この記事では、令和6年度概算要求を踏まえ、大湊地方隊の廃止について、2回に分けて次の内容を説明します。
第1回
- 概算要求とは、次年度予算案を作成するため、毎年8月末に各省庁が財務省に提出する事業と費用の見積もり額のこと。
- 「概算要求の概要」を読むことで、来年度防衛省がどのような事業に取り組むつもりなのかが分かる。
- 「令和6年度概算要求の概要」において、大湊地方隊を横須賀地方隊と統合する方針が公式に発表されたこと。
- 統合の目的は、防衛・警備・災害派遣などの運用の柔軟性を高めることとされている。
- 事前の報道では「『統合司令部』の将官ポストを捻出するため」とされていたことから、地方総監のみ廃止となると予想していたが、この目的から見て、大湊地方隊の機能の多くが横須賀地方隊に吸収されることが示唆される。
- 大湊地区における後方支援全般を担う部隊を新編するとされている。
- 大湊地区における定員規模は維持するとされている。
- 統合の目的は、防衛・警備・災害派遣などの運用の柔軟性を高めることとされている。
第2回
- 地方隊から地区隊への改編についての考察
- 「大湊地区における後方支援全般を担う部隊」として「大湊地区隊」が新設されるという報道がある。
- 地方隊は「地域の防衛・警備」と「自衛艦隊の支援」のために存在する部隊。
- 北方沿岸部を防衛・警備する任務とそのための部隊は、横須賀地方隊に移管される。
- 造修補給所・弾薬整備補給所・基地業務隊・港務隊・衛生隊のような、後方関係の任務と部隊は「大湊地区隊」が引き継ぐ。
- 人事をどちらが引き継ぐか、現時点では読み取れない。
- 横須賀地方隊が引き継ぐ場合、横須賀・大湊地区を跨いだ曹士の異動が行われる可能性も。
航海長と水雷長がさっき話してたのは、概算要求で大湊地方隊が横須賀地方隊に吸収統合されるって話だよ。
水雷長は総監ポストだけ無くして他の機能は維持されるって予想してたけど、概算要求の話を見ると、総監部の防衛部や1ミ隊あたりはみんな横須賀に吸収されそうだねって話。
ほぇ~。れーちゃん、今の話でよく分かったねぇ。私は説明してもらってもよく分かんないよ。
まぁ、初任幹部で今の話分かる奴なんてまずいないから、分からなくても大丈夫だ。
地方隊から地区隊へ
「地区隊新編」報道
さて、概算要求では「後方支援全般を担う部隊を新編」とされていたんだけど、早速こういう報道が出てきてるよ。
なるほど。地方隊から防衛系の機能を除いたものを「地区隊」と称するんですね。
しかし、アレだな。地区総監は海将のままなのか。なんでだ?だいぶ権限が小さくなるから、他の地方総監と同階級というわけにはいかないじゃないか?
……地元への配慮じゃないですか?むつ市は全国的に見ても、海自にかなり好意的な自治体だと聞きます。以前から機能縮小どころか、むしろ部隊誘致を積極的にしてましたし、大湊地方総監の存続についても強く主張していました。
そうだね、ボクも地元への配慮だと思う。
とは言え、他の総監と全く同格にはならないだろうね。海将の一番下、みたいな扱いになるんじゃないかな。
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地方隊は「地域の防衛」と「自衛艦隊の支援」のための部隊
ねぇねぇ、れーちゃん。一個聞いて良い?
……そもそも地方隊って何?総監部じゃないの?
……えっ、
えっ……その。ごめんね?
こらこら、通信士。そういう顔しないの。ボクだって3年目くらいまではよく分かってなかったんだから。
地方隊というのは、横須賀・呉・佐世保・舞鶴・大湊の5か所に設置された、地域の防衛・警備や自衛艦隊の支援を行うために存在する防衛大臣直轄の部隊だよ。
自衛艦隊が全国規模で活動して、海自の兵力のほとんどを運用する組織なのに対して、地方隊は沿岸部の防衛を担当していて、そのために必要な小規模な兵力を持っているんだ。
加えて、基地隊や造修補給所のような後方部隊を保有していて、その補給や造修のような機能で自衛艦隊を支援する役割を持っているんだ。
それから。地方隊と地方総監部の違いが分からんって言ってたな?
地方総監は地方隊のリーダーで、地方隊の一構成要素として地方総監部が存在するんだ。
地方総監部は、地方隊の長である地方総監を支える幕僚組織。
地方総監が発する命令を実質的に作っているから、地方隊の上位組織のように誤解されがちだけど、構造上は地方隊の一部隊に過ぎないよ。
(編成)
第十五条 海上自衛隊の部隊は、自衛艦隊、地方隊、教育航空集団、練習艦隊その他の防衛大臣直轄部隊とする。
2~5 省略
6 地方隊は、地方総監部及び掃海隊、基地隊その他の直轄部隊から成る。ただし、地方総監部以外の部隊の一部を編成に加えないことができる。
7~8 省略(地方総監)
自衛隊法
第十七条 地方隊の長は、地方総監とする。
2 地方総監は、防衛大臣の指揮監督を受け、地方隊の隊務(自衛艦隊その他の防衛大臣直轄部隊に対する補給その他防衛大臣の定める事項を含む。)を統括する。
(防衛大臣直轄部隊)
第十五条 海上自衛隊の防衛大臣直轄部隊は、自衛艦隊、地方隊、教育航空集団、練習艦隊、通信隊群その他防衛大臣の定める部隊とする。
自衛隊法施行令
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地域の防衛・警備の機能
あれ?「地域の防衛をやってる」って水雷長がおっしゃいますけど、部隊運用は全部自衛艦隊でやるようになったんじゃないんですか?「フォースプロバイダー」と「フォースユーザー」って、習いましたよ?
それに、ちょっと前に監視行ったとき、監視は自衛艦隊の指揮下でやるって言いませんでしたっけ?
フォースプロバイダー・フォースユーザーは、自衛艦隊と護衛艦隊の関係の話と勘違いしてるね。
それと、以前ボク達が行った警戒監視は確かに自衛艦隊の指揮下でやる任務だったんだけど、普段行われている警戒監視はむしろ地方隊でやっていることがほとんどなんだ。
えっ、そうなんですか?
うん。自衛艦隊がやるのは特に規模が大きい場合とか、重要性が高い場合だね。普段、沿岸部に外国艦艇が近づいてきているような場合は、地方隊が監視をやるんだ。
そのために、各地方隊には少しだけど兵力が設置されているよ。
- 大湊地方隊の海上兵力(支援船を除く)
- 大湊警備隊(青森県むつ市)
- 多用途支援艦「すおう」
- 函館基地隊(北海道函館市)
- 第45掃海隊
- 掃海艇「いずしま」「あおしま」
- 第45掃海隊
- 余市防備隊(北海道余市郡)
- 第1ミサイル艇隊
- ミサイル艇「わかたか」「くまたか」
- 第1ミサイル艇隊
- 大湊警備隊(青森県むつ市)
掃海艇って、全部掃海隊群のものだと思ってました!
補足しておくと、原則は地方隊の持っている兵力で監視するんだが、荒天時は自衛艦隊からDDやDEや哨戒機を借りてきて、地方総監の指揮下で監視をやることもある。ミサイル艇や掃海艇は波高が高くなると、すぐ動けなくなるからな。
地方隊が実施する監視の一例がコレ。
この資料は、北海道と樺太の間、宗谷海峡を中国艦艇が通過したことを発表するものだよ。
この時、大湊地方隊の一員であるミサイル艇「わかたか」が出動しているね。哨戒機が誰の指揮下で活動していたのかは読み取れないけど、外洋での捜索は自衛艦隊の指揮下にある哨戒機でやって、沿岸部に入るときに地方総監の指揮下にある「わかたか」に引き継いだんじゃないかな?
いやー、知りませんでした!
ちなみに、最近は中国やロシアの艦艇が宗谷海峡や津軽海峡を通って、太平洋側へ進出するケースが増えてきているんだ。
今回理由に挙げられた「一体的な対応を可能に」ってのは、大湊地方隊と横須賀地方隊が連携しないといけないケースがあまりにも多いから、いっそ一人の指揮官が指揮を執った方がいいと考えたんじゃないかな?
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後方の機能
地方隊の持っている役目のもう一つが「後方」の機能だね。
- 地方隊の持つ後方機能の例
- 基地・施設
- 港を整備するとともに、出入港作業を支援する。
- 隊員が生活できる営舎などを運営する。
- 補給
- 燃料・弾薬・食糧・機器部品などを部隊に提供する。
- 補給品を調達する。
- 造修
- 装備品の修理を管理し、造船所との契約を締結したり、その修理状況を監督したりする。
- 衛生
- 隊員の健康を維持する。
- 人事
- 隊員を必要な部隊へ配置する。
- 隊員を教育する。
- 経理
- 金銭の管理を行う。給与の支払いや業者への支払いを行う。
- 基地・施設
港務隊が曳船を動かすから出入港できるし、油船を動かすから燃料搭載できる。造修補給所のおかげで生糧品・貯糧品や補用品も搭載できるし、年次検査で艦も修理できる。他の分野もそういうことですね。
そうだったのかぁ……
物資や役務の調達で企業とやりとりする場合も、その地域にいる業者と話し合ったり入札をしたりしないといけないから、地域に密着している地方隊の責任は重大なんだ。
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どうなる?部隊新編
防衛系の機能は横須賀地方隊が吸収
部隊新編後ですが……沿岸防備に関する権限や責任は、間違いなく横須賀地方隊が吸収するでしょう。
それを目的にしている以上、そうなるだろうね。
北方の防衛の任務と、そのための部隊は自ずと横須賀地方隊のものになるだろうね。
- 防衛系の機能を有するため、横須賀地方隊に吸収されると思われる部隊・組織
- 大湊地方総監部の一部
- 防衛部(情報収集や警戒監視の指揮統制を担当)
- 大湊警備隊の一部
- 大湊水中処分隊(港湾内の爆発物処理などを担当)
- 多用途支援艦「すおう」
- 函館基地隊(掃海隊など)
- 余市防備隊(ミサイル艇隊など)
- 稚内基地分遣隊(北海道北部における情報収集を担当)
- 大湊地方総監部の一部
そうは言うが、物理的にどこかへ行くわけでもないだろ?
大湊地方総監の命令で動いてたのが、横須賀地方総監の命令で動くようになるだけさ。
そうですね……。とは言え、指揮官が遠くにいるのはなにかと面倒そうです。初度巡視とか、出入港の挨拶回りとか……。
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後方系の機能は大湊地区隊が継承
後方に関する業務は新しく作られる大湊地区隊が継承するって話だね。
- 後方系の機能を持つため、大湊地区隊へ継承されると思われる部隊・組織
- 大湊地方総監部の一部
- 管理部(文書、人事、厚生などを担当)
- 経理部(会計、物品・役務の調達、予定価格の設定、監査などを担当)
- 大湊警備隊の一部
- 大湊陸警隊(基地警備などを担当)
- 大湊港務隊(曳船・油船などの運用を担当)
- 大湊基地業務隊(基地施設、営舎などの運営を担当)
- 大湊造修補給所(艦艇の修理などを担当)
- 大湊弾薬整備補給所(弾薬の保管・整備などを担当)
- 大湊衛生隊(衛生管理を担当)
- 大湊音楽隊
- 大湊地方総監部の一部
まあ、これも異論は無いな。
人事機能はどうなる?
待ってください。私は人事機能がどうなるのか、まだ評価すべきではないと思います。
人事?またどうして?
大湊地区隊は「『後方支援』全般を担う」部隊として新編されますが、「『後方』全般を担う」とはされていないからです。
令和6年度概算要求の概要
- 大湊地区において後方支援全般を担う部隊を新編
- 大湊地区における定員規模は維持
……?
……ごめん、何言ってんのか分からんわ。
機関長~?後方と後方支援ってなんか違うんすか?
なかなか面白い話をしてたわね。
確かに通信士の言うとおり、「後方(Logistics)」と「後方支援(Logistics Support)」は厳密には違う概念とされているわ。
後方支援が部隊に対して直接補給物資を届けるような活動。それに対して後方は後方支援を含む、非常に広範な概念と言われているの。
……つまり、通信士が言いたいのは「わざわざ『後方支援』と書くからには、直接的な支援以外のものは地区隊が担当しないんじゃないか」ってことか。
おっしゃるとおりです。
それに「定員規模は維持」って書き方も、なんか気持ち悪いです。「大湊に配置する人数だけはそのままにしておいてやるよ」って感じがします……。
人事を地区隊が担当しないとどうなるんです?
うーん。。。人事まで横須賀地方隊が担当した場合、大湊地区で働く曹士の任免権が横須賀地方総監に移管される。ってことは、大湊・横須賀間で曹士の異動が容易に出来るようになるって事だよね。
なるほど……地区ごとに曹士が固定されているのは、人事のローテーション上、なにかと支障になりやすかったからな。これを機に変えてしまおうって上が考えてる可能性もあるな。
いや……でも、それは目的には合致しないんじゃない?ただでさえ転勤を嫌がる曹士が多い中でそんなだまし討ちみたいなことはしないんじゃないかな……?
分かるもんか。上がそこまで気を遣ってるとは思えないよ。
みんな忘れているようだけど、人事は人事課だけでやるものではないわ。援護業務課も掛かってくるの。そうなると、そう簡単に地区から人事を取り上げることは出来ないと思うけど……
ですね。任期制隊員はともかく、50代で定年退職する海曹のほとんどはその地域に自宅を構えて定着しています。その再就職の面倒を見ようと思ったら、地域の中小企業を訪問して回ったりしないといけませんから、人事業務は地域でやらざるを得ないんじゃないでしょうか。
普通に考えたらそうです。ただ、そういう書き方をしてきたのが気になる、という話です。なので、私としては判断はまだ保留かなと。
ま、来年か再来年くらいには分かるさ。
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まとめ
それじゃあ、話をまとめるよ。
まず、前回の話で、概算要求の話をしたんだ。
概算要求というのは、次年度の予算案を作るために各省庁が財務省へ提出する事業と費用見積もりの要求書なんだね。
で、その中で大湊地方隊の横須賀地方隊への吸収・廃止が発表されたと。
統合の目的は、防衛・警備・災害派遣などの運用の柔軟性を高めることとされていた。つまり、単に将官ポストを捻出するとかではなくて、地域防衛に関係する任務や部隊が横須賀地方隊に移管されることを示しているんだ。
ただ、後方支援を担う部隊が新編されるのと、大湊地区の定員自体は維持されるってことも発表されたんだな。
ここまでが前回の話。
今回の話は、それを踏まえて出てきた「大湊地区隊」新設の報道について。この地区隊がどれほどの機能を持つかの話だよ。
もともと地方隊は「地域の防衛・警備」と「自衛艦隊の支援」をする防衛大臣直轄の部隊だと言いましたね。
その中で、防衛系列の任務や部隊は横須賀地方隊に吸収され、後方系列の任務や部隊は地区隊が継承すると思われるんだ。
人事をどちらが継承するかは要注意です。
普通に考えたら大湊地区隊が受け持つものですが、文書の書き方になんとも言えない気味の悪さがあります。横須賀地方隊が引き継いだ場合、横須賀・大湊間の曹士の異動が容易に行われるようになる可能性があります。
みんな、よく勉強しているのね。感心感心。
うーん。。。正直、あんまりよくわからなかったです。。。
嶋村は勉強が足りてない。防衛白書か他の入門書でも読んで、せめて民間人くらいの知識は身につけた方がいい。
うぅぅ……
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