この記事では、海上自衛隊の昇任制度について、次の内容を説明します。
- 3曹昇任は、曹士隊員の人生に最も大きな影響を与えるイベント。
- 資格を失う可能性のある非任期制隊員と異なり、3曹昇任以降は真の意味で終身雇用になる。
- 海士のみ行わされる雑用は非常に多く、曹になることで自分の専門分野に集中できるようになる。
- 入隊してから3曹昇任までに要する時間は、採用制度によって変わる。
- 一般曹候補生は、自衛官候補生採用者よりも1年早く昇任の選考対象になる。
- 一般曹候補生は、最短で入隊3年後の1月1日に3曹に昇任することが出来る。
- ほとんどの者は入隊5年後までには3曹に昇任する。
- 自衛官候補生採用者は、最短で入隊4年後の1月1日に3曹に昇任することが出来る。
- 継続任用無しに3曹昇任することは出来ない。
- 一般曹候補生に比べると昇任率は低く、海士の期間が長期化する傾向にあるが、ほとんどの者が入隊7~8年後までには3曹に昇任する。
この記事には人事作業に関する話題が登場しますが、用いられる数値(基準日や実施時期)などは、各種規則や隊員への聞き取りから類推したものに過ぎません。実際に人事業務に従事する場合は、根拠文書や人事担当が配布する資料作成要領を必ず参照してください。
砲術士、この前頼んだ3曹昇任資料だけど、間違いだらけだよ?きちんと作成要領読んだ?
えっと……すみません。
一応読んだんですけど、正直よく分かりませんでした……。
分からないなら教えるから聞いてね?
3曹昇任は自衛官人生の中で一番のビッグイベントなんだ。人事作業の中でも絶対に手を抜いてはいけないところだよ?
3曹昇任は人生を変える。
真の終身雇用
3曹に昇任すると、何が変わると思う?
はい……。海曹になると定年まで働けます。
そうだね。曹は免職・失職にでもならない限り、職を失うことはない。けど、海士は一般曹候補生ですら、昇任試験に落ち続けていれば、いずれ資格を剥奪されて退職を余儀なくされる。ボクらみたいに江田島さえ我慢すれば身分を保障されるような人生を送ってはいないんだ。これがどれだけ重いことか、考えたことある?
雑用からの解放
それだけじゃないね?海士から海曹になると、変わるものは他にもあるでしょ?
はい。シャリ番や士官室係をやらなくて良くなります。
そうだね。海士だけがやらないといけない諸役員業務、雑用。色々あるね。海曹になると、そういうのからも解放されて、自分の術科に専念できるようになるね。
はい。海士の子たちは一日中働いてますから、なかなかパートの勉強が出来ないです……。
分かった?ならよろしい。
海上自衛隊、特に艦艇では「誰かがやらないといけない辛い(あるいは面倒な)仕事」というのがたくさんあり、その多くを海士が負担しています。近年は海士の割合が減ってきたこともあって、海士の負担を減らそうとする動きがあります。
一方で「雑用をやりたくないから頑張って海曹になる」と努力の原動力にしている隊員も少なくありませんし、「上に行っても責任が増えるばかりで楽にはならない」となるのもよろしくありません。したがって、割合が変わることはあっても、責任の重い海曹は自分の専門分野に集中して、責任の軽い海士は雑用をやる、という構図自体は変わらないでしょう。
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採用制度によって異なる昇任時期
分かったら、資料を直そう。
砲術士が作った昇任資格者のリストだけど、3曹昇任資格だけ基準日が他の階級の昇任選考とは違うんだ。そのあたりが分かっていないから、入れるべき人間が全然入ってないんだよ。
すみません……。
じゃあ、昇任資格――要するに、選考の対象になるのがいつからなのかを確認しよう。
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非任期制隊員
まず、この表を見て分かるとおり、一般曹候補生は自衛官候補生採用者よりも1年早く、3曹昇任試験を受けることが出来るんだ。
なるほど、それでみんな受けたがるんですね。
一般曹候補生は8月末に教育隊を修業して初任海士として部隊にやって来て、1か月の部隊実習を経て10月1日には1士に、その半年後4月1日には士長に昇任する。
……士長になった、と思ったらすぐ。次の年のはじめには昇任選考の対象者として名簿に名前が載る。つまり、入隊年の2年後の3月には昇任試験を受けることになるんだ。
昇任試験は筆記試験だけなんですか?
うん。任期制隊員と違って筆記試験だけだし、筆記試験の合否すら明かされない。単に点数が選考要素に加わるだけだよ。
昇任選考は年1回の昇任試験に対して前後期の2回に分けて行われる。前期昇任だと、試験を受けた年の翌年――つまり、一番早い人で入隊年の3年後の1月1日に3曹に昇任することになるよ。
後期昇任だと半年後になるんですか?
そのとおり。いずれの場合でも、昇任の少し前に、教育隊で約3か月間開かれる海曹予定者課程を受けることになるから、それを修業するまで問題を起こさなければ、1月1日あるいは7月1日に晴れて3曹に昇任することになるんだ。
前期でも後期でもダメだったら……
その時は、翌年の昇任試験をまた受けることになる。
あとはスケジュールが全て1年ずつ繰り下がっていくことになるんだ。
とは言え、一般曹候補生は早く昇任する方だから、あんまり心配いらないと思う。
皆が皆、最短で昇任できるってわけではないけれど、ボクが知る限りほとんどの人は、最短昇任から2年くらい――つまり、入隊年の5年後までには昇任していたと思う。
それを過ぎたからダメってわけではないけれど、7年後あたりになってくると、いい加減一般曹候補生の罷免が視野に入ってくる。5、6年経って昇任してなかったらそろそろ危機感を持った方が良いね。
一般曹候補生のほとんどは春入隊ですが、年によっては秋入隊の募集が行われることもあります。
(例:令和5年秋の第20期一般曹候補生課程採用者)
その場合、1士昇任の時期は半年遅れとなりますが、3曹昇任試験を受けるタイミングは春入隊タイミングと同じです。
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任期制隊員
対する任期制隊員だけど、入隊時期が分かれてるのは理解してる?
えっ、そうなんですか……?
自衛官候補生は、募集サイトでは常時募集ってなっているけど、入隊自体は年に2回にまとめられるんだ。
例年3月末から4月頭あたりで入隊する子を「春っ子」、9月末から10月頭あたりで入隊する子を「秋っ子」と俗称するんだ。春っ子は教育隊にいる時期や部隊実習をする時期が一般曹候補生と一致しているんだけど、ちょうど高校・大学の卒業シーズンに入隊することもあって、秋っ子に比べると明らかに人数が多いよ。
そう言えば船務士がそんなことを言ってましたね……。
そんな春っ子、秋っ子だけど、結論から言うと、どっちで入隊しても3曹昇任試験を受けるタイミングは変わらない。
春っ子は7月、教育隊修業1か月前にして、自衛官に任命されて2士になる。そこから1か月の練習員課程を経て、教育隊を修業、部隊実習に臨むんだ。
部隊実習をする時期は一般曹候補生と同じだけど、彼らが部隊実習を終了するなり1士に昇任するのに対して、春っ子はまだ2士のまま。次の年の1月1日をもって1士に昇任するんだ。士長になるのはさらにその1年後だよ。
秋っ子は、それらが全て半年遅れになる。
春っ子でも士長になるのに9か月の差があるんですね。
そう、それこそが両制度間の昇任資格獲得時期の差に繋がるんだ。
春・秋入隊ともに、任期制隊員は入隊年の3年後の3月に昇任試験を受けることになるよ。
今度は筆記も口述もあるんですよね?
うん。3月にやるのは筆記試験。しばらくするとその結果が通知されて、合格者だけが4月に行われる口述試験を受けられるんだ。
つまり、筆記試験でダメだった人は、その時点で前後期ともアウト。次の年を待つことになる。
それは大変です……。
受験可能な試験が1年遅れってことで、任期制隊員の場合は入隊年の4年後の1月1日が最短の3曹昇任日ということになる。
ただ、一般曹候補生のように最初の1、2年でほとんどの人が昇任してしまう、なんてことはない。一般曹候補生に比べるとやっぱり昇任率は低くて、彼らが海士として勤務する期間は長期化する傾向にある。
たしかに、うちの分隊でも長く士長をやってるのはみんな任期制の人ですね。
とは言え、人手不足の今は4任期も5任期もやらないと3曹になれない、なんてことはない。
非任期制に比べるとバラつきこそ大きいけど、やっぱり入隊7~8年後くらいまでにはほとんどの人が昇任するよ。
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ありがとうございます、水雷長。
ようやく意味が分かってきたので、もう一度作成要領を読み直してみます。
分かってくれたなら何より。
何度でも言うけど、人事では手を抜いてはいけないよ?気をつけていこうね。
コメント
コメント一覧 (2件)
有益な情報ありがとうございます!
質問なんですが、3曹昇任試験の受験資格を得る条件は、一般曹候補生・自衛官候補生共に「時間経過」のみですか?つまり、受験前までのどこかのタイミングで人事評価における「優良」以上を1度は貰っておかないといけないといけないといった、別の要件はあったりしますか??よろしくお願い致します。
ご質問ありがとうございます。
受験資格自体は、士長昇任からの時間経過のみによって得られます。この時間が経過すると、昇任資格者の名簿に名前が載ることになり、3月の昇任試験を受験することになります。
ただ、それだけで昇任できるかと言えば、当然そうではありません。
実際には、その中で昇任に適するか否かの判断が行われることになり、昇任試験の点数に加え、人事評価や教育隊の成績なども加味されて昇任するか否かが決まります。
おっしゃるとおり「優良」がついていないと昇任できない、というのも事実です。(ずっと「良好」以下しかもらえていない場合、絶対に昇任しないけど、昇任試験は受けることになります……)
他にも、ご質問がありましたらお寄せください。
引き続き、当ブログをよろしくお願い致します!