この記事では、台湾有事について次の内容を説明します。
第1回
- 台湾問題の歴史的背景
- 17世紀後半、清に併合され、大陸から漢民族が移住
- 日清戦争の結果、日本に割譲
- 太平洋戦争の結果、日本は領有権を放棄し、国民党政府が進駐
- 国共内戦に破れた国民党政府が台湾に逃れ、現在の形に
- 「1つの中国」問題
- 国民党政府・共産党政府ともに、自身を中国唯一の合法政府と主張し、もう一方の存在を否定
- 戦後しばらく、実質的な「中国」は中華人民共和国でも、中華民国は国連安保理常任理事国として強い影響力を発揮
- 70年代、米国の外交方針転換により、中華人民共和国が名実共に「中国」に
- 台湾人のアイデンティティ問題
- 当初、「外省人」が「本省人」を抑圧する体制
- 70年代の大陸反攻断念により「中華民国」である必然性を喪失
- 民主化や世代交代により、「本省人」「外省人」の差が希薄化
- 自国を中国と捉えるか否か、台湾自体を国と捉えるか、意見が多様化
- 台湾地位未定論
- 日本の領有権放棄に際し、中華民国に返還されたわけではなく、帰属未定という説
- 主流では無いが、「台湾」としての独立派の論拠に
- 各国の立場
- 中華人民共和国
- 「台湾は中華人民共和国の領土の一部」
- 「台湾問題は内政問題」外国の干渉を拒絶
- 武力による統一も辞さず
- 中華民国
- かつて「一つの中国」を表明していたが、今は明確にせず。
- 政権により、ニュアンスが若干異なる。
- 国民党政権:「一つの中国」自体は堅持するが、中台間で解釈が違うことを許容
- 民進党政権:現状維持(明示せずとも台湾は既に独立国家)
- アメリカ
- 「あいまい戦略」を選択
- 中国の主張を否定しないが肯定もしない
- 台湾侵攻時の武力介入を確約しないが、平時から台湾を公然と支援
- 現状維持を最優先
- 台湾が共産党政府の管理下に置かれることは拒否
- 台湾に肩入れしすぎると、米中全面衝突に繋がる恐怖
- 「あいまい戦略」を選択
- 日本
- 米国の対中政策に追従
- 台湾有事が現実味を帯びてきたことで、急速に準備中
- 中華人民共和国

第2回
- 台湾は中国の「核心的利益」
- 中国の海洋戦略において、台湾・沖縄諸島は不可欠の存在
- 台湾・沖縄諸島を掌中に収めない限り、北海艦隊・東海艦隊は東シナ海に封じ込められる。
- 本土を米国の脅威から守るためには、太平洋への進出が不可欠
- 東シナ海・南シナ海~インド洋のシーレーン防衛も死活問題
- 「中国の夢」の障害
- 中華民族の自己認識と整合しない現実
- ナショナリズムと、その願望を実現する力こそが権威の源泉
- 民族の復興を実現出来ない政権は存続出来ない。
- 中国の海洋戦略において、台湾・沖縄諸島は不可欠の存在
- 台湾有事は日本の有事になるか?
- 在外邦人の救助問題
- 台湾には2万人超の日本人が在留
- 戦闘行為に関与せず在外邦人を救助するのは困難
- 地理的問題
- 距離の近さ故、台湾周辺での戦闘は与那国島・西表島等にも重大な影響
- 直接的な巻き添え被害だけでなく、難民の受入問題や物流停滞も発生
- 在日米軍の対応
- 台湾有事発生時、米中衝突は必至
- 台湾・南西諸島の安定は、西太平洋における米国覇権の重心
- 在日米軍への攻撃は日本にも波及
- 台湾有事発生時、米中衝突は必至
- 尖閣諸島有事に直結?
- 中国は尖閣諸島を台湾の一部と認識している可能性
- 台湾有事に際し、尖閣諸島も占領される恐れ
- 台湾有事は、重要影響事態・存立危機事態・武力攻撃事態などに繋がる可能性が高い。
- 在外邦人の救助問題
- 私たちは、何をするべきか?
- 現実を知る。
- 日本はプレーヤーではなく駒
- 日本に台湾有事を回避させる能力は無い。
- ただし、台湾有事の結末に大きな影響力を持つ。
- 積極的に関与すれば、衝突時の大被害は不可避
- 台湾を見捨てれば、将来の破滅が決定的に
- 日本はプレーヤーではなく駒
- 今こそ「どういう世界でありたいか」を見つめ直す。
- 行き当たりばったりは悪手、国の方針は一貫する必要
- どのような選択をするにせよ、結果は国民に降りかかる。
- せめて、納得のいく結果を。
- 現実を知る。
水雷長 遠見1尉こんなときはやっぱり機関長に聞いてみよう。
台湾は中国の「核心的利益」



中国は台湾の領有権を「核心的利益」って表現するじゃないですか。あれって絶対に譲歩出来ないって意味ですよね?でも、よく考えてみたら、どうしてあんなに固執するんですかね?



ええ、もっと言えば「核心利益中的核心」=「核心的利益の中の核心」とまで言って、他の核心的利益……チベットや新疆ウイグル自治区とは一線を画す、絶対不可侵な存在とまで主張しているわね。



先日も中国の駐米大使が台湾問題について米国が関与することを容認しない発言をしましたね。チベットや新疆ウイグル自治区の問題も、触れられたくない人権問題の1つにカウントしているようですが、やはり台湾問題は特別枠という扱いのようです。
中国の駐米大使、謝鋒氏は米中ビジネス協議会のイベントで、台湾と民主主義・人権、中国の政治体制、発展の権利を中国政府にとって4つのレッドライン、つまり越えてはならない一線だと明言。「最も重要なのは、互いの核心的利益と主要な懸念を尊重することだ」と述べた。
中国、米国に4つのレッドライン示す-貿易休戦もろさ露呈 (Bloomberg News 2025年11月4日)



水雷長の言うとおり、メンツの問題というのは確かにあるでしょう。でも、そこまで単純化してしまうのは、やり過ぎね。もう少し実利のことも考えてみましょう。
台湾・南西諸島が不可欠な中国の海洋戦略



建国直後ならいざ知らず、現代の中国にとって、台湾はどうしても確保しておかなければならない場所なのよ。では、台湾を押さえておかないと、どのような不都合が生じるかしら?



はて、何か良い資源でもあるんでしたっけ?台湾と言えば半導体ですが、今や中国の本土でもドンドン生産してますよね?



いえ、重要なのは台湾の場所そのものでしょう。台湾が敵の手にある限り、中国の人民解放軍は自由に行動することが出来ません。



ふーん、台湾ってそんなに強い軍隊持ってるんですか?



いや……台湾軍は国家規模の割には大きな軍だけど、中国軍に正面からぶつかって勝てるほどは強くないよ。
通信士が言ってるのは、島自体を制圧しないと情報が筒抜けになるとか、そういうこと?



ええ。対米戦争を戦うとき、台湾を自らの掌中に収めておかないと、台湾付近を航行する艦艇の位置情報が米軍に筒抜けになります。たとえ爆撃機を総動員して、戦闘艦艇を全て沈めようと、主要な基地を壊滅させようと、島内の戦闘員を一人残さず根絶やしにすることは出来ませんから。



たとえレーダーやESM機材が死んでも、山の上から肉眼で隻数を数えるなり艦型識別するなり、やりようはある。通過する艦艇の組成が分かれば、敵戦力の見積もりの精度を上げることもできよう。



人工衛星による情報収集が盛んになった現代でも、地上から集める情報は馬鹿にできんぞ。何しろ衛星の情報はデータの転送や分析に時間を要するため、リアルタイム性に欠ける。
情報の精度によっては、そのまま対艦攻撃のためのターゲッティングにすら活用できるのは、魅力的だな。
沿岸からの情報収集・警戒監視は、一見地味なようで非常に重要なものです。自衛隊もご多分に漏れず、与那国島に陸上自衛隊の与那国沿岸監視隊、航空自衛隊の第53警戒隊与那国分遣班を設置し、周辺の海空目標を年中無休で監視しています。
海上自衛官は、南西諸島周辺の警戒監視と言えば海自ばかり辛い思いを……と思いがちですが、この気の遠くなるような任務に、共に取り組んでいる陸自・空自の人達がいることは覚えておきましょう。



つまり、迂闊に近寄れないことになると。



付近を全く航行できなくなるわけではない……が、気軽には通ることが出来なくなる。通信士の言うとおり、通過時は絶好の攻撃機会だ。通過の度に被攻撃のリスクに晒されることになる。



何しろ台湾は西に中国大陸、東に与那国島を臨むチョークポイントだ。台湾海峡は澎湖諸島~金門島間の距離は70マイル余、台湾・与那国間の距離は60マイルすらない。情報収集の目を盗んで移動するにも限界がある。



SSMもさることながら、SAMが生き残っていれば航空機も容易には近づけなくなる。つまり、島の向こう側に航空兵力を送るのにも支障が出るというわけだ。



島を占領しないと、その先には進みづらいってことですか。でも、それなら無理に進まないって選択もあるんじゃないですか?



ええ。確かに、昔の中国はそういう考え方をしていたわ。けれど、時代を経るごとに、中国は戦いの場をより自国から遠ざけようとしているのよ。



ここで理解しておくべきなのが「第1列島線」「第2列島線」という概念よ。水雷長も聞いたことあるでしょう?



はい、なんとなくですけど。第1列島線が沖縄やフィリピンを結ぶ線で、第2列島線が小笠原諸島とかグアムを結ぶ線ですよね?


画像は国土地理院Webサイトから取得した地図に、筆者が注釈を記載したもの。



ええ、これは中国が防衛ラインとして設定していると言われているものよ。第1列島線内、つまり黄海・東シナ海・南シナ海では、米軍の侵入を許さず、あたかも中国の領土であるかのように自由に活動出来るようにしたい。だからこそ、その外側の第2列島線内、西太平洋で米軍を迎え撃とうとしている、と言われているわね。



とはいえ、この考え方が最初からあったわけではないわ。ここへ至る経緯を知っておきましょう。
防衛戦略の変遷



黎明期の中国海軍は、海上で敵海軍と戦闘するのではなく、陸上戦闘を支援する存在として整備されていったわ。



もともと中国の防衛戦略は積極防御という考え方で、戦略的には守勢、戦術的には攻勢というものよ。つまり、自分からは戦争を仕掛けず、攻撃を受けた場合は苛烈な反撃を加えるというものなの。



えぇ……本当ですか?



当然だろ。今どき、自分から侵略すると宣言する国は無いからな。
この「自らは仕掛けない」という原則は誤解されがちですが、もとより戦争の一場面において人民解放軍が能動的・攻勢的な行動をとることを否定するものではありませんし、わが国の専守防衛のように武力の行使を必要最小限度に留めることを志向するものでもありません。
実際、朝鮮戦争や中越戦争のような局地的戦争において、中国は能動的な武力行使を選択しています。あくまで、米国やソ連のような強国との全面対決に至ることを避けようとする、現実的な軍事力運用の考え方と言えます。



この積極防御を実現する方法として、毛沢東は、不利な状況では躊躇無く戦略的退却⇒戦術的優位を確保して戦略的反攻⇒敵の態勢が崩れたなら戦略的進攻することを提唱していたわ。
実際、日本軍にも国民党軍にもこのやり方で勝利を収めたから権威化され、局地的戦争はともかく、大国と全面衝突に至ったら内陸深くまで引きつけてから反撃に移ることが前提になっていたの。



いや、そんなことしたら国土が蹂躙されて再起不能になりますよ……。



ええ。そのとおりね。毛沢東亡き後、敵を深く引き込むという考え方は徐々に否定されるようになっていくわ。特に80年代以降は、沿岸部が著しく経済成長したから、この地域を失うわけにはいかなくなるのね。



1980年代に入ると、「中国近代海軍の父」劉華清が近海防御戦略を提唱するようになるわ。これは、中国本土と周辺海域を守るため、黄海・東シナ海・南シナ海の海上・航空の優勢を確保しなければならない、という考え方よ。その対象となる海域の外縁が沖縄や台湾、フィリピンといった、日本で言うところの「第1列島線」となるの。



当時の中国は、まだ航続距離の長い戦闘機・爆撃機も空母も保有していなかったから、せめてこの海域に侵入した敵には徹底的な打撃を与えようということね。



80年代の保有艦艇というと……Luda級駆逐艦とか、Jianghu級フリゲートとか、そのあたりですか。搭載SSMはSS-N-2 “Styx”、射程30NM弱の平凡な亜音速ARHミサイル……。潜水艦もMing級とかHan級の時代ですよね。そんなので戦えたんだろうか?



そうね、実際の問題を言うと、装備品の劣後はどうしようもなかったわ。それが如実に表れたのが1996年の台湾海峡危機ね。台湾を軍事的に恫喝しようとした中国に対して、空母「ニミッツ」が台湾海峡を通過したのだけれど、まさしく「近海」に入ってきた米海軍に対して、中国は仮に戦っても全く勝ち目がないとして、恫喝の継続を断念せざるを得なかったのよ。



艦隊防空能力が無いから、空母艦載機に襲われたらひとたまりも無いですもんね。



そもそもISR能力も、C4I能力もまともに整備されていなかったしな。仮に中国側から攻撃しようとしても、ダメージを与えられたかどうか疑わしい。



このあと、近海防御の能力整備が本格的に加速するわ。具体的には、装備品がより強力なものに変わり、活動範囲も拡がっていくの。



90年代末になるとSovremennyy級DDGをロシアから買うんですよ!SS-N-22 “Sunburn” マッハ2オーバーの空母キラー!そして、Kilo級SSも導入されますよね。
で、2000年代までに国産兵器としてLuyang級DDGに、Jiangkai級フリゲート、Song級・Yuan級潜水艦と、おなじみの奴らが登場するんです。水上艦のミサイルも、YJ-83みたいなシースキマーに変わるんですよ。



キミ、そういうことばかりはペラペラ出てくるんだよな。



近海防御の範囲は徐々に外側へと拡大していくわ。



そうなったのは……第1列島線内の海域を守るためでしたっけ?



ええ。理由はいくつかあるわ。その最も大きなものは、経済成長を遂げた中国にとって、この海域へのアクセスによってもたらされる利益……交易路や海洋資源も、最早不可欠なものになったからだと言われているわ。単に本土さえ守っていればよい時代は終わったということね。



中国の領域に対する認識は、西洋的な領域や主権の考え方と異なると言われているわ。
国連海洋法条約では、国の管轄権が及ぶのは基線から12NMまでに設定出来る領海の内側のみ。その外側は、接続水域・排他的経済水域(EEZ)・大陸棚のように部分的に権利を主張出来るものの、原則としては国際海域としての性質を持っているわ。



そもそも、領海自体、領土ほど独占的な管轄権は及ばない、というのが原則ですもんね。無害通航とか認められているし。



ええ。でも、中国は海洋に対しても国家の独占的な支配が及んで当然という考え方なの。領海に外国軍艦が入域するとき、彼らは事前の許可を求めてきたりするでしょう?



自分たちは我が物顔で入っていくくせに……。



排他的経済水域(EEZ)や大陸棚のような海域も例外では無く、彼らは「海洋国土」と呼んでいて、領海に並ぶ存在として扱うべきだと主張しているの。これを維持しようと思ったら、第1列島線内への外国の関与を排除しないといけないのね。



そして、96年の台湾海峡危機の反省も影響していると言われているわ。東シナ海や南シナ海で米軍を迎え撃とうにも、アメリカはその気になれば第1列島線の手前から、横須賀やグアムといった基地を足がかりにして中国を際限なく攻撃出来る。これを防ぐには、第1列島線の手前での米軍の活動にも制約を与える必要がある。



こう話すと、場当たり的に防衛範囲が伸びているように聞こえるかもしれないけれど、概ね中国海軍の近代化を主導した劉華清の計画通りね。彼は1975年の時点で、将来の経済成長に伴う防衛範囲の拡大を見越した空母取得の必要性を提唱しているわ。



へぇ、そんなに前から……!



それに、近海防御自体、もともと第1列島線の中だけで戦うものだとは言っていなかったの。むしろ、中国の国力が伸びていけば自ずと第2列島線まで防衛範囲が伸びることを初めから主張して、2020年頃にはそれを達成するよう計画していたわ。



また、2000~2010年に入ると、この近海防御に加えて、さらに外の海域での作戦遂行能力を明確に掲げるようになったわ。これを遠海防衛と言って、2015年の国防白書では近海防御・遠海防衛の組合せへと移行することが宣言されたの。



その遠海防衛は第2列島線のところで戦うって話ではないんですか?



私は違うと考えているわ。
確かに公開情報では、近海防御=第1列島線まで、遠海防衛=その外側=第2列島線までと捉えて解説しているものも散見されるの。でも、さっき言ったとおり、近海防御を提唱した劉華清自身が近海防御の範囲は国力に応じて伸縮すると主張していて、その到達目標として第2列島線を掲げていたわ。



遠海防衛は、防衛の地理的範囲を変えるのではなく、軍事力運用のあり方を変えるものと言う方が正確だと私は理解しているの。
近海防御はあくまで有事の際の防衛に着眼した概念であるのに対し、遠海防衛は平時からの海洋権益の保護や、プレゼンスオペレーションを含む概念なの。



そういえば、中国の艦艇は最近アラスカ沖なんかにも進出するようになったって聞きました。米海軍が世界中に兵力を展開しているのと同じように、中国も海軍力を遠方に展開することで、海洋の支配的立場を獲得しようとしているんでしょうか。



思えば、中国もジブチに基地を作ったり、カンボジアに実質的な軍港を整備したりしてますもんね。別に本土防衛に必要なわけでもないのに。



そういうことは鏡を見て言いたまえよ。この日本が、海上自衛隊が、この20年でどれだけ海外に進出し、存在をアピールするようになったと思っているのだね?



た、確かに……。



この領域について言えば、日本も中国も、置かれた状況はそれほど変わらないわ。どちらもシーレーン防衛に大きな課題を抱えているの。



2000年代に入ってからの中国の爆発的な経済成長の原動力は、世界の工場として活躍する生産力……そしてその成果物を全世界に届ける物流システムにあるわ。物流が停滞して輸出出来なくなってしまったら、潤沢な生産力はそのまま莫大な維持コストという負債に化けてしまう。



加えて、中国が生きるには輸入も欠かせないわ。



中国が輸入を???



レアアースの話があるから、大陸には資源があると日本人は思いがちね。けれど、実際には中国も大量の資源を外国から買い入れることで国を維持しているのよ。
石炭こそ高い自給率を誇るものの、石油の海外依存度は7割超、そのほとんどが南シナ海を経由して輸入されているの。



日本よりはマシでしょうけど、相当な量ですね。



直接的な武力衝突に陥ったときはもちろん、国際的な緊張が高まるだけでも、こうしたシーレーンは脅かされてしまうわ。だからこそ、国際社会に対して海軍力を誇示して海洋へのアクセスを維持する必要があるのよ。



日本のFOIPと同じですね。でもそれなら、あんなに強権的にやらなきゃいいのに……。



見えている世界が違うのだ。やむを得まい。あちらには、日本の活動量増加こそ中国を絞め殺す試みと映っているかもしれないぞ?



所詮、国際法など力の前では無力。世界は食う側と食われる側に分かれる。そういう物の見方をするなら、国際法を守って皆で協力しましょうなんて言葉は偽善以外の何者でもないですね。外敵にやられないためには、先手を打って命綱を確保するのが最適解です。



そりゃあ、そうかもしれないけど……。



少し、話が散らかったわね。ここで一度まとめましょう。
中国海軍は時代の流れと共に、能力や活動の範囲を拡大していったわ。もともと沿岸を守るだけだった中国海軍は、1980年代から第1列島線内に侵入した米軍と交戦することを想定する近海防御戦略へ移行し、国力の伸びや米軍の脅威に応じて、現代では第2列島線の内側まで防衛範囲を拡大している。



そして、2000年代からは直接的な防衛ミッションである近海防御に加えて、さらに遠方の海域でのプレゼンスオペレーションなどを行う遠海防衛もミッションに加わり、より外洋進出する海軍へと成長を続けている。



ここで重要なのは、中国は外洋進出して海洋へのアクセスを確保することが、米国との競争に生き残る上で不可欠と認識していて、それを実現するためのプロジェクトを半世紀かけて着実に進めてきたということよ。



気が遠くなるような話ですね。でも、それだけ強い意思を持って進めているということですか。



その方針が簡単に変わることはないだろうなぁ……。
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外洋進出の妨げとなる島嶼



なるほど、なんとなく分かってきましたよ。その近海防御にしても、遠海防衛にしても、外洋に進出しようとすると、台湾が邪魔になるんですね?



ええ。水雷長は、中国の海軍基地がどこにあるか知ってるかしら?



えっと……東海艦隊が定海(舟山)で、北海艦隊が青島、南海艦隊が海南島でしたね。



ええ。一応言っておくと、2016年の軍改革によって、●●艦隊という呼び方は●●戦区海軍に変わったわ。まだ通じるけれど、覚えておいた方がいいわね。



えっ……そうだったんですか……。



平時において、東シナ海でのオペレーションを担当しているのが、東部戦区海軍……東海艦隊ね。必然的に海自と接触するのはほとんどここの艦よ。
とは言え、有事の際に各担当海域の中に引き籠もるなんて縦割りを行うわけがないから、当然艦隊間での兵力の融通は行われるでしょう。



結果、北部戦区や東部戦区の艦艇が、台湾海峡や宮古海峡を越えて西太平洋へ出て行くことになる。そんな時に障壁になるのが台湾……そして日本の南西諸島よ。


東シナ海から外洋へ進出するためには、日本・台湾の沿岸を航行する必要があることが分かる。
画像は国土地理院Webサイトから取得した地図に、筆者が注釈を記載したもの。



なるほど、東シナ海から外洋に出ようとすると、台湾や沖縄の沿岸を通らないといけない。中国は国を守るためには外洋に出ていかないといけないと認識しているのに、いざ戦争が起きると外洋に出ていけなくなるかもしれない、ということですか。



ええ。本土防衛やシーレーン防衛を成功に導くためには、この島嶼部を掌中に収めて、スムーズに外洋に出られるようにしたい。これこそが中国がこの地域に重大な関心を寄せる理由よ。



これらを踏まえて、中国がどのような戦い方をするか予想すると、次のようになる。


兵器の射程はイメージで、正確なものではない。
画像は国土地理院Webサイトから取得した地図に、筆者が注釈を記載したもの。



まず、第1列島線内での戦い。ここは中国にとっての「内海」であって、敵の侵入を許すわけにはいかないエリアだ。
それ故、万が一にも侵入する艦艇や航空機が現れようものなら徹底的に攻撃を受ける。



巡航ミサイル……代表的なのはLuyang-III DDGやRenhai CGにも装備されているYJ-18だな。あれの射程は500~600km程度と言われており、陸上配備型を中国本土の沿岸部に持ってくれば、概ね第1列島線内をカバーすることができる。
加えて東シナ海・南シナ海には平時からパトロールする艦艇や航空機が大量に存在している。この数の優勢を活かせば、第1列島線内へ侵入した敵を排除することはそれほど難しくないだろう。



さらに攻撃を受けるのは陸上の基地だ。巡航ミサイルと弾道ミサイルを駆使し、台湾や南西諸島、そして九州あたりまで、基地機能を破壊する。
それ以外の地域……要するに本州や北海道も攻撃を受ける可能性はあるが、あまりにも大規模な攻撃を行うと米国による核報復を招く恐れもあるので、そこまでは踏み切らず、あくまで南西地域での限定的衝突に留めようとするのではないかという考え方が一般的だな。



沖縄や九州が攻撃されるとは、いきなり物騒な話ですね……



これは、彼らが絶対にやってくる、という話ではなく、あくまで我々がやられたら大変なことになると恐れている話だ。
ただ、実際彼らにはその能力があり、やるだけの軍事的合理性もある。中国が日本やアメリカと衝突することを覚悟してくるなら、実行される可能性は低くないだろう。



台湾にせよ、南西諸島にせよ、島を巡る戦いの場合、そうやって「聖域」となった第1列島線の内側で、日米の増援がやってくる前に部隊を上陸させて占領する、というのが安全保障界隈の定番のシナリオだ。



……あれ?ひょっとして、戦争が始まったら、私たちも東シナ海にいられなくなります???



今さら気づいたか。そうなのだよ。
日中の衝突と言えば、尖閣諸島。故に東シナ海で戦うことになるという漠然としたイメージを持っている日本人は、自衛官も含めて少なくない。



だが、緒戦ならともかく、いざ事が始まればそれどころではない。無尽蔵にミサイルと戦闘機・爆撃機が飛んでくる東シナ海に、我々が踏みとどまれるわけがなかろう。



日本も新型誘導弾の調達など進めてはいるが、そもそも開戦時は侵攻側が圧倒的に有利なのだ。なにせ、攻撃のタイミングを選べるからな。攻撃側のミサイルを事前に叩いておくことは出来ないから、緒戦で大規模な攻撃を受けること自体は回避出来ないのだな。



やったもん勝ちですね。



というわけで、もしも戦争が始まったならば、東シナ海の中に残せる兵力はほとんど無い。可能な限り太平洋へ退避させ、体勢を立て直し反攻するしかない。当然、相手はそれを阻止するために東進、攻撃してくる。
つまり、真っ先に戦うことになるのは第1~第2列島線の間の海域だ。



この海域の特徴は、中国本土からの巡航ミサイル射程より外側になることだ。したがって、第1列島線内に比べれば幾分か攻撃がマイルドになる。
ここでの脅威は主に第1列島線を越えてやって来る艦艇や爆撃機。



しかし……この海域なら、日本の本土から戦闘機を向かわせることが出来ますよね。



そう。本州の基地が破壊されない限り、この空域では日米が航空優勢を取れる可能性が高い。中国本土からの爆撃機も、第1列島線内ほど自由には活動出来ないと見るべきだろう。



そこで活躍すると思われるのが、中国ご自慢の空母打撃群というわけだ。何せ、独力で局地的な航空優勢を取りに行けるし、対艦攻撃なども出来るからな。



時々ニュースに出てきますけど、中国の空母って強いんですか?



一般に米海軍の空母ほどではないとされているな。ハードウェアの能力から見ても、時間あたりに投射可能な航空機数では劣るとみられているし、まだまだ空母運用のノウハウは不十分だと言われる。



ま、実際どこまで役に立つかは分からんが、着実に能力を伸ばしているとは聞くし、油断すべき相手ではないだろう。少なくとも海自の水上艦は狩られる側だしな。米空母ほどでなくとも、脅威には違いない。



さらに、ここで米空母の行動を制約するのが、対艦弾道ミサイル(ASBM)だ。
対艦弾道ミサイル(ASBM)
水上艦艇を攻撃するために運用される弾道ミサイル。
弾道ミサイルは、人工衛星打ち上げなどに用いられるロケットと原理的には相違ない。大気圏外まで上昇することで大気の抵抗を受けることなく高速移動を可能とし、最終的には地球の重力を利用して大気圏内に再突入する。主な移動経路が大気圏外であることや再突入時に極超音速まで加速することから、通常の対空ミサイルでの迎撃は事実上不可能である。
弾道ミサイルは、その物理的特性から精密な誘導が困難であり、固定目標への攻撃にしか利用出来ないとされてきた。ところが、2010年代以降、中国はDF-21Dなど、移動する艦艇に命中可能な対艦弾道ミサイルを実用化したとしている。その性能は未知数であるが、仮に信頼性のあるASBMを実現出来ていた場合、空母を始めとする艦艇運用のあり方に劇的なインパクトを与えるものとなる。



あれって、与太話だと思うんですけど。



同感だな。
大気圏内の極超音速の世界では空力的な姿勢制御は絶望的だし、そのような過酷な環境下でレーダーや赤外線センサーがまともに機能するのかも怪しい。それ故、通常弾頭のASBMは実現不可能とされてきた。



とは言え……。曲がりなりにも、世界有数の軍が大真面目に研究し、配備に成功したと言っているのだ。たとえハッタリだとしても、万が一本当だったらと思えば、迂闊に空母を前に出すわけにはいかなくなる。
現に、近年の演習では米空母が主戦場から遠ざかる傾向にあるとも指摘されているな。



そうして、米空母の西進を阻害しつつ、自前の空母打撃群を遊弋させ、空母以外の艦艇も西進出来ないように阻止していく。それが彼らの狙いなのだろう。



なるほど……。



ここで重要になるのは、彼我のベストな位置関係は、絶対的にも相対的にも刻々と変動していくことだ。
使用可能な飛行場やレーダーサイトからの距離、BM/CM射程圏との関係、海洋環境……絶対的位置つまり地理的な位置に応じて、作戦環境は大きな影響を受ける。そして、それに応じて敵部隊とどの程度の距離を取るべきかも千変万化する。
このイメージを忘れ、どこかに要塞を築いて陣取るような考えを持っていたら、残念ながらソイツに未来は無い。



空中・水上・水中それぞれのヴィークルの活動は、他のヴィークルがどこまで西進出来るかを規定する。
例えば、戦闘機が上空をカバーしてくれなければ、水上艦は爆撃機が押し寄せる海域に進入出来ない。一方の戦闘機も、AWACS/AEW機やレーダーサイトの目がない空域や、足元にSAMがある空域で活動するのは難しい。時として、この目を補ったり、長射程SAM装備艦を片付けたりすることも、水上艦には求められるだろう。
そうやって、相互に連携しながら徐々に活動可能な範囲を広げていくのだ。



艦艇は第2列島線の内側で受ける攻撃をいなして西進する。同時に必要になるのは、本土のミサイル部隊や東シナ海のパトロール艦艇を片付けて第1列島線の内側に入れるようにすることだ。
何しろ数が多いので、米軍の来援部隊や調達中の新型誘導弾などを結集させて、徹底的に叩く必要がある。一度第1列島線外に退避を余儀なくされるのは、その準備に時間が掛かるからだな。



……あ、ひょっとして、少し前に話題になってた「反撃能力」ってそのためのモノですか?



当然。「反撃能力」と言いつつ先制攻撃に用いるのではないかと心配している御仁が妙に多いようだが、そんな先制攻撃に用いていられるほど潤沢な弾薬があるならさぞ幸せだろうな。
そんな余力などあるわけがない。使うべき時は第1列島線内への突入作戦を実現するための時間稼ぎ。ただこれだけに限られるだろう。



そうして、島を巡る戦いに決着を付ける。あちらが上陸を企てている最中なら揚陸を阻止する。あるいはこちらの陸上兵力が不足しているようであれば、こちらが上陸作戦を行う。



これが、島嶼を巡る日中あるいは米中衝突のシナリオだ。戦う場所の特性、得られる友軍のサポート、時間の推移と共に何もかもが変化する。この複雑性を克服するのが私たちの仕事だ。覚えておきたまえ。



知りませんでした……。



しかし、そういう作戦のコンセプトを考えると、色々納得がいきますね。第1列島線の外で殴り合おうと思ったら、第1列島線でつまづいているわけにはいかないですもん。台湾や南西諸島の無力化は中国にとって不可避の選択になりますね。
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台湾制圧なくして中国再興なし



もちろん、水雷長が言うようなメンツの問題も否定は出来ないわね。そうでなければ、いくら重要でも「核心利益中的核心」とまでは表現しないでしょう。



メンツですか……。あの人たちに傷つけられて困る体面なんてあるんですか?



ええ、大アリよ。
これは、中国人の自己認識、そして共産党の統治体制維持の問題なの。



京井さんは、中国という国はどんな国だと思う?



そうですね……。莫大な人口と、それに裏打ちされた生産力があります。近年、深圳を中心としてIT産業がめざましい発展を遂げていて、部分的には世界最先端に達している領域もありますね。ただ、安全管理や知的財産権の尊重が杜撰です。私が生まれた頃から「中国製」とは言えば粗悪品。一部のメーカーを除けば信用出来ませんね。
軍事は……どんどん拡大しているとは聞きますが、正直よく知らないです。



他には?砲術士はどう思う?



やっぱり、カンフー映画の国ですよね!昔はテレビで「ポリス・ストーリー」とか「少林サッカー」とか、よく流れてたじゃないですか。もう大好きでしたね。防大でも少林寺拳法部入ろうか、真剣に悩んだくらいです。
あとはやっぱり中華料理が美味しいですよね。紹興酒も、普段は呑もうとは思いませんけど、中華のお店行くと無性に呑みたくなります。あれ、何故なんですかね?



いや、今はそういう話をしているんじゃないでしょう?



いえ、それも大事な要素……文化ね。



私たち日本人は心のどこかで、あるいは公然と、中国人を見くびっている節があるわ。明治維新後の中国は日清戦争にも敗れ、列強国の食い物にされ、先の大戦でも戦勝国に名を連ねたけれど、日本を打ち負かしたのは基本的にアメリカで、中国はおこぼれにあずかっただけ。戦後も日本が奇跡的復興を遂げる中、中国人といえば人民服を着て汚らしい生活をしている。



90年代、2000年代に入り、中国が著しい経済成長を始めたときも、日本人は中国の環境破壊を批難したり、強引な開発を揶揄したりしていたわ。そして、京井さんの言うように、粗悪な製品。正直私も同感ね。



そう言えば、色々ありましたね。
山に緑色のペンキぶちまけたり、雨を降らすためにヨウ化銀ばら撒いたり。あと、なんでソレが爆発するんだってモノが爆発する事故が相次いだり……。ボクも散々笑いものにしてました。



この、近代以降だけの中国を切り取れば、「後進国が人口ボーナスにものを言わせて、急激に先進国の仲間入りを果たそうとしている。」「しかし、文明人らしい振る舞いが、まるでなってない。」という認識に至るわ。
実際、そういう見方をしている人は少なくないはずよ。



でも、それは中国四千年の歴史からしてみれば、ごく一時的な衰退期に過ぎない。彼らはそう感じているのよ。



四千年の歴史、ですか。まあ、よく耳にはしますけど。



中国には、先史時代から長江文明や黄河文明のような古代文明が存在していて、記録を辿れるだけでも四千年前、つまり紀元前2,000年頃には、中国には「夏」王朝が存在していたとされているわ。日本は縄文時代の頃よ。



欧米人が畏敬の念をもって度々名前を持ち出すローマ帝国が成立するより早く、中国では「秦」が中国全土を支配する大帝国を築き上げたわ。



中国の歴代王朝は、漢字、建築、思想、芸術、料理……あらゆる領域で、東アジア全域に文化的影響を与えたわ。



……火薬、製紙、印刷、羅針盤なども、中国からヨーロッパに伝来したものですね。



ええ、そうね。
そのように先進的な文明を誇った中国は、東アジアの統治者として、その版図を広げたわ。ヨーロッパを蹂躙したモンゴル帝国の時代を除いても、唐や清の最盛期にはインドシナ半島や中央アジア、ウラジオストックまで支配の手を広げていたわ。



欧州の国々が東洋へ進出した時も、中国は東洋の覇者として常に敬意を集めたわ。19世紀、イギリスがアヘン戦争で清を破ったあとでも、清は「眠れる獅子」と呼ばれ、下手に刺激して覚醒させてはならない存在として扱われていたの。



世界史の話ですね。でも、それは今の中国とは関係ないことでしょう?そもそも別の国ですし。



ところが、そう思えないのが人間というものなのよ。
たとえ国の名前が変わっても、自分たちはその末裔だという自負がある。日本人もそうではないかしら?



……まあ、確かに。日本人だって、自分自身の仕事や身分でもないのに、サムライを気取ったり、武士道を振りかざしたりしますもんね。



ネット掲示板やSNSを見れば、大日本帝国はここまで版図を広げたんだと誇らしげに古地図をアップしている奴らもいるだろう?凄かったのは昔の人間であって、お前が凄いわけではないんだがな。



何言ってるんです。ご先祖様が偉大なことを誇るのは、当たり前のことじゃないですか!



私たちが今不自由なく生活出来てるのは、親の親の、そのまた親、昔の人達が立派な社会を作ってくれたからですよ。その遺産を守って次の世代に受け継いでいこうと、大切に思うのは当たり前ですよ!



……。



……。



……え、なんです?なんか、変なこと言いました?



いや……。気を悪くしないで欲しいんだが、まさかキミの口からそんな殊勝な言葉が飛び出すとは……その、思ってなかったものでな。



ひ、ひどい……!!



全く。無礼な人達ですね。嶋村もこう見えて実は考えているのに。



れーちゃん……。それフォローになってないよ。



ええと……。
何はともあれ、伝統的価値観というものが重視されていることは分かったかしら?



中国の人々には、本人たちに自覚があるかは別として、自分たちが偉大な大帝国の末裔であるという自負が少なからずあるの。
でも、現実はそうでは無いわ。アヘン戦争や日清戦争に負けてから、国の勢力は衰えるばかり。領土は列強に奪われつづけ、第二次大戦後も、戦勝五か国の一員でありながら、実質的には後進国のような扱いを受け続けてきたわ。



ははあ、その自認と現実のギャップに彼らは耐えられないというわけですか。



本来偉大なはずの中国がここまで落ちぶれているのは、西洋人や日本人が結託して中国の発展を阻害しているからだ。そういう考え方も出てこよう。
まあ、半分は正しいからこそ厄介なのだな。



習近平政権は、この状況を是正して、中国という国、民族を世界一の存在に戻すことを宣言することからスタートしたわ。
そして、その要素として強力な軍事力を整備することを明示しているのよ。中国の軍事力増強は習近平以前から計画的に行われてきたけれど、その計画を推進する原動力としてナショナリズムを意識的に用いるようになったのが習近平政権の特徴ね。
2012 年11 月の第18 回党大会でスタートした習近平政権は、「中華民族の偉大な復興」を「中国の夢」とするスローガンを掲げて、政権が実現を目指す目標と位置付けた。習近平総書記は2012 年12 月に海南島の海軍基地を視察した際に、中華民族の偉大な復興という夢は「強国の夢であり、軍隊について言えば強軍の夢である。われわれが中華民族の偉大な復興を実現するためには、富国と強軍の統一を必ず堅持し、強固な国防と強大な軍隊の建設に努力しなければならない」と述べ、「中国の夢」の実現には軍事力の強化が不可欠であると主張した。
中国安全保障レポート2024-中国、ロシア、米国が織りなす新たな戦略環境-
The strategic goals for the development of China’s national defense and military in the new era are:
中国国防白書2019(英語版)
(新時代における中国の国防・軍事発展の戦略的目標は、以下の通りである。)
•to generally achieve mechanization by the year 2020 with significantly enhanced informationization and greatly improcapabilities;
(•2020年までに機械化を概ね達成し、情報化を著しく強化し、能力を大幅に向上させること;)
•to comprehensively advance the modernization of military theory, organizational structure, military personnel, and weequipment in step with the modernization of the country and basically complete the modernization of national defense and2035; and
(•国の近代化に歩調を合わせ、軍事理論、組織構造、軍人、装備の近代化を全面的に推進し、2035年までに国防・軍の近代化を基本的に完成させること;および)
•to fully transform the people’s armed forces into world-class forces by the mid-21st century.
(•21世紀半ばまでに、人民軍を世界一流の軍隊へと全面的に転換すること。)



ナショナリズムが計画推進の原動力って……そんなモノ必要なんですか?
だって、中国って共産党が独裁体制を敷いているんでしょう?わざわざそんなことしなくたって、党がやれって言って計画を進めればいいじゃないですか。



その考えは甘い。計画を推進するには、計画を実行に移す人間が必要だ。下々の人民たちが共産党政府の命令に従わなければ、実現し得ないのだよ。
では、中国の人民は何故共産党政府の命令に従っていると思う?



それは、命令に従わないと逮捕されたりするからでしょ?



そうだな。それは間違いなく大きな理由の一つになる。
その理由をだね、本質的に捉えるとだ。「従った方が得」あるいは「従わなかったら損」になるだろうという類推こそが人々を従わせているということなのだよ。



民主主義国家なら、曲がりなりにも政治に参画していること自体が、大衆を従わせる動機になる。ま、どうしても気に入らなければ政権交代が起きるが。
だが、中国ではそうもいかん。人民の声を取り入れるより、限られたエリートたちだけで決めた方が遥かに正しい意思決定ができる。この権威こそが、権威主義国家の権力の源泉なのだ。



故に「中華民族」は再興しなければならない。人民が各々好き放題にやっていたのでは到底為し得ない目標こそが、独裁体制を正当化するのだ。



ん?「中国の夢」を実現するために人民を従わせる必要があるんでは……?それとも人民を従わせるための「中国の夢」?



残念ながら、日本の最高学府を卒業した私も哲学は専門外でな。どちらが先かについて、興味は無い。



一つ言えるのは、「舐められたら死ぬ」のだよ。彼らは。
「これから先もそれなりに良い思いをさせてくれる」「刃向かえば酷ぇ目に遭わされる」そのどちらも、政府のパワーに対する信頼なくして成り立たん。



民族復興の夢を掲げながら、その実現の障壁を打破することも出来ないような惰弱な権力となれば、そんな連中にいつまでも唯々諾々と従う人民ではない。民主的に政権交代するプロセスが無い以上、そのような事態になれば共産党自体の存続も危うくなる。



まとめると……中国政府にとって、ナショナリズムは強い国を作るという目標を達成するために必要なものだけど、強い国を作れなかった時のダメージを大きくする劇薬になると。どのみち、中国政府には国を強くする以外の選択肢が無いってことですね。



目標に掲げた世界一流の軍隊とは、要するにアメリカと正面から戦える軍隊ということだ。今世紀半ば……つまり、あと20年ほどで東半球の覇者になろうと、本気で彼らは言っているのだ。第1列島線に敵地など抱えていられるわけがなかろう。



……まさかと思いますけど、本当に戦争を仕掛けてきたりしないですよね?



……。
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台湾有事は日本の有事?



皆の危機感は分かりました。でも、現時点ではまだ台湾の問題ですよね?政治家の人が「台湾有事は日本の有事」って言うのは、ちょっと踏み込みすぎじゃありません?



その疑問も、もっともね。でも、日本の有事と発言が出るからには、それなりの理由があるのよ。
在外邦人の救助問題



まず、今、台湾には何人の日本人がいるか知っているかしら?



いえ。千人くらいですかね?



いえ、台湾に住んでいる日本人だけで、2万人を超えるわ。
在留邦人数(2026年2月現在)(※出典:内政部移民署)
台湾に関する基礎知識(公益財団法人 日本台湾交流協会)
21,057人



えっ、そんなに!?



これに加えて、観光などでの訪台者は年に93万人。常時2万~3万人くらいは日本人がいると思っておけばよいでしょう。
台湾有事が起きたとき、この日本人たちはどうなると思うかしら?



それは……うーん。
台湾の政府がなんとか……してくれないんですかね?



その考え自体は決して間違ってはいないわ。滞在する外国人も含めて安全を確保するのは、その国家の責任よ。
とは言え、そうはならないのが現実というもの。ただでさえ混乱する状況で、どうしても現地の国民の方が優先されてしまうし、なによりその人自身が帰国を望んでいるのに手をこまねいて見ているのか、という問題が出てくるわ。



そのため、近年は紛争が起きると、各国が現地に軍を派遣して在外邦人を救助するケースが増えているわ。自衛隊法でも、相手国の同意などの条件下で在外邦人の輸送を命令できることが規定されているわ。



となると、台湾がヤバくなったら、自衛隊が台湾に行って日本人を救出するんですね。



いや、でも2万人だよ?そんなことできるのかな。



飛行機のキャパシティは多くて100人200人。100往復くらいする必要があるな。艦だって大差ないな。輸送艦を使ったところで、一度に万単位の人間が載るわけでもあるまい。ま、輸送するだけでも1~2週間は必要だな。



でも、本当に2万人もいますかね?戦争が起きるとなれば、みんな自発的に逃げるんじゃ?



戦争がいつ起きるのか分かるなら、みんなそうするだろうな。
それが分からんから難しいのだ。



2022年2月のウクライナ侵攻の直前。ロシア軍が連日国境地帯に異常な数貼り付き、1月中旬には外務省が緊急事態の発生に備えるよう呼び掛けていた。だが、在ウクライナ日本人が一斉に帰国したかと言えば否だ。



正常性バイアスってヤツですか。



それを言うのは酷というものだ。彼らにも生活というものがある。現地には仕事があり、住居があり、財産がある。それらを全て放棄して逃げろと言われたところで、実行出来る者は限られている。日本に逃げ帰ってきたところで、生活のアテは無いのだぞ。



もちろん、正常性バイアスだの、事態の軽視だのもあるだろう。
中国が台湾周辺で大規模演習を実施し、爆撃機を飛ばし、揚陸艦を走らせ、弾道ミサイルを撃ち込んでいるさなかでも、台湾へ飛んだ観光客は大勢いたのだ。アレが演習に見せかけた侵攻だったら、要救助者は2万人どころでは済まなかっただろう。



侵攻が現実の物になるまで、日本人が事前に逃げてくれることは期待出来ない、と。



困難なのは人数だけではないわ。台湾の場合は、もっと大変なことがあるの。



過去に発生した紛争で邦人救助が問題になったケースは、多くは第三国経由の避難や民間輸送手段が利用可能な状況だったのよ。
- イラン・イラク戦争
- イラク政府が民航機も攻撃対象とする旨を警告した。日本はタイムリミットまでに脱出機を派遣出来なかったが、トルコ・フランス・ドイツ等の民航機による支援で約260名が脱出に成功した。
- ただし、一部邦人はソ連のアエロフロート機に搭乗して脱出する予定だったが、当該機が自国民を優先したため脱出出来ず、残留することになった。
- ウクライナ戦争
- 侵攻開始後、ウクライナの隣国であるポーランドに陸路で脱出
- ハマスによるイスラエル攻撃
- イスラエルの隣国であるヨルダンへ陸路で脱出
- アメリカによるイラン攻撃
- イランの隣国であるアゼルバイジャンへ陸路で脱出



一方で台湾有事の際は、台湾の周辺海空域が人民解放軍に制圧され、民間の航空機や船舶も出入り出来なくなる事態が予想されるわ。
当然、陸路で脱出出来る隣国も無いわね。



先ほど船務長が言っていたとおり、米軍の来援がやって来るまでに大勢を決しておく必要があるから、周辺を封鎖して兵糧攻め、なんて生易しい事態は想像しづらいわ。
徹底的な空爆を加えて台湾軍に被害を与えた上で、直ちに上陸部隊を送り込むことでしょう。台北を始めとする主要都市では大規模な市街戦が発生して、大混乱に陥る……。



この状況で、在外邦人をどのように救助するべきだと思うかしら?



大使館が日本人の居場所を確認して、少しでも安全なところに……



台湾に日本大使館なんてものは存在しないのだよ。



あ、そうでした……。



もちろん、民航機やフェリーが使えるような生易しい状況なら、それを使えば良かろう。が、そのような状況が続くのもせいぜい数日程度。
機関長の言うとおり上陸作戦が始まるような段階に入れば、まったくそれどころではなくなる。となれば……我々の出番だ。



ところが、ここでもう一つの問題だ。自衛隊が在外邦人の保護のために派遣されるとして、どうやって台湾に到達したものか。
キミが前提にしている「台湾有事だが日本の有事でない」という状況は、つまり存立危機事態の認定が行われるほどの状況ではないということだな。日本は武力の行使ではなく、あくまで在外邦人保護のためだけに動く。そういう状況だ。



しかし、中国の立場に立ってみたまえ。上陸作戦をやろうとしている横で、仮想的である日本がC-2輸送機やら「おおすみ」型輸送艦やら……要するに、陸戦力の投射手段を送り込んでくるのだぞ。これを日本による武力行使の前兆ではないと考える方が、どうかしているのではないか?



た、確かに……。



中国がすんなり邦人脱出を認めるわけがない。少なくとも臨検くらいのことはするであろう。
ましてや、現地は戦場だ。派遣された自衛隊の部隊が中国に攻撃される可能性も否定出来ない。



というか、その可能性が大ですよね。
意図してなくても、周辺海域で戦闘艦艇がうろついていたら対艦攻撃の巻き添えを食らいそう。



邦人がみんな港に集まっていれば良いですけど、それも期待出来そうにないですし。市街戦やってる中で邦人の捜索なんてやろうものなら、これまた敵部隊と誤認されて攻撃されますよ。



ま、そういうことだ。戦闘行為に関与せずに邦人救助を行うのは、ハッキリ言って無理だ。
やれと言われても御免被る。そのような状況では、どうせ訳の分からんROEを課されて武器等防護すらままならないに決まっているからな。
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地理的問題



そもそも、台湾が攻撃されるとき、日本は被害受けないですかね?



良い質問だ。仮に、中国が台湾のみを攻撃し、日本を狙わなかったとしても、おそらく日本は少なくない被害を受けるだろう。



日本最西端、与那国島と台湾の距離は60マイルもないほど近い。以前中国が台湾周辺に弾道ミサイルを撃ち込んだときは、与那国島の北北西80kmの位置に着弾したとされる。
与那国島、西表島、石垣島といった八重山諸島は重大な影響を免れないのだ。



台湾・与那国島間の海域で戦闘が行われれば、航空機やミサイルの残骸が島に降ってくることも起こり得るし、何度も言うように島周辺を航行する船舶が対艦攻撃の巻き添え被害を受ける可能性も否定出来ない。



そうした直接的な巻き添え被害だけでなく、商船や民航機がこの海空域を避けるために島に物資が届かなくもなるし、台湾から難民が押し寄せる可能性も否定できん。



それは……。



だから台湾が侵攻を受けたら直ちに参戦すべし、と言っているわけではないぞ。少なくとも、こうした島の人々は平時を維持出来なくなるのだ。それを有事と捉え、事前に準備をしておく必要はあるのではないかね?
在日米軍の対応



まぁ……、日本がどう対応するかは、だいたいアメリカ次第だよ。まあ、アメリカは黙ってないと思うけどね。



そういえば、皆さんはアメリカが参戦することを前提に話しますね?本当にそうなるんですか?



それは知らん。



えぇ……。



少なくとも、アメリカは台湾有事に介入出来るように国内法を整備してはいるけれど、同盟を結んでいるわけではないから、参戦する義務はないわね。
……とは言え、中国が台湾に侵攻したら、ほぼ間違いなくアメリカは参戦するでしょう。



そもそものことを言えば、アメリカはどうしてこの日本に軍を駐留させているのか、考えたことはあるかしら?



冷戦に際して、共産主義国家拡大の防波堤にするため……でしたっけ?



ええ。でも今はもっと実利的な理由があるわね。それは、中国を第1列島線内に封じ込めないと、アメリカの国家存亡に関わるからよ。



早い話が核のことね。中国が保有する潜水艦発射型弾道ミサイル(SLBM)の最新型は射程が10,000kmに達していると言われているわ。これを用いて、アメリカの政治・経済中枢を破壊しようとした場合、北海道の東方海域~ハワイ西方海域あたりまで進出する必要があるの。
でも、現状ではそれが出来ないわ。第1列島線~第2列島線間の海域を日米が押さえていて、弾道ミサイル原潜(SSBN)をこの海域に展開出来ないの。



すると中国はアメリカに届く核ミサイルを持っていないってことですか?



いいえ、DF-31やDF-5といった既存のICBMでも、ワシントンD.C.やニューヨークを攻撃することは出来るわ。でも、保有弾数はアメリカのICBMに比べて圧倒的に少数。アメリカとの核戦争に臨むには、あまりにも心許ないの。
その点、潜水艦で核攻撃ができるようになれば、ミサイルの生残性も確保出来るから、現状を大きく変えることができるわ。



じゃあ、第1列島線を越えて中国海軍が活動出来るようになると、アメリカに届く核ミサイルが増えるし、破壊しづらくなる。そうなると、これまではいざとなれば核で一方的にボコボコに出来てたはずの中国が、アメリカを滅ぼしうる存在になってしまう。だから、アメリカとしてはそれを許せない……ということですか。



ええ、台湾や南西諸島が中国の手に落ちれば、そこを突破口に艦艇や航空機が第1列島線の外に押し寄せてしまうから、グアムやハワイ近辺まで後退を余儀なくされる。そうなれば、核に脅かされる悪夢が現実の物になる。それ故に、アメリカはこの西太平洋の覇権の重心である台湾や南西諸島の安定を諦めるわけにはいかないのよ。



はぁ……、核なんて今どき本気で考えている人がいるんですね。



ま、その話を抜きにしてもだ。第1列島線を押さえて外洋に出ていく中国のプランを考えるなら、沖縄の米軍基地を放置は出来んよな?なにしろ米軍参戦の可能性は高いのだから、打撃を与える必要がある。となれば、緒戦の戦時体制に移行出来ていないタイミングに奇襲するのが一番だ。
で、在日米軍基地が攻撃されるとき、米軍基地だけキレイに攻撃されて日本はノーダメージ……なんて都合のいい話は?



ええ……あるわけないですよね……。
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尖閣諸島有事に直結?



そういえば、もう一つ気にしておくべきことがあってさ。



なんです?



実は、中国だけじゃなくて、台湾も尖閣諸島の領有権を主張しているんだ。



え、そうなんですか?でも、何の関係があるんです?



まあ、台湾政府の領有権主張は中国のものほど強くないから、そんなに大きな問題になっていないんだけど。
ただ、中国の主張では、尖閣諸島は台湾の一部だから中国が領有権を有するってことになっているんだ。



はぁ。



分からない?中国が尖閣諸島を台湾の一部だと捉えているなら、台湾侵攻に際して尖閣諸島も攻撃対象になる可能性があるってことだよ。



……ま、あんな岩しかない島自体を攻撃することはないだろうが。上陸ぐらいはしてくる可能性も十分あるな。



そんなことやったら、日本が参戦するでしょう?そこまでしてやりますかね?



どのみちアメリカとその腰巾着の日本が参戦してくると開き直るなら、尖閣諸島にも目を向けさせて、考慮事項を増やすことで意思決定を遅らせてこようとするかもしれん。
あとは、それこそメンツの問題だ。台湾獲得を宣言したときに台湾省の一部が外国に占領されたままでは格好が付かん。



台湾・尖閣諸島の同時侵攻は、蓋然性こそ決して高くないが、可能性として意識はしておくべきだろう。
日本は台湾有事をどう捉えるか



結局のところ、台湾有事が日本の有事かどうかを決めるのは日本政府だ。具体的には、事態認定をするか否かだな。



まず、台湾侵攻に際し、日本もついでに攻撃された場合。具体例として、さっきの尖閣諸島同時侵攻や、在日米軍基地への攻撃などが挙げられよう。こうした場合は、武力攻撃事態の認定が行われる可能性が高い。



武力攻撃事態というのは……防衛出動に必要なやつでしたっけ?



ああ。武力攻撃事態の認定が行われると、自衛隊は防衛出動を命ぜられ、自衛権の発動として武力の行使が可能となる。



一方、日本は直接攻撃を受けていないなか、アメリカが参戦した場合。
これは正直読めん。政治家の意思決定に左右されるところが大だからな。だが、順当に考えれば、台湾侵攻に対抗するアメリカを支援する必要はあると見做され、存立危機事態の認定が行われる可能性が高いだろう。





存立危機事態が認定された場合も、防衛出動が可能なんですか。



ああ。違いは日本が直接的に武力攻撃を受けているか否かだ。細かな違いはあるが、自衛権の行使として武力を行使出来る点では共通している。



では、アメリカが参戦しない、あるいは参戦したが日本政府は武力の行使を回避した場合。これは厄介だが、重要影響事態の認定が行われる可能性がある。



なんです?それ?



武力攻撃事態や存立危機事態と異なり、武力を使えるものではないが、米軍などに対する後方支援活動・捜索救助活動・そして船舶検査活動を可能にするものだ。
安保法制が今の形になる前は「周辺事態」と呼んでいて、台湾有事に際してはこれが適用されると言われていた。



ま、正直言って使い所は難しいな。武力行使は避けたいが、なにもしないわけにはいかない……その苦肉の策と言える。



どの事態にも当たらない事はあるんですか?



政治家がよほど頑張って事態認定を避けない限り、どれかには該当するのではないかね。事態認定しないで済む状況とは、日本に被害がほとんど生じず、アメリカも日本の支援を求めて圧力をかけてこないようなイージーモードの時だけだ。



分かったと思うけど、台湾への侵攻が起きれば、そういう事態認定が必要なくらいの被害や混乱が、日本にもほぼ間違いなく生じるんだ。ボクはそれを「日本の有事じゃない」とは言えないよ。
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私たちがすべきこと



私たちはいったいどうすれば……。
現実を知る。



そもそも、今置かれている現実を知ること。それ自体がとても重要な事よ。これだけ台湾有事という言葉が話題になっても、この現実を知らない日本人は大勢いるわ。
だから、この問題にきちんと興味を持って、知ろうとした時点で、あなたはやるべきことを始めていると言えるわ。



残念だけれど、特に2022年のウクライナ戦争以降、力による現状変更の試みが世界各地で激化してきているわ。



……FOIPを推進していたはずのアメリカが、堂々と国際法違反の武力行使を連発していますからね。





この横暴を前に、SNSや言論界では「所詮は弱肉強食」という冷笑的意見が目立つようになっているわね。世界は大国が行うグレートゲームで、小国は大国の駒として意のままに動くしかない。
確かに、それは本当なのかもしれないわ。しかも都合の悪いことに、日本はこのグレートゲームのプレーヤーではなく、駒の側なのよ。



そんな……日本だって世界第3位の大国じゃないですか。



少なくとも、台湾有事について、日本はあまりに無力よ。中国が見据えているのはアメリカにどう打ち勝つか。日本は勝てて当然の相手で、最早眼中にないとすら言って良いでしょう。日本は人口の縮小がすでに始まっているから人的に自衛隊を強化することが困難で、しかも中国に比べて投じられる軍事費もわずか。軍の能力の差は開くことがあっても縮まることはないわ。



中国は、彼らなりのプランをもって台湾を掌中に収める準備を着々と進めている。彼らの準備が整った時点で、そのプランは実行に移されるわ。だから、日本には台湾有事を回避させる能力はないの。



……。



でも、それだけではないわ。日本は確かにゲームの駒に過ぎないけれど、ゲームの結末を大きく左右する駒なの。



この台湾有事における日本の強み。それは、米国に比べ圧倒的に現場に近い基地を提供出来る事よ。



2023年に米国の安全保障シンクタンク CSIS が発表した記事によれば、台湾有事を想定した机上演習を繰り返した結果、台湾防衛を成功に導く条件のひとつとして、在日米軍基地が利用可能であることが導出されたの。
Conditions for Success
1. Taiwanese forces must hold the line.
(台湾軍が戦線を維持すること:陸上で組織的な戦闘を継続出来る態勢を維持すること)
2. There is no “Ukraine model” for Taiwan.
(ウクライナモデルではないこと:欧米によるウクライナ支援のように、侵攻が始まってから装備品を逐次搬入するのではなく、事前に準備を整え、侵攻が始まったならば米軍が即時参戦すること)3. The United States must be able to use its bases in Japan for combat operations.
(米国が日本の基地を戦闘作戦に利用可能なこと)4. The United States must be able to strike the Chinese fleet rapidly and en masse from outside the Chinese defensive zone.
The First Battle of the Next War – Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan
(米国が中国の艦隊に防衛圏の外から迅速・大規模な攻撃を加えられること:長射程対艦ミサイルの大量保有が必要)



在日米軍基地を円滑に運用出来るか否かで、攻撃機や戦闘機をどれだけ在空させられるかが左右されるの。それに、艦艇の補給や整備もグアムやハワイまで帰らなければならないとなれば、台湾有事が終わるまでに戻れないわね。



加えて、この報告書では長射程対艦ミサイルの大量保有の必要性も強く主張されている。米国はただでさえこの30年ほど兵器製造能力が右肩下がり。加えて先日のイラン攻撃では精密誘導兵器を片っ端から使ってきてしまった。
この弾薬の問題は報告書が書かれた時点より悪化していると見て良い。となれば……、ま、日本が頑張って長射程対艦ミサイルを揃えるほか無かろう。



この報告書は信用出来るんですか?



この報告書は、それなりの政治的思惑に基づいて書かれているから、鵜呑みにするのもどうかとは思うが、読んでいる限りそれほどおかしな事は書いていないと思うぞ。



ウォーゲームの結果をどう捉えるかは、主催者がどのような目的を持って行うかによるわ。未来を予測するために行うものもあれば、問題の洗い出しのためにおこなうものも、参加者の意思決定能力をトレーニングするために行われるものもあるわね。
CSISのウォーゲームは未来予測の性質も含んでいるけれど、どちらかと言えば、どのような条件が台湾防衛や日米の被害軽減に資するかを導出するために行われているものよ。



近年では、日本でも政治家を参加者とする台湾有事のウォーゲームが行われるようになっている。こちらも課題抽出を主な目的にしているな。重要なのは勝ったか負けたかではなく、シナリオを進める中でどんなトラブルに直面したかだ。それを現実世界にフィードバックすることで、より良い未来を引き寄せようと動いている者がいるのだ。



話をCSISのウォーゲームに戻そう。
この机上演習では、条件を変えながら様々な状況を作り出し、プレーヤーに意思決定させた結果をまとめている。
- ベースシナリオ
- 最も蓋然性が高いと思われる条件
- 米軍が即時参戦し、日本は直接攻撃されるまで参戦しないが米軍には協力する。
- 結果
- 中国が揚陸戦力の9割以上を喪失し、上陸した部隊も壊滅することで、台湾防衛に成功
- 日米は合計で43隻の艦艇・449機の航空機を喪失
- 悲観的シナリオ
- 中国側に有利な条件
- 米軍の参戦の遅れ、台湾軍の能力不足、対艦攻撃能力の不足など
- 結果
- 膠着状態になることが多い。中国は台湾の一部地域を制圧するが、米軍の妨害により空港や港は運用出来ない。
- 日米は合計で28隻の艦艇、646機の航空機を喪失
- 楽観的シナリオ
- 台湾や米国に有利な条件
- 日本の民間空港利用可能、在日米軍基地の強靱化、中国の揚陸能力不足など
- 結果
- 中国の侵攻部隊は3日で壊滅
- 日米は合計で24隻の艦艇、290機の航空機を喪失
- 台湾孤立シナリオ
- 日米が一切介入せず、台湾のみで防衛
- 結果
- 侵攻から約10週間で台北が陥落、台湾全土が占領される。
- 日米に被害なし。
- 「ラグナロク」シナリオ
- 中国が米国を打倒する条件を探るため設定された、最悪のシナリオ
- 日本は中立を宣言し、在日米軍基地の利用を拒絶
- 結果
- 中国軍の完全勝利
- 米軍は戦闘機を台湾周辺に展開出来ないため、中国が航空優勢を獲得。グアムが弾道ミサイルにより無力化されるため、米軍は爆撃機を長距離飛行させて展開させようとするが、護衛戦闘機不在のため極めて脆弱になる。米軍は海上戦力の集中投入による起死回生を図るが、壊滅的な打撃を受ける。
- 最終的に、米軍は空母4隻、巡洋艦・駆逐艦43隻、潜水艦15隻を喪失し、立ち直れないほどの打撃を受ける。



ベースシナリオで43隻喪失……



ああ、うち日本の艦艇は26隻だ。まったく、たまったものではないな。
楽観的シナリオですら、日本の艦は16隻が沈む結果になった。
何度も言うが数値は妥当だ。残念だが、介入して参戦すれば、大損害は免れない。100人、1,000人単位で戦死者も出るのだよ。



……なら、介入しなければいいじゃないですか。



……ほう?



国際法がどうとか、第1列島線がどうとか、色々言いますけど。
所詮は台湾人、日本人ですらない人達の話じゃないですか。私は……皆さんに、そんなことのために命を懸けて欲しくないです。



未来……。



京井さん。ありがとう。
日本が血を流さないために、台湾を見捨てる。そういう考えを持つことも、決して悪いと思わないわ。私たちだって全ての人を救えるわけではないでしょう。



ただ、台湾を見捨てたら見捨てたで、その先に何が待っているのかを考えなければならないわ。
これは、この報告書のなかで「ラグナロク」シナリオと呼ばれるもの。日本が中立的立場を堅持するために台湾を見捨て、米軍が単独で台湾防衛にあたろうとした結果、返り討ちにされ壊滅的な被害を被る、というものよ。確かに、このシナリオに日本の被害は書かれていない。であれば、この選択をすべきかしら?



……。



しかし、このシナリオが終わった先に待っているのは、ほとんど被害を受けずに台湾を手に入れた中国、覇権を喪失したアメリカ、そして民主主義国家を見捨てたと後ろ指指される日本よ。



中国は、アメリカが体勢を立て直す前に西太平洋の覇権を握るべく行動を起こすわ。今度は沖縄や九州が標的にされる。そのとき、アメリカに外国を防衛していられるような余力は無い。そして世界中の国々は、台湾を見捨てた手前、どうして日本に手を貸さなければならないのかと考える。



台湾が強いられたのと同じように、日本も孤立無援の中で圧倒的な力を持つ中国と相対しなければならないの。



「神々の黄昏」シナリオとはよく言ったものだな。少なくとも、日本にとってはシナリオ終結後の方が、余程ラグナロクシナリオになるだろう。



そしたら、今度は中国に頭を下げれば……。



ま、それが最有力な選択肢になるだろう。が、忘れるなよ。壊滅的な被害を受けても、アメリカはそこら辺の国よりは強力なのだ。日本が中国の軍門に降りハワイを脅かすとき、黙って見ていると思うかね?



それに、中国の言いなりになるってことは、チベットや新疆ウイグル自治区や香港で起きているような人権侵害に晒されるってことだよ……。ボクは、そんな世界が来るのが分かっていて何もしないのは嫌だな。



……ええ。分かります。
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どんな世界に生きたい?



京井さんは、どんな世界で生きていたいかしら?



小手先の理屈ばかりを捻っていると、これが分からなくなるのよ。今こそ、自分たちはどういう世界を理想として、その実現のためにどんな努力をするのか、よく考えた方がいいわ。



いま、ここで考えているのは本当に素晴らしいことよ。
何も考えていなければ、台湾を救うと息巻いておきながらいざ事が起きると被害を恐れて何もできなくなるとか、距離を置くと決めていたのに目の前で起きる惨状に引きずられてズルズルと巻き込まれることになりかねないもの。
国の方針がそうやって行き当たりばったりで二転三転すると、余計な被害を増やし、外国からの信頼も失うことになるわ。



そうですね……。方針は一貫しないと。



でも、私にも「絶対こうあるべき」という答えは出せないわ。理想は、台湾の側に立って人々の権利を守ることなんでしょうけど、そのために失うものが大きすぎるもの。この答えのない難問に、私たちは答えを出さないといけない。



……どういう選択をしたとしても。その結果は国民に降りかかるんだ。



ええ、そうね。
だからこそ、せめて悩み抜いた上で、納得出来る結果を導けると良いわね。



分かりました。きっと答えは出ないけど。頑張って考えてみます。
今回の記事、どういうところに着地させるかで本当に悩みました。筆者自身は、法の支配や基本的人権を擁護する観点から積極的介入を主張する立場をとっています。しかしながら、介入すれば、これまでの平穏な日常は戻って来なくなります。おそらく、私を含めて多くの人はそれを受け入れることが出来ないと思うのです。
無責任に推進して良いものか悩みに悩んだ末、結論は皆さんにお任せする一方で、介入の必要性を強く訴える、というどっちつかずな内容になりました。
でも、それも含めて民主主義国家なのだと思います。重要なのはひとりひとりが考えて、結果をしっかり受け止めること。当ブログでは、その考える材料を今後も提供して参ります。
この記事では、台湾有事について次の内容を説明します。
第1回
- 台湾問題の歴史的背景
- 17世紀後半、清に併合され、大陸から漢民族が移住
- 日清戦争の結果、日本に割譲
- 太平洋戦争の結果、日本は領有権を放棄し、国民党政府が進駐
- 国共内戦に破れた国民党政府が台湾に逃れ、現在の形に
- 「1つの中国」問題
- 国民党政府・共産党政府ともに、自身を中国唯一の合法政府と主張し、もう一方の存在を否定
- 戦後しばらく、実質的な「中国」は中華人民共和国でも、中華民国は国連安保理常任理事国として強い影響力を発揮
- 70年代、米国の外交方針転換により、中華人民共和国が名実共に「中国」に
- 台湾人のアイデンティティ問題
- 当初、「外省人」が「本省人」を抑圧する体制
- 70年代の大陸反攻断念により「中華民国」である必然性を喪失
- 民主化や世代交代により、「本省人」「外省人」の差が希薄化
- 自国を中国と捉えるか否か、台湾自体を国と捉えるか、意見が多様化
- 台湾地位未定論
- 日本の領有権放棄に際し、中華民国に返還されたわけではなく、帰属未定という説
- 主流では無いが、「台湾」としての独立派の論拠に
- 各国の立場
- 中華人民共和国
- 「台湾は中華人民共和国の領土の一部」
- 「台湾問題は内政問題」外国の干渉を拒絶
- 武力による統一も辞さず
- 中華民国
- かつて「一つの中国」を表明していたが、今は明確にせず。
- 政権により、ニュアンスが若干異なる。
- 国民党政権:「一つの中国」自体は堅持するが、中台間で解釈が違うことを許容
- 民進党政権:現状維持(明示せずとも台湾は既に独立国家)
- アメリカ
- 「あいまい戦略」を選択
- 中国の主張を否定しないが肯定もしない
- 台湾侵攻時の武力介入を確約しないが、平時から台湾を公然と支援
- 現状維持を最優先
- 台湾が共産党政府の管理下に置かれることは拒否
- 台湾に肩入れしすぎると、米中全面衝突に繋がる恐怖
- 「あいまい戦略」を選択
- 日本
- 米国の対中政策に追従
- 台湾有事が現実味を帯びてきたことで、急速に準備中
- 中華人民共和国


第2回
- 台湾は中国の「核心的利益」
- 中国の海洋戦略において、台湾・沖縄諸島は不可欠の存在
- 台湾・沖縄諸島を掌中に収めない限り、北海艦隊・東海艦隊は東シナ海に封じ込められる。
- 本土を米国の脅威から守るためには、太平洋への進出が不可欠
- 東シナ海・南シナ海~インド洋のシーレーン防衛も死活問題
- 「中国の夢」の障害
- 中華民族の自己認識と整合しない現実
- ナショナリズムと、その願望を実現する力こそが権威の源泉
- 民族の復興を実現出来ない政権は存続出来ない。
- 中国の海洋戦略において、台湾・沖縄諸島は不可欠の存在
- 台湾有事は日本の有事になるか?
- 在外邦人の救助問題
- 台湾には2万人超の日本人が在留
- 戦闘行為に関与せず在外邦人を救助するのは困難
- 地理的問題
- 距離の近さ故、台湾周辺での戦闘は与那国島・西表島等にも重大な影響
- 直接的な巻き添え被害だけでなく、難民の受入問題や物流停滞も発生
- 在日米軍の対応
- 台湾有事発生時、米中衝突は必至
- 台湾・南西諸島の安定は、西太平洋における米国覇権の重心
- 在日米軍への攻撃は日本にも波及
- 台湾有事発生時、米中衝突は必至
- 尖閣諸島有事に直結?
- 中国は尖閣諸島を台湾の一部と認識している可能性
- 台湾有事に際し、尖閣諸島も占領される恐れ
- 台湾有事は、重要影響事態・存立危機事態・武力攻撃事態などに繋がる可能性が高い。
- 在外邦人の救助問題
- 私たちは、何をするべきか?
- 現実を知る。
- 日本はプレーヤーではなく駒
- 日本に台湾有事を回避させる能力は無い。
- ただし、台湾有事の結末に大きな影響力を持つ。
- 積極的に関与すれば、衝突時の大被害は不可避
- 台湾を見捨てれば、将来の破滅が決定的に
- 日本はプレーヤーではなく駒
- 今こそ「どういう世界でありたいか」を見つめ直す。
- 行き当たりばったりは悪手、国の方針は一貫する必要
- どのような選択をするにせよ、結果は国民に降りかかる。
- せめて、納得のいく結果を。
- 現実を知る。








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