあるよ。実習幹部がどこまで担当するかは、その年の練習艦隊の方針によって結構変わる。



航海当直は艦が出港してから入港するまで、間断なく続けないといけない。



ってことは、24時間態勢なんですか?



うん、もちろんそうだよ。車だって、走ってる間は1分1秒でも運転席を無人にできないでしょ?艦だって同じで、安全な運航に必要な人員を欠かすことは出来ないんだ。



言われてみれば……
でも、止まる時くらいは良いんじゃないですか?車だって、エンジン切ったら降りても良いですし。



それを入港って言うんだよ。入港したら航海当直をやめて停泊当直へ移行できる。でも、それはきちんと係留したり、錨を打ったりした場合。
単にエンジンを止めただけだと、船舶は風や潮に流されて絶え間なく動き続けるから、他の船舶に衝突したり、座礁したりしてしまうおそれがあるんだ。



じゃあ、入港するまではずっとですか……。当然、交代はあるんですよね?



うん。その時の状況によるけど、3交代制か4交代制だね。
昔の艦では4交代制が一般的だったんだけど、護衛艦隊では不意打ちを受けても最低限の対応が出来るように3交代制に移行したんだ。練習艦隊ではまだまだ4交代制が残っているけど、司令官の方針とかで3交代制にしていることもあるかも。



3交代制っていうのは、艦内に3チームあって、1チーム目⇒2チーム目⇒3チーム目⇒1チーム目……って交代していくってことですよね。1回あたり、どれぐらい勤務するんですか?



うん。だいたい3時間ぐらい。時間帯によっては2~4時間くらいまで変動することもあるよ。



その間はトイレとかも行けないんですか?



絶対に行けないってワケではないね。一時的に配置を離れても、他の人がカバーすればなんとかなるところがほとんどだし。周りからあんまりいい顔はされないと思うけど、生理現象はしょうがない。



ただ、当直士官/航海指揮官はそうもいかない。代わる資格のある人は艦内にも数名しかいないし、たいてい忙しいから、そもそも艦橋にはいないと見ていい。



それに他の配置に比べると責任が重大だから、そんなに気軽に交代するものじゃないんだ。車で高速道路走ってるときに「ちょっと2、3分、ハンドル握ってくれない?」と助手席の人にお願いする人はいないでしょ?
当直士官の号令一つで他船と衝突する/しないが変わるかもしれないし、当直士官が安易に許可した作業で事故が起きるかもしれない。だから交代する時には、今どこを走っていて、航海計画からはどのぐらいズレていて、艦長や上級司令部の方針は何で、衝突の恐れがある目標はどれで……と様々なことを確実に引き継がないといけない。



そういうわけで、他の人と交代出来ないわけではないんだけど、簡単にはできない。だから、当直時間が終わるまで我慢する人がほとんどだと思うよ。



それはまた責任重大ですね。



練習航海では、あくまで本来の乗員が責任を負って隣で指導してくれるから、それほど恐れなくてもいいんだけどね。トイレも行きたければ他の実習幹部と交代したり、指導官に申告するなりして、行けばいいよ。
でも、部隊での勤務が始まるとそうも言ってられなくなるってこと。



なるほど……
入港したら、そういう仕事から解放されるんですよね?出港から入港までどれぐらいかかるんですか?



寄港地の都合にもよるけど、寄港は2週間に1度くらいかな。もう少し短くなることもあるけど。まず1週間は続くと思った方がいいよ。
広告
部署訓練とは



もう一つの部署訓練ってなんです?



艦内で火災が起きたときの対応を行う「防火訓練」とか、浸水が発生した時の対応を行う「防水訓練」とか、そういう訓練のことだよ。



「部署」って言葉がすごく分かりづらいよね。
「部署」というのは、特定の目的のために、人員を事前に決められた配置に付けて、それぞれの役割を行わせることを言うんだ。
「防火部署」と言っても、艦内に「防火部署」っていう課とか係とかのオフィスがあるわけじゃないよ。



例えば、護衛艦が出港するときは「出入港部署」という部署を発動する。すると、航海長は航海指揮官として、砲雷長は甲板作業指揮官として、ボクは前部指揮官として、それぞれのポジションに着いて、出入港作業をするんだ。曹士も同様だね。
作業が一段落したら「出入港部署」をおしまいにして、今度は「艦内哨戒部署」を発動する。これがさっき言った3交代制の航海当直。船務長が哨戒長に、武整長が航海指揮官に、という感じで配置に就く。



……プログラミングのライブラリみたいなものですか。呼び出せば、一連の命令がまとめて行われるような。



そうだね。ショートカットキーと言ってもいいかも。
行動を起こす時、一人ひとりに「お前はどこに行って、アレを持って、何をしてくれ」なんて命令している暇はないからね。「●●部署の号令が聞こえたら、こんな感じで動いてくれ」って事前に示し合わせてあるんだ。



部署は防火・防水みたいな緊急時にやるものもあるけど、戦闘のために配置に就くのも部署だし、出入港みたいな日常業務も部署になる。
ただ、「部署訓練」と呼ぶ場合は防火・防水・溺者救助・応急操舵のような緊急部署の訓練を指すことがほとんどだね。あと、かつて「霧中航行部署」として独立していた、視界制限時の航行訓練も部署訓練と見なされることも多いね。
- 防火訓練・防水訓練
- 艦内で火災や浸水が発生したという想定の下、消火作業や浸水箇所の遮防・防水扉の補強などを行う。
- 応急班による現場での作業以外に、隔壁等の閉鎖や排煙通路の設定、電路管制(電力供給の遮断)なども実施する。
- 怪我人が生じた場合の応急処置や、緊急後送が必要になった場合の手続きなども訓練する。
- 被害や電路管制に伴い喪失される能力を評価し、極力戦闘能力を維持しつつ、任務継続の可否を判断して上級司令部へ報告する。
- 溺者救助訓練
- 航行中に乗員が海に転落したという想定の下、救助を実施する。
- 艦はあっという間に溺者から遠ざかるため、適切に運動して溺者の元に戻ったり、救助艇を降ろして溺者の元に艇を誘導したりして救助する。
- 救助作業しながらも人員の点呼(誰がいなくなったのかを確認する。落ちたのが一人とは限らない。)を迅速に行う。
- 救命索投射器や小銃(サメなどを追い払うため)などの火薬類を、混乱している中でも安全に取り扱う。
- 溺者を艦内に収容した後は、蘇生措置や緊急後送を訓練する。
- 応急操舵訓練
- 操舵装置や舵機(舵板を動かす油圧装置)が故障したという想定の下、運動能力の維持や修理を行う。
- 舵機による油圧を得られない場合、ポンプを人力で動かし、舵板を適切な向きへ動かす。
- 故障箇所により利用可能な操舵方法が変わるため、故障箇所を見極め、最適な操舵方法・修理方法を検討する。
- 応急操舵中は、艦橋から遠隔で操舵している時に比べ、操舵を命令してから実際に艦が動くまでの時間が長くなるので、艦が座礁したり、他船に衝突したりしないよう、操舵性能の低下を考慮して操艦する。
- 操舵装置や舵機(舵板を動かす油圧装置)が故障したという想定の下、運動能力の維持や修理を行う。
- 視界制限時の航行訓練
- 霧などの影響により視界制限状態となったとの想定の下、適切な航行を行う。
- 視界制限状態では「互いに他の船舶の視野の内にある」状態と適用される航法が異なる(海上衝突予防法第19条)ため、法的に適切な処置が出来ているか確認する。
- 単に速力を落とすだけでは、所要の時期に目的地に到達できなくなってしまう。衝突回避・法的正当性の確保・部隊運用上の要求の3点をいかに両立するかが求められる。




写真は海上自衛隊Twitterアカウント・福岡地本Twitterアカウントから転載。



緊急事態への対応を訓練するんですね。



特に実習の前半はこういう訓練が多いね。
後半になると、徐々に戦闘訓練も増えてくるよ。



平時のことを勉強してから、有事のことを勉強するってことですか?



うん。それもあるけど、戦闘はこういう緊急部署の訓練の集大成でもあるんだ。被弾して被害を受けたら、火を消したり水を止めたりしないといけないし、舵機が壊れて舵が効かなくなってしまうかもしれない。しかも、そういう被害は艦の至るところで起きるし、対応に避ける人員も非戦闘時より圧倒的に少ない。だから、防火訓練や防水訓練をしっかりやっておかないと、戦闘訓練に対応するのは難しいんだ。



そっか。戦闘って、ミサイルとか大砲とかを撃ち合うのをイメージしてたんですけど、それだけじゃないんですね。
広告
操艦に関する訓練



部署訓練以外にも訓練は色々あるよ。
例えば、操艦訓練。朝イチにやる蛇行運動や、戦術運動が代表例だね。



蛇行運動というと、ジグザグに動く……んですか?



うん。縦列を作って、一番前の艦が時々転舵するんだ。後ろの艦は前の艦の後ろを走れるように動く。



……そんなに難しそうに聞こえないんですけど。



まあ、言うは易しだよ。曲がるだけと言っても、前の艦との相対位置を維持しないといけないからね。転舵のタイミングがちょっとズレるだけでも航跡から外れてしまうんだ。
参加隻数が増えるほど影響は大きくて、前の艦のやらかしが、後ろの艦には大きなインパクトになっていく。





それに、艦によって運動性能が若干違うからね。同じ位置で号令を発しても、どのぐらいの速さで艦の向きが変わるかは違うし。
そもそも「両舷前進原速」と下令していても、厳密には僅かにスピードが違うから、適宜修正を入れていかないと、前の艦との距離が詰まったり離れたりしてしまうんだ。



あとは、戦術運動。基準艦に対して決められた方位・距離までテキパキと移動する。1°や10mのレベルで、その正確性や所要時間を競うんだ。



だだっ広い海の上でそこまでピシッと揃える必要あります?何かの役に立つんですか?



正直、ボクもそう思わないでもないね。この手の運動は、見通し距離で砲戦をやってた頃の名残だと思う。



ただ、こういう訓練が操艦技量を向上させる上で有意義なことも否定しないよ。
艦の運動は風や潮流、艦の重量などに大きく影響を受けるから、同じ180°ターンでも、始めた時の向きによって旋回径が数十メートル変わることも珍しくないんだ。
だからこそ艦を運動させる時には、ただ計算した通りに号令を出すだけじゃなくて、計画と実際のズレを読み取って、舵や速力を微調節しないといけないんだ。





確かに外洋に出てそこまで繊細な操艦を求められることは、ほとんど無い。ただ、沿岸部を航行するときとか、特別に訓練をする時なんかは、やっぱりそういう技量が求められる。






写真は護衛艦隊・舞鶴地方総監部・第4護衛隊群Twitterアカウントから転載。



特に、出入港時は艦長が操艦するからね。



やっぱり、艦のトップだけあって、操艦は上手いんですね!



いや、ところがそうでもなくて……。
艦長って、艦長になる直前は砲雷長や船務長みたいな航海指揮官にならない配置に就いてるし、なんなら海幕とか陸上部隊で艦から離れていた人も少なくない。
一応、水上艦艇指揮課程っていう艦長になるための教育訓練の機会は与えられるんだけど、それにしたって操艦の実習機会はそんなに多くはない。



えっ……じゃあ、艦長って操艦下手くそなんですか……!?



……人による。本当に人による。
中には信じられないくらい上手い人もいるし、艦長が操艦したばっかりに座礁してしまった艦も無いわけでは無い。
うちの艦長は、割と上手い方だと思う。



ひとつ言えるのは、操艦技量をしっかり磨くチャンスは若いうちしか無いってこと。操艦の上手い艦長に訊くと、実習幹部とか初級幹部の頃に相当な修行を重ねてる。
運動の訓練前にしっかり計算して計画を練って、実際の艦の動きのログと比較したり、ズレたとき・ピタリとはまったときにどんな見え方をするのかを確認したり。その反復を繰り返した人は、多少ブランクが空いても手足のように艦を操れるんだ。
近年では、作戦能力向上のため、以前より若いうちに幹部を哨戒長へ配置するようになり、3ローテーション終了したらすぐ哨戒長なんてことも行われるようになりました。ローテーションの仕方によっては、最初の2年は副直士官、3年目は応急長で艦橋はノータッチ、4年目以降は陸上部隊で、そのまま中級課程へ行き、修業後は砲雷長/船務長で哨戒長……なんてことすら無いわけではありません。
幹部が操艦に従事できる期間は、年々短くなってきています。僅かな訓練機会をムダにしないようにしましょう。
広告
その他の訓練



他にも訓練はあるよ。
例えば、通信の訓練。NAVCOMEXというやつだね。



なんですか、そのトンチキな名前の訓練は……



航海(NAVigation)に関する通信(COMmunication)の訓練(EXercise)だからNAVCOMEX。信号旗による旗流信号の送受信をするんだ。



旗ですか?
旗流信号
信号旗をマストに吊すことにより船舶間で意思疎通する、国際的に共通化された視覚信号。
アルファベット・数字1字ごとに対応する旗が1種ずつ指定されており、マストに張った揚旗線に掲揚することで、数文字の符号を送信できる。船舶に常備された国際信号書には、この文字の組合せをどう解釈すべきか記載されており、伝達したい言葉を全て表現しなくても、意思を伝達することが出来る。
例えば、「A」の1字であれば「本船はダイバーが作業中である。微速で十分避けよ」を意味し、「IT」の2字であれば「本船は火災を起こしている」、「JW」の2字であれば「本船は浸水した」を意味する。
なお、NATOは数字について国際信号旗と異なる旗を、文字の組合せの意味も国際信号書とは異なる意味を定義し、一部を公開しているため、非NATO国の海軍でも国際標準化している。そのため、自衛艦を含む軍艦は、国際信号用の旗・信号書と軍艦同士で通信するための旗・信号書を搭載している。国際信号書に基づき行われる信号には、先頭に「ANS」(回答旗)を付与することで区別している。



古臭い方法と思うかもしれないけど、電波を出せない状況でも使えるし、電話やメールと違って掲揚さえしておけば近づいてきた船には伝わる。それに何と言っても、電源喪失しても使えるのが強いね。
一部の航路や港では信号旗掲揚を法令で義務付けているところもあるから、発光信号や手旗信号に比べると使用頻度は高いよ。



確かに、電波を使わずに情報伝達しようとしたら、そうもなりますね。



というわけで、NAVCOMEXでは、航海用信号の中でも特に重要度の高い旗流信号を主に扱うよ。
旗甲板(艦橋の後ろにある、信号送受信用のスペース)に集まった実習幹部に信号文の意味が示されるから、その意味に該当する信号を探して、旗を拾って揚旗線に掲揚するの。
いくつかのチームに分かれて、スピードや正確性を競うんだ。信号書から符号を探す人とか、ボックスから旗を拾う人とか、役割分担して1位を目指すんだ。



遠洋航海が始まると、幹部候補生学校の頃に比べると競技会みたいな機会が減るんだよね。だから、みんなで力を合わせてワイワイやるNAVCOMEXは結構楽しかったなぁ。あんまり訓練っぽい感じはしないかも。



なるほど。



あとは指定作業。これは、練習艦隊での総短艇みたいなものだね。指定された作業を実施するように、抜き打ちで司令官から無線で命令が下るの。で、それを早く、正確に実現した艦が勝ちになる。



どんな作業があるんですか?



例えば、舷外放水。上甲板で可搬式のポンプを動かして、海水を外へ噴射するんだ。このポンプがなかなか簡単には始動できなくてね。バルブの調整とか、スターターの引っ張り方とか、色んなものを練習しないといけないんだ。



そもそもポンプ自体のメンテナンスなんかにも左右されそうですね。



そうだね。
他にも、指定された向きへの探照灯照射とか、決められた色の信号弾を撃つ信号拳銃発射がメジャーだね。変わり種では、翌日の気象予察資料とか、イベントの実施計画とかの文書を提出させるものもあるよ。



なるほど。しかし、思ったより簡単そうな内容ですね。どういう意味があるんです?



意味ね……。はっきり言って、レクリエイションというか。あんまり意味は無いと思うなぁ。昔の人たちがそういうのを競ってきたっていうのと、よく「部隊の精強性を表すから」って、そういうのをやらせたがるんだよね。



ははぁ、そういうやつですか。



あらあら、お話中ごめんなさいね。
水雷長は、指定作業は嫌いかしら?



嫌いというか、意味ないと思います。他の艦より5秒早く探照灯を照射できたからって、別に戦争に勝てるわけでは無いじゃないですか。



あら、そう?



縦列制形のときに、探照灯に電源入れて人を配置したり、信号拳銃と弾帯付けて艦橋で待機したりしてますけど、じゃあお前ら普段からそこに人を配置してるのかよって思いませんか?
指定作業じゃなかったらやりもしない準備をして、その結果を競ったところで、その艦の能力を表すとは思えないです。



ふふ。確かにそうね。



ひとつ気になったんですけど、司令官は「かしま」に乗ってて、そこから命令が出るんですよね?そしたら「かしま」が圧倒的に有利じゃないですか?命令出そうとしてるところをキャッチして、いち早く動けばいいんでしょう?



ええ、それはよく言われるわね。
ところが、必ずしもそうではなくて、随伴艦が勝つことも結構あるわ。と言うより、むしろ随伴艦が勝つことの方が多いくらいね。



そうなんですか?



と言うのも、まずいつ命令が出るか実習幹部にはわからない、という点で、別に「かしま」に有利というわけではないわ。
実際に命令文を送信するのは練習艦隊司令部の幕僚なのだけれど、幕僚たちはいつも司令官と話してるし、陣形の変更や、訓練の開始終了など、なにかと無線のマイクを握っているわ。だから、無線機から「指定作業」と聞こえるまで、指定作業の兆候に気付くのは「かしま」に乗っていても、まず無理ね。



それから、他にも理由があるんだけど……水雷長にも心当たりがあると思うわ。随伴艦に乗ってるときの方が成績が良かったんじゃないかしら?



……指定作業にどれぐらい前向きかってことですね。



そうでしょう?



随伴艦に乗ってるとき、「かしま」の連中は水も休憩時間もゆとりある中で楽々やってるって聞いてましたから。そういう連中に一泡吹かせてやろうって思ってました。



そんなことで変わるものですか。



ええ、勝敗を決するのはどれだけ即応態勢を整えているか、艦内のチームワークがどうか、によるからなのよ。
「かしま」に乗っていると、随伴艦に乗っているときより訓練機会が減るし、指定作業を自分がやらないといけなくなる事も減る。要するに、他人事になりやすくなるのね。そういう雰囲気は他の実習幹部にも伝染するし、艦の乗員との関係にも影響してくるのよ。



心理的な部分も勝ち負けに影響してくると。



もちろん、過剰準備して勝ったとして、指定作業を早くやること自体にはあまり意味はないわ。
ただ、やること自体はそれほど難しくもなく、命令が来るタイミングだってある程度予想がつくのに、スタンス、マインドセットによって結果に大きな差が出るのよ。それを実感させるための訓練だと、私は考えているわ。



確かに、そうかもしれません。



この心理的な即応態勢の重要性を、指揮官はよく認識しているわ。だから指定作業は別に練習艦隊に限った話ではなく、隊訓練や群訓練でもよく実施されているの。



まぁ、そんなに肩肘張らなくてもいいよ。
広告
厳しい艦艇勤務
連続睡眠時間の短さ



ここまで整理すると、艦が出港すると航海当直や訓練をやると。
でも、大変大変って言いますけど、当直も3交代制だから1日8時間。訓練があるとは言ってもプラス1、2時間残業したようなものでしょうから、思いの外難しくなさそうですね。



そう?本当にそう思う?



えっ、何か隠してることあります?



隠してないよ。きちんと言ったけど、未来が気付いてないだけだと思う。



大前提として、航海当直の時間は業務があろうが何だろうが、容赦なく付いてくるんだ。未来が考えている1日の1/3が当直、という考え方は決して間違ってはいない。でも、航海当直は日中にまとめてやるんじゃなくて、細切れになってやってくる。



たとえば深夜、0300からワッチに入っていた場合。朝食を終えた交代者と交代するのはだいたい0630くらいになる。



そうだ。夜も当直に入らないといけないんでした。



で、朝食を食べ終わるのは0650とか0700とか、それくらい。次のワッチは昼食後になるから、何もなければ4時間くらいは時間が出来る。休むなり、自分の仕事するなりすればいい。
でも、そうはならないんだ。



……?



0800から防火訓練が始まる。時間は訓練の進め方によるけど、オーソドックスなやり方だと3時間くらいかかる。



あ。



終わる頃には、もう昼食の時間だね。というわけで、急いで片付けて昼食をかきこむ。1130くらいには交代してワッチに入る。
で、1300から応急操舵訓練、続いて溺者救助訓練。これらが終わるのはだいたい1600くらい。訓練中にワッチの時間は終わるから、終わったらまた休めるよ。



実際の護衛艦でもここまで訓練がミッチリ入ってる艦はなかなか無いから安心して。せいぜい、再練成訓練とか年次練度維持訓練とか、そういう特別な訓練機会のときだけだよ。
逆に言うと、遠洋練習航海は他の艦がやらないくらい、朝から夕方まで訓練する場になるんだ。



大変ですね……。
で、夕方の訓練中にワッチが終わるとして、次のワッチはいつです?



21時から。



よかった。そこで一休み出来るわけですね。



とは言え、グースカ寝てられるかと言うと、そうでもない。夕食は17~18時くらいに出るから食べに行かないといけないし、それが終われば甲板掃除に巡検もある。実習幹部会報という連絡会議もあるし、遠洋航海部隊全体の会議に参加することもある。だから20時くらいまではベッドで横になるわけにもいかない。



……で、21時から当直ですか。



そう。2100から翌日0000まで。それが終わって、ようやく眠れるようになる。実際に就寝するのは、0030とかそのくらいかな?
で、0600に起きて朝食をとりワッチに入ると。



そこでまた訓練……ってことですか。



そういうこと。ワッチの時間帯と訓練がちょうどよく噛み合えばいいんだけど、そうでない場合はワッチと訓練を交互に繰り返すことになる。



うへぇ



ボクが見過ごせないと思ってるのが、連続睡眠時間の短さだね。
1回のワッチの時間が3時間だとして3交代制だと、ワッチとワッチの間隔は6時間でしょ?



なるほど、一度に寝られるのは6時間が限度と。



でも、実際はもっと短い。ワッチは原則として交代時刻の15分前には交代の準備を完了しないといけないとされてる。



えぇ、なんでそんなに早いんですか?



業務の引継ぎがあるからだね。今の艦の状態(位置や機器の稼働/故障状況など)や過去数時間の情勢の変化、今後の方針などをきちんと伝達しないといけないんだ。
交代時にきちんと引き継がれなかったせいで見落としやコミュニケーションエラーが生じて、事故に繋がったケースは枚挙に暇がないよ。



特に、操艦にあたる当直士官と、その補佐をする副直士官は、艦橋に上がる前にCICで情勢の確認をしないといけない。
- 周辺の水上目標の確認
- 特に夜間は艦橋でのレーダー画面確認が困難
- 上級司令部のインテンション確認
- 訓練作業予定や陣形の制形方法などが事前に文で示される。
- 艦長・哨戒長のインテンション確認
- 委任事項の確認
- 之字運動・ヘリコプターの発着艦の有無など
- 電測員とのコミュニケーション
- 他船との回避針路リコメンドに際し要望する離隔距離など



いちど艦橋に上がると、CICに居る人とは自由に話せないからね。
それに夜間は、暗順応を維持するため、艦橋ではほとんど明かりをつけられないから、画面見たり、紙の文書見たりが難しいんだ。



だから、艦橋に上がる前に出来る限り情報を集めておけってことですね。



そうなると、交代時刻の30分前、慣れないうちは40分前くらいにはベッドから出てないといけない。



早い……



でしょ?で、ワッチが終わった後も、すぐに寝られるわけじゃない。寝室までの移動時間だって必要だし、洗面やトイレにも行っておきたい。ベッドに入ってから睡眠状態に移行するにも時間がかかる。
そうやってあれこれ計算してみると、ワッチのインターバルは6時間あっても、実際に睡眠できるのは5時間あればいいところ。



たったそれだけですか……。
そりゃあ、脳に良くないですよ。
連続した休憩時間の短さに加えて、艦乗りの心身を蝕むのが、毎日ワッチの時間帯が変わることです。3直制でも4直制でも、ほとんどの艦では毎日担当する時間帯が一つずつズレて3~4日で一巡するプランを組んでいます。ですが、この方法は寝起きする時間帯が毎日変わることで、体内時計(サーカディアンリズム)を狂わせ肉体や精神に大きな負荷を掛けることが医学的にも分かっています。
米海軍では長期行動をする艦艇において、担当する時間帯を固定する取組が行われており、海上自衛隊でも部分的に導入されたケースがあるとのこと。しかし、食事・清掃・訓練などにより生じる負担が時間帯により異なるため、不公平感が生まれ必ずしも乗員から歓迎されていないと聞きます。上級海曹にもなると、毎日起床/就寝時刻が変わる異常事態に肉体が順応してしまっているので、若者ほど問題意識が生まれにくいとも。
ですが、私は多少の不公平を呑み込んでも、担当時間帯の固定はやるだけの価値はあると思います。もちろん、特定の直に負担が偏らないような配慮は不可欠です。
広告
訓練準備



もう一つ、わずかな休み時間もなかなか休めない理由があって。
それが訓練の準備のせい。



道具を取りに行ったりするんですか?



そういうのも無いわけじゃ無いんだけど。
どっちかというと、訓練で何をやるのかを調べるんだ。
例えば、防火部署で現場指揮官を担当する場合。「部署」の書類には携行物品とか、どういう役割があるか、とか色々書いてあるんだけど、実際それだけ読んでも何をしたら良いかなんてサッパリ分からない。だから、艦内防御守則とか艦船消火要領のような文書を読みこむんだ。
加えて、それまでに訓練した人や、本来の担当者に作業の進め方や特に注意すべき点を聞き取りに行く。この場合は応急長だね。



参考資料の確認に、経験者からの聞き取りですか。



ただ、これも訓練中や当直中には出来ないからね……。
特に聞き取りの場合は相手の当直にも影響されるから、会いに行けるタイミングが限られる。深夜になってしまったりして、これまた睡眠時間を圧迫することになる……。



うーん。ままならないものですね。



まぁ、中盤以降ともなるとだいたい分かってくるから、そこまで根を詰める必要もなくなるけどね。
広告
「かしま」と随伴艦の格差



そういえば、さっき「かしま」が楽をしてるって話をしてたじゃないですか。そんなに違うものなんですか?



ああ、アレね。訓練が回ってくる頻度だけ見ても、「かしま」は随伴艦の半分だからね。この前も言ったけど、「かしま」は教育対象となる実習幹部が多すぎるから、全員を毎日訓練に参加させるだけのリソースが無いんだ。



「かしま」では2日に1日は翌日の訓練準備のための日……ということになっていて、訓練は見学だけでいいから、寝る間を惜しんで人に聞きに行かなくてもいいし、調べ物もしっかりできる。深夜に人を叩き起こしておきながら、質問しながら寝落ちするようなことは「かしま」では起きないよ。



比較対象が悪すぎる
広告
随伴艦の狭さ



この前言ってましたけど、随伴艦って寝室が3段ベッドなんでしたっけ?



うん。どの艦型かによるけど、基本的には随伴艦の居住区は3段ベッドだと思った方がいいね。
護衛艦の居住区が2段ベッド化されたのは「あぶくま」型「むらさめ」型「こんごう」型以降だから、古い「あさぎり」型や「はたかぜ」型になると、自動的に3段ベッドが確定する。
で、新しい艦の場合でも、本来の定員ではない実習幹部を乗せようとすると2段ベッドではどう頑張っても乗り切れないんだ。だから、3段ベッドへの改造を行って実習幹部を乗せることがほとんど。



結局、3段ベッドですか……。







この前、よその艦のご厄介になる機会があって久々に3段ベッドを使ったんだけど、やっぱりキツいね。2段ベッドだと、完全に上体を起こすことは出来なくてもある程度身体を曲げ伸ばし出来るんだ。
その点3段ベッドだと、身体を起こせないから転がるように出入りしないといけないし、寝返りもうちづらい。それと、最下段はかなり低いところにあるからホコリっぽい。



なんと言ってもベッドの前で着替えとかをする人数が2人から3人になるから、着替えとか靴の履き替えとかがしづらいんだ。人が通る度に作業中断しないといけないからね。



いや、それにロッカーの大きさも違いません?



まさしく。それに「かしま」にはこのベッドの手前に別の収納スペースや机が用意されているから、本当に収納スペースが段違い。
半年間の長期行動に耐えようと思ったら、どうしてもそれだけのスペースが必要になるんだけど、随伴艦にはそこまで広い収納スペースは用意されていないんだ……。



えーっと……随伴艦に乗らないっていう選択肢は……無いんですよね?



うん。国内巡航と遠洋航海を通して、必ず「かしま」と随伴艦両方に乗るよう、引っ越しが行われるよ。
ただ、この引っ越しもなかなか簡単なことでは無いんだ……。



あー、前に言ってましたね。タイミングがシビアとか忘れ物した場合がキツいとか。



そもそも、生活の拠点を変えるってのが結構面倒なんだよね。ロッカーに移した服とかをカバンに詰め直さないといけないし、ベッドには洗濯物を干すためにロープを張ってたりするけど、それも原状回復させないといけない。引っ越した先では、そういう作業をまたやり直さないといけない。



それと遠洋練習航海特有の問題として、お土産の問題もあるよ。寄港地を巡る中で、みんな色んな買い物をするんだけど、引っ越しするときは当然その保管場所を変えないといけないんだ。
これがかさばるものだと随伴艦に行った先で収納するスペースが無かったりするし、酒類だと艦内への持ち込み・保管・持ち出しに一つ一つ手続きを踏まないといけないから、これまた大変。



あー。



一番面倒なのは「かしま」から随伴艦に行って、また「かしま」に帰ってくる場合だよね。引っ越しを2回やらないといけないし、また「かしま」に帰ってくるからと思って同期にお土産を預けてたら、紛失・破損されてしまったり……。



ましてや、国内巡航だけ他の艦が随伴艦として参加する場合は、随伴艦⇒「かしま」⇒随伴艦⇒「かしま」なんて3回引っ越しをするパターンすらある。



あまりにいたたまれない……。



そういう組にあたってしまったらどうしようもない。だから、もし未来の周りにそういう大変な人がいたら、手を差し伸べてあげてね……。
広告
長期行動のストレス



いやぁ、聞けば聞くほど大変ですね……。



そんなこんなで半年間耐えないといけないから、心身への負担は結構大きい。で、実習幹部ばかり大変大変って思うかもしれないけど、受入側の艦の乗員だって結構大変なんだ。



特に大変なのが「かしま」。



あれ?随伴艦じゃないんですか?



もちろん、随伴艦だって大変ではあるけど。
でも、受入側からしてみれば、100名超の実習幹部の面倒見ないといけない乗員の負担は結構大きいものだよ。実習幹部と違って2日に1日、なんてものは無いし。



あ、確かに。



加えて、随伴艦の乗員は毎年遠洋航海に派遣されるわけではないけど、「かしま」乗員は多くの人が2年乗り続ける(俗に言う2年契約)から、2年連続で長期海外派遣されることになる。



結構重いですね。



しかも、ひとつの地域の乗員しか乗っていない随伴艦と違って「かしま」は5総監部全てから人が集まるから、そんなに面識のない人達が多くなる。言葉遣いや話題、行動様式の一つ一つがちがうから、これも結構ストレスになる。



それって、そんなに大きいものなんですか?



うん、結構バカに出来ない。
これが一番表面化するのが訓練の時。訓練って、各地の海上訓練指導隊(FTG)によって教え方が若干違ってて、そのせいで訓練の進め方には地域性があるんだ。だから、訓練指導の進め方で異なる地域の海曹同士が対立してしまったりするんだ。
- 訓練指導に際し使用される審査表には「●●は■■を確認しているか」といったチェック項目がある。
- しかし、「何をもって確認したと判定するか」「いつまでにそれをしなければならないか」など、明確に定められていないことがほとんど。
- 曖昧な点について、どのように採点するかは訓練指導側(FTG指導官)に一任されているため、訓練を受ける側(乗員)は指導官からOKをもらえるよう、指導官が決めた基準に従う。
- 指導官により基準に差が生じるが、指導官も乗員から選抜されるため、訓練を繰り返すうちに一定の水準に収斂していく。
- 地域を跨いで訓練指導が行われることは少ないため、地域ごとに独立した基準が生まれる。
- 併せて、地域差は訓練を実施する地域の特性(訓練シナリオの差)によっても生じる。
- たとえば、「●●は■■を確認しているか」という審査項目に対し、次のような差が生じる。
- 確認の方法
- 「■■であることをなんらかの手段で把握しておけばOK」とするもの
- 「部下に対し口頭で『■■の確認を行え』と命じ、返答を得ていればOK」とするもの
- 「自ら現場に赴き■■であることを肉眼で確認すればOK」とするもの
- 確認のタイミング
- 「部署が復旧するまでの間にどこかで確認しておけばOK」とするもの
- 「部署が一定の段階に進捗するまでに確認しておけばOK」とするもの
- 「部署が一定の段階に進捗するまでに、3回確認すればOK」とするもの
- 確認の方法
- 「かしま」に各地から乗員が集まることで、艦内訓練指導班内に指導官による認識の差が生じる。
- 「かしま」には長期間乗艦する乗員がおらずどんどん交代するため、「艦のやり方」が生まれにくい。そのため、指導官が自分の知っているやり方を通そうとする。



はぁ、随分仕事熱心なことで……。



「かしま」の上級海曹に選ばれるような人は、術科技能で高い評価を受けていることが多いから、それなりに自分のやって来た事にもプライドがあるし。ただ、それが単なるローカルルールに過ぎないことを知らないことも結構あるんだよね。



普通のオフィスワーカーなら、そこまで白熱することも無いんだろうけど、何しろ長期行動のストレスに晒されるし、実習幹部を育てるという重責も負っているからね。ちょっとしたすれ違いのせいで対立が生まれてしまうこともあるんだ。



なるほど、熱心さ故に、ですか。



一方「かしま」に乗ってる実習幹部は遠洋航海中盤あたりから中弛みが始まるからね……。実習幹部が適当にやり始めると、当然乗員も良い気持ちはしない。そうやって、実習幹部と乗員の関係が険悪になってしまう年だってある。



あらら。でも、確かに実習幹部のためにはるばるやって来てるのに、肝心の実習幹部が手を抜いてたら、そりゃあ立つ瀬が無いですよね。



こういう対立は、実習幹部だって例外じゃないからね。
面倒な配置を他人に押しつけたり、生活態度がだらしなかったり、あと……いわゆるピンク事案を起こしたり。そういうところで同期の顰蹙を買ってしまう人もいるんだ。



幹部候補生学校であれほど仲良かった同期と、練習艦隊で袂を分かつことになってしまう人は、決して少なくない。本当に、ちょっとした気遣いがどれほど大事か……。



先パイにはそういう経験あるんですか?



あるよ!増加食として配布された国産のカップ麺、箱ごと大事にとっておいたのに、同期がこっそり中身を持って行っちゃったんだ!!遠洋航海後半になって食べようと箱空けたら、中身空っぽだったんだよ!?楽しみにしてたのに!!



あの時は知識無かったから泣き寝入りしてたけど、今やられたら窃盗と不正喫食で告発するよ!もう!



証拠こそ無いけど、誰がやったかは大体見当付いてるよ。
くだらないと思うかもしれないけど、ボクは忘れないからね!



そ、そうですか……。
広告



うーん。今回、メチャクチャ気が滅入る内容だったんですけど。
先パイ、本当に遠洋練習航海に行って良かったと思います?



まあ、決して楽な仕事ではないよね。
でも、それでも。同期みんなと一緒に働けたのはこれが最後だったし、寄港地で色んなところを見ることが出来たのは、本当に良かったと思ってるよ。
トータルで見たら、やっぱりプラスだったと思う。



次はお待ちかね、寄港地での過ごし方について話をしようか。
このページには防衛省をはじめとする、日本政府・官公庁のWebサイト、SNSアカウント等から転載されたコンテンツが含まれます。
転載にあたっては、「リンク、著作権等について(首相官邸)」「防衛省・自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」「海上自衛隊ホームページのコンテンツの利用について」等に示される各省庁の利用規約を遵守しています。
コメント