名艦？失敗作？ 「あさぎり」型護衛艦 その3

次は、「あさぎり」型の最も分かりやすい特徴、第2マストだよ。

この後ろのマストにはESMっていう、電波を受信して解析する装置のアンテナが付いているんだ。飛行機がこちらをレーダーで捜索しているとか、ミサイルが最終誘導の電波を出してる、とか、周囲の状況を把握する上で欠かせない装備だよ。
マストが分かれている理由は諸説あるんだけど、このESMを機能させる上でレーダーとか通信機とかの電波送信源から離す必要があったという説があるね。

他にも、ミサイルが飛んできたときに代わりに被弾してメインマストを守るためとか、荒唐無稽なのだと、設計者の趣味でトラディショナルな見た目にしたかったとか、まあ色んな人が好き勝手に色んな説を言ってるね。

そうなんだよねぇ……。ボクはマストを分けたねらいをはっきりは知らないから、実際期待した効果が得られたのかは分からないよ？
でも、レーダーの後ろに大きな鉄の塊を置くわけだから、当然その方向は映りにくくなるでしょ？
しかも、アンテナの位置が煙突のすぐ後ろになるから、高温の排気で壊れないように冷却してやらないといけないし、整備も大変になる。実際、乗ったことのある人でマストが分かれていることを評価している人は見たことないんだよねぇ……。

ね～。

ボクはきちんとした乗員として働いたことはないけど、業務の都合で何回か短期で乗ったことがあるよ。

うーん。……正直あんまり気は進まないなぁ。

歴史的な意義は間違いなくあるんだけど、なにせ装備が古いからね。今どきの艦ならシステムが自動でやってくれるようなことも、何かと人間がやらないといけないし、頑張って習熟しても10年もしないうちに除籍して無くなってしまうからね。
あと、今の艦に比べるとあんまり快適じゃないんだよね……。

いや、それほど単純な話でもないんだ。古くなってきたら錆びた部分を切り取って、新しい鉄板を溶接し直すから、ある程度はリフレッシュされるからね。
どっちかというと、設計の問題かなぁ。例えば電気のコンセントの数が少ないとか、換気がちょっと微妙なせいで独特の臭いがあるとか。

あと、一番は水だね。

そう。水。艦にとって真水は燃料と並んで貴重なものなの。海水を飲んだり、海水で米を炊くわけにはいかないでしょ？

うん。それに加えて造水装置っていう海水を蒸留して真水を作る機械があるんだけど、最近の艦ほど能力が高くないんだよねぇ。
「あさぎり」型は80年代末期に作られたって言ったでしょ？海上自衛隊の艦がどんどん海外派遣されるようになったのって91年のペルシャ湾派遣からの話で、その前は練習航海とか、合同演習（RIMPAC）くらいしか海外へ行く機会はなかったの。長期間無補給で航行する必要が無いから、当然造水能力も高くないんだ。

まず、出港すると、洗濯機での洗濯が禁止されるよ。

うん。「手洗濯」と言って、バケツに洗剤をちょっとだけ入れて洗うんだ。洗濯機で脱水したら、またバケツに戻してすすいで、また脱水しておしまいって感じ。
大きな作業でほとんどの人が作業服を汚した場合なんかは機械洗濯（洗濯機での洗濯）が許可されることもあるね。

まぁ、手洗濯自体はちょっと前までそんなに珍しいことでもなかったし、最近の艦でも躾としてやらせているところが無いわけではないよ。まあ、慣れればそんなに苦でもない。
ただ、「あさぎり」型は同時代の艦に比べてもやっぱり厳しいんだよね。

二つあって、まず一つ目はヘリコプターの存在だね。ヘリコプターはある程度飛んだらエンジンを守るために真水で洗浄してやらないといけないんだけど、これが乗員の節水なんかではカバーできないくらい真水を使ってしまうんだ。とは言え、エンジントラブルの原因になるからやらないわけにもいかないし。だから、ヘリコプターを搭載すると真水事情は悪くなるんだ。

もう一つは、第2マストのせいって説があるね。煙突の排煙で高温になるアンテナを冷却する必要があって、そのために真水を使ってしまうんだ。夏は特にね。

だから、風呂でも頭から身体まで洗って、最後にまとめて流して極力シャワーを使わないようにしたり、歯磨きするときも水はコップ1杯までしか使わないようにしたり。
いろんな艦の人に聞いたけど、今残ってる艦でここまでやるのは「あさぎり」型ぐらいだね。それでいて、まだ8隻が稼働しててそんなに珍しい艦じゃないからね。新しい艦からやってきた隊員は、そこまでの節水に慣れてないから、だいたい先住者に注意されることになるんだ。。。

まぁ、あれこれ言ったけど、しょうがないの。前に偉い人から聞いたんだけど、その人は若い頃に乗った「はつゆき」について「君たちは小馬鹿にするけど、私のころは『システム艦』って言って、それはもう誰もが羨む艦だった」って言ってたんだ。あの「はつゆき」を。
就役時はピカピカで羨望の的でも、30年もすると老朽艦として皆から避けられる。これはどんな艦でも必ず起こることだよ。

でもね、最近は少し違うの。
「あさぎり」型の場合、少し前にCOTSリフレッシュっていう事業が行われたんだ。

またいずれ詳しく教えてあげるけど、COTSというのは民生品を活用することだと思っておいて。
「あさぎり」型が使ってる武器のコンピュータは、本来それ専用に設計されたガチガチの軍用品を使ってて、メーカーはただ「あさぎり」型で使うためだけに全く同じコンピュータやその部品を30年作り続けて来たんだ。でも、そんな特殊なモノを作ろうと思ったら専用の技術者を抱えておかないといけないし、部品を作るための部品だって確保しないといけないからめちゃくちゃコストがかかるの。そのくせに儲からないから、メーカーもついに音を上げて撤退してしまったんだ。

そう。そこで、無理して古いモノを使わずに、新しいモノに換装しようって事業をやったんだ。もちろん、船体のサイズとか発電量とか、あんまり変えすぎるとシステムインテグレーションが大変なことになるとか、そもそもそんなに予算はかけられないとか、いろんな制約はあったんだけどね。本当に大事な部分は、技術革新の進んだ民生品のコンピュータに変えたんだ。

具体的にはCDSを大きく変えたんだ。レーダーとかミサイルとかソーナーとかは変わってないから、カタログスペック上の戦闘力は同じなんだけど、CDSの画面表示とか操作感が最新の艦と遜色ないくらいに追いついたから、オペレーションがとてもやりやすくなったと好評だね。
それに、艦が退役した後、乗員をどうやって新しい艦に転換していくか、割と深刻な問題になっていたんだけど、新しい艦で使ってるのとほぼ同等の機材を入れたから、今のうちに操作や整備のやり方に習熟させることができるようになったんだ。

でしょ？COTS品の導入はそれはそれで色々問題があるんだけどね、「あさぎり」型のCOTSリフレッシュについて言えば、引退前の繋ぎとしてはベストな選択をしたと思うよ。

こんなところかな？それじゃあ、これまでの内容を前の話も含めて振り返ってみよう。
まず、「あさぎり」型は「はつゆき」型の発展型で、基本的なコンセプトは同じなんだけど「はつゆき」の不具合を改善しているんだ。

マイナスポイントとして、どうもデメリットばかりでメリットが見えない第2マストの存在、そして真水事情の悪さに代表される居住性の悪さにも触れたね。

それはね……また別の話！