この記事では、自衛官の給与アップの実現に貢献するため、次の内容を説明します。
- 「自衛官の勤務実態調査」は給与アップを実現する可能性を秘めている。
- 自衛官の俸給額は、警察官などの俸給額に約21.5時間分の超過勤務分を加算した金額が設定されている。
- その分、警察官などには存在する超過勤務手当が存在しない。
- 時代が移るにつれ自衛隊の業務内容は大きく様変わりし、しばしば俸給と勤務実態が乖離していると言われてきたが、金額の設定根拠が見直されたことはなかった。
- 自衛官の待遇を改善しようとする政治的な意思が欠けていた上に、そもそも自衛隊では勤怠管理をしてこなかったので、長時間勤務していることを証明できなかった。
- 令和4年12月に閣議決定された「防衛力整備計画」に基づき、令和5年11月から超過勤務の実態調査が始まった。
- 調査内容は「全ての自衛官の実際の勤務時間」
- 調査期間は1年間
- 自衛隊には個々人の勤務時間を記録するツールは存在しないため、一人ひとりが毎日Excelで出勤時刻や退勤時刻を手動入力しなければならない。
- この調査は俸給や手当の算出根拠を改訂するために行うもの。面倒でも、正しい値を入力しよう。
- 自衛官の俸給額は、警察官などの俸給額に約21.5時間分の超過勤務分を加算した金額が設定されている。
某日 護衛艦「ひとなみ」士官室
皆さん、最近ちょっと勤務実態調査の入力抜けが増えてきてます。毎日しっかり入力してくださいね。
ちっ、何でこんな面倒くせぇことしなきゃならねぇんだ……。
ん?勤務実態調査ってなんです?
去年の年末あたりから、役人共がまた無駄な調査を始めやがったんだ。毎日、出勤時間と退勤時間を書けだの、出港中はメシを食った時間と寝てた時間も書けだの。アホじゃねぇか?
なかなか大変そうですね……。
まぁ、いい。こんな調査、どうせ何も変わりゃせんさ。
0745出勤、1645退勤っと……。
ちょっと、それは止めてください……!
なら補給長、代わりに良い数字書いといてくれよ。じゃあな。
あー……。もう少し聞く耳を持ってもらいたいものですね……。
でも、私も正直コレは辛いです。
本当にこんなので給与が変わるんですか?
給与が変わる?
「自衛官の勤務実態調査」は給与アップのチャンス!
ええ。今回の調査はマジです。なんて言ったって、防衛力整備計画に基づいてやってるものですから。
うーん、出勤時間と退勤時間を提出すると、給与が増えるっていうのがよく分からないですが……。
それを知るには、まず自衛官の給与体系を知らなければいけません。
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自衛官は固定残業制?
自衛官に毎月支払われる支給されるお給料は、基本給にあたる「俸給」と、その隊員の特殊性に応じて追加支給される「諸手当」によって構成されています。
そして、俸給額は法律で定められた「自衛官俸給表」によります。
給与テーブルってやつですね。
では、この自衛官俸給表に記載されている金額は何に基づいて決められたのか。
うーん……他の公務員の給与額ですか?
お、なかなか良い勘をしてますね。そのとおり、公安職俸給表(一)という警察官や皇宮護衛官に適用される俸給表をベースに、自衛官俸給表は作られているんです。
自衛隊はもともと警察予備隊として発足した組織だったこともあって、給与体系も警察官をもとに作られたんです。
超過勤務手当がどうの、と画像にありますが。
ええ。警察では勤務実態に応じて超過勤務手当が支給されますが、自衛隊では予め21.5時間分の超過勤務を見越して、俸給に組み込んでいるんです。
固定残業制……ってことですか。そういえば、前に先パイが自衛隊では残業代が出ないと言ってましたね。
半分正解ですが、半分間違っていますね。事前に組み込まれているということで、超過勤務の見返りが全くないわけではないんです。
ちなみに正確に言うと、自衛官俸給表は公安職俸給表(一)に21.5時間の超過勤務分を加算した上で、営内居住に伴う経費(食費など)と医療費(自衛隊病院ならタダ)を減算した値となっています。
最近では自衛隊病院も次々と規模縮小して、整形外科も心療内科も部外受診するよう促すくせに、給与体系だけは部内受診しかしないことを前提にしてるんだよな。
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「21.5時間」は妥当な数字なのか?
問題は、その21.5時間という数字が妥当か、ですよね?
まったくそのとおりです。1か月は約4週で、1週に平日は5日間あるわけですから、1か月の出勤日は20日プラスアルファくらい。ということは、1日に1時間の残業しかしない前提で運用されているということになります。
……うん、多分違いますよね?
違いますねぇ……。
陸上部隊では、始業30分前に出勤、終業30分後に退勤としている人もそこまで珍しくはありませんが……。とは言え、丸一日拘束される当直勤務が2週に1回くらいはやってくることを考えると、21.5時間では済まないですね。
……艦だと?
言わずもがなです。
若い子だと6時過ぎくらいには帰艦してますし、最近では少なくなってきましたが、夜まで訓練してる艦も無いわけではありません。
護衛艦では、だいたいどこの艦でも朝の7時くらいには士官室で会議(日例会報、朝オペ)が行われます。そのため、若い幹部はその15~30分前には帰艦して、メールチェックなど情報整理をしておくよう指導されます。時々、ワークライフバランスのために止めようとする艦長も現れますが、諸々の理由から大抵は上手くいきません。
そして、士官室の会議で艦の各部に異状が無いことが報告され、上級司令部にも報告されなければならない……となると、朝7時の時点で乗員が艦に勢揃いしていないといけない。だから6時30分くらいになっても帰艦していなかったら電話で寝坊していないか確認する。それを煙たがって、誰もが6時過ぎには帰艦する。という悪循環によって、艦艇部隊の朝は異様に早くなっています。
自衛隊の待遇は確かに実態に即していないのかもしれませんが、そもそも自分たちで自らの首を絞めるようなことをしていないか?一度立ち止まって考えた方が良いのではないかと、筆者は思います。
しかも出港したら、1日の1/3をワッチで働いているというのに、訓練の時間まで追加されるからな。そこに書類仕事をするわけだから、1日の労働時間は業務が少ないときでも軽く14~15時間くらいに達する。
艦艇乗員の場合、乗組手当と航海手当がありますから、決してノーリターンというわけではありません。
とは言え、それでも割に合わないというのが正直なところですね……。
うへぇ……。
金額が割に合わないというのも問題なんですが、一番の問題は算出根拠が全く変わってこなかったことです。
自衛隊が設立されて70年になりますが、30年前まで任務で海外派遣されるようなこともなかったし、北朝鮮が弾道ミサイルを撃つようなことも無かったし、中国の脅威だってこんなにひどくはありませんでした。
確かに……。時代が変わったのに、給与が変わらなかったんですね。
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給与が見直されてこなかった理由
前に先パイも言ってたんですけど、海上自衛隊って待遇に不満を持った人がどんどん辞めてるんですよね?どうして待遇を改善しなかったんですか?
なかなか難しい質問ですね……。
なに、簡単な問題だ。
要するに、国民に待遇を改善しようとする意思が無かったのさ。
シーッ!それは言っちゃダメです!
何がマズいんだ?
公務員の給与を上げ下げするのも全て国民次第だと、考えたことのある国民なんていないだろ?全部政治家任せさ。現に私だってそうだったしな。
そして、政治家は自衛官の待遇を改善したところで、さして票にはならん。誰も改善しようとしなければ、当然改善されん。
それは確かにあるかもしれません……。
でも、もっと深刻な問題として、説明が付かないんですよ。
自衛官がどのぐらい超過勤務しているか、データが無かったんですから。
……え?
誤解を恐れずに言いますと、自衛官には勤怠管理という概念がないんです。もちろん、全く管理していないわけではないんですが。始業から終業までしっかり働いてさえいれば良くて、別に超過勤務手当を支給するわけでもないので、タイムカードのようなツールも無いんですよ。
えぇ……。
間違いなくオーバーワークなんです。でも、どのぐらいオーバーワークなのかを証明できないことには、給与制度をいじることはできないんです。国民の税金を使うんですから。
そりゃあ、そうですね……。
自衛隊の適当な勤怠管理のせいで問題となるのが、早出遅出勤務やフレックスタイムの利用です。制度上、自衛官も利用できるのですが、他の人より1時間早く出勤する義務のある人が本当に1時間早く出勤したことを、一体どうやって証明するのか。
筆者の知人の部隊では、当直室に早出遅出勤務やフレックスタイムの指定を受けている隊員の勤怠管理表が山積みにされていて、誰かが出勤する度に、当直士官が簿冊からその人の名前を探して押印するのです。もしも指定された時間までに出勤していなければ「正当な理由の無い欠勤」という服務事故なので、適当に押印するわけにもいかず、出勤時刻ごとに全員が出勤しているかを確認しなければなりません。まさしく人間タイムカード。いったい、何をやってるんでしょうね……。
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オーバーワークを証明する「自衛官の勤務実態調査」
そこで登場したのが今回の「自衛官の勤務実態調査」です。
令和5年4月から事業がスタートしたとされていて、実際に自衛官一人ひとりに調査が来たのは11月からです。
実際の勤務時間を把握するためってことですよね?どうして今になってそんなことを?
令和4年12月に閣議決定された「防衛力整備計画」の中で、超過勤務の実態調査を行う事が明記されたからですね!
2 処遇関連
防衛省・自衛隊の人的基盤の強化に関する有識者検討会報告書
(1)自衛官の給与
安全保障環境の変化に伴い、自衛隊の任務も拡大している。現状、自衛官の俸給表は公安職俸給表をベースとした独自のものではあるが、引き続き、自衛隊の任務の特殊性を評価し、自衛官として相応しい処遇となるよう俸給表の見直しを含めた検討をする必要があるのではないか。
給与・手当の増額は国民にも負担を求めるものであることから、幅広い理解が得られるものとする必要があり、まずは自衛官の超過勤務実態調査と諸外国の軍人給与等調査を着実に進め、調査結果を分析の上、自衛官の職務に見合う給与体系について議論することが必要である。
(後略)
Ⅹ 防衛力の中核である自衛隊員の能力を発揮するための基盤の強化
防衛力整備計画(令和4年12月16日 国家安全保障会議決定 閣議決定)
1 人的基盤の強化
(1)~(5)省略
(6)処遇の向上及び再就職支援
自衛隊員の超過勤務の実態調査等を通じ、任務や勤務環境の特殊性を踏まえた給与・手当とし、特に艦艇やレーダーサイト等で厳しい任務に従事する隊員を引き続き適正に処遇するとともに、反撃能力を始めとする新たな任務の増加を踏まえた隊員の処遇の向上を図る。諸外国の軍人の給与制度等を調査し、今後の自衛官の給与等の在り方について検討する。自衛官として長年にわたり任務に精励した功績にふさわしい栄典・礼遇に関する施策を進める。
(後略)
もう少し早くやってくれれば良かったんだがな。既に部隊がスカスカになってしまって、今更待遇を改善しても人手不足がなんとかなるものか……。
それでもやらないよりはマシでしょう?
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調査は恐ろしく面倒くさい……。
この調査、対象は「全ての自衛官の実際の勤務時間」です。
毎日、一人ひとりについて、出勤時刻と退勤時刻、加えて始業時刻と終業時刻、そして休憩を取った時間を記録する必要があります。
始業時刻と終業時刻というのは何です?9時5時じゃダメなんですか?
これを記録する必要があるのは、部隊の業務や個々人のフレックスタイムの利用によって、働くべき時間が日々変動しているからですね。
特に理由が無ければ、0745始業 1645終業でも良いんですが、部隊によっては夜勤を課しているところもありますので。
艦の場合、航海中は常に課業時間になって「課業止め」が無くなります。
なるほど、そうやって実際の勤務時間に加えて「超過勤務」はどれぐらいだったのかを把握しようとしているんですね。
問題は、その記録が恐ろしく面倒くさいことだ。
さっき補給長が言ったとおり、海上自衛隊にはタイムカードが存在しないし、それに代わるツールも無い。ということは、出勤時刻も退勤時刻も、全て人間が手動で記録しないといかん。
うーん、ちょっと面倒ですね。
航海中は常時課業時間、というのは確かにそのとおりだと思うがな。
だが、出入港日はどうなる?制度上、出入港時刻は1本の係留索がビットに付いた/離れたの時刻で記録されているが、その前後1時間くらいは全員に業務がある。そもそも、出入港の瞬間は桟橋が掛かっていないから乗退艦もできないしな。
それを一人ひとりについて記録させようとすれば、誤記載が生じないわけがない。
確かに……。
そして、艦艇にはこのデータを記録できるパソコンがほとんどない。
えっ、
自衛隊の情報システムは、秘密情報を取り扱うことの出来るクローズ系と、秘密情報を取り扱えないオープン系に大別出来る。普通の陸上部隊では1人1台オープン系のパソコンが与えられて、秘密情報が必要になった場合だけ別室にあるクローズ系のパソコンを操作しに行くんだ。
そういうわけで、この調査データの集計もオープン系でExcelシートに打ちこむことで行われている。
ふむふむ。確かに、一人ひとりの出勤時刻なんて秘匿する必要ないですもんね。
ところが、だ。艦艇になるとその状況が逆転する。
幹部に1人1台貸与されているのはクローズ系のパソコン。日常的に秘密情報を取り扱うからな。他のパートも、秘密情報を取り扱うところは原則クローズ系だ。オープン系端末は20~30人に1台くらいしか用意されておらず、士官室でも1台だけだ。
あらら……。
そこが悩みのタネなんですよね~。
毎日、個々人がデータの書き込みをしないといけないのに、肝心のパソコンが無い。仮に使えても、頻繁に編集の競合が起きるという具合でして……。
よその艦では全部紙に書かせて、経理員が全データを手打ちしていると聞いています。うちもやろうかと思ったんですが、持続しないと思ったので止めました。
何と言っても、調査期間は実に1年間。多分、調査が終わる前に、関係者の心が擦り切れるんじゃないかと思います……。
これはひどい
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絶対に「メイキング」するな!
なんとなく分かりましたよ、それで副長が適当な数字を入れとこうとしたわけですね。
ええ。その気持ちは本当によく分かります。
ここだけの話、我が社では、この手の調査が来たら当たり障りの無い回答をして、とっとと終わらせるというのは、それほど珍しいことではありません。俗に「メイキング」と言われる奴です。
でも、今回はそれをやったらマズいのかぁ……。
そのとおり。これだけ出血しながらやっている調査なので、2回も3回もできるものではありません。この調査の結果は、以降数十年にわたって自衛官の勤務時間の実態として扱われるんです。
面倒だからなんて理由で「定時出勤 定時退勤」なんて結果を報告してしまったら、待遇を改善する正当性が完全に失われてしまいます。
しかしだな。地本で働いている同期に聞いたら「正直に回答したら、超過勤務を削減できていないとして管理責任を問われるから、記載する超過勤務時間は○○時間以内に抑えるように」と指導されているそうでな。
そんなことを抜かしている輩がいるんですか……!
説明会で海幕の担当者からは「どんな酷い回答が来ても今回だけは文句を言わないので、絶対にメイキングしないで欲しい」と懇願されたというのに、随分温度差がありますね……。
事ここに及んでも自分の保身しか考えられん奴がいるって事だ。
名目上だけ超過勤務を削減したことにして、業務改善の功績にしていたんだろ。
というか海幕の人、悲壮すぎません?
陸海空の中で、一番人手不足に喘いでいる組織ですから……。
もう、なりふり構ってられないのかもしれません。
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あらかた分かったんですが、給料を上げるって大変なことなんですね。
でしょう?正直、私も何でこんなことをしないといけないのか、とは思わないでもありません。
でも、信頼できる調査結果が出るよう正しい値を入力しなければ、我々は絶対に救われないんです。だから頑張るほか無いんですよ。
……まあ、期待はしてないがな。やれるだけやってみるさ。
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コメント
コメント一覧 (2件)
非常にわかりやすい内容でした。正直自分もこの調査の重要さを理解できておらず、今まさに目の前で起きている業務の増加と人員の削減が改善されていないことから「こんなんやってもなぁ、、、」と無力感さえありましたが、この記事を読んで真面目に取り組もうと思えました。ありがとうございました。
ご感想ありがとうございます!お褒めにあずかり光栄です。
自衛隊は組織の大きさ故に、一つ一つの取り組みがどうして行われているのかが浸透しにくい問題を抱えていますよね。
ただ、この事業だけは隊員皆さんの利益に直結する問題ですので、是非頑張って戴けたらと思います。
引き続きのご愛読をよろしくお願い致します。